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<33>

青空を悠然と浮遊する二羽の蝙蝠。

まるで番のようにダンスしているその姿を見て、あれは間違いなくあの二人だと恭介は確信した。

姿かたちを変えることができると、ルカは言っていた。

猫だった風太がこうしてヒトの姿になっているように、彼らもヒト以外の姿になれるということなのだろう。

もっとも、風太の場合は完全なヒトというわけではないのだが。


それにしても蝙蝠だなんてまるで吸血鬼みたいだ。

吸血鬼と言えば、最近あの有名なドラキュラ役の俳優が亡くなったんだっけ。

ルカはドラキュラ伯爵のイメージではないが、西洋の貴族みたいだから黒いマントとかローブが似合いそうだと恭介は思った。


「そうか・・・あれはルカたちなのか」

「うん!」

「俺たちに挨拶してくれてるのかな」

「んっとね、おうちへかえるって」

「風太、おまえ彼らの考えてることがわかるのか?」

「ん?」

「いや、いいんだ」


風太にはわかるのだろう。

同じ人ならざる者として、超能力のようなものがあるに違いない。

妖しの者、とルカは言っていた。

ヨーロッパの貴公子みたいなルックスの男の口から“妖し”などと古臭い日本語が出てきたのには驚いたが、もしかして彼は恭介が想像するより遥かに長い年月を生きているのかもしれない。


「妖し・・・か」


風太は猫又のように百年以上生きるのだろうか。

だとしたら自分はどうなるのだろう。

あのルカのパートナーである日下という男のように、自分もこれからずっと風太と一緒にいられるのだろうか。

恭介の中にわけもわからない焦りのようなものが沸き起こってくる。

自分はこの先どうなるのだろう。

あと50年すれば自分は完全な老人だ。

いや、確実に生きているという保証はない。

そして風太だけは今と変わらずにいるとしたら?

そんな状態に耐えられるのだろうか。


「・・・すけ、きょうすけ」


グイッと手を引かれてふと我に返る。

風太が不安そうに見上げているのに気付いて、慌てて笑顔を作る。

いけないいけない、ここは夢の国だ。

せっかくの楽しい時間を、余計な心配事で潰してしまってはもったいない。

風太を楽しませるためにわざわざ遠出してきたのに、不安にさせてどうする。


「ごめんごめん、ちょっとぼんやりしてた」

「きょうすけ、だいじょぶ?」

「ああ、大丈夫だ。ほれ、急ごう」


そういって笑ってやると風太も安心したのか笑顔になる。

そうそう、その顔が見たいのだ。

風太の笑顔は恭介にとって一番の癒しだ。


「風太、疲れてないか」

「ううん、ふうたへいきだよ」

「そっか」

「きょうすけは?」

「俺は元気いっぱいさ!おまえと一緒にいるからな」

「うんっ」


その後はお目当てのプーさんのアトラクションに参加した。

蜂蜜ハントは大人の恭介でもそれなりに楽しめた。

子供だけでなく大人も含めた家族で楽しめる内容にしていることが、この遊園地が世界的に成功している理由なのかもしれない。

昼を回ったので、軽く昼食を取る。

風太は午前中ルカたちと入ったカフェでスイーツを食べていたが、恭介は出かける前に朝食を取ってから何も食べていないのでそれなりに腹が減っていた。

園内のレストランはどこもいい値段がするが、たまにしか来ないのだからここはけち臭いことは言わないことにする。


ランチの後はショーを見て早々に切り上げた。

帰りに渋滞に巻き込まれないようにするためだったが、正直朝早くから動いていて恭介にも疲れが出始めていた。

ルカたちの話を聞いたからというのもある。

帰りの車の中、風太はうとうとしていた。

いつも元気いっぱいの風太がだ、さすがに今日は疲れたのかもしれない。

運転する恭介の横でぐっすり眠っている。

時々むにゃむにゃと何やら寝言らしきものが聞こえてきて、それがまた愛おしさを募らせる。

ぷっくらとしたさくらんぼのような唇が動いては、むにゃむにゃ言うのだ。

この世にこんなにも愛らしい存在がいるだろうか。


「帰ったら今日撮った動画を編集しないとな」


風太の写真や動画はかなりたまっている。

グラフィックデザイナーの恭介にとって動画編集などお手のものだ。

気付けば夢中になって作業に集中してしまうので、最近は少し自制するようにしている。

そんなにたくさん撮ったところで案外後から見ることは少ないのだ。

わざわざ動画を見なくても目の前で生の風太がいるのだから当然なのだが。

子を持つ世の親はみな、自分と同じような気持ちなのかと思う。


「・・・すけ・・・すき」


ふと、風太の口からはっきりした言葉が聞こえてきた。

確か今、「恭介、好き」と言ったように思ったが。


「ふうた、きょうすけすき」


ちらりと見遣るとその顔に薄らと微笑みが浮かんでいる。

ピンクの口元を綻ばせて、幸せそうに笑う風太は眠ったままだ。

どうやら寝言のようだ。

良い夢を見ているのだろうか。

その中に自分が出ているのかもしれない。

夢の中の自分に向かって好きだと言ってくれているのか。

そう思うと、恭介の中に抑えがたい衝動が生まれてきた。


信号が赤になる。

ブレーキをゆっくり踏むと、車は静かに減速していく。

隣ですやすやと眠る愛しい存在に、恭介は小さな声で話しかける。


「俺も風太が好きだよ」


風太が反応したような気がした。

実際は眠っているだけなのだが。

少しだけ開いた唇の間から紅い舌が覗いている。

気が付くとその小さな唇を自分の口で塞いでいた。

ほんの数秒、振れるだけの優しい口づけ。

唇を離す時、チュッと音が鳴ったが風太は変わらず眠ったままだ。


「風太、俺はおまえのそばにずっといる。そのための方法をなんとかして探すから、待っててくれよ」


信号が青に変わる。

あと十分ほどで自宅に着くだろう。

夢の中にいる風太を起こしたくはない。

着いたらそっと抱っこして家に入ろう。

このまま寝かせてやるのがいいだろう。

どうせ夕飯の頃には腹を空かせて目を覚ますだろうから。

それまでは、この幸せな時間を邪魔したくない。


「おまえを愛している」


そう呟くと、恭介はブレーキを踏むのだった。





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