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東京に戻る車中である。
海水浴を楽しみ、アドベンチャーワールドで動物たちと戯れた風太はよほどうれしかったのか、ずっとそのことを興奮気味に話していたが、いつしか電池が切れたかのようにパタンと眠ってしまった。
助手席にちょこんと座る小さな体。
その小さな上半身より一回り大きい、白熊のぬいぐるみにもたれかかっている。
結局あれからもう一度土産物屋に戻り、パンダとイルカとペンギンと白熊のぬいぐるみを買った。
さすがにこれだけの数のぬいぐるみを一気に運ぶのは大変だった。
それでも風太を喜ばせてやりたくて、恭介は両手背中にぬいぐるみを抱え、駐車場まで運んだのだ。
もちろん、風太も手伝った。
それほど大きくないペンギンのぬいぐるみと、その他こまごました土産類は風太が運んだ。
後部座席には、それらのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
「ま、風太が喜ぶならそれでいいんだけどな」
ぬいぐるみを目の前に大はしゃぎだった風太。
喜びを体中で表して、ぴょんぴょん飛び跳ねては満面の笑みを浮かべ、「かわいい、かわいい」を連呼する。
店員はもちろんのこと、周りにいた客もほほえましげに風太を眺めていた。
人気動物のぬいぐるみには様々なサイズがあって、片手で持てるものから巨大なものまで幅広いセレクションだ。
パンダのぬいぐるみなんて、大きすぎて風太と背丈も変わらない。
結構な値段がしたが、清水買いしてしまった。
後悔はしていない。
日頃、めったに外に行くことのない風太にとって、これくらいの楽しみがあったって罰は当たらないだろう。
「・・・・・・さん・・・」
「風太?」
ふと横を見やると、風太があどけない顔をしてむにゃむにゃと寝言を言っている。
綻んだ口元はピンクで、まるでさくらんぼだ。
「ふふ・・・」
どうやら楽しい夢を見ているようだ。
動物と戯れでもしているのだろうか。
夢の中でペンギンと散歩でもしているのかもしれない。
いや、イルカに乗ってたりして・・・。
そういや昔、イルカに乗った少年のアニメがあった。
「ん・・・・・・」
むにゃむにゃと寝返りを打つ風太の横顔を見つめる。
ふっくらしたほっぺが、餅みたいで旨そうだ。
思わずかぶりつきたくなる衝動を抑える。
「んうぅ・・・」
再び態勢を変えようと体を動かした風太が、体を恭介のほうに向けてきた。
その瞬間。
ポンッと白い猫耳が頭から飛び出した。
よく見ると尻尾も出ている。
「風太?」
返事はない。
聞こえてくるのは寝息だけだ。
起こすのは気の毒なのでそのままにしておくことにする。
スースーと心地良い寝息が車内に響く。
耳と尻尾が出た状態の風太は、極悪なくらいに可愛らしい。
こんなところを誰かに見られたら大変だが、幸い国道を走る車の中まで覗く者はいないだろう。
ぬいぐるみを山ほど乗せているし、たとえ一瞬猫耳姿の風太が目に入ったとしても、人形かなにかだと思うに違いない。
だからそこまで神経質になる必要はないとは思うのだが、つい心配してしまうのだ。
「むにゃむにゃ・・・」
白熊に顔を埋める風太の耳を、そっと触ってみる。
起こしちゃいけないと思いつつも、衝動に抗えない恭介だ。
柔らかな白い耳は、ビロードのように滑らかだ。
内側はほんのり桜色で、猫の姿になった時の肉球と同じ色だ。
起きないのをいいことに、恭介は何度もその柔らかな猫耳を撫でた。
するとピクピクッと耳が動いたかと思うと、ゆっくりとその目が開く。
しまった、起こしてしまったか。
「風太・・・?」
「んうぅ~~~」
「すまん、風太。起こしちまったな」
「きょうすけ・・・?」
「ああ、ごめんな。ただ耳が出てたから」
「おみみ・・・?」
「おまえ、寝てる間に耳が出ちまってたぞ」
「おみみ・・・でちゃったの」
「まあ、車ん中だし誰も見えねぇから別にかまわないけどさ」
「おみみでててもいいの?」
「今はいいよ」
「ふわああぁぁぁぁ~~~」
「いい欠伸だな。まだ眠いだろ、寝てていいぞ」
「おうち、まだ?」
「そうだな、まだまだだ。もう少ししたらサービスエリアでちょっと休憩しようか」
「きゅうけい?」
「ああ。トイレにも行かなきゃだしな」
「ふうた、おしっこでないよ」
「風太はな。でも俺はトイレに行っておかないと後で困るんだ」
「きょうすけ、おしっこする?」
「おしっこもだが、そろそろ腹も減ってきたし」
「ごはん!」
急にスイッチが入ったのか、風太がシャキンとする。
眠ってて空腹だったことに気が付かなかったようだ。
「ふうたもごはんたべる」
「ああ、食べような」
「ぱんださんのごはん、あるかなぁ~」
「いや、そりゃ無理だ。あれはどこにでもあるもんじゃねえから」
「だめなの?」
「そんなにパンダライスが気に入ったのか?」
「うん。ぱんださん、かわいいの」
「じゃあ、今度俺が作ってやる」
「きょうすけが?つくる?ほんと?!」
「ああ、あれくらいなら俺だって作れるさ。楽しみに待っとけ」
「うん!」
パンダライスと言っても、海苔で耳と目の部分を作って白米に乗せているだけなのだ。
大した技術は必要ない。
それだけでこんなにも喜んでくれるなら、安いものだ。
あと数時間で東京に着く。
たった3日間家を空けただけだというのに、妙に懐かしい感じがする。
この夏の思い出を胸に、帰路を急ぐ二人だった。




