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頬を薔薇色に染めて期待に胸躍らせる風太を乗せ、ジープが発車する。
サファリツアーはこの広大な敷地を誇る体験型動物園の、一番のアトラクションと言っていいだろう。
アフリカにある国立公園をイメージして作られた施設なのだろうが、もちろん本物のサバンナのようにはいかないが、それでも十分に迫力を味わうことができる。
「あっ、らいおんさんっ」
しばらく進むと、ライオンの群れが見えてきた。
ライオンの群れのことを英語では“プライド”と呼ぶそうだ。
百獣の王の群れらしい呼び名だと、妙に感心してしまう。
ちなみに狼の群れは“パック”というらしい。
「すごいねぇ~らいおんさん、おっきい~」
「ああ、そうだな」
「あっ、おかおあらってる」
「こうして見ると、デカい猫って感じだな」
「ねこ?らいおんさんはねこなの?」
「ん?いや・・・まあ、そうだな。猫科の一種だからな」
「じゃあ、らいおんさんはふうたといっしょ?」
「一緒じゃあねえが、遠い親戚って感じかな」
「しんせき?」
「ああ、親戚つってもわかんないか・・・えっと、そうだ、仲間だ仲間。ライオンも猫も仲間みたいなもんだ」
「なかま?おともだち?」
「ん・・・まあ、そうだな。友達だ、友達(厳密には違うけど)」
「ふを~~~」
目をまん丸にしてライオンを眺める風太を、恭介は愛おしげに見つめた。
ライオンたちは観光客慣れしているのか、そばにジープがやってきてもわれ関せずといったところだ。
だらんと横たわって昼寝しているものもいれば、互いに毛づくろいしあっているものもいる。
雄ライオンはもっと猛々しいものかと思ったが、ここでは餌の心配をする必要がないからか、ちょっとだらしなく寝そべっていてユーモラスでさえある。
本来ならシマウマあたりを追って広大な草原を走っているところなのだろうが。
こうして平穏に暮らせることは、彼らにとって幸せなのかどうか・・・
「らいおんさん、こっちこないかな~」
「うん?そりゃあ無理だろ」
「むり?」
「こっちに来られたらちょっと怖いしな」
「こわい?らいおんさんこわいの?」
「肉食獣だからな」
「にくしょく・・・」
「ライオンはシマウマとか鹿とか襲って食べるんだ。俺たち人間も、あいつらからすれば餌にしか見えないかもしれないぞ」
「ふをっ?!」
一瞬、風太の顔がこわばる。
餌と言われて驚いたのかもしれない。
小さな手が恭介のTシャツを掴んでくる。
怖がらせてしまったかと、優しくその肩を抱いた。
「大丈夫、ここまで来やしないさ。こうやって、ちょっと離れたところから見てれば安全だ」
「ふうたたち、えさになっちゃう・・・」
「いや、離れてるし車の中にいるから大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ああ。本当だ」
「ふうた、たべられない?」
「食べられないさ。それに風太に何かあったら俺が必ず守ってやる。だから安心しな」
「うん」
ホッとしたのか、風太の顔から不安の色が消えた。
それにしてもやはりライオンはデカい。
大型肉食獣の中では、アムールトラが最大なのだそうだ。
アムールトラとはシベリアに住むトラのことで、インドに住むベンガルトラより大型らしい。
なんと、アジアゾウを倒したこともあるとか。
サバンナにはトラはいないので、アフリカ大陸最大の肉食獣はライオン、ユーラシア大陸最大の肉食獣はトラということになるのだろう。
あ、いや、ヒグマがいたか。
なんて思っていたら、いつの間にか目の前はヒグマゾーンになっていた。
「ぷーさん!」
風太が嬉しそうに声を上げると、周りの客から微笑ましげな笑い声が漏れる。
「ぷーさん!きょうすけ、ぷーさんなの!」
「ああ、そうだな」
「かわいいの」
「いや・・・まあそうだな」
風太は絵本に出てくる『熊のプーさん』を思い出しているのだろうが、こうして実物の熊を見ると可愛いとは到底思えない。
やっぱり猛獣という感じがするのだ。
ツキノワグマあたりはまだ、顔付きも可愛いと言えないこともないが、ヒグマは見るからに怖い。
絵本に出てくるほのぼのした感じは、全くと言っていいほどない。
だが、ヒグマは肉食ではなく雑食だと聞く。
プーさんだって蜂蜜を食べているくらいだから、案外そこまで獰猛ではないのかもしれない。
特にここにいる熊たちはみな餌を与えられていて常に腹が満たされているわけだから、野生の熊とは違いきっとのほほんとしているだろう。
そう思えば、可愛くないこともないかもしれない・・・
熊を嬉しそうに眺める風太は、終始ご機嫌だ。
ぷーさん、ぷーさんと熊に向かって手を振っている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「楽しいか、風太」
「うんっ」
「そりゃあよかった」
ウキウキしている風太の横顔を眺めているのは楽しい。
動物たちの表情より、風太のほうが気になる恭介である。
こんなに喜んでくれるなんて、連れてきたかいがあったというもの。
小一時間ほどのジープツアーを終えると、次はコツメカワウソのふれあいタイムに参加する。
こちらは無料でカワウソを撫でたりできる催しだ。
予想通り、子連れのファミリーたちが集まっている。
可愛い、可愛いを連発する風太をなだめながら、恭介もふれあいタイムを楽しんだ。
やはり小動物はいい。
熊もライオンもチータも、それぞれにダイナミックで見ごたえがあったが、こうやってそばで実際に動物と触れ合えるというのは貴重な経験だ。
カワウソなんていまいちピンとこなかった恭介だが、案外愛嬌のある動物だ。
ウサギのようなふわふわ感はないが、つぶらな瞳が可愛らしい。
見ているだけでも癒されるが、触れることでさらに心が浄化されていくようだ。
まあ、これだけの人間にあちこち撫でられるほうは、たまったもんじゃないかもしれないが。
「かわうそさん、かわいかった~」
「満足したか、風太」
「まんぞく・・・」
「楽しかったか?」
「うんっ」
「そうか、よかったな」
「きょうすけは?」
「俺か?俺はおまえが楽しかったらいつでも楽しいんだ」
「ふうたもだよ」
「え?」
「ふうたも、きょうすけといっしょだとたのしいの」
「そうか・・・俺と一緒だと楽しいか」
「うんっ」
風太の笑顔に気をよくした恭介は、ギュッと小さな手を握りしめた。
2人して手を振りながら歩く。
ごきげんな風太はスキップして鼻歌を歌っている。
どこかで聞いたことのあるアニメソングだ。
微笑ましい光景は行きかう人たちの注目の的だ。
親子連れの中、微妙な年齢差の二人はどんなふうに映っているだろうか。
若い男と小学生くらいの少年。
兄弟には見えないだろうから、叔父と甥っ子?
いや、風太はどう見ても西洋人にしか見えないから、血縁とは考えにくいだろう。
2人で出かけるとやたらと視線を感じるのは、風太が可愛いからというだけではないのかもしれない。
あの二人はどういう関係なのだろうかという、好奇の目かも知れない。
想像以上に自分たちが目立つ存在であることに、ここ最近恭介は気付き始めていた。
こうして観光地にやってくると、特にそれをひしひしと感じる。
そしてそのことが、一抹の不安を抱かせるのだった。




