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午後になって常田が往診にやってきた。

インターホンが鳴った瞬間、弾かれたように玄関に飛んでいく風太を複雑な思いで見遣る。


「せんせい、いらっしゃい!」

「おお、君は・・・風太君だね」

「うん!」

「元気がいいなぁ」

「ふうた、げんきだよ」

「そのようだね。どれ、早速上がらせてもらうよ」

「こっち!」


常田の手を引っぱるようにして寝室に連れていく。

木造平屋の廊下はそれなりに年期が入っていて、歩くたびにミシミシ言う箇所がある。

どことなく懐かしい感じのする家の中を、常田は目を細めながら見回す。


「きょうすけ、せんせいきたよ!」

「ああ、サンキュー」

「上坂、大丈夫か」

「すまないな、忙しい時に」

「気にすんな・・・って、いいから寝てろよ」

「悪い・・・」


起き上がろうとする恭介を制すと、常田は枕元に座り往診バッグを拡げる。

Tシャツにベージュのチノパンという医者らしからぬ装いで、長髪のせいもあってかバンドマンか飲食関係者のようにも見える。


「白衣・・・」

「ん?」

「白衣じゃないんだなと思って」

「ああ、あれ、自転車こぐとき邪魔なんだよ」

「自転車で来たのか」

「車より小回り利くんでね。車だと駐車場を探すのに無駄な時間を取られたりするからな」

「なるほど」


会話する間も常田は手際よく聴診器を恭介の胸に当てていく。

その表情は真剣で、やはり医者なのだなと思う。

そばにちょこんと座って様子を見ている風太の目は、好奇心で爛々と輝いている。

猫だとばれないように、常田が来たら他の部屋に行くようにと言い聞かせていたのに、そんなことはすっかり忘れたのかその場を動こうとしない風太に、恭介は今までにない苛立ちを覚えていた。


「う~ん・・・ちょっと胸が苦しそうだね。まあ、ただの風邪だと思うけど。熱はまだあるかい?」

「今朝測ったら38度以上あった」

「もう一度測ろう」


呼吸が浅いのは胸が苦しいからだ。

そんな恭介を初めて見る風太はずっと不安げだったが、今は常田がいるからか少し落ち着いている。

というよりどこか楽しそうにさえ見える。


「風太君はいまいくつだい?」

「うん?」


しまった、と思ったがもう遅い。

この手の会話に風太が対応できるはずはないのだ。

だから向こうに行ってろと言ったのに。


「常田、悪いが水をもらえないか」

「あっ、ふうたがもってくるっ」


トコトコと台所に向かって走る風太の後姿を見ながら、この状況をどうやって乗り越えようか考える。

年齢的に風太は小学校に通っていてしかるべきだ。

だが、話をすれば学校に通っていないことがばれてしまうだろう。

どうしたものか・・・


「きょうすけ、おみずもってきたよ」

「風太君は偉いね、お手伝いして」

「ふうた、いいこなの」

「ああ、本当にいい子だね」

「風太、おまえはもう向こうの部屋に行ってなさい」

「どうして?」

「どうしてって、ここにいたら風邪がうつるだろう。おまえはまだ小さいんだし、うつっちゃいけないから近くに来ちゃダメだって、今朝から何度も言ってるだろう」

「でもお・・・」

「いいからお庭で遊んでなさい」


ついつい言葉尻がきつくなってしまう。

納得できない風太はその白い頬をぷう~っと膨らませ、眉根を寄せている。


「風太君、良い子だね。上坂のことが心配なんだね」

「常田・・・」

「上坂、別にかまわないじゃないか。インフルエンザじゃなさそうだし、そうそううつることもないから心配しなくていい」

「でも」

「これはただの夏風邪だ。この時期に風邪を引くと結構ダメージ食らうし長引くんだよ。2、3日安静にしていたら治るよ」

「せんせい、きょうすけなおる?」

「ああ、治るよ。お薬出しておくから、今夜には熱も引くだろう」

「おねつ、くるしいの」

「そうだね、熱があると辛いからね。お、そろそろいいかな。どれ・・・37度8分。まだ結構あるね」

「きょうすけ、だいじょうぶ?」


心配そうに顔を覗き込んでくる風太に、辛うじて笑いかけてやる。

熱のせいもあるが、なんだか頭の中がもやもやする。

なんだろう、このスッキリしない感じは。


「とりあえず、熱さましを出しておくから。これは今すぐ飲んでおくといい。あと、念のために胃薬も出しておく。これは抗生物質。食事は・・・この状態だと大変そうだな。おかゆか何かあればいいんだが」

「レトルトのかゆがあるから、それを温めて食べるよ」

「それがいい。風太君の食事は・・・」

「なんとかするさ」

「なんとかって、起き上がるのも苦しそうだぞ」

「大丈夫だ。熱さえ下がれば」

「夜、もう一度来てやろうか」

「え?」

「せんせい、またくるの?!」


風太が嬉しそうに飛び上がる。


あ・・・


まただ。


なんだか胸がもやもやする。

というか、チクリと痛むような・・・


「ああ、今日はこれからまた夕方まで診察があるけど、7時には終わるから。近所だし、夕飯作りにきてやるよ。風太君の食事とか、大変だろう」

「いや、気遣いは嬉しいけど俺一人でなんとかなるんで」

「遠慮しなくていいんだぜ。困った時はお互いさまじゃないか」

「だが・・・」

「せんせいきてくれるの、ふうたうれしい」

「風太!」


思わず語気を荒げてしまう。

そんな恭介の険しい表情と声音に、風太がビクンと肩を揺らす。

ただならぬ雰囲気に、常田は目を丸くして二人を見つめた。



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