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<30>

これ以上話を続けるのは危険だ。

頭の中で警鐘が鳴り響いている。

なのに、この場を離れることができない。

風太の正体を知っているであろう男たちを前にして、聞きたいことが山のようにあるのだ。

だが、どこまで突っ込んでいいものか。

慎重に言葉を選ぼうとするも、頭の中がグルグルする一方で何と言っていいのかわからない。

焦る恭介をよそに、風太は目映いばかりの笑顔で堂々と答えた。


「うん!ふうた、きょうすけとおなじにしてもらうの。かみさまにおねがいしたら、かみさまがいいよ、って」

「そう、よかったね」

「でもまだおなじじゃないの」

「同じじゃない?」

「うん。ふうた、おみみとしっぽがあるの」

「風太っ、それ以上は・・・」

「大丈夫ですよ、上坂さん」


ルカがにこやかに制止してくる。

吸いこまれそうなエメラルドの瞳。

それはまるで、全てを知っていると言っているかのようだ。


「そっか、まだ完ぺきな人間じゃないんだね」

「かんぺき?」

「ああ、ごめんごめん。難しい言葉はわかんないかな。そうだね、えっと・・・」


ルカが少し困った顔をする。

すると、隣でクールにコーヒーを飲んでいた日下と名乗った男が助け船を出した。


「つまり、俺たち人間とまるっきりおんなじってわけじゃないってことだろ。違うか」

「おにいさんはにんげんなの?」

「まあ一応・・・なんつうか・・・」


今度は日下の方が口ごもってしまった。

恭介はただ三人のやり取りを黙って見ていることしかできない。

ひょっとして、いやひょっとしなくてもこの場にいる純粋な人間は自分一人なのではないだろうか。

そう思うとなんだか不思議な感覚が体の奥から湧き上がってくる。


「あの・・・あなた方はいったい・・・」

「おにいちゃんたちはふうたとちがうの?」


思わず二人してハモってしまった。

だが風太も気になっているところは同じらしい。

目の前の人間離れした美形二人が、いったい何者なのか。

知りたいようで、知るのが怖いようでもある。


「俺たちは風太君とは違います。ただ、この世のものではないという点では同じ」

「この世のものではない・・・」

「風太君は猫ですね?」

「えっ・・・」

「大丈夫ですよ。俺たちには隠さなくても」

「それはっ・・・でも・・・」

「猫という生き物は、魔性のものです」

「魔性?」

「神にもなるし、魔物にもなる」

「・・・・・・」


恭介は絶句した。

まさか、風太が魔物だとでも言うのだろうか。

こんなにも愛らしい存在が。


「ああ、誤解しないでくださいね」


よほど険しい顔をしてしまったのだろう。

ルカが慈愛に満ちた笑顔を向けてきた。


「猫に限らず、たとえば狐や蛇、西洋では狼などもそうですが、この世とあの世を繋ぐ聖なる生き物なんです」

「聖なる生き物・・・」

「たとえば日本では昔から、猫は100年生きると猫又という妖怪になると言われていますね」

「猫又ですか・・・」

「西洋においては、猫は九つの命を持つと言われています」

「へぇ、そいつは初耳だ。猫又は聞いたことがあるが。さすが長生きしてると色々物知りになるねぇ」

「日下さん、チャチャを入れないで」

「別にチャチャなんて入れてないだろ」


日下を無視し、ルカが続ける。


「風太君は元々妖力が強かったのか、それともたまたま力を与えられたのか、こうしてヒトの姿となってあなたの前に現れた。あなたはそんな風太君を心から慈しんでいる。何も思い悩むことはないんですよ」


にっこり笑ってそう言われると、そんなもんかと納得してしまいそうになる。

だが、恭介はどうしても納得がいかない。

いや、納得がいかないというより、不安をぬぐうことができない。

風太が何者なのか。

なぜ自分の前に現れたのか。

それが知りたいし、知らなくてはならないと思う。

そしてこの二人なら何かわかるかもしれない。


彼らが何者かはわからないが、ここまで風太のことを知っている以上いまさら隠し立てしてもしょうがないだろう。

そもそもこんなに目立つ二人組を、もしも以前どこかで会ったことがあるのであれば絶対に覚えているはずだ。

間違いなく今日、この場で会ったのが初めてなのだ。

にも拘らず二人とも自分たちの事情を知っている。

つまり彼らは風太とは種類は違うにせよ、人間ではないということだろう。


ごくりと唾を飲み込む。


だったらこの際、聞きたいことを聞いてしまった方がいい。

ここで彼らと出会ったのも何かの縁かもしれない。

ならばこれから風太と二人で生きていくためにも、彼らを利用させてもらおう。


恭介は腹を括った。


「出会った時の風太はまだ仔猫でした。たぶん、生後数か月くらいだったと思います。ところがある日突然この姿になっていました。あれからもう3年以上経つけど、人の姿をしている時はこうして子供の状態でいることが多いんです」

「でも、大人の姿になることもある」

「どうしてそれを・・・」

「妖しの者なら自在に姿かたちを変えられるからです」

「そういうものなんですか」

「そういうものです」

「もしかして、あなたも?」

「そうです。俺も、ヒト以外の姿になれますよ」

「そう・・・なんですか・・・」


驚愕する内容だが、実際に風太を知る身にとってはルカの言うことが嘘ではないと信じることができる。

それでも驚きを隠せない恭介に、ルカが話を続けた。


「おそらくまだ、うまくコントロールできないんじゃないですか」

「え・・・ええ、そうです。それと、猫耳と尻尾は人間の姿になってもなくならないんです。そのせいで外出にも困るっていうか・・・本人はもっと外に出かけたいみたいなんですが、なかなか・・・」


まあでもこの猫耳と尻尾が可愛いんだけどな、という心の声は押し殺した恭介である。


「大丈夫ですよ。そのうち耳と尻尾もうまく隠せるようになります」

「本当ですかっ」

「ええ。風太君はまだ力を発揮するようになって年月が浅い。そうそう簡単にコントロールするのは無理です」

「あなたはコントロールできるのですか」

「もちろん」

「いつごろ・・・いや、どれくらいでできるようになるもんですか?」

「う~ん・・・個人差あるからねぇ・・・」

「個人差、ですか」

「風太君の場合はちょっとレアケースだし。本来はよほど長生きした猫が手にする力ですからね。あとは何度も生まれ変わっているとか。彼の場合そのいずれでもなさそうだから、はっきり言うのは難しいですね」

「そうですか・・・」

「そう落胆しないで。もし何か困ったこととかあれば、いつでも気軽に俺たちに連絡してくれて構いませんから」


そう言うと、ルカが一枚のカードを差し出してきた。

そこには“Luca”という名前と、電話番号だけが書かれている。


「あなたたち二人はその・・・」

「俺たちが付き合ってるかどうかってこと?」


ブブッと横で日下がコーヒーを吹く。

青白い顔をさらに青くさせて、何やらぶつぶつ文句を言っているがルカは相手にしていない。


「ええ、まあ・・・」

「ふふ。ご想像にお任せしますって言いたいところだけど、隠してもしょうがないよね。そう、俺たちはパートナーなんですよ。この世を生きるための」

「この世を生きるため・・・」


ルカが意味深に微笑む。

その隣で日下が居心地悪そうにコーヒーを飲んでいる。

おそらく照れ隠しなのだろう。


「俺と風太は・・・俺と風太もそうなれるでしょうか」


それは自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。

風太と二人、この世を生きていく。

恭介が望んでいるのはただそれだけなのだ。

風太はもう仔猫ではない。

そして猫の寿命は短い。

最近の猫は長生きするようになったとはいえ、せいぜい20年だろう。

あと20年で風太と別れなくてはならないなんて、考えただけで気が狂いそうだ。

ずっと一緒にいたい。

風太を失いたくない。

日に日にその想いが強くなる。

それは焦りにもにた感覚だった。

こうして風太の事情を知る人間と出会えたのは、ある意味運命ではないだろうか。

もっとも、人間ではなさそうではあるが・・・


「あなたが本当に風太君とずっと一緒にいたいと望めば、自然とそうなるでしょうよ」

「つまり、風太は20年後に寿命が来たりはしないと?」

「20年?」

「猫の寿命って長くてもそんなもんでしょう?」

「ああ、そういう意味ですか」

「風太がいなくなるなんて耐えられない」

「上坂さん、非常に言いにくいんだけど、風太君はもっと生きますよ」

「え・・・」

「っていうより、あなたより遥かに長生きします」

「ええっ?!」






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