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まるで大名行列のようにペンギンたちが歩いている。
よちよち歩く姿はどこか滑稽でもあり、だがやはり愛らしさが勝っていると言えよう。
シャッターチャンスとばかりに観客たちがレンズを向けている。
愛嬌たっぷりのペンギンの行進は、見ているだけで微笑ましい。
「きょうすけ、ぺんぎんさん!ぺんぎんさんいるよ!」
興奮して頬を薔薇色に染める風太。
こんなに喜んでくれるなんて、遥々東京から来たかいがあったというものだ。
もちろん、恭介自身もこうして愛らしい動物や珍しい動物を見ることで、癒されている。
いつも家の近所くらいしか出かけることのない二人にとって、最高の夏休みと言えるのではないだろうか。
「かわいいっ。ぺんぎんさん、すごくかわいい」
「ああ、可愛いな」
「ふを~・・・」
15分ほどでペンギンのパレードは終了した。
時間にするとあっという間だったが、風太は十分堪能したようだ。
朝からずっと可愛い可愛いを連発し頬を緩めっぱなしの風太だが、これから見に行くツアーは事前に申し込んでいる有料ツアーで、猛獣がメインとなるものだ。
ライオンやチーターといった肉食獣を、ジープに乗って案内してもらうのだが、これが迫力満点だというので恭介は個人的にかなり楽しみにしている。
猫科の野生動物は、風太にとっても遠い親戚のようなものだ。
きっと興味があるに違いない。
実際、テレビの動物番組を見ていても、ライオンやトラなどにかなり反応を示しているので、間近で見たらもっと楽しめるだろう。
「風太、次はライオンやチーターを見に行くんだぞ」
「らいおんさん!」
「楽しみだな」
「うんっ」
一時間ほど車に乗りっぱなしになるので、事前にトイレに行っておく。
とはいえ、風太はあまりトイレに行きたがらない。
一日に2回くらいしか、行かないのだ。
これは何かの病気ではないかと最初は心配したが、どうやら人間の姿かたちをしている時でも、排泄に関しては猫と同じみたいなのだ。
猫は一日に2、3回しか排泄しない。
人間とは大違いだ。
朝にトイレに行くと、夜遅くまで一度も行かないこともある。
こうやって外出する時などは便利だが、人間の恭介の方はそうはいかない。
「風太、おしっこは大丈夫か」
「ふうたへいきだよ」
「そうか」
一緒にトイレに入っても、恭介だけが用を足すことがほとんどである。
外で待たせるのは不安なので、外出時は片時も離さないようにしているのだ。
これほど可愛らしいのだ、誰かに誘拐されないとも限らない。
いつもは恭介が用を足している横で、風太は手持ち無沙汰に突っ立っているだけなのだが、なんだか妙に視線を感じるのでふと横を見ると、大きな瞳をクリクリさせながらある一点を見つめている。
そう、恭介のイチモツを・・・
「風太・・・?」
「おっきい・・・」
「へ?!」
「おっきいね」
「お・・・おっきいって何が」
「きょうすけのおちんちん、おっきい」
「そ、それは・・・」
じっと見つめられてなんだかおかしな気分になってくる。
たまたま他に誰も客がいないからいいようなものの、これはちょっと気まずい雰囲気だ。
風太にしてみれば、ただ単に自分のと比べて恭介のモノが大きいという驚きなのだろうが、これまでだって何度も一緒に風呂に入ったりしているのに、なぜこんな場所で今さらそんなことを言うのか。
妙な心持になりつつも何とか用を足し、そそくさとジッパーを上げる。
それでも風太はまだ恭介の股間のあたりを見つめていた。
「俺は大人だからな、体もデカい。風太はまだ小さいから」
辛うじてそれだけ言うと、洗面台で手を洗う。
鏡に写った自分の顔はどこか焦りにも似た表情をしている。
「きょうすけ、おとな?」
「ああ。俺はもう四捨五入すれば三十だからな」
「ししゃ・・・」
「四捨五入はわかんないか。えっと、もうすぐ三十歳になるんだよ」
「さんじゅう?」
「そう。風太はまだ子供だからな」
「ふうた、こどもなの?あかちゃん?」
「いや、赤ちゃんじゃないな。だけど大人でもない」
「うう・・・」
「なんていうか、赤ちゃんと大人の間くらいかな」
「あいだ・・・」
神妙な顔になった風太が、今度は縋るような目で見上げてくる。
「ふうた、なんさい?」
「え?」
「ふうたもきょうすけみたいになる?」
コテンと小首を傾げて問いかけてくる風太に、なんと答えればいいのかわからなくなる。
風太の見た目は小学生くらいだろう。
体格的には高学年と言えなくもないが、全体的に華奢なのとあどけない顔つきから受ける印象が幼いせいもあって、10歳くらいに見えるのではないかと思う。
しゃべればさらに幼い感じがする。
一応ちゃんとした言葉は話せるが、元が猫なだけに難しい概念は理解できない。
そういや、一度風太が大人の姿になったことがあったな・・・
あれは満月の夜だったか、それとも新月の夜だったか。
突然色っぽい青年になって驚いたものだった。
布団の上で白い肢体を絡ませてきた、北欧の貴公子のような美しい青年。
思い出しただけで、胸がドキドキしてくる。
そう、風太は妖しの者なのだ。
ヒトの姿を取っていても、本当の意味でのヒトではない。
自由自在に変化できる存在なのだ。
年がいくつなのか、もはや恭介の常識的な推測は意味をなさないだろう。
だがここで風太が自分の年齢のことを気にする理由はなんだろう。
恭介と自分を比較して、何か思うところがあるのだろうか。
それを問い正したい気もするが、今は時間がない。
もうすぐツアーの出発場所に行かなくてはならないからだ。
「さ、風太。そろそろ急がないと。サファリツアーに行くんだろ」
「らいおんさん?」
「そうだ。チーターもいるぞ」
「ちーたさん。かけっこはやいの」
「ああ、チーターは陸上最速の動物だからな」
「らいおんさんもはしる?」
「そりゃ走るさ。ライオンだってチーターほどじゃないが、走ったら結構速いと思うぜ」
「ふを・・・」
「きっと今日も元気に走ってるんじゃないか」
「はしってとおくにいっちゃう?」
「ん?」
「ちかくでみれない?」
「そんなことないさ。俺たちもジープでそばまで行くから近くで見れるぞ」
「ほんと?」
「ああ」
「らいおんさんとちーたさん、ふうたとおともだちになれるかな」
いや、いくら同じ猫科だからってそれは無理だろう。
そう思った恭介だったが、賢明にもそれは口にはしなかった。




