<60>
「きょうすけ、もうおわっちゃった」
「うん?どれ。けっこうあっけなかったな。勢いは最初だけか」
「ふうた、つぎこれがいい」
「これか。よし、火をつけるからちょっと待ってろ」
縁側で花火を楽しんでいる2人である。
恭介の家はいわゆる木造平屋で、小さいなりにも庭が付いている。
この家を借りたのは他でもない、風太のためだった。
それまではマンション暮らしだったのだが、少しでも土や草木に触れさせてやりたいという思いから、一軒家の借家を探したのは今から数年前。
運よく都内の便利な場所に見つかったこの家は、海外に住んでいる夫婦の持ち物だ。
住んでくれる身内がおらず、かといって放っておけば家は劣化してしまう。
誰かに住んでもらいたいということから、家賃も破格にしてくれた。
思えばラッキーだった。
縁側にちょこんと座りながら花火に興じる風太は、たまらなく可愛い。
花火大会に連れて行ったのはつい先日のこと。
テレビで花火大会の中継を見た風太は、実際に見に行きたいと言ってきかなかった。
画面いっぱいに広がる色とりどりの大きな花火。
屋形船から眺める風流な人たちもいた。
そんな様子を、大きな目を爛々と輝かせながら食い入るように見ていた風太。
なんとしても、直に見せてやりたいと思ったのだ。
人混みを避けながら、それでもなるだけよく見えるベストスポットをネットで探し出した。
目の前に打ちあがる花火に、雄叫びを上げながら感動し続ける風太を見て、恭介も幸せな気持ちになった。
この夏は、南紀への旅行といい花火大会といい、風太にとって忘れられない思い出がたくさんできたことだろう。
もちろん、恭介にとっても。
花火大会に行ってからというもの、この庭先で花火をするのが風太の中でのちょっとしたブームとなっている。
手持ち花火なんて子供の頃実家でやったくらいで、大人になってからは初めてといっていい恭介である。
そもそもどこに行けば花火など売っているのだろう。
近所のスーパーか?
そんなことから調べるのも、また楽しかったりするのだ。
「よし、風太。危ないから気をつけろよ」
「うん!」
50センチほどの花火を持たせてやる。
火傷をしてはいけないと、最初は膝の上に風太を抱え込んだ状態で、恭介が花火を持っていた。
だが、どうしても自分もやりたいと風太が言い出して・・・
危ないとは思ったが、そばにいて注意していれば大丈夫だろうと、やらせてみることにした。
案の定、大興奮の風太は目をキラキラさせて喜んでいた。
「ふをっ」
「おっ、なかなか激しいな」
「はげしい?」
「ああ、花火の勢いがすごいだろ」
「うん?」
「ほら、パチパチしてるだろ」
「パチパチ!はなび、パチパチしてるのっ」
「さっきのやつより、だいぶ派手だな」
最初は静かに始まった花火が、だんだんと勢いを増していく。
スパークするとそれは目にも鮮やかで、とっくに日の落ちた庭を明るく照らしている。
今は条例が厳しくなったこともあり、マンションのベランダなどで花火をすることは禁じられている。
昔はアパートや団地の階段に近所の子供たちが集まって、みんなで花火大会をしたりなんてことも普通にあったようだが、昨今はうるさくなってできなくなってしまった。
公園で花火をするのも、禁止されていることが多い。
では今の子供たちは、どこで花火をするのだろう。
みんながみんな、庭付き一戸建てに住んでいるわけではない。
よほどの金持ちか、田舎に住んでいなければ花火もできないなんて、せちがらい話ではないか。
「あっ、おわった」
「なかなかきれいだったな」
激しく燃え盛ったあと、あっけなく終わるのが花火だ。
最後にポタッと落ちる線香花火の空しさは、今でもはっきりと思いだせるほど印象的なものだった。
どの花火も、最後はあっけない。
その後のなんとも言えない寂しい感じは、いったいどこから来るのだろう。
なんとなくシュンとしてしまった風太に、新しい花火を手渡してやる。
「ほれ、風太。つぎはこれをやってみよう」
「これ?」
「ああ、これは途中で色が変わるらしいぞ」
「いろ?かわるの?」
「楽しみだな。よし、火をつけるぞ」
「うんっ」
カラフルに色を変える花火に、すぐさま風太は夢中になった。
赤、黄、緑・・・
色鮮やかな花火は、ころころと変わる風太の表情のようで楽しい。
口の端を上げながら流れ落ちる火花を凝視する風太を、恭介はいつまでも見つめていた。
「そろそろ終わりだな」
「おわり?」
「ああ、もうおしまいだ」
「おしまいなの・・・」
「あと一本、これをやったら終わりにしよう」
「うん」
最後の花火に火をつける。
線香花火にススキ花火、どれも夏の風物詩だ。
花火を見つめる風太の目は真剣で、大きなクリクリの瞳に映る炎の揺らめきが美しい。
いつまでも見ていたいと、恭介は思った。
花火もきれいだが、花火に興じる風太の方がその何倍も愛らしい。
「本当はねずみ花火とか、ロケット花火とかできればいいんだけどな」
「ねずみさん?」
「ん?あ、いや、本当のねずみじゃなくて」
「ふうた、ねずみさん好きっ」
「え・・・」
ねずみと聞いてテンションを上げる風太に、その好きはひょっとして獲物として好きって意味じゃないよな・・・と、若干引いてしまう恭介だ。
猫と言えば、天性のハンター。
飼い猫とはいえ、昆虫だのねずみだのを雀だのを、普通に獲ってきては家主にプレゼントするなんて話を、聞いたことがある。
幸い、風太はまだそういうことはしたことがないが、それは単に日頃こうして人間の姿をしているからに過ぎないのでは?
猫の本能として、風太もやはり小動物や昆虫を捕まえて食べたい、なんて思っているのでは・・・
一瞬、ねずみを咥えて嬉しそうにしている風太を想像してしまう。
「なに考えてんだ、俺は」
ふるふると首を振る。
そんな恭介を不思議そうに見つめる風太。
「きょうすけ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「あたまいたいの?」
「頭?」
「だって、あたまふるふるしてた」
「ああ、それはだな・・・」
「うん?」
「なんでもない、本当に平気だよ」
「きょうすけもねずみさんすき?」
「へ?」
「ねずみさん、ふうた、とってきてあげるよ」
「な、何言ってんだ風太」
「だって、ねずみさんほしいってきょうすけいった・・・」
「や、そうじゃない・・・そういう意味じゃなくて」
「こんどふうたがとってきてあげるね」
「・・・・・・」
やはり風太は猫だった。
どうやら“ねずみ”という言葉が風太の中のスイッチを押してしまったようだ。
もしも本当に風太がねずみを獲ってきたりしたら・・・
「それだけは勘弁だな」
そろそろ秋の気配がする、静かな夜。
ほんのちょっぴり風太を見る目が変わった恭介である。




