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南紀白浜、二日目の朝である。
昨夜は二人で早々に床に就いたため、目が覚めたのは6時前だった。
それでもすでに外は眩しいくらいに朝日が照りつけており、大きな窓から入り込む陽射しは今日も暑くなりそうな予感を孕んでいる。
オーシャンビューが自慢の旅館だけあって、眼下に広がる青い海はいかにもリゾートという気分を味あわせてくれる。
「きれい・・・」
「ああ、本当にな」
布団の中でゆっくりと朝の準備をする。
朝食は7時からなので、それまで風太と二人で温泉に入ることにした。
なんと優雅なバカンスだろうか。
朝日を浴びながら温泉に浸かり、二人ともお肌すべすべだ。
風太の白い肌は温泉の効能もあってか、まるで白磁のように美しい。
いや、真珠といったほうがいいかもしれない。
ゆっくり風呂に浸かり、朝から豪勢な朝食をいただく。
昨晩あれほど食べたと言うのに、二人ともそれなりに腹が減っているから不思議だ。
朝食も豪華で、風太は嬉しそうにぺろりと平らげた。
「さて、出かける準備しないとな」
「じゅんび?」
「そう。アドベンチャーワールドに行くんだろ」
「ぱんださん!」
「ああ、パンダに会えるぞ」
「わ~~~い!ふうた、ぱんださんすき、ぱんださんとあそぶのっ」
「いや・・・遊ぶのは無理だと思うが・・・」
「だめ?」
「う~ん・・・パンダは見るだけなんだよ」
「みるだけ・・・」
「だけど、そばで見られるぞ。すっげぇ可愛いぞ」
「うんっ」
どうやら風太はパンダと遊べると思っていたようだ。
そういやテレビ番組では、若い女性タレントがパンダの子供と戯れるといった企画を放送していた。
実は有料アトラクションに申し込めば、バックヤードに入って直接パンダに餌をやったりできるのだが、風太にはそのことを教えていない。
できることなら風太に色んな動物と触れ合わせてやりたいが、風太は普通の子供ではない。
元は猫なのだ。
野生の本能で万が一なにか起きた場合、大勢人がいる場所ではフォローができない。
恭介としては、なるだけリスクは冒したくないのだ。
心の中で風太に謝りつつも、今回は見るだけに徹しようと思っている。
とりあえずパンダに会えることには間違いないので、なんとか風太を納得させたのだった。
本日の風太のコーディネイトは、オレンジのTシャツにカーキの短パンだ。
暑いので足元は茶色のサンダルを履いている。
陽射しを避けるためのサンバイザーが、いつもよりスポーティーな装いを演出している。
こういう格好もなかなか似合うじゃないかと、恭介は眦を下げた。
この日のために買った赤いリュックは、某高級ブランドのキッズラインだ。
そこそこ高かったが、可愛くてたくさん荷物も入るので気に入っている。
風太も気に入ったらしく、このところお出かけというと必ずこのリュックを背負っている。
「よし、じゃあロビーまで行くか」
「うんっ」
このホテルは、アドベンチャーワールドまで送迎バスが出ている。
ロビーで待っていれば声をかけてくれるという、至れり尽くせりなサービスで宿泊客に人気だ。
しかもバスで15分ほどの距離というありがたさ。
ほどなく送迎バスが到着し、ロビーで待っていた親子連れや女性客が続々と乗り込む。
恭介と風太も後に続いた。
二人を乗せたバスは、青空の下一路アドベンチャーワールドまで向かう。
もうすぐパンダに会えると思うとウキウキするのか、風太は超ご機嫌で眩しい笑顔を振りまいた。
あっという間にバスが到着し、興奮した風太はわれ先にと外に飛び出そうとする。
9時半開演ということだが、すでに入口付近は観光客でいっぱいだ。
半年ほど前に生まれたパンダの双子姉妹を一目見ようと、全国から人が集まってくるからだろう。
こんな人ごみではぐれてしまっては大変だ。
慌てて風太の手を握り、ゆっくりとバスから降りる。
「ふを~~~」
たくさんの人、広大な入口を目にした風太は、大きな目を爛々と輝かせている。
早く入りたいとばかりに恭介の手をグイグイ引っ張る様子が愛らしい。
「パンダの赤ちゃんのミルクタイムってのがあるらしいぞ」
「みるく?あかちゃん、みるくのむの?」
「そうだ。その時間を狙ってパンダのところに行こう。とりあえずまずは・・・」
「いるかさん!」
「イルカのショーは10時30過ぎてからだから、先にペンギンを見に行かないか」
「ぺんぎんさん?」
「ああ。先にペンギンを見て、そのあとイルカのショーを見に行こう」
この動物園には多くの陸海問わず多種類の動物がいるが、全てを一日で見て回るのは無理がある。
風太が興味を持ったのは、イルカとペンギン、シロクマ、パンダ、ライオンといったところだ。
なのでまずはお目当ての動物たちを見て、時間が余れば他も回ることにする。
午後にサファリ内をバスで巡るツアーに参加すべく、チケットは購入済みだ。
乗り物の中からライオンやチーターなどを見ることができるという、面白そうなツアーである。
ペンギンのいる舎は、エントランスから比較的近いところにあるとはいえ、それなりに歩く。
まだ朝の9時半だが既に気温は高い。
南紀というだけあって、まるで南国のような陽射しだ。
風太には日焼け止めを塗ってあるが、こまめに塗り直したほうがよさそうだ。
「ふを~~~!!!」
「お、ペンギンだな」
ペンギンを前に、風太が歓喜の雄叫びを上げる。
こちらの園には7種類のペンギンがいて、常時4種類が観覧できるそうだ。
よちよち姿がどこかユーモラスで、こんな鈍そうな動き方でよく生き残ってこれたものだと感心する。
「ぺんぎんさん、かわいいね」
「ああ、そうだな」
「あれ、あかちゃん?」
「どうだろう。小さいからそうかもな」
きらきらした瞳でペンギンを見つめる風太のほうこそ、これ以上ないくらいに可愛い。
しばらく口を開けながらペンギンを見つめ、動くたびに手を叩いて喜ぶ風太だったが、そろそろ次の場所に移動したほうがいいだろう。
「風太、シロクマのところに行かないか」
「しろくまさん?」
「ああ、シロクマも見たいって言ってただろ」
「うん!」
シロクマは正式名はホッキョクグマと言うらしい。
だからといって、北極のみに生息しているわけではなく、アラスカやロシアにも姿を現すそうだ。
大きな体で泳ぐ姿は迫力満点で、風太も目を丸くしている。
ザブンと水に飛び込み、優雅に泳ぐ。
熊と言うと狂暴なイメージがあるが、シロクマは目付きが優しくあまり猛獣という感じがしない。
「くまさん、おおきいね」
「ああ、そうだな。熊の仲間では一番体が大きいそうだ」
「ふを~・・・」
「でも優しそうな目してるよな」
「くまさん、おめめかわいいの」
「なんつうか、つぶらな瞳だよな。黒目がちで」
「かわいい~~~」
熊が愛くるしい仕草をするたびに、風太だけでなく他の客からも「かわいい」という声が上がる。
なるほど、これなら人気が出るのもわかるというものだ。
シロクマグッズが売れているのも、納得がいく。
「風太、そろそろイルカのショーが始まるぞ」
「いるかさんっ?!」
「ああ、イルカのショーだ。見に行くだろ」
「うんっ」
風太の手を繋ぎ、イルカのショーが開催されるビッグオーシャンに向かう。
20分ほどのショーだが、イルカがジャンプしたり芸をしたり、子供にはたまらないアトラクションとなっている。
興奮して喜ぶだろう風太の楽しそうな顔を想像するだけで、幸せな気分になる恭介だ。
思わず向かう足も速くなる。
風太が転ばないよう気を付けながら、会場を目指す。
いよいよ本日最初のハイライト、イルカショーの始まりだ。




