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「ふを~~~~~」
「こらこら風太、そんなに急ぐな!」
風太の小さな手が恭介の大きな手をしっかり握り、早く早くと走り出す。
まだ小学生くらいの風太ではあるが、走ると意外と速い。
思わずつられて小走りになってしまう恭介だ。
「風太、そんなに必死に走らなくてもミッキーは逃げないよ」
「にげない?」
ふと足を止めた風太が小首を傾げ見上げてくる。
強烈な可愛さだ。
「ああ、逃げないよ。ミッキーの家に行けば必ずいる。風太を待っててくれるさ」
「ふうたをまってる?ミッキー、まってる?」
「ああ、待ってるとも」
風太の顔に笑みが浮かぶ。
ぷくぷくのほっぺが喜びで紅潮し、桜色の唇から白い歯が覗く。
その愛らしさに周りの客たちの中にもつい足を止めて見入っている者もいる。
ここは日本一有名な遊園地。
平日とはいえそこそこの入場者数で、人気アトラクションは若干待ち時間が出ている。
混み合うであろう連休を避けてあえて平日の早朝にやってきた恭介と風太は、土産物屋を出たところで不思議な男二人組と出会った。
彼らはどうやら風太の仲間とまではいかないが、同じような存在らしい。
つまり、ヒトならざる者。
腰まであるゴージャスな金髪はルカと言った。
そして彼の恋人である日本人の男は日下と言い、二人は出会うべくして出会ったのだと言う。
その不思議な関係は自分と風太にも当てはまるのだと言われて、嬉しいようなこそばゆいような、それでいてほんの少しだけ怖いような複雑な感情が込み上げてきた。
困ったことや聞きたいことがあればいつでも相談に乗るとルカに言われ、先ほどカフェで別れたところである。
「まあ、でもラッキーだったよな。これで何かあっても一人で思い悩むこともなくなるわけだし」
「なやみ?」
「ん?」
「なやんでるの?」
「あ、いやそうじゃない。ちょっとひとり言だよ。さ、ミッキーの家に行こう」
「うん!」
風太の手を取りミッキーとツーショットが取れるアトラクションに向かう。
こういうのは子供ばかりかと思っていた恭介だったが、意外と普通のカップルとか大人の女性同士の客などもいて、さすがは年間パスが飛ぶように売れるほどの人気を誇るアミューズメントパークだと、恭介は心の中で感心するのだった。
ミッキーと一緒に写真を撮ってもらった風太は大喜びだ。
嬉しさを全身で表現してぴょんぴょん飛び回る。
他の客の邪魔になるからと恭介は必死で止めるのだが、興奮状態の風太はなかなか制御できない。
こういう時、猫そのものになるから困ってしまう。
やっとのことでミッキーの家を後にした恭介たちは、人ごみを避けるように歩きながら次に向かうアトラクションを決めることにした。
「風太、今度は何がいい?」
「んん?」
「次は何が見たい?どこに行きたい?」
「んっとねぇ・・・ふうたねぇ・・・」
「どこでもいいぞ、風太が行きたいところに行こう」
「きょうすけは?」
「俺はどこだっていい」
「ふうたも」
「え?」
「ふうたも、きょうすけといっしょだったらどこでもいいよ」
「風太、おまえ・・・」
自分と一緒ならどこでもいいと応える風太がいじらしい。
風太の精神年齢はたぶん、小学校低学年くらいだろう。
心にもない嘘で相手を喜ばせてやろうとか、そういった発想ははなからない。
本気で、恭介と一緒ならどこへでも行くと言っているのだ。
そんな単純なことがこんなにも嬉しい。
『あなたはたまたまなのか必然なのか、風太君に選ばれてしまったんです』
ルカの言葉が脳裏に響く。
風太が自分を選んでくれた。
その理由はわからない。
聞いてみたい気もするが、たぶん聞いたところで本人もわからないのではないかという気がする。
こういうのはきっと、理屈ではないのだ。
風太と自分は運命に導かれて出会った。
そして今こうして一緒にいる。
その事実だけで十分ではないか。
「よし、じゃあ、このプーさんの蜂蜜ハントってのに乗らないか」
「プーさん!」
「そう、クマのプーさんだ」
「クマさん、風太クマさん好き♪」
「だろう?黄色のクマさんだ。きっと楽しいぞ~」
「うん!」
風太の小さな手をギュッと握り直すと、目的地へと急ぐ。
小柄な風太を激しい乗り物に乗せるわけにはいかないが、こういった児童向けのアトラクションなら余裕だ。
あとはショーでも見て、夕方のラッシュになる前に帰ればいい。
風太の横顔を見ると、嬉しそうに目が爛々と輝いている。
しあわせそうな風太を見ていると、恭介まで胸の奥が温かくなってくる。
「風太、楽しいか」
「うん!」
「俺も楽しいぞ」
「きょうすけ、たのしい?」
「ああ、俺はおまえと一緒にいられるだけで幸せだ」
「しあわせ・・・」
「ずっと一緒にいような」
「ふうた、きょうすけとずっといっしょ」
「ああ、ずっと一緒だ」
傍から見れば仲の良い兄弟以外の何ものでもない二人である。
「あっ!お兄ちゃんたち!」
ふと、歩みを止めた風太が空を見上げる。
「お兄ちゃん達って、ルカたちのことか?どこだ?」
「ほら、あそこ!」
風太が指さす方を見やるが、ただ青空が広がっているばかり。
それでも風太がしきりに「お兄ちゃん、バイバイ」と手を振るので、訝しげに空を見やると黒い物体が二つ、ひらひらと空中を浮遊しているのが見えた。
「あれは・・・まさか・・・」
「お兄ちゃんたちもバイバイって言ってるよ」
「風太おまえ、あれがルカたちだっていうのか?」
「きょうすけもバイバイして」
空を飛ぶ二つの黒い影は、蝙蝠だった。
呆然としながら見上げる恭介の横で風太はまだ手を振っている。
「蝙蝠・・・」
青い空の下、二匹の蝙蝠は仲よさげにダンスを踊っているようだった。




