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道行く人が振り返る。
ため息を漏らす人、思わずぽかんと口を開けたままの人、頬を紅潮させて何やら熱心に連れの男性に訴えかける人。
彼らの視線の先にあるのは他でもない、隣を歩く絶世の美青年である。
腰近くまである長い髪はプラチナブロンドで、日差しを受けて眩しいばかりに輝いている。
ほんの少しカールした毛先が歩くたびにふわり、ふわりと揺れる。
ベルベットのキャスケットはワイン色。
同じ色のスリムに合わせたロングブーツは焦げ茶で、どことなく乗馬服を思わせる。
おとぎ話の中から飛び出してきた王子様のような出で立ちだが、その整った唇から洩れる言葉は幼い。
「きょうすけ!見てあれ。かわいいっ」
「ん?なんだ」
「ねこ・・・ねこがいるよ」
猫はおまえだろう、と思いつつも興奮してグイグイと腕を引っ張る風太についていく。
そこはペットショップだった。
「かわい~」
満面の笑みでペットショップのウィンドーに展示された子猫たちを見つめる風太は、雛菊のような可憐さだ。
すましていると氷の女王のような美貌だが、口を開けばあっという間に幼い表情になる。
そのギャップがまた愛おしい。
どうしてもお出かけしたいと強請られ、今日は一日こうしてデートしている。
子供姿でも十分目立つが、青年の姿になった風太の存在感たるやハンパなく、一挙手一投足が注目の的だ。
事実、ペットショップ内にいる客たちも、お目当ての子犬や子猫そっちのけで風太に見惚れている。
小さい子供などは無遠慮に「あの人、男~?女~?」などと親に聞いたりする始末だ。
その親もまた風太の美貌に当てられているのか、不躾な子供を叱るでもなく、ただ口をあけてぼんやりとこちらを見ている状態だったりする。
どこに行っても注目を集めてしまう風太に最初はちょっと冷や冷やしたが、だんだん慣れてきている自分がいる。
というより、むしろ人々の風太への憧憬の眼差しが心地良いとすら感じてきた。
妙な快感にはまりそうでヤバい。
だが、嬉しいのも事実。
こんなにもきれいで可愛い人間(正確にはヒトではないが)は、この世にはいない。
風太は世界一可愛いのだと、大声で町中を叫んで歩きたい気分だ。
「そっか・・・はやくおうちがみつかるといいね」
そんな風太は、どうやら目の前の一匹の子猫と会話をしているらしい。
子猫は真っ白で目が青い。
シャム猫かと思ったが、ガラスケージに書かれた説明によると、ラグドールという品種のようだ。
それにしても、なにやらふんふんと熱心に子猫に耳を傾ける風太だが、ガラス越しでよく会話が成り立つものだ。
「ラグドールをお探しですか?」
意を決したように声をかけてきたのは、この店の店長と思しき40絡みの上品な女性だ。
買う気もないのにあまり長居するのはまずい。
「その子がお気に召しました?よかったらちょっと抱っこしてみませんか?」
「い、いえっ。見ているだけですから」
「かまいませんよ。よろしければ子猫と遊んで見られては」
「いや、でも・・・」
「あそべるの?」
「風太!」
猫と遊べると聞いて、風太の瞳が大きく見開く。
期待に満ちた目で見られ、とっとと店を出ようと思っていた恭介の心は揺らぐ。
「風太、あそびたい!猫ちゃんと遊ぶ!」
「クス。では子猫をお出ししますね」
クールビューティーにそぐわない風太の幼い物言いに、店員が微笑ましげに笑う。
日本語がまだ拙い外国人なのだろうと思われているのかもしれない。
風太の見た目がバリバリの日本人だったら不自然だっただろうが、完全な西洋人であることが幸いしているとも言える。
ガラスケージから出された子猫は白くて小さくて、初めて風太を拾った時のことを思い起こさせる。
あの寒い雪の日。
バレンタインで振られ、落ち込んでいた自分を救ってくれた、小さな小さな愛らしい毛玉。
それが今、こんなスラリとした美形となって隣にいることの不思議。
「わぁ~~~かわいいっ」
店員から手渡された子猫を大切そうに抱く風太。
ピンクの頬が喜びでさらに色づく。
「ラグドールは人懐こくて飼いやすい品種なんですよ」
「あたたかいね」
風太の腕に抱かれミャアミャアと鳴く子猫。
猫(今はヒトの姿だが)が子猫を抱く図というのは、セラピー効果があるような気がする。
これも一種のアニマルセラピーと言えるだろうか。
ほんわかした気分に浸っていたいところだが、周囲の視線が気になる。
ペットそっちのけで風太のそばに集まってきた子供たちのことも。
ここは早めに退散したほうがよさそうだ。
親切な店長に丁寧にお礼を言い、まだしばらく子猫と遊んでいたそうにしていた風太をなんとか宥めすかして店を出る。
ウィンドーショッピングは風太には退屈なようで、そのあたりはまだまだ子供だということだろうか。
せっかくだから大人の風太にも何か服を買ってやろうと思うのだが、一々試着するのが面倒くさいらしく明らかに退屈な表情を浮かべている。
「風太、次は冬物のコートでも買うか」
「コート?」
「これから寒くなるからな。俺のじゃサイズが合わないだろうし、おまえの雰囲気に合ったお洒落な服をひと揃えしとこう」
「風太、べつにふくなんてほしくないよ」
「そう言うなよ」
「風太、つかれちゃった」
「あの店なんてどうだ?若者に人気のブランドだぞ」
「お腹すいたなぁ~」
「風太・・・」
しょうがないのでショッピングは諦め、評判のパンケーキの店に行くことにする。
風太なら日頃自分が着ないようなドレッシーでデコラティブなデザインのアウターなんかも似合うだろうと、色々着せ替え人形状態にして楽しもうと思っていたのに、完全にあてが外れてしまった。
子猫の時と違い、大人風太はそれなりに自己主張が強い。
やりたいこととやりたくないことを、はっきりと口に出してくる。
いや、大人なんだからあたり前と言えば当たり前なのだが、なんとなく寂しい気もする。
パンケーキの店は少し前までは行列ができるほどの評判だったが、幸運なことに今日はそれほど人が並んでいなかった。
5分も待たずに中に入ると、窓際の明るいテーブルに通される。
メニューを開くなり爛々と目を輝かせた風太が、「う~、う~」と唸り声をあげる。
どうやら、どれを食べようか悩んでいるようだ。
「風太、好きなの頼めよ」
「うう~~~、ぜんぶおいしそう」
「だが全部は食べられないだろう?」
「だってぇ・・・」
「じゃあ、こうしよう。食べたいの2つ選べ。それを俺と二人でシェアしよう」
「シェア?」
「あー、つまり、二人で分けて食べるってこと」
「わけてたべるの?きょうすけと?」
「そう」
「でもぉ・・・」
「なんだ?」
「きょうすけ、すきなの食べられない」
「俺はいいんだよ、何でも。風太が食べたいものが俺の食べたいものだよ」
そう言うと嬉しそうに目を細める風太が愛おしい。
自分の好きなものばかりではなく、恭介の好みも気にしてくれているあたりがいじらしいではないか。
やはり、ただの幼い子供ではないのだ。
だが、そんな気遣いなどせずにもっとわがままを言ってくれてもいいのにと思う気持ちもあって、なんだか複雑な心境だ。
しばらくして運ばれてきた2種類のパンケーキを、二人でシェアして食べる。
口いっぱいに頬張る無邪気な風太の顔を見ながら、幸せな時間が永遠に続けばいいのにと願う。
いや、永遠に続いて行くはずである。
窓の外は快晴。
天高く冴えわたる秋の空を見上げながら、恭介はこの幸福なひとときに感謝するのであった。




