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ネットで予約したホテルは、口コミに書かれていたように広くて明るいエントランスが気持ちよく、また出迎えてくれる従業員の笑顔が好印象だ。

老舗の旅館らしいが、何年か前にリノベーションをしたらしく、最新の設備を誇っている。

なにより、白浜の海岸まで徒歩で行ける距離というのがありがたい。

全室オーシャンビューで売っているだけあって、なかなかいい値段がするのだが、風太のためなら多少の出費など痛くもかゆくもない恭介だ。

それに、招き猫風太のおかげか仕事はすこぶる順調、これくらいの出費は実際のところ今の恭介には大したことはないのだ。


「ふを~~~~~!!!」


部屋に入るなり窓のほうに突進していく風太。

そんな風太を仲居が微笑ましげに見つめる。


「かいらしい子ぉやねぇ、外国から遊びに来はったんですか?」

「え・・・」

「ほんまに、お伽話に出てくる天使みたいやねぇ」

「ありがとうございます。遠縁の子なんですけど、ずっと日本育ちなんですよ」

「まあ、そうですかぁ」

「海と動物が見たいって言うんで、東京から来たんです」

「東京から!それはまた遠いところから、ようお越しやす」

「今日明日、お世話になります」

「どうぞ、ごゆっくりしていってくださいね。ここは海の幸は絶品ですから」

「それは楽しみだ」

「ほな、お茶とお茶請け、ここに置いときますね。何かありましたらお呼びください」

「ありがとうございます」


大きな窓から見える青い海に、興奮冷めやらぬ風太である。

ふお~ふお~と雄たけびを上げている。

耳とシッポが出るんじゃないかとひやひやしつつも、やはりこの宿にしてよかった。

10畳の和室と、8畳の寝室、どちらも畳の部屋だ。

洋室と迷ったが、やはり旅館と言えば畳だろう。

このホテルは部屋食ができるというので、夜は気兼ねなく部屋でゆっくり豪華ディナーを堪能することができる。

それも魅力だ。


「風太、海は後で行くからな。こっちきてお茶でも飲もう」

「うんっ」

「腹減っただろ?まずは軽く飯でも食うか」

「ふうた、おなかすいてないよ。さっきおにぎりたべたもん」

「そうか?」

「からあげもたべたからへいき」

「まあ、夜は豪勢だしな。それじゃあもう、着替えてビーチに行くか」

「びーち!」

「風太、絶対に耳と尻尾を出すんじゃないぞ。みんな見てるからな」

「うん、ふうた、きをつけるよ」

「いい子だ」


柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でると、風太がうれしそうに目を細める。

お茶を飲んで少し休憩してから、水着に着替える。

この日のために用意したみつばちのコスプレ・・・いや、グレコ型水着だ。

触覚付きの水泳帽も可愛らしい。

水着の上に白いパーカーを羽織らせ、恭介自身は迷彩柄の半ズボンタイプの海パンに着替えると、水筒やらお菓子やら風太の好きなものを入れたトートバッグを持ち、いざ出陣だ。


晴れた空、きらめく太陽の下を風太と手を繋いで歩く。

目の前に広がる真っ青な海に心躍らせた風太は、ほとんど小走り状態になっている。

一刻も早く海のそばまで行きたいのだろう。

白い浜辺に着くと、風太はそのまん丸の目をさらに丸くして感動に打ち震えている。


「風太、これが海だぞ」

「うみ・・・」

「そう、風太が見たがっていた海だ」

「おっきいね」

「ああ、海は広いな大きいな~って歌があるくらいだからな」

「あ、ふうた知ってるよ!」


童謡に反応した風太は、可愛らしいボーイソプラノで歌い始める。


「う~み~は ひろい~な おおき~いな~ つ~き~は~ のぼる~し~ ひはし~ず~む~」


風太のために買ってやった童謡集を、恭介が仕事をしている間によく聴いているからか、こういった歌をたくさん覚えているようだ。

元は猫だが、風太は案外記憶力が良い。

ちょっとしたことでもすぐ覚えるし、手先だって器用だ。

そもそも猫は手先(前脚)が器用なものだが、風太は着替えもなんでも大抵一人でできるのだ。


持参したビニールシートを敷き、荷物を置く。

夏休みの最中だからか、周りは家族連れが多い。

羽織ってきたパーカーを脱がせると、「見てあの子、めっちゃかわいい!」という若い女の黄色い声が聞こえてきて、思わずほくそ笑んでしまう恭介だ。

そうだろう、そうだろうとも。

こんなに可愛い存在は、見たことがないだろう。

そう思うと口の端が自然と上がってしまう。


水着と一緒に買った浮き輪を膨らませる。

子供用の浮き輪はたくさんあって迷ったが、とりあえず水着に合わせて動物路線で統一することにした。

黄色地に赤いテントウムシの模様が入っている浮き輪は、風太も一目で気に入ったようだった。


「よし、膨らんだぞ」

「てんとむし、かわいいね」

「ああ、テントウムシな。それじゃ行くか」

「いく?」

「じゃぶじゃぶするんだろ」

「うんっ、する!ふうた、おみずじゃぶじゃぶするの!」

「よし、じゃあ行こう」


浮き輪を身に付けた風太の手を取り、波打ち際まで歩く。

荷物はすぐ隣に陣取っていた、家族連れのお父さんらしき人に見ておいてもらうよう頼んだ。

貴重な夏休みを家族サービスに費やすことになった父親は、妻や子供たちがはしゃいでいる中、疲れた顔をして荷物番を引き受けていた。

恭介が声をかける前に中学生くらいの娘が風太に反応し、可愛い可愛いとはしゃいだことで会話を交わすことになった。

母親のほうも風太のみつばちコスプレにノックアウトされたようで、「こんなかいらし子見たん、はじめてやわ~」と一緒に写真を撮りたがった。

そんなこともあって、気軽に荷物番を頼むことができたのだ。


「ほれ、風太。どうした、行くぞ」

「ううっ・・・」

「風太?」

「おみず、つめたいの」

「まあな。でも入ってるうちにすぐに慣れるさ」


やはり猫は水が苦手なのか。

さっきまでの興奮はどこへやら、へっぴり腰になっている風太である。

海水が足をさらうと、「ひゃっ」という声を上げて後ろへ飛びのいてしまう。

せっかく南紀までやってきたのに、これじゃあただ海を眺めるだけで終わってしまいそうだ。


「しょうがねえな」


軽いため息を吐くと、おもむろに風太を抱き上げた。


「ふをっ?!」


そのままゆっくりと海に入っていくと、怖いのか風太がしがみついてきた。

恭介に首に両腕を回し、ギュッと抱き着いている。


「大丈夫だよ。俺がこうして抱いててやるから」

「おみず、つめたい・・・」

「じきに慣れる」


ゆっくりと海に入っていく。

腰のあたりまで浸かると、確かにちょっと冷たいが、最初だけだ。


「どうだ風太、怖くないだろ」

「うん・・・」


まだ不安げな風太の瞳は、大きく揺れている。

浮き輪をした状態で恭介にしがみついている風太を、周りの人たちが微笑ましげに見ている。

あの子可愛いね、という声があちこちから聞こえてきて誇らしい気持ちでいっぱいになる。


腹まで浸かるくらいのところで、いったん立ち止まった。

まだ不安げに抱き着いている風太をそっと離し、浮き輪に捕まらせようとすると慌ててしがみついてくる。


「大丈夫だって風太。俺がちゃんと浮き輪持っててやるから。これに捕まってれば大丈夫だから、な?」


浮き輪に付いた紐を恭介がしっかり握っているのを確認した風太はようやく、ゆっくりと恭介から離れた。

そして浮き輪の真ん中でぷかぷか浮いた状態になると、だんだん海の雰囲気に慣れてきたのか少しだけ表情が和らぐ。


「ほら、な?平気だろ」

「うん・・・」


あれだけ楽しみにしていた海に、ようやく風太は入ることができたのだった。




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