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<3>

風太の小さな手をしっかりと握りしめ、恭介は近くの公園に向かって歩き出した。

一緒に散歩するのが嬉しいのか、風太がぴょんぴょんとスキップしながら歩いている。

頬を薔薇色に染めた風太の、これまた薔薇色の唇から吐き出される息は白い。


「風太、寒くないか?」

「んん?」

「寒かったら言えよ」

「ふうた、へいきだよ」

「そうか」


しばらく歩いていると、目的の公園に辿り着いた。

かなり広いこの公園は昨今の健康ブームのせいかジョギングする人も増えたようで、平日昼間だというのに本格的なジョガーの姿もちらほら見える。

意外と若い人は少なく、中高年の男性が多いように思うのは気のせいか。

中高年というよりはむしろお年寄りと言っていいような人もいる。

自分も自宅仕事に変わってからというもの、ほとんど体を動かすことをしなくなった。

そろそろ何か始めないとヤバいかもしれない、なんて思いながら緑の中を風太と歩く。


「あっ!」


声を上げたかと思うとスッと恭介の手を離し、風太が駆けて行く。


「風太、どうしたっ」


慌てて追いかける恭介の心配をよそに、風太は嬉しそうに野鳥を追い回し始めた。

スズメより少し大きな野鳥はこの公園ではよく見かける種類の鳥だが、それがなんという名なのか恭介は知らない。

鳥の種類など知らないし、興味もなかった。

よく見るとなかなかきれいな色をしている。

白と黒のコントラストの中に、少し青味がかった羽が混じっているような。

こんな風に自然の中でゆったりと過ごすのも、悪くない。

楽しそうに笑い声をあげながら小鳥を追いかけている風太を見ていると、心の中が温かくなっていくのを感じる。

キャッキャと声を上げながら駆け回る風太を眺めているだけで幸せだと思えるのだ。

猫の狩猟本能がそうさせるのだろうか。

しばらくの間、風太は飽きもせずあっちの鳥、こっちの鳥とひたすら鳥を追って走り回っていた。


ひとしきり公園で遊んだあと、恭介は風太を連れて買い物に行くことにした。

これから本格的に寒くなってくる。

冬物の洋服を見て回るのも楽しいだろう。

少し身長が伸びた風太に、去年の冬服は合わなくなっている。

今日着せているコートは去年買った時点で大きめだったからよかったものの、セーターやボトムなどはちんちくりん状態のものが多くて服選びに苦労しているのだ。

サイズの合った着心地の良い物を与えてやりたい。

それに、風太の洋服選びは楽しい。

もはや恭介の趣味と言っていい。

ウキウキしながら、若者に人気の街まで風太と二人で足を運ぶ。


これまでは青山や六本木といった女性受けしそうな街しか行かなかった恭介だが、風太と出会ってからはどちらかというともっとカジュアルで気取らない街を好むようになった。

エスニック雑貨やアクセサリー、インポート物など多種多様な買い物ができるこの街が、ここ1、2年のお気に入りだ。

多くの店が立ち並ぶ通りを風太と二人で歩いていると、道行く女性たちの視線を感じる。


「かわいい~」

「ほら、見てあの子」

「お人形さんみたい」


風太に浴びせられる賞賛の言葉を、恭介は誇らしい気持ちで聞いていた。

これほど可愛い風太なのだから当然と言えば当然なのだが、やはり褒められると嬉しいものだ。

特に目的も決めずに歩いていると、ふとある店が目に留まった。

入り口近くのウィンドーに飾ってある赤いニット帽が、普通のそれとは少し違って見えたからだ。

近づいてよく見てみると、それは“猫耳型”ニット帽だった。


「風太、いいもん見つけたぞ」

「いいもん・・・?」


小首を傾げてくる風太に、少し興奮気味に恭介が言う。


「ほら見てみろ、これ」

「お耳がついてる」

「だろ?これならお前の頭にぴったりだ」

「うん!」


店の中に入ると、猫耳だけでなくウサ耳帽もあった。

ウサ耳のほうは少し耳の部分が長いというか、大きい。

色も白、赤、茶などたくさんある。

最近では夏場でもこの手のキャップをかぶった若者がいるから、これさえあればいつでも風太と外出ができる。

上着を羽織れない真夏以外なら、少し大きめのプルオーバーか何かを着せれば大丈夫ではないだろうか。

興奮を抑えつつ、恭介は店員に試着室を借りたい旨を伝えた。

帽子をかぶるだけで試着室を使うのは不自然なので、ついでにベロアのキュロットも手に取る。


「ほれ、風太。これかぶってみろ」


試着室の中でさっそく先ほどの赤い猫耳帽をかぶらせると、思った通りそれはうまい具合に風太の耳にフィットした。


「どうだ、風太。違和感ないか?」

「いわかん?」

「ああーー、違和感ってわかんねえか。えっと、かぶってて気持ち悪いところはないか?今までの帽子と比べてどうだ?」

「ふうた、これ好き。お耳ちくちくしないの」

「そうか、そりゃよかった!」


嬉しそうに笑いながら風太が耳の部分を触っている。

ついでにウサ耳帽もかぶらせてみると、こちらのほうもなかなか可愛いらしい。

猫の風太がウサ耳というのも変な感じがするが、可愛いのだから構うもんか。

ついでに持って入ったキュロットも、上手い具合に風太のしっぽを隠してくれる。

「どう?」と言わんばかりにくるくる回ってこちらを見つめてくる風太を、恭介は目を細めて眺めた。


「うん、いいな。これ全部買おう」

「ぜんぶ?」

「そう、全部だ。どれもお前によく似合ってるからな」

「にあう?」

「ああ、すごく似合ってるぞ」

「えへ」


帽子はいくつか替えがあったほうがいいだろうと思い、赤と黒の猫耳帽と、ウサ耳帽の方は白と茶色で合計四セットを購入した。

キュロットの方も似合っていたので迷わずゲット。

ついでに焦げ茶色のブーツも買う。

編み込みの入ったお洒落なブーツは、風太の華奢な足元にピタリと合ったのだ。

決して安い店ではなかったのでそれなりの出費になってしまったが、恭介は満足感でいっぱいだった。

店を出たところで風太が買ったばかりの猫耳帽をかぶりたがったので、近くにあった公衆トイレに入り帽子をチェンジすることにした。

トイレの中には誰もいなかったが、突然誰かが入ってきたりしないとも限らない。

大事を取って個室に入る。

出かけるときにかぶってきた帽子を取ると、それまで押さえつけられていた白いふわふわの耳がぴょこんと立ち上がる。


「んん~~~」

「なんだ、耳が気持ち悪いのか?」


ピクピクと動く耳をそっと撫でてやると、風太が気持ちよさそうに目を細める。

白っぽい耳の中はきれいなピンク色だ。

なんて愛らしいのだろう。

チュ、と耳に口付けると風太がきゃははと笑う。

どうやらくすぐったかったらしい。


「ほれ、これかぶってみろ」

「お耳ちくちくしないね」

「ああ。これからはこの帽子をかぶればいい」

「うん!」

「可愛いぞ、風太」


赤い猫耳帽をかぶった風太の凶悪なまでの愛らしさに身もだえしていると、通りの反対側にある洒落た店の軒先に大きなクリスマスツリーが飾ってあるのが目に留まった。

明後日はクリスマスイブだ。

外食はまだ危なっかしいので、今年も家で過ごすことになるだろう。

風太の好きなローストチキンは既に発注済みだ。

クリスマスツリーも、買ってある。


「風太、もうすぐクリスマスだな」

「くりすます・・・?」

「そう、クリスマス」


小首を傾げる風太の愛らしさにもんどりうちながら、恭介は風太へのプレゼントを何にするか思いをめぐらせるのだった。




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