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「風太君はあなたよりずっと長生きしますよ」
ルカの一言に、恭介は言葉を失った。
風太の方が長生きする。
自分よりもずっと?
「上坂さん、風太君はもはや妖し(あやかし)です。普通の猫ではない。猫又は百歳以上生きているのと同じで、風太君はこれから百年、いやもっと長く生きるでしょう」
「そんな・・・」
「この世の者と違い、妖しは寿命があってないようなもの。自らが望まない限りはいつまでも生き続けることができるんです」
「じゃあ、俺の方が先に死ぬってことですか」
「う~ん・・・まあ、そのあたりはまだ何とも・・・」
「何とも、とは?」
「あなたが風太君と生きる道を選ぶことになるかもしれないから。というよりきっとそうなるから」
「それはどういう・・・」
「たとえば、俺みたいに、だろ?」
日下が話に入ってくる。
またチャチャを入れたのかと思ったが、彼の目は先ほどとは打って変わって真剣そのものだ。
恭介は二人が何を言わんとしているのか今一つわからず、混乱してしまう。
「日下さんはね、元々は普通の人間なんですよ、俺と違って」
「えっ?」
「だけど俺と一緒に生きることを選んでくれた。そうだよね、日下さん」
「・・・・・・まあな」
「だから今こうして二人で一緒にいられる。これからもずっと、永遠に」
「永遠・・・」
つまりこういうことだろうか。
このルカという金髪の美形は最初から人間ではない。
いわゆる妖しという存在で、それに対して日下は元々は人間だった。
二人が出会い恋仲になったことで、日下がルカと共に人生を歩む決意をした。
ということは、日下も今はヒトではなく妖しだと?
「あの・・・それって、つまり俺も風太と同じ妖しになる日が来るってこと?望めばそうなると?」
「絶対にそうだとは言い切れないけど、でもまあたぶんそうなると思う」
「どうやって?」
「そこまではまだ今の段階ではわからない。俺たちと風太君はまたパターンが違うから。でも古今東西、妖しに選ばれた人間というのは必ず運命を共にすることになる」
「妖しに選ばれた人間」
「そう、あなたたちの場合だと風太君があなたを選んだ。あなたはたまたまなのか必然なのか、風太君に選ばれてしまったんです」
「・・・・・・」
3年前のバレンタインの日。
寒空の下、段ボールに捨てられていた仔猫。
みゃあみゃあと不安げに鳴く、真っ白でふわふわの仔猫を拾ったのは偶然か。
それとも運命か・・・
「俺と日下さんが出会ったのも偶然だった」
まるで恭介の心を読んだかのようにルカが言う。
「あれは満月の夜だった。ブルームーンといって二度も満月が見られる珍しい月。月明かりの下、日下さんと出会った時に恋に落ちていた」
「出会った場所は新宿の路地裏だったけどな」
「そう、新宿の路地裏・・・あれは運命だったんだ。俺たちは運命によって引き合わされた。でも俺は日下さんを道連れにしたくはなかったから、一度は諦めようとした」
「こいつ、俺に散々手を出しておきながら一人で消えてしまおうとしたんだぜ。ひどいだろ」
「だってあの時は日下さんを不幸にしたくないと思って」
「それが浅はかだっつうの」
「思い直して今はこうして一緒にいるんだからいいじゃない」
日下の肩に凭れ掛かりながらルカが嬉しそうに言う。
クールを装いつつも、日下も愛おしそうな目でルカを見つめている。
相思相愛なのだろう。
そんな二人を見て、恭介は少しばかり羨ましくなってしまった。
「ふうた、きょうすけといっしょ」
ふいに風太がつぶやく。
三人の会話など聞こえてないかのように、もくもくと苺のパフェを食べていたというのに。
風太の大きな瞳が、爛々と輝いている。
「ふうたね、ずっときょうすけといっしょなの。ずっとだよ」
「風太・・・」
拙いながらも懸命に想いを伝えてくる風太に、胸が篤くなる。
風太は自分と人生を共にしようと言っているのだ。
永遠にともに生きると。
「ああ、そうだな。俺と風太はいつまでも一緒だ」
「うんっ!」
口の端にクリームを付けた風太が愛おしい。
そっとナプキンで拭ってやると、擽ったそうに肩をすくめた。
そんな二人の様子を、微笑ましげにルカが見つめている。
「ホント、風太君は可愛いね」
「ええ、まあ」
「彼と出会ってから色んなことが順調に進んだりしていませんか?」
「え?」
「たとえば仕事とか、引っ越しとか」
「そういえば・・・」
風太との生活を優先するために会社員を辞めてフリーランスになった。
自宅でできる仕事に変わりたかったからだ。
フリーランスのウェブデザイナーなら、仔猫の風太を育てるにも都合が良かった。
だが、まだ若く大した実績もない身である。
クライアント探しに苦労するだろうと覚悟していたが、思いもかけず知り合いに声をかけてもらったり、またその知り合いから口コミでクライアントを紹介してもらったりして、サラリーマン時代の月給などあっという間に超えてしまった。
中には大口のクライアントもいて、その仕事をしているだけで安定した収入が入ってくる。
二十代半ばでツテもコネもない恭介の脱サラは、予想に反して極めてスムーズだった。
引っ越しにしてもそうだった。
猫耳少年風太と暮らせる理想的な家を探していると、タイミングよく都内の便利な場所に庭付き戸建て物件が見つかった。
しかも大家は海外暮らしで東京の家をメンテナンス代わりに住んでくれる人を探していたため、家賃も破格という幸運さ。
これらすべてが、まるであつらえたようにとんとん拍子で決まって行ったのだ。
「そういえば、確かにそうです。風太と出会ってから仕事も何もかもが順調です」
「幸運の招き猫なんですよ」
「招き猫」
「猫は愛する者のためにあらゆる幸運を呼び寄せます。妖しでなくても普通の猫にでも多少そういった力がある」
「そうなんですか」
「風太君を大事にね、上坂さん」
「それはもう、もちろんです。俺にとって風太は何よりも大切な存在ですから」
「たいせつ?」
小首を傾げた風太が見上げてくる。
「ああ、大切だよ」
「ふうたも、きょうすけがたいせつだよ。いちばんたいせつ」
「ありがとな」
「へへっ」
風太が幸せそうに笑うと、心の奥がぽかぽかしてくる。
思わず恭介も笑みを漏らした。
「二人とも、お幸せにね」
「ありがとう、あなたがたも」
「何かあれば、連絡して。力になるから」
「ありがとう。あ、そうだ、俺の名刺・・・」
「ああ、大丈夫です。もらわなくてもわかるから」
「え?」
「言ったでしょう、俺は妖しだって。人にはない力を持っている」
「それって、魔法とか超能力みたいなもの?」
「まあ、そうだね」
そう言ってルカはウィンクを一つよこしたのだった。




