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海を堪能した風太を連れてホテルに戻る。

あまり長時間いても疲れるだろうし、風太の白い肌が日焼けでもしては大変だと、そこそこのところで切り上げてきた。

部屋に戻ると風太は座椅子のところで丸くなって眠ってしまった。

やはり初めての海は、風太の体力をかなり奪ったようだ。

夏場とはいえ室内は冷房が効いていてそれなりに冷える。

風邪を引かないように、押し入れからブランケットを引っ張り出すと、眠る風太に掛けてやる。

それでも風太は目を開けずに昏々と眠っている。


「まあな、猫だからな」


猫は寝るから「寝子」なんだし・・・と、自分を納得させながら茶を入れて一服していると、そのうち仲居がやってきて夕飯を何時にするか聞いてきた。

早い時間にスタートすることもできるらしい。

時計を見るとまだ5時前だ。

少し腹が減った気もするが、風太はまだ寝ているしもう少し後にすることにする。

それに、先に露天風呂に行ったほうがよさそうだ。

何となく自分の体が磯臭い。


すやすやと寝息を立てて眠る風太の幸せそうな顔を見ているだけで、心の中がほかほかしてくる。

あれほど行きたがっていた海に連れてきたのは、やはり正解だった。

一緒に泳いでいるところを、荷物番を頼んでいた家族連れの父親が動画で撮ってくれていたのもありがたかった。

どうやら風太が可愛いと盛り上がっていた娘に言われて撮ったらしいのだが、恭介たちにも送ってくれるという。

PCのメアドを教えるついでに互いに自己紹介したら、なんとただのぼんやりした中年に見えた男は、誰もが知る上場企業の重役で、奥さんの実家が関西で白浜に別荘を持っているのだそうだ。

娘がいたく風太を気に入り、可愛い可愛いと騒ぎ立てるものだから、娘に甘い父親は奮起して風太の動画や写真を撮ってくれていたようだった。

もしよければ一度東京の自宅に遊びに来てほしいとまで言われ、恐縮してしまった。

フリーのウェブデザイナーだと言うと、一度詳しい話が聞きたいとのことで、帰京したら一度ミーティングをとまで話は広がり、うまくいけば大きな仕事が舞い込みそうな勢いだ。


なんだか、風太といるといつも良いことが起きる気がする。

やはり風太は福を招く、招き猫に違いない。


「ん・・・」


寝返りを打ったと同時に、大きな目がパッチリと開く。


「風太、起きたか」

「んん・・・きょうすけ・・・?」

「ああ、まだ寝ててもいいが、風呂に行かないか」

「おふろ?」

「そうだ。露天風呂だぞ」

「ろてんぶろ・・・」

「目の前に海が見える大きなお風呂だ」

「海っ?!」


海に反応して飛び起きたと同時に、可愛い耳がぴょこんと飛び出す。


「風太、耳、耳っ!」

「あ、いけない」


てへ、と舌を出すと両手で耳を押さえる。

「おみみ、おみみ・・・」とまるで呪文を唱えるように、出した耳を引っ込める風太。

その仕草があまりにも可愛くて悶絶してしまう恭介だ。

露天風呂に興味津々の風太を連れて、エレベーターで館内を移動する。

恭介は浴衣に、風太は甚平に着替えて露天風呂へ向かう。

浴衣も甚平も旅館が用意したものだ。


「いいか、風太。絶対に耳と尻尾を出すなよ。他にもお客さんいるからな」

「うん」

「もし何かあったらすぐに言うんだぞ。黙って我慢とかしなくていいから」

「うん、だいじょうぶだよ。ふうた、いいこ」

「そうだな、風太はいい子だ」


まだ早い時間帯だというのもあって、露天風呂は空いていた。

それでもちらほら人がいる。

ここで猫耳が出てしまったりしては大変だ。

冬場のように、猫耳バンドだとごまかしたりすることはできない。

まして、尻尾なんぞ出そうものなら、それこそパニックになってしまうだろう。

風太の様子に最新の注意を払いつつも、入り口でかけ湯をしてゆっくりと温泉に浸かる。

だが風太は恭介の後に続くことなく、不安げに立っているだけだ。


「風太、おいで。そんなに熱くないから平気だよ」

「う・・・」

「しょうがねえなぁ」


どうしても水に対する抵抗感が抜けずへっぴり腰になっているのを見かねて、恭介は風太の白く細い体を抱き上げると、いっしょに入ることにする。

湯の温度は熱すぎずかといって温過ぎず、ちょうどいい加減だ。

恭介に抱かれながら湯に浸かった風太は、最初こそ少し緊張していたものの、その気持ちよさにすぐうっとりし始めた。


「ほれ、風太見てみろ。海だぞ。さっき泳いでいたところだ」

「うみ・・・おおきいね」

「ああ、大きいな」

「すごいねぇ」

「いい景色だろ」

「きらきらしてる・・・きれい」

「ちょうど夕日が水面に反射してるんだな。確かにきれいだ」


しばし二人して無言になる。

その後は手早く髪を洗い、体を洗う。

日に晒された風太の肌を傷付けないよう、そうっとやさしく洗ってやる。

シャワーの温度も温めにした。

その間も風太は木製の風呂桶が珍しいのか、手で叩いてみては感触を確かめたりしている。

30秒経つと自動的に止まるシャワーや墨のような色の石鹸など、日頃目にすることのない物に囲まれて、好奇心いっぱいで大きな目をクルクル動かしている様子が可愛い。

最後にもう一度湯に浸かる。

あまり長湯をすると湯あたりしていまうかもしれない。

程よく温まればそれでいいだろう。

風呂から上がり、風太の少し長めの髪をバスタオルでごしごし拭いてやる。


「きょうすけ、じゅーすのみたい」

「ああ、ちょっと待ってろ」


自販機でフルーツ牛乳を買ってやると、風太が美味しそうにごくごくと飲み始めた。

いつも風呂上りには麦茶やジュースを飲む風太である。

猫も甘いものが好きなのだということが、風太を見ているとよくわかる。

もちろん、本来の猫の状態では糖分はNGだから、ジュースなんて飲ませることはなかっただろうが。

ジュースも飲み終わり、髪を乾かし終えると部屋へ戻る。

そろそろ6時半になろうかという時間だ。

いい具合に腹も減ってきた。

風太の手を引きながら部屋の入口まで戻ってきたところで、ちょうど仲居が入り口を開けて出てきた。


「お帰りなさい。お風呂はどうでした?」

「え、あ・・・良いお湯でした」

「景色もええでしょう」

「はい、まさに絶景でした」

「ほな、これからお食事のお支度しますよって」

「そりゃありがたい。ちょうど腹が減ったなあと思ってたところなんですよ」

「ごはん?」

「ああ、ご飯だ」

「ふうた、おなかぺこぺこなの」

「まあ~、お坊ちゃん、日本語お上手やねぇ」

「あ、こいつは生まれも育ちも日本なんですよ」

「ああ、そう言うてはったねぇ。いやぁ~、ほんまにかいらしお坊ちゃんやねぇ」

「ありがとうございます」

「ほなすぐに用意しますね」


風太の愛らしさを褒められるたび、まるで自分のことのように誇らしくなる。


「さ、風太。もうすぐご飯だぞ」

「やったぁ~」

「おまえの好きなもん、いっぱい来るからな」

「ふうた、おさしみたべるの」

「ああ、いっぱい食えよ」

「うんっ」


いよいよ、宴の時間が始まる。




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