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レストラン内部は広くて明るく、開放感に溢れている。
通された席は幸運にも窓際で、燦々とした南紀の陽射しが眩しいくらいだ。
慌てて日焼け止めを出すと風太の顔や首元、そして剥き出しの白い腕にも塗ってやる。
青磁のような風太の肌を傷付けないように、恭介は日頃から細心の注意を払っている。
都内と比べるとここは紫外線がきついようだ。
真っ白な風太の肌を守るためには、こまめに日焼け止めを塗る必要があるだろう。
風太はメインクーンという種類の猫である。
メインクーンというのはアメリカのメイン州の土着猫らしい。
メイン州と言われても今ひとつピンとこないが、冬は軽く氷点下10度にもなるくらいに寒く、逆に盛夏でも20度にも満たないため避暑地として人気の場所だという。
おおかたの猫は寒さに弱いが、雪国出身のメインクーンは日本の冬なんてへっちゃら、ただし夏はぐったりというのがデフォルトのようで、風太も冬場は元気溌剌で外に出たがる。
こうして人間のすがたを取っていると、風太が猫であることをついつい忘れてしまいがちだが。
「さ、これで大丈夫だ」
「おくすり、もういいの?」
「ん?ああ、いいぞ。薬じゃなくて日焼け止めだけどな」
「ひやけどめ・・・」
「これを塗っとけばお日様に当たっても大丈夫なんだ」
「おひさま、まぶしいね」
「ああ、夏だからな」
「ふうた、なつすき」
「そうか、夏が好きか」
「うみでおよぐの」
「ああ、楽しかったか」
「うんっ。ぷかぷかするの。楽しかったの」
「冬とどっちが好きだ?」
「んっとねぇ・・・」
さくらんぼのような唇を尖らせ、大きな目をぱちくりさせる。
真剣に考えている時の表情だ。
「ふうた、どっちもすき」
「そうか」
「ふゆもすきなの」
「風太は寒いの平気だもんな」
「おそとであそぶの」
今年の冬も何度か雪が降ったが、風太は嬉しそうに庭に飛び出て遊んでいた。
子供の頃ならまだしも、いい大人になってからは雪遊びなんてしたことのない恭介は、風太につき合わされて長時間雪だるまを作っているうち、あわや風邪を引くところだった。
それでも、なるだけ風太の望むようにさせてやりたいと思ってしまうのである。
「風太、何が食べたい?」
「うん?」
「ほら、注文しなきゃなんないだろ」
「ぱんださん!」
「パンダランチにするか?」
「うん!」
「このハンバーグプレートでいいか?ライスがパンダの形をしてるぞ」
「かわいい・・・」
メニューを食い入るように見つめる風太の顔が、綻んでいる。
ただのハンバーグランチなのだが、ライスがパンダ仕様になっている。
耳や目の黒い部分は海苔だろうか。
子供にはたまらない一品だろう。
周りを見渡してみると、小さな子供はパンダプレートかパンダカレーを食べているようだ。
ほかにも、トラの形をしたプレートもある。
風太にはパンダプレートを、自分には普通の和食のセットを頼む。
こういうところの食事はあまり味は期待できない。
それよりも、非日常的空間を楽しむためにあるのだろう。
さほど待たされることもなく、恭介たちが注文した料理がやってきた。
「ほら、風太。パンダプレートだぞ」
「ふを~~~!!!」
愛らしいパンダを前に、風太が興奮の雄叫びを上げる。
何ごとかと隣のテーブルのカップルがこちらを振り返ったが、風太の可愛らしさにノックアウトされたのか、女の方が「あの子、可愛い」と男に言っているのが聞こえてくる。
そうだろう、そうだろう。
風太より可愛い人間などこの世に存在しないんだからな。
心の中でそうほくそ笑みながら、器用にナイフとフォークでハンバーグを切る風太を見つめる。
一口含むと「おいしい!」とこれまた満面の笑み。
本当に、どうしてこう何をやっても可愛らしいのだろう。
思わず自分の食事も忘れて見入っていまいそうになる。
「きょうすけ、たべないの?」
「ん?」
「おなか、すいてないの?」
「や・・・いや、そんなことないぞ。俺も食べるよ」
いかんいかん、見惚れてないで自分も食べなくては。
海老のてんぷらを頬張りながら、頭の中でこの後の予定をざっくりおさらいする。
確かあと30分ほどでペンギンの散歩の時間のはずだ。
飼育員たちと一緒に園内を散歩するペンギンたちを、すぐそばで見られるという人気のアトラクション。
アトラクションと言っても、無料である。
きっと風太も喜ぶだろう。
「飯食ったら、ペンギンの散歩を見に行こうな」
「ぺんぎんさん」
「ああ、ペンギンだ」
「ぺんぎんさん、かわいいね」
「そうだな」
おまえの方がずっと可愛いけどな、という言葉は飲み込む。
パンダの形をしたライスは、もう3分の2ほどなくなっている。
食べるのが可哀相だとか言われたらどうしようかという恭介の杞憂をよそに、風太はひたすら嬉しそうに食べ続ける。
こういうところはやはり、猫ならではなのかもしれない。
ひとしきり食事を楽しみ、恭介はコーヒーを、風太はデザートのプリンを食べた。
「ふぅ~、食った、食った」
「ふうた、おなかいっぱい」
「美味かったか」
「うん、はんばーぐ、おいしかった。ぷりんも」
「そりゃよかった」
「きょうすけは?」
「俺の方はまあ・・・」
普通だな、と言いかけて言葉を濁す。
こういう時は素直に美味かったと言うべきか。
「そうだな、俺のも美味かったよ」
にこやかにそう言うと、風太が嬉しそうに笑う。
やはりこいつの笑顔に勝てるものはないな。
もう少しゆっくりと食後のコーヒータイムを楽しみたいところだが、相変わらずレストラン入り口には長蛇の列ができていて、いつまでも陣取っているわけにもいかない雰囲気だ。
それに、ペンギンの散歩もある。
食事はサクッと済ませて次の行動に出ないと、午後の予定が狂ってしまうだろう。
「よし、行くか」
「もういくの?」
「ああ、ペンギンの散歩、見に行くだろう?」
「ぺんぎんさん!」
「ほれ、急がないとペンギンたちが行っちゃうぞ」
言い終わらないうちに風太がぴょこんと立ち上がる。
いそいそとリュックを背負う様子が可愛らしい。
期待に満ちた表情からは、もうペンギンのことしか頭にないというのが見て取れる。
手早く会計を済ませると、風太の手を握りしめ店を後にする。
「うへぇ~~~すげぇ眩しい!」
「おひさま、まぶしいね」
「あっちいなぁ~」
冷房の効いた屋内から外に出ると、真夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。
一瞬くらっと来そうだ。
だが風太は元気溌剌で、全く疲れた様子はない。
「さて、ペンギンの散歩を見に行くか」
「うんっ」
手を繋ぎながら遊歩道に向かう二人だった。




