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「ふうた、きょうすけといっしょ。いっしょ、うれしいの」
「風太、おまえ・・・」
目の前の風太にはあの愛らしい猫耳も、もふもふの長い尻尾もない。
どこから見ても、小学生くらいの普通の少年だ。
ハリウッド映画に出てくる子役のような美少年にしか見えない。
「風太、どうやったんだ?」
「ん?」
「その・・・おまえの耳と尻尾はどこに行った?」
「んっとね、ふうたいっしょうけんめいがんばったの」
「頑張る?」
「うん。きょうすけといっしょになるように、がんばったの」
風太の拙い言葉から推測すると、完全なヒトの姿になるために日夜努力していたらしい。
神様にお願いしてヒトの姿にしてもらったという風太。
だがその願いは中途半端にしか叶えられなかったのか、人間になっても猫耳と尻尾が残ったままだった。
それでも風太が望んでいた、恭介と言葉を交わすという願いは成就したわけで、猫耳と尻尾があってもコミュニケーションの邪魔にはならないが、それが原因で外出できないということが風太のストレスになっていた。
コートや帽子などで隠せる冬場はまだいい。
だがこれから真夏になれば、帽子はまだしもさすがにコートを羽織るわけにはいかない。
となると外出は難しくなるわけで、恭介と一緒にあちこちお出かけしたい風太にとっては、深刻な悩みだったのだ。
「ふうた、ぷーるいくの」
「プール・・・」
「ぷーるでおよぐの」
「猫は水は嫌いなんじゃなかったのか・・・」
「ん?」
「いや、おまえ、水は嫌いなんじゃなかったのか」
「ぷーるいきたい。こないだてれびでやってたよ。すべりだいですべるの」
「ああ、そういやなんかやってたな、アイドルの女の子が水着ではしゃいでたっけ」
風太は恭介が想像する以上にテレビで色んな情報を得ている。
恭介が仕事をしている昼間は、だいたい庭で遊んでいるかテレビを見ているかのどちらかなのだ。
時間をかけて教え込んだ甲斐もあって、ひらがなとカタカナは大体覚えた風太であるが、さすがに漢字が入ってくると大変なようで、本を読むのはあまり好きではない。
絵本などは時おり読んでいるのを見かけるが、それよりもテレビでアニメや情報番組を見たりするほうが好きらしい。
「わかった。じゃあ今度、プールに行こうな」
「わぁ~~~いっっ」
嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる風太は可愛らしい。
だが、いつもより可愛さがちょっとだけ減った気がするのは、飛び跳ねるたびにふさふさと揺れる白い尻尾がないからだろうか。
そう思ったところで、恭介はハッとした。
猫耳と尻尾がなくなったことを残念に思っている自分がいる。
風太の愛らしさは猫耳や尻尾とは関係がないはずなのに。
なのに、どこかで惜しいと思う自分に、なんだか後ろめたさが込み上げてくる。
「きょうすけ?」
「え?」
「きょうすけ、つまんない?」
「あ、いやいやそんなことないよ」
「おかお・・・」
そう言いながら風太が恭介の眉毛のあたりを指さす。
無意識のうちに眉間に皺を寄せていたようだ。
いかんいかん、風太にいらぬ心配をかけてしまう。
「や、風太の可愛い尻尾とお耳がなくなって、ちょっと寂しいな~なんて思ってただけだよ」
つい、本音を漏らしてしまう。
「さみしい?」
コテンと首を傾げ見上げてくる風太は、猫耳がなかろうが尻尾がなかろうが愛らしいことに変わりはない。
この感情をどう説明すればいいのか、恭介自身にもわからない。
だがうっかり漏らした言葉を誤魔化すわけにもいかず、風太を傷付けないよう気を付けながら、かみくだくように伝える。
「寂しいっていうのとは違うな。そうだな、なんていうか・・・うまく言えないんだけど、おまえのふわふわの尻尾とか、ぴくぴく動く耳を触っているとなんていうか、癒されるっていうかさ」
「いやされる?」
「そう、可愛くて癒されるんだ」
「きょうすけ、ふうたのおみみとしっぽがすきなの?」
「ん?まあ、そうだな。可愛くて柔らかくて好きだな」
「そう・・・」
少しだけ考え込むような顔つきをした風太が、「えいっ」と小さく呟く。
その瞬間、まるでポンッと音でも出たかのように、消えてなくなっていたはずの猫耳と尻尾があらわれた。
「えっ、えっ・・・?!」
「これでいい?」
「風太、おまえ・・・それ、どうやったんだ」
「きょうすけ、しっぽとおみみがすきっていった」
「や、言ったけどさ・・・」
「ふうたのおみみとしっぽだよ」
クルクル回る風太は凶悪な可愛さだ。
もちろん、耳や尻尾などなくとも可愛いことに変わりはないのだが、それでもこのお伽話にでも出てくるようないでたちの風太に慣れてしまっている恭介からすると、ケモ耳はもはやなくてはならない強力なアイテムなのである。
「ひょっとして風太、耳と尻尾は出したりひっこめたり自由自在なのか?」
「じゆうじざいって?」
「あ~・・・えっと、いつでも好きな時に出したりひっこめたりできるってこと」
「うん。ひっこめるのはちょっとたいへん。だすのはかんたんだよ」
「そうなのか?」
「がんばらないとおみみとしっぽ、きえないの」
「だったら普段は無理しなくていいぞ」
「うん?」
「普段、俺以外に誰もいないときは耳と尻尾は隠さなくてもいい。誰かいる時とか外に出る時だけひっこめたらいいんだよ」
「あ、そっかぁ!」
「そのほうが風太も楽だろ?」
「うんっ」
にこにこ笑う風太の笑顔にたまらなくなった恭介は、その小さな体を力いっぱい抱きしめた。
「風太っ、かわいいぞっ」
「かわいい・・・?」
「ああ、すげえかわいいっ」
本当に、なんて愛らしいのだろう。
グリグリしたいくらいの可愛さだ。
腕の中で風太の白いもふもふの耳がぴるぴると揺れる。
そっと口付けると、風太がくすぐったそうな声を出した。
「くすぐったいの」
「すまん、つい・・・」
出し入れ自由になった猫耳と尻尾。
これでいつでもどこでも、風太と二人でお出かけができる。
それは大きな喜びだ。
だがそれ以上に、猫耳と尻尾が消えてなくならなくてよかったと、心から思う恭介だった。




