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「風太、こっち来てみろ!雪だぞ!」
とことこと風太が駆けてくる足音がする。
縁側までやってきた風太は、銀世界と化した庭を見て歓声をあげた。
「ふお~~~!」
「真っ白だな」
「すごぉ~い」
「初雪だ」
「はつ・・・?」
「初雪。この冬最初の雪って意味だ」
「さいしょ・・・」
「そう、最初の雪だから、初雪だ」
「はつゆき・・・」
何度も口の中で「はつゆき」と繰り返す風太に、恭介は思わず笑みがこぼれた。
ホワイトクリスマスとはいかなかったが、年末になって一気に冷え込み、今日元旦は雪が積もった。
なんでも、元旦に雪が積もるのはかなり久しぶりのことだそうだ。
恭介の家は、平屋の一戸建てで小さいながらも庭が付いている。
縁側まで来るとかなり冷え込むが、風太に雪を見せてやりたかったのだ。
「さ、風太、もういいだろ。寒いし風邪を引くとまずい。部屋に入ろう」
暖房の効いた居間に戻ろうとするが、風太は食い入るように雪を見つめている。
「風太?」
雪が珍しいのだろう。
去年もかなりの大雪が降ったが、その時はまだ小さかった風太が風邪でも引いては一大事と、縁側には出さないようにしていた。
猫は寒さを嫌うだろうし、こんな風に興味を持つとは思わなかったからだ。
だがこうして庭のそばから離れない風太の様子に、子供は何にでも興味があるのかもしれないと、恭介は思い直した。
今日は元旦。
だがいまだにクリスマスツリーを片付けていない。
風太がツリーを気に入っているので、なかなか仕舞いづらいのだ。
片付けようとすると、あのつぶらな瞳で「つりー、なくなっちゃうの?」と聞いてくる。
その目を見た瞬間、もうしばらくはこのままでいいかと思ってしまうのだ。
正月と言っても、恭介の家族は大して正月らしいこともしないし、実家に帰ってこいとも言われない。
両親は毎年正月休みを利用して海外に出かけるし、実家住まいの妹も彼氏と旅行に行ったり、恭介の家族はみなそれぞれ好きなことをするのが常なのである。
今年も両親はシンガポールに行っている。
妹は恋人とオーストラリアだ。
お節も年始回りも、恭介たちには縁のないものなのだ。
だが今年は違う。
少しばかり正月らしいことをして、風太を楽しませてやりたいと思い、ミニお節を作った。
風太が好きな煮干しや魚を中心に、恭介が工夫して作ったものだ。
それを今朝から食べて、二人でのんびりしていたところ、ふと表の雪を見せてやろうと思い立った。
珍しい雪景色を見るだけで満足するだろうと思っていたのに、こうまで執着を見せるとは。
風太の意外な反応に少し戸惑いつつも、小さな手を取って部屋に連れて行こうとする。
だが風太はその愛らしいさくらんぼのような唇を尖らせると、思いもかけないことを口にした。
「きょうすけ、ふうた、おそとでたい」
「え?」
「おそとでる」
「外っておまえ、雪降ってるし冷たいぞ」
「でるの、そと」
大きな目を爛々と輝かせた風太が見上げてくる。
たまらない可愛さに思わず絆されそうになるが、グッと思いとどまる。
こんな雪の中に風太を出したりしたら、風邪をひいてしまうかもしれない。
なるだけ病気になるリスクは避けたいのだ。
風太は普通の子供ではない。
元は猫だ。
ある日突然、人間の子供の姿になったが、ふわふわの耳や尻尾はそのままで、人でもなければ猫でもない不思議な生き物の姿をしている。
猫耳の少年なんてフィクションの世界だけの話だと思っていたのに、現実に自分の目の前で起こったのだ。
どんな姿になろうと、風太は風太であることに変わりはない。
言葉を覚え、こうしてコミュニケーションが取れるようになったことは喜ばしい限りだが、それに伴う心配事も大きい。
ちょっとした病気も、風太にとっては致命傷になるかもしれない。
風邪を引いたからといって、人間の風邪薬では効かないかもしれないし、まさか病院に連れて行くわけにもいかない。
新種の生物として政府に目を付けられたり、研究対象としてどこかに連れて行かれるかもしれないのである。
そんなことになっては、後悔してもしきれないだろう。
だが、風太は外に出たくてうずうずしているのか、先ほどからずっと白い尻尾が揺れている。
物分りの良い風太は、恭介の言うことには逆らわない。
ダメだと言ったことは絶対にやらないし、言いつけをよく守るのだ。
でも・・・
少しくらいならかまわないかな。
ただでさえ外に出かけたがる風太を、日頃我慢させて家の中に閉じ込めているのだ。
こんな時くらいは望むようにさせてやりたい。
外といっても庭の中だし、自分がそばについていれば大丈夫だろう。
なにより、雪遊びをする風太の可愛い姿を見てみたいという思いもある。
「よし、じゃあ外に出るか」
「ほんと?!」
パアッと花が咲くような笑顔を向けてくる風太を、恭介はギュッと抱きしめた。
「その代り、着替えような」
「おきがえ?」
「ああ、外は寒いからな。風邪引いちゃいけない」
「おそと、さむい?」
「ああ、寒いぞ。雪は寒い時にしか降らないんだ」
「ふうん・・・」
今すぐにでも縁側から飛び出したそうにしている風太を宥めすかして一旦部屋に戻り、防寒具を着込ませる。
発熱素材の肌着の上に、黒いタートル。
デニムのサロペットにこないだ買ったばかりのブーツを履かせる。
ダウンジャケットを羽織らせ、手袋を嵌めるという完全防備ぶりだ。
ここまでしてもまだ不安ではあるが、長時間でなければ大丈夫だろう。
「これでよし!」
「いいの?」
「ああ、いいぞ。思う存分遊べ!」
「わぁ~~~~~!」
縁側から飛び出すと、風太は真っ白な雪の中に飛び込んだ。