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「いいか、風太。このお玉でタネをすくって、丸くなるように拡げるんだぞ」
「まるく?」
「そうだ。丸いかたちになるように、なるべく薄く拡げるんだ」
「うすく・・・」
「あんまり分厚いと火の通りが悪くなって中が生焼けになっちまうからな」
風太が真剣な表情でボウルをかき混ぜている。
見つめる先は、ホットプレートの鉄板だ。
そう、今、風太はパンケーキ作りに挑戦しているのだ。
事の始まりは、テレビの料理コーナーだった。
いつものように何ということもなくぼうっとバラエティー番組を見ていた風太だったが、その中にお料理コーナーのようなものがあり、司会者とゲストの若いアイドルがパンケーキ作りを披露したのだ。
それを見た風太がさっそく自分もやりたがり、恭介は大慌てでホットプレートを買ったのだった。
パンケーキならフライパンでもできるが、小柄な風太には炊事場のガスレンジには届かない。
いや、辛うじて届きはするが、片手で重いフライパンを持つのは危なっかしいし、背伸びした状態での調理はやりにくいだろう。
ホットプレートなら食卓に置いて落ち着いた状態でできるし、恭介もそばで手助けしやすい。
これまでホットプレートを使った料理をしたことはなかったが、よく考えてみたら焼肉とかお好み焼きとか焼きそばとか、子供が好きそうなメニューを作るにはもってこいのアイテムではないか。
「もっと早くに買っておけばよかったな」
「うん?」
「いや、なんでもない。それより風太、用意はいいか」
「うん。ま~るくするの」
ゆっくりとお玉をボウルから持ち上げる。
そのまま慎重にプレートの上にタネを拡げる。
「まあるく。まあるく」
爛々と目を輝かせながらホットプレートに身を乗り出す。
直径10センチくらいに薄く拡げると、上手くできたからか風太が満面の笑みを浮かべる。
その眩しい笑顔に恭介も幸せな気持ちになる。
「おおっ、良い感じにできたじゃねえか。上手だな、風太」
「ふうた、じょうず?」
「ああ、うまいぞ」
「へへ」
「しばらく待って、ぶつぶつができてきたらひっくり返す頃合いだ」
「ぶつぶつ?」
「表面に穴が空いてるだろ、あれがもうちょっとたくさん出てきたらひっくり返すんだよ」
「あっ、ぶつぶつできてきたっ」
「よし、じゃあこのヘラでひっくり返せ」
風太の手に握られていたお玉を取り、代わりにフライ返しを握らせてやる。
ここでタイミングよくひっくり返せれば上出来だが、なかなかコツがあって難しい。
まだ小さい風太にできるかどうか。
「いいか、ギュッと奥まで入れて一気にポンッとひっくり返すんだぞ。途中で止めたりするなよ」
「うん」
「勢いつけてやるんだぞ」
「うんっ」
「ほれ、焦げる前に急げ!」
「ううっ・・・うんしょっ・・・」
「よし、良い感じに奥までヘラが入ったな。そのままクイッとひっくり返してみろ」
「う・・・」
「大丈夫だ、できる。俺が“せーの”って言うから、そしたらクイッとやるんだ、いいな?」
「うん」
「よしいくぞ。せーの!」
「えいっ」
ポンッと軽やかな音とともにパンケーキがひっくり返る。
少しもたついたせいか表面が狐色より少し濃い茶色になってしまったが、これくらいなら許容範囲内だろう。
初めてにしては上出来だ。
「うまいじゃないか」
「ふうた、うまい?」
「ああ、初めてとは思えないよ。すごく良い色だ」
「へへ」
「あとはしばらく待って、もう一回ひっくり返せばできあがりだ」
「もいっかい?」
「ああ、そろそろいいんじゃないか」
「そろそろ・・・」
「ヘラを入れてみろ。そのまま持ち上げて色が付いたかどうか覗いてごらん」
「のぞくの?」
そうっとヘラでパンケーキを持ち上げると、恐る恐る下から覗いてみる。
大きな瞳がクリクリと動き、瞬きするたびに長い睫毛が音を立てているように見える。
好奇心でいっぱいの瞳が喜びに揺れる。
「きょうすけ、ぱんけーきおいしそうなの。もうできたの」
「狐色になってるか」
「きつねさん?」
「ああ、狐みたいな色になってればOKだ」
「うんとね、きつねさんとちょっとちがう・・・」
「どれ、見せてみろ」
風太の手からヘラを奪い取るとそのままポンッとパンケーキをひっくり返す。
瞬間、風太が大きな声を上げた。
「あっ!」
「なんだ、どうした」
「ふうたがやるの!ふうたがっ」
「ああ、すまん。おまえが最後までやりたかったのか」
「うう~~~」
恭介が勝手にひっくり返したことがお気に召さなかったのか、唇を尖らせて抗議をする。
眉間に皺を寄せ、ぷぅっと頬を膨らませる。
その姿がまた堪らなく愛らしいのだが、風太は真剣につむじを曲げてしまったようで、ちょっとまずいことになった。
「悪かったな、風太。すまんすまん」
「うう・・・ふうたがやるのにぃ・・・」
「まだいっぱい焼くだろ?1枚だけじゃ足りないじゃないか」
「まだやく?」
「ああ、風太も2枚くらいは食べるだろ?俺もそれくらいは食べるから、あと4、5枚は焼かなくちゃ」
「ふうたがやるの!」
「ああ、風太に任せた」
「うん!!」
機嫌を直した風太がニコニコとお玉を手に取る。
最初はぎこちなかった手つきも、3枚目4枚目となるとかなり慣れたものとなり、焼き色も美味しそうな狐色に仕上がるようになった。
皿に積み上がったパンケーキの上に、バターのブロックを乗せるといい塩梅に溶けていく。
メープルシロップをかければ美味しそうなパンケーキのできあがりだ。
三枚重ねにしたパンケーキが2皿、食卓の上に置かれると風太が手を叩いて喜んだ。
見た目もなかなかいい感じに仕上がったではないか。
以前にも感じたことだが、風太は人間の子供にしては手先がかなり器用だ。
そのあたりは猫だからかもしれない。
猫は器用な生き物だと言うし。
ウキウキとタネがなくなるまで焼き続けた風太は、結局食べる頃には冷めた状態のパンケーキを頬張る羽目になり、ちょっと残念そうにしていた。
だが、食べる楽しみより焼く楽しみの方が勝ったようだ。
終始ご機嫌で、見ている恭介の方まで幸せな気分になってくる。
「うまいか、風太」
「うん。でもちょっとつめたいの」
「そうだな。ほかほかのパンケーキじゃなくて残念だけど、でも上手に焼けてよかったじゃないか」
「パンケーキ、楽しいの」
「そうか、楽しいか」
「また焼くの」
「ああ、今度また焼こうな」
頬を膨らませてそう言う風太の口元に着いた生クリームを取ってやる。
ペロッと舐めるとそれは、何とも言えない甘い味がした。




