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「風太、もうすぐ着くからな」
「ううん・・・」
「そろそろ起きろよ」
「おきる・・・?」
「そう、もうすぐ着くぞ、風太が行きたがってた海と動物園だ」
「ふをっ?!」
後部座席で横になって眠っていた風太は、“海と動物園”という言葉に反応して、その小さな体をガバッと起こす。
反動で羽織っていたバスタオルがシート下に落ちてしまったが、そんなことはおかまいなしに興奮し、きゃっきゃと明るい声ではしゃいでいる。
運転席にいる恭介の後ろから顔をぴょこんと出し、「もう着く?動物さんいる?」と嬉しそうな声を上げる。
「動物は、後で見に行こうな。今日はホテルに着いたらとりあえず海だ」
「うんっ」
以前テレビで見たプールと海の映像にひどく感動した風太は、自分も泳ぎたいと言ってきかなかった。
テレビタレントがプールで泳ぐ姿や、またビーチではしゃぐ姿を見て、それがあまりにも楽しそうに写ったのだろう。
水着になれば猫耳と尻尾が問題なのだが、今や風太は自由自在に猫耳と尻尾を隠すことができる。
それならば、こんなにも行きたいと切望する風太の願いを叶えてやりたい。
そう思って近場のプールか海水浴場へ行く計画を立てていたところ、今度は別のテレビ番組で動物特集をやっていて、それを見た風太が今度は「動物さんっ!」と激しく反応したのだ。
テレビ画面で愛らしい姿を見せるパンダや仔熊、そしてライオンの赤ちゃんなどを見ては身を乗り出して興奮する風太。
「かわいい、かわいい」と連呼して、自分も触ったり餌をあげたりしたいと言う。
いやいや、おまえだって可愛い仔猫だろうが・・・
と心の中で思った恭介だったが、口には出さなかった。
実際に動物を近くで見たり触ったりできるところとなると、すぐ近くと言うわけにはいかない。
色々調べていると、南紀白浜にあるアドベンチャーワールドが検索に上がってきた。
南紀、そう、紀伊半島の南部である。
つまり和歌山県だ。
和歌山と言うと、大阪の南にある県である。
大阪からさらに特急で南下しなくてはならない。
関西人にとっての、リゾートのようなところだ。
遠い。
東京からは果てしなく遠い。
たとえ飛行機で関空まで行ったとしても、そこからさらに電車に乗らなくてはいけないのだ。
本来ならすぐさま却下と言いたいところだ。
だがしかし、アドベンチャーワールドには人気の双子パンダがいる。
早く行かないと、すぐに成長してしまうだろう。
またここではキリンに餌を上げることも、イルカに餌を上げることもできるのだ。
陸海の動物どちらも見られておまけに赤ちゃんパンダも見られるのは、日本中探してもここだけなのである。
「それに、白浜だから海があるしな」
そう、南紀の良いところは、アドベンチャーワールドだけではない。
すぐそばには白浜の海があり、また温泉もある。
ビーチまで歩いて行けるホテルに泊まり、美味しい海の幸に舌鼓を打ち、昼は海水浴をして夜はゆっくり温泉に浸かる。
翌日は朝からアドベンチャーワールドに行き、動物たちとの触れ合いを堪能すればいい。
これはもう、完璧な計画ではないだろうか。
さっそく南紀までの行き方を調べた恭介だったが、飛行機や新幹線ではなく、いっそ車で行ったほうがいいだろうという結論に至った。
運転するのは自分だけなので、途中で何度か休憩を入れなくてはならないが、やはり風太のことを考えるとなるだけ車で移動したほうがいいと思うのだ。
明け方まだ暗いうちに出発して休憩しながら行けば、なんとか昼までには着けるだろう。
風太は後部座席で寝ていればいい。
飛行機のほうが恭介の体力的には楽だが、やはり風太のことが気にかかる。
猫耳も尻尾もうまく隠せるようにはなったが、時々寝ぼけたりしてぴょこんと猫耳が飛び出したりすることもあるのだ。
まさに、今のように。
後部座席から助手席に移ってきた風太は、寝起きと興奮のせいかふわふわの三角形の耳が二つ、ぴょんと出てしまっている。
車の中だしまあいいかと、恭介もあまりうるさく言わないではいるが、実際のところ猫耳姿の風太が悶絶するくらいに可愛いので、それを見ていたいという自分の願望もあったりする。
だがそろそろホテルに到着するのだ、猫耳は隠さなくてはならない。
「風太、ほれ、耳が出てるぞ」
「あっ!」
ペロッと舌を出す風太も可愛い。
お耳、お耳・・・と呟きながら小さな両手で頭を撫でると、スッと三角の耳が消える。
まるで魔法のようだと、何度見ても恭介は不思議な感覚に陥ってしまう。
まだ夜更けのうちから車を運転し、二度ほど休憩を入れつつ南紀までやってきた。
この日のために昨日は9時には就寝したのだ。
6時間は寝ているので、それほど疲れてはいない。
何よりこれからのことを考えただけで、身も心も軽くなるというもの。
風太以上に今回の旅行を楽しみにしている自分がいる。
これからホテルにチェックインし、軽く食事を取ったら海まで出かけるとしよう。
目の前で海を見た風太は、どれほど感動するだろうか。
その姿を早くみたい。
そして今日のこの日のために用意した水着を、早く風太に着せてやりたい。
百貨店巡りをして風太に似合いそうな水着を探したのは、三日ほど前のこと。
店員が風太を女の子と間違えて、ひらひらが付いたワンピースだのセパレートの水着だのを勧めてきたのにはまいったが、これだけ可愛いのだからしかたがないだろう。
風太の白い胸を晒すのはどうも抵抗があって、結局選んだのはグレコタイプの水着だった。
男児向け水着としては珍しいものではないらしく、古くは西洋の成人男性もこのスタイルだったと言う。
まあ、大人の男が着たらちょっと・・・とは思うが、風太には似合うだろう。
中でも恭介が気に入ったのは、昆虫を意識したデザインだ。
上半身はクリーム色のノースリーブで、下半身は黄色と黒の縞々模様。
そしてなんと、触角のようなものが付いたキャップまで付いている。
試着させてみるとみつばちマーヤのようで、その愛らしさに店員が全員集合して「可愛い!」と盛り上がり、売り場は興奮のるつぼと化したくらいだった。
「あの水着を着たら、風太は浜辺の天使みたいだろうな」
「うん?」
「いや、なんでもない」
「てんし?」
「ああ、そうだ。天使だよ」
「ふうたはねこだよ」
「もちろんわかってるさ。だけど俺にとっては天使でもあるんだよ」
「ふうん・・・」
小首をかしげる風太には、よくわかってはいないのだろう。
だがこれから待ち構えているであろう水遊びと動物との触れ合いが、彼の心を浮き立たせていた。
「どうぶつさんたち、はやくあいたいな~」
「明日行こうな」
「あした?」
「そう、今日はこれからちょっと早めの昼飯を食って、着替えて海まで行くんだ」
「うみ!!」
「そう、海だ。テレビで見ただろう?」
「うみ!!ふうた、およぐの!おみずじゃぶじゃぶするの!!」
「ああ、浮き輪も持って行こうな」
「うんっ!!」
喜びに目を細める風太に、恭介も思わず笑みをこぼすのだった。




