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「風太~。風太、どこ行った?帰ったぞ~」
夕飯の買い出しにちょっと家を空けた恭介が戻ったのは、午後3時。
小春日和が続くここ数日は、縁側を開けっ放しにしていても気持ちがいいくらいの暖かさだ。
恭介が間借りしている家は、典型的な平屋の戸建で、小さいながらも庭が付いていて開放感がある。
風太と二人暮らすには十分な広さだ。
「お~い、風太~。おやつの焼き芋買って来たぞ~」
風太に留守番を頼み、ちょっと近所のスーパーまで行って来たのだが、風太の姿が見えない。
恭介に黙って勝手に外に出たりは絶対にしないはずだ。
トイレにでも行ってるのだろうかと確かめて見るが、見当たらない。
「まさか・・・」
誰かに連れ去られたのでは・・・と、恭介の背筋に冷たいものが走ったその時、「にゃ~」という鳴き声が背後からして思わず振り返る。
「風太?!」
箪笥の上から見下ろしているのは、体調1mはありそうな大型の猫だ。
クリーム色というのだろうか、金色に近い毛が波打つように揺れていて、特にふさふさの尻尾は高貴な生き物かのよう。
ピンと尖った三角形の耳には特徴的な“房”が付いており、これはリンクスティップと呼ばれるメインクーンの特徴だ。
大きな尻尾をぶんぶん振り、青とも緑ともつかない不思議な色の眸が、大きく見開いている。
間違いなく興奮している証だ。
「風太おまえ、いつの間に・・・猫になってたのか」
「んにゃっ」
「おい、まさかそこから飛びかかってくる気がないだろうな。やめてくれよ、おまえ、もう結構デカいんだから」
「にゃあ?」
「遊びたいのか?」
「にゃあ~~~ん!」
「うわっ」
トンッと箪笥をひと蹴りすると、風太が飛んできた。
受け止めた恭介は、一瞬ふらつきそうになる。
メインクーンの成獣は中型犬くらいの大きさがあるのだ。
高いところから飛びつかれると、正直つらい。
それがわかっている風太はたとえ猫の姿に戻っても、決して飛びついて来たりしないのだが、いったいどうしたというのだろう。
「風太、重いって」
手触りの良い豊かな長毛を撫でながら、ゆっくりと腰を下ろす。
畳の上に座り込んだ格好で風太を膝に抱える。
まだ「ふーふー」言っている風太は、興奮冷めやらぬといった感じだ。
こんな状態になるなんて、何があったというのだろう。
だが、恭介の思考は一瞬のうちに遮られてしまった。
膝に乗せていた重みが一気に増したからだ。
それもかなりの重さに。
「風太っ?!」
「はぁ~~~。この姿になるの、ひさしぶり」
「お、おまっ・・・おまえ・・・デカくなった・・・」
「うん。さっきから何度か試してみたんだけどなかなかうまくいかなくて。やっとなんとかなった」
「本当に風太・・・なんだよな」
「あたりまえでしょ。なんでそんなこというの」
「いや、だって・・・」
「おつきさまのおかげで大きくなれたよ」
「月・・・?」
「きのうは満月だったから」
「満月・・・そうか、スーパームーンか!」
ほぼ半裸状態の風太に、目のやり場に困る恭介だ。
男同士なんだから別にどうということはないはずなのに、この感情はいったいなんなのだろう。
スーパームーンの力を借りて青年の姿になったという風太。
プラチナブロンドの髪は長く、腰あたりまである。
透き通るような白い肌は、東洋人のそれではない。
よく見れば眉毛もまつ毛も、全部髪と同じ金髪だ。
そして下の毛も・・・と目線を落しそうになり思わず頭を振る。
何を考えているんだ、俺は。
長い手足。
身長は180センチを超える恭介とそれほど差はないだろう。
白人としてはそれで普通なのかもしれない。
不思議な瞳の色はそのままだ。
人間にしてはちょっと不自然な色。
それによく見ると、虹彩が大きな部分を占めており、白目がほとんどない。
これは猫の目だ。
子供の姿の時はきわめて人間的な顔立ちの風太だが、こうして大人の姿になるとどこか、非人間的な印象になるのだとまじまじと風太の顔に見入ってしまう。
「恭介、どうしたの?」
風太のきれいな顔が不安に歪む。
恭介が急に無言になってしまったせいだろう。
だが、恭介も突然の風太の変化にどうしていいか、戸惑ってしまう。
事前に言っておいてくれれば心の準備もできたのに。
突然こんな風に大人の姿になって、まして裸同然の状態で目の前に現れれば、誰だって動揺してしまうだろう。
「と、とにかく何か着るもの出さないと・・・そのままだと風邪引いちまう」
「恭介?」
「えーと・・・トレーナーかシャツでいいよな。俺のサイズでいけるかな」
「恭介」
「ちょっと待ってろよ、下着もいるよな」
「恭介っ」
「なんだよ、どうした」
「どうして無視するの」
「無視なんてしてないだろう?」
「うーーー」
唇を尖らせて不満げな声を上げる風太は、どこか妖艶ですらあった。
赤い唇、薔薇色に染まった頬、きらきらと金色に輝く長い睫毛。
胸の動悸が激しくなる。
思わず不自然なまでに風太から視線をそらす恭介だった。




