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「おい、大丈夫か」


目の前には常田と、不安そうな風太の顔があった。

どうやら夢を見ていたようだ。

妙に現実味のある夢だった。


体中にべっとりと嫌な汗をかいて気持ちが悪い。

これが熱のせいなのか、夢にうなされたからなのかはわからないが。

思わず眉間を寄せる恭介の背に腕を回し、常田がゆっくりを起こしてくれた。


「ああ・・・なんか息苦しい夢だった」


溜め息とともにやっとそれだけ言うと、布団の上に身を起こした。


「熱があるときは悪夢を見やすいんだ」

「悪夢・・・」

「今から夕飯作ってやるよ。その前に、すごい汗だな。とりあえず体を拭いてもう一度体温測っておこう」

「すまん」

「謝るなって言ったろ」


手際よく背中の汗を拭いてくれる常田に、申し訳ないようないたたまれないような複雑な気持ちになる。

医者である彼からすればこんなことはどうってことないことなのだろうが、情けないくらいに弱った自分の姿を友人に見せるのはどこか男としての矜持に関わるような気がするから不思議だ。

つまらないプライドと言われればそれまでだが。


「きょうすけ、だいじょぶ?」

「ああ、大丈夫だ」

「うんうんいってたよ」

「ちょっとな、夢を見たんだよ」

「ゆめ?」

「ああ、夢だ」


そういえば、確か猫は夢は見ないんだったっけ。

いや、風太は純粋な猫ではないのだから、人間の姿をしている時は夢を見るのかもしれない。

そんなとりとめもないことを考えていると、風太がじっと見つめてきた。


「ゆめ?きょうすけ、こわい?」

「え?」

「こわいゆめ、みた?」

「あ、いや・・・そうだな。怖いっつうか、なんか息苦しい感じだったな」

「くるし・・・?」

「まあ、もう大丈夫だ。ただの夢だからな。こうして目が覚めちまえばどうってことないさ。だから心配するな、な?」

「うん・・・」


体温計がピーピーと電子音を鳴らす。

常田がそれを一瞥し、口元をほころばせた。


「36度9分だ。だいぶ下がったな」

「俺の平熱は36度6分くらいだから、ほぼ平常通りに戻ったかな」

「だがまだ油断は禁物だぞ。夏風邪はしつこい。ちょっと治りかけたかな、って時に無理するとたちまちぶり返す。そうこうしているうちに3週間、一か月と引きずる場合もあるからな」

「ああ、わかってる。ちゃんと養生するさ」

「じゃあ、台所借りるぞ。そうだこれ、ポカリ買ってきたから飲んでおけ。水分補給は大事だからな」

「サンキュー」


爽やかな笑顔と共に立ち上がる。

その姿は、女なら10人中10人が「カッコイイ♡」と思うだろうな、なんて思いながらポカリを喉に流し込む。


「ふうたもおてつだいする~」


テトテトと後を追う風太の揺れる金髪を、若干複雑な思いで見つめる。

風太は風太なりに、お手伝いをしたいのだろう。

それもこれも全部、恭介のことを思ってのことなのだ。

なのに一々嫉妬したりして、自分はみっともない男だと思う。


「はぁ~~~」


熱が下がったからか、体がグッと楽になった。

よっこらせと立ち上がると箪笥までのろのろ歩いて行く。

汗だくになったTシャツと短パンを脱ぎ捨て、清潔なパジャマに着替える。

パジャマなんてめったに着ることはないのだが、一着だけ実家から持ってきたものがあるのだ。


箪笥の扉の内側にある姿見を除くと、冴えない顔をした己が映し出される。

丸二日風呂に入っていないせいか、髪の毛はボサボサ、無精ひげが伸びてなんともむさ苦しい。

別に自惚れているわけではないが、これでもそこそこイケメンだと周りからは言われてきた。

だが今の自分はどうだろう。

顔すら洗っていないのだからしかたがないとはいえ、あまりに酷すぎる。

ティッシュで目やにを取ると、チンと鼻をかむ。

早く元気になってシャワーでも浴びて、風太と遊んでやりたい。

気持ちばかりが焦ってしまう。


「おーい、メシができたぞー」


台所から明るい声が届く。


「おう」


ティッシュをくずかごに捨て、居間のほうに移動する。

ちゃぶ台の上には、おじやと御浸し、冷しゃぶサラダに焼き魚など、家庭的な料理が並んでいる。


「すげえな、おまえも料理するんだな」

「まあな。結構得意なほうだと思うよ。おまえもってことは、上坂も?」

「ああ、今はこいつがいるから」

「確かに、小さい子どもと暮らしていると毎日きちんと食事を作らないといけないもんな」


ちょこんとお座りした風太の目は、もう焼き魚にくぎ付けだ。

大きな瞳をらんらんと輝かせている。


「風太君にはハンバーグとかから揚げとか、そういうのがよかったかな」

「いや、こいつは焼き魚が大好物なんだ」

「へぇ・・・小さいのに意外だな」

「ふうた、おさかなすき」

「そうか、じゃあたくさん食べなさい」

「うんっ」


元気よく「いただきます」をした風太は、焼き魚と冷しゃぶを口いっぱいに放り込み、嬉しそうに食べている。

恭介のほうはまだ食欲がそこまでわかず、それでも速く体力を回復させようと、なんとかおじやをかっ込む。


「常田も食べろよ」

「ああ、そうするよ」

「おじや、美味いな」

「そりゃよかった」

「いい出汁が出てる」

「ちょっとだけ鶏肉を入れてある。たんぱく質を取ったほうが体力回復には良いからな」

「うん、美味い」

「まあでも、今朝よりずっと顔色がよくなったよ。あとは今夜一晩ぐっすり寝たら、明日の朝には元気になってるんじゃないか」

「きょうすけ、げんきになる?」


いつの間にか会話を聞いていた風太がそう聞いてくる。

風太にとって、恭介が元気でいてくれることが大事なのだ。

そう思っただけで、不思議と心の奥が満たされていくような気がする。

自分でも現金だなと思うのだが、こればかりはどうしようもない。

嬉しいものは嬉しいのだからしかたがない。


「ああ、元気になるぞ。おじやも食ったし、熱も下がったしな」

「せんせい、きょうすけもうへいき?げんきになる?」

「そうだね、明日には元気になるかな」

「あした?」

「今日これから寝て目が覚めたら、元気になってるよ。風太君が良い子でいたら、もっと元気になるよ」

「うんっ。ふうた、いいこしてる」

「えらいな、風太君は」

「ふうた、えらい?」

「ああ、えらいよ」

「えへ」

「あ、そうだ・・・」


台所まで何かを取りに行った常田が持ってきたのは、アイスクリームだった。


「はい、デザートだよ。風太君が良い子にお手伝いしてくれるから、俺からのプレゼントだ」

「でざーと・・・?」

「アイスだよ」

「ふを~~~!!!」


アイスを手にした風太は、興奮状態で小躍りし始める。


「アイスッ、アイスッ」


風太の大好きなチョコチップのアイスクリームだ。

大喜びではしゃぎまくる風太に、常田も目を細めている。


「そこまで喜んでくれるとは・・・買ってきたかいがあったよ」

「悪いな、常田。気を使わせちまって」

「なぁに、アイスクリームくらい安いものさ。バニラとストロベリーもあるから、また明日にでも食べさせてやってくれ。あ、もちろんおまえが食べてもいいけどさ」

「サンキュー」

「アイスッ、アイスッ」

「風太、常田先生にありがとうは?ちゃんとお礼を言いなさい」

「あ・・・」


小躍りしていた風太がトコトコとやってきて、ちょこんと常田の前に正座する。


「せんせい、ありがとうございます」

「どういたしまして」

「ふうた、アイスすき。すごくうれしい」

「ちゃんとお礼が言える風太君はえらいね」

「へへ」


その後は風太がアイスクリームを食べるのを見ながら、とりとめもない世間話をする。

常田が洗い物までしてくれたのには恐縮したが、ここは素直に甘えることにした。

ガラにもなく、友達っていいな・・・なんて思いながら。


「じゃあな。これで帰るよ。また何かあったら遠慮なく携帯まで連絡してくれ。せっかくこうしてまた縁が繋がったんだ。今度は元気な時に飲みにでも行こうぜ」

「ああ、そうだな。本当に色々世話になった。ありがとう」

「気にすんな。じゃあな、風太君も元気で」

「もうかえっちゃうの?」

「ああ。また遊びに来るよ。だから風太君は良い子で、恭介の言うことをちゃんと聞くんだよ」

「うん!」

「見送りもせず申し訳ない」

「いいっていいって。それより早く布団に戻れ。風太君、おやすみ」

「せんせい、ばいばい」


風太の明るい笑顔に、男たち二人はほっこりした気分になるのだった。




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