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「ふを~~~~~」
ホットケーキを前に、風太の目が爛々と輝く。
大きな猫目石のような瞳をクリクリさせ、一心不乱に目の前のふわふわの物体を見つめている。
朝からホットケーキが食べたいとうるさかった風太を、近所にできて間もない評判のカフェに連れてきたのだ。
近頃ではホットケーキではなく、パンケーキと言うらしい。
この店もメニューに“パンケーキ”とあった。
風太は悩みに悩んだ末、ベリーのパンケーキを選んだ。
色とりどりのベリーが所狭しと皿の上に盛られている様子は、どこか芸術的でさえある。
3枚重ねのパンケーキはボリューム感たっぷりで、これだけで腹がいっぱいになりそうだ。
「ほれ、風太。お待ちかねのホットケーキ、いや、パンケーキだぞ。思う存分食え」
「いただきま~す!」
メープルシロップをたっぷりかけたパンケーキをフォークで小さく切ると、勢いよく口に放り込む。
小さな口がもぐもぐと動き、咀嚼している様子は猫というより兎を彷彿させる。
いや、ハムスターのほうが近いか。
ゴクンと飲み込むと、風太はこれ以上ないというくらいの極上の笑みを浮かべた。
「おいしいっ」
「美味いか、風太」
「すごく、すごくおいしいよ」
「そうか、そりゃよかった」
「きょうすけもたべる?」
「俺か?俺はいいよ、自分の分を食うから」
「そお?」
「ああ、風太が全部食べなさい」
「でもおいしいよ?」
こてんと小首を傾げて見上げてくる風太の可愛さは殺人的だ。
どうやらパンケーキの美味しさを恭介と共有したいらしい。
そんなに美味いなら風太一人に食べさせてやりたいが、せっかくの好意を断るのなんだか悪い気がする。
ここは風太の言葉に乗っかることにした。
「どれ、じゃあ一口だけもらおうかな」
「うんっ」
ほんの少しだけパンケーキをフォークで切ると、ラズベリーを乗せて食べてみる。
正直、子供の頃食べたホットケーキミックスと何が違うのか疑問だが、風太の感動を無にしたくない恭介は必要以上に大げさにリアクションをした。
「本当だ、うまいな」
「うんっ!」
「この木苺もなかなかいい」
「きょうすけ、もっと食べる?」
「いや、おまえが全部食べなさい。っていうか、俺のパスタもなかなかいけるぞ。少し食べるか?」
「う~ん・・・」
「なんだ、パスタは嫌いか」
「じゃあ、ちょっとだけ」
まだフォークを器用に扱えない風太は麺類が苦手だ。
だから一瞬悩んだのだろう。
「ほれ風太、口開けろ」
「ん?」
恭介は目の前のパスタをクルクル巻くと、そのままフォークを風太に差し出す。
素直に口を開けた風太は、恭介が差し出したフォークを口に含むと、その顔にパアッと笑顔を浮かべた。
「おいしい。きょうすけ、すごくおいしい!」
「だろ?」
「これはなんのあじ?」
「ワタリガニのトマトクリームパスタだ」
「わたりがに・・・」
「蟹の一種だよ」
「かにさん?はさみちょきちょき」
「そうだ、はさみチョキチョキの蟹さんだ」
「かにさんおいしいね」
「ああ、美味いな」
ご機嫌な風太はパンケーキをペロッと完食した。
大満足の風太を連れて店を出る。
腹ごなしにゆっくりと散歩しながら帰る。
ちょうど昼を少し回ったからか、陽射しがかなりきつくなってきいた。
「こりゃ日焼けしそうだな」
日頃自宅で仕事をしている恭介は、あまり日に焼けることがない。
不健康というほどではないが、あまり日光に当たらない生活は体によろしくないかもしれない。
たまにはこうして太陽の光を浴びて、ゆっくり外を歩くのもいいものだ。
「あっ、とりさん!」
てててと走り出すと風太が雀を追いかける。
猫耳キャップをかぶった外国人の美少年を、道行く人が「かわいいね」などと言いながら振り返る。
薄手のパーカーを羽織らせているが、さすがにそろそろ暑いだろう。
夏場は風太にとっては試練である。
猫耳と尻尾を隠すには夏の薄着では難しく、どうしても厚着にならざるを得ない。
悪目立ちするのも困るので、どうしても夏場は外出を控えてしまうのだが、外に遊びに行きたい風太にとってはそれがストレスになっている。
「どうしたものか・・・」
なるだけ風太の望みを叶えてやりたい恭介だが、こればかりはいかんともしがたいのだ。
薄着のまま外出させて、万が一風太の姿を誰かに見られでもしたら大変なことになってしまう。
それだけは避けなければならない。
かといってこのまま風太を家に閉じ込めておくのはあまりに気の毒だ。
「ううむ・・・」
思わず腕組みをしていると、風太が不安げに見上げてきた。
「きょうすけ、どこかいたい?」
「え?」
「きょうすけ、いたいの?」
「あ、いや、別にどこも痛くないよ」
「でも、おかお・・・」
「ん?」
「おかお、ここにせんがある」
「ああ、眉間に皺が寄ってたか」
「しわ・・・」
「はは、ちょっと考え事してたから。大丈夫だよ」
「だいじょうぶ?」
「心配かけてすまないな。俺は大丈夫だから気にするな。さ、うちに帰ろう」
風太の小さな手を取ると、ギュッと握り返してくる。
その温もりが愛おしい。
「帰ったら布団入れなきゃな。風太、手伝ってくれるだろう?」
「うん!ふうた、おてつだいするっ」
「いい子だ」
「ふうた、いいこ?」
「ああ、風太はいい子だよ」
「えへ」
手を繋ぎながら家路へと急ぐ二人だった。




