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ふわふわの耳をピクピクさせながら、風太が感嘆のため息を漏らす。
長いもこもこの尻尾は耳と同じで白っぽい毛で覆われていて、今はそれがピンと立った状態で時々ゆらゆら揺れている。
興味のある対象に気持ちが向かっている時の、猫の仕草だ。
目の前の大きなツリーを見上げている風太は、今にもそれに登らんとばかりに目が爛々と輝いている。
「ほれ、風太。飾り付けの続きをやるぞ」
二人は今、クリスマスツリーのデコレーションをしているのだ。
去年はうっかりツリーのことを失念していた恭介だったが、今年は早めに注文しておいた。
和室の居間に大きなツリーというのは違和感があるかと思ったが、案外そうでもない。
お洒落さは二の次にして、あくまでも風太が喜びそうな光物やサンタの人形など、賑やかなオーナメントを選んだ。
思った通り、風太はツリーのそこかしこにぶら下げられた小さなサンタ人形やらトナカイやらに、大喜びだ。
「風太、この丸いやつを適当にぶら下げてくれ」
「わぁ!」
まん丸の目をさらに見開いて、風太がオーナメントの玉を手に取る。
きらきらとした飴色の玉は光を反射して目映く輝いている。
他にも、赤やシルバーの玉があり、恭介は手際よくそれらをツリーに飾っていく。
だが風太は、丸い玉を手に取ったまま繁々と眺めるだけで、一向に飾り付けに参加しない。
光物に反応してしまうのは、猫の本能なのだろう。
ツリーは180センチを超える長身の恭介とそう変わらない高さだ。
上の方の飾りつけは自分が、下の方は風太がやればいいと思っていたが、風太がオーナメントで遊び始めたので結局ほとんどの飾りつけを恭介一人でやることになった。
だが、最後の仕上げは風太にやらせてやろうと、恭介が一際煌めく金色の星を手に取る。
「風太、これをツリーのてっぺんに刺してくれ」
「ん?」
「この星をあそこのてっぺんに刺すんだ」
「ふうた、とどかないよ」
「俺が抱っこしてやるから」
風太の軽い体を抱き上げると、「わぁ~」と喜びの声が漏れる。
嬉しいのかしてその細い腕を恭介の首にキュッと巻きつけてきた。
「おい風太、俺にくっついてないで星を付けろ」
「きょうすけのだっこ、すき」
「風太・・・」
「だっこ、すき」
「そうか・・・」
首にしがみ付いて離れない風太を、ギュッと抱きしめてやる。
すると、風太の長い尻尾がゆらゆらと揺れ始めた。
リズムを刻むようにゆっくり揺れているのは、喜んでいる証拠だ。
風太は恭介の抱っこが大好きなのだ。
小学生くらいの体格しかない風太を抱き上げるのは、恭介にしてみれば朝飯前のこと。
だが、恭介はなるべく風太を抱っこしたり膝に乗せたりしないようにしている。
二人きりの時ならかまわないが、万が一外に出かけた時に風太が自分に抱っこをせがんできたりしたら、ちょっと困ったことになるからだ。
風太の見た目は小学校高学年くらい。
さすがにこのくらいの男の子を抱っこする親はいない。
大体、人間の子供なら10歳を過ぎてくるとそろそろ生意気になり始めるころで、抱っこをせがむなんてことはめったにないだろう。
まして、恭介と風太は年齢的に親子には見えないのである。
どう見ても二十代半ばの恭介が風太を抱っこしたりしようものなら、目立って仕方がない。
年の離れた兄弟で、兄が弟を溺愛しているという風に見えなくもないだろうが、それにしても弟の年齢が行きすぎている。
家の中で二人きりの時に風太を抱っこしていると、外に出ても風太は同じように抱っこをせがむだろう。
実際、電車に乗った時に風太はごく自然に恭介の膝の上に座ろうとしたのだ。
すんでのところで恭介が風太を隣に座らせたが、ヒヤッとしたものだった。
だからここは心を鬼にして、なるだけ抱っこはしないようにしている恭介である。
それでもこうして抱きつかれると、ついついよしよししてしまいたくなる。
これほど可愛い風太なのだ。
膝の上に乗ってこられたりしても、なかなか拒めないでいる。
ピクピク動く耳に口づけると、風太がクスクスと笑った。
鈴を振るような笑い声に、恭介の心は幸福感で満たされていく。
あまりに愛おしくて、ついその柔らかな髪をくしゃくしゃと掻きあげて、ぐりぐりしたくなってしまうのをなんとか堪える。
「ほら、もういいだろう?早く星を刺しな」
「んと、てっぺんにさすの?」
「そうだ。ツリーの先っぽにその星をかぶせるんだ」
「んしょっ・・・んんっ・・・」
細い小さな手を伸ばし、なんとかツリーの先端に星を刺し込んだ風太である。
畳半畳分を占拠する巨大なツリーは、赤や金や緑のコントラストで何とも言えず派手な佇まいだ。
おまけに、サンタやトナカイ、キャンディケーンといった賑やかな飾りまでついている。
「ほう・・・なかなかいい出来じゃないか」
「いいでき?」
「ああ、派手でいいだろう?」
「ふうた、ツリーすき」
「そうか、気に入ったか」
「うん!」
オーナメント類が入っていた箱を片付け、ディナーの準備をする。
今日はクリスマスイブだ。
別にキリスト教徒でもなんでもないが、やはりこういった楽しいイベントは風太と一緒に祝いたいものだ。
今夜のディナーは、ローストチキンにサラダ、それとポトフだ。
もちろんクリスマスケーキもある。
ケーキは特注で、サンタではなく猫のデコレーションをあしらってもらった。
もちろん、風太のために猫にしたのだ。
他にも、リスやウサギといった可愛い動物の砂糖菓子を乗せてある。
チョコレートが好きな風太に合わせて、ケーキもチョコをふんだんに使っている。
シャンパンも用意した。
去年は仕事や忘年会でクリスマスどころじゃなかったが、今年はこうして風太とゆっくり、二人きりで過ごせることが嬉しい。
もちろん、プレゼントも用意した。
テレビなどでクリスマスが何なのか、なんとなく理解している風太のために、今夜サンタがプレゼントを運んできてくれると言ってある。
良い子にしていたらサンタさんがプレゼント持ってきてくれると、風太は本気で信じているのだ。
「サンタさん、くるかなぁ」
「風太が良い子にしてたら来るさ」
「ふうた、いいこ?」
「ああ、風太は良い子だよ」
「じゃあ、サンタさんくる?」
「くるんじゃねえか、今夜」
「サンタさん、あえる?」
「いや、サンタは夜寝てる間にこっそりやってくるんだ」
「こっそり?」
「そう。人間が寝静まった頃に、そうっとやってきてプレゼントを置いて、そうっと帰ってくんだ」
「サンタさん、あえないの?」
「そうだな、サンタは人前には姿を現さないっていうからな」
「おきてまってちゃだめ?」
「夜遅くまで起きてる子は良い子じゃねえから、サンタがきてくれなくなるぞ」
「そっか・・・」
「サンタはきっと来てくれる。明日朝起きたら、サンタからのプレゼントが置かれてるさ」
「ふうん・・・」
なんとなく納得いかない顔をした風太だったが、とりあえずサンタに会うのは無理だと諦めてくれたらしい。
子を持つ世の親というのは、毎年こういう苦労をしているのだろうか。
今時の子供がどれくらいサンタの存在を信じているのか、恭介にはわからないが。
少なくとも自分は、10歳くらいの頃にはすでにサンタが親だってことに気が付いていた。
だが、クラスメートの中には真剣に信じている子もいたっけ・・・
「さ、風太。これから晩飯の支度するからちょっと手伝ってくれないか?」
「おてつだい?」
「良い子にするんだろ?」
「いいこ・・・」
「サンタに来てもらうんじゃないのか」
「うん!」
飛び上がる勢いで腰にしがみ付いてきた風太の頭を、撫でてやる。
可愛い風太と二人で過ごすクリスマスイブ。
サンタの存在など信じないが、こんな奇跡をもたらしてくれた神の存在なら信じると思える恭介だった。