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朝から元気な風太を連れて車でやってきたのは、日本一の来場者数を誇る遊園地だ。
都内の自宅を6時に出発、平日ということもあって渋滞に巻き込まれることもなく順調に開演時間の8時半前に着いた恭介たちは、この日のために練りに練った計画を遂行すべくアトラクションを回った。
まずは大きな耳で空を飛ぶサーカスの仔象、ダンボの乗り物に乗った風太は大喜びだった。
「ふを~」とか「すご~い」とか声を上げている風太の愛くるしさと言ったら、筆舌に尽くしがたいものがある。
なんとかマウンテンのような激しいローラーコースターなどは避けるつもりでいる恭介だが、風太自身あまりそういったスピード系には興味がないようで胸を撫で下ろす。
身長制限のある乗り物には風太は乗ることができない。
乗りたいのに乗れなかったら、さぞかしがっかりするだろう。
風太の気落ちした顔など見たくない恭介だが、そんなことは杞憂に終わった。
風太の目当ては、可愛い動物のキャラクターなのだ。
ダンボもそうだがなんと言っても一番のハイライトはやはり、ミッキーマウスだろう。
キャラクターが出てくるショーなどもあるが、長時間席について見ていなくてはならないため風太には無理かもしれない。
一応、三世代で楽しめるとガイドには謳ってあるが。
「風太、ミッキーに会いに行こうか」
「ミッキー!!」
「ミッキーの家ってのがある。そこに行くだろ?」
「うんっ!!」
ショーは無理でもこのミッキーの家にいけば必ずミッキーと会えるのだ。
しかもツーショット撮影もできる。
ある意味、至れり尽くせりとも言えよう。
「それにしてもおまえ、ミッキーがねずみってわかってるのか」
「うん?」
「ねずみだ、ねずみ。猫はねずみを獲るもんだろう」
「ねずみをとる・・・」
「そう。ミッキーはそのねずみなんだよ」
「んーーー・・・ふうた、わかんない」
「わかんない・・・か」
風太はまだほんの小さな仔猫だったころに恭介が引き取り大切に育てた。
途中で人間の姿になった風太だから、野生の本能である狩りというものを忘れてしまっているのかもしれない。
いや、だが時おり雀やら蝶々を追いかけたりしているではないか。
だとしたら、ねずみを追いかけてもおかしくないのでは。
「ま、いっか」
なんにせよ風太が楽しければそれでいい。
架空のキャラクターがねずみだろうがウサギだろうが、風太にとっては大した意味はないのだ。
ようは、可愛ければそれでいいのだろう。
人間の子供と同じだ。
可愛い物が好きなのだ。
「あっ、ねずみさん!!」
「ん?」
「ほらあれ!あの人、ねずみさんだよ」
「ああ、あれは帽子だ。本物じゃない」
「ねずみさん、ちがうの?」
風太が指さす方向にいるのはミッキーの耳の形をした黒い帽子をかぶった女の子だ。
中学生くらいに見えるが、今日は創立記念日か何かなのかもしれない。
女の子がかぶっているのは正確にはミッキーではなくミニーのファンキャップだ。
顔もついていて被るとまさにキャラクターそのものという感じで、よくできている。
「あれは帽子なんだよ」
「帽子」
「そう、おまえが被っているこの猫耳キャップと同じだ。土産物屋で売ってる」
「おぼうし、うってるの?」
売っているという言葉に敏感に反応した風太が、きらきらした目で見上げてくる。
ああこれは買ってやるしかないか・・・
だが、すでに猫耳がついている風太がねずみの耳の付いたファンキャップを被るのっておかしくないか?
耳に耳が重なって邪魔になりはしないだろうか。
それも、猫耳の上にねずみ耳ってくどいような気がする。
「ふうた、おぼうしほしいなぁ・・・」
桜色の唇を尖らせながらぼそっと呟く風太がいじらしい。
もうこの際ねずみだろうがなんだろうが関係ない。
そんな些末なことに気を取られている場合ではないのだ。
「ああ、あとで買ってやる」
「ホント?!」
「確かタウンセンターだったかな。入り口に近いところにあったはずだ。帰りに寄ろう」
「いまいっちゃだめ?」
「ん?なんだ、今すぐほしいのか」
「だってぇ・・・」
どうやら後まで待てないらしい。
このままミッキーの家まで直行しようと思ったが、風太の希望を優先して先にショップに行くことにする。
ファンキャップは人気商品だし、後で行って売り切れていても困るしな。
風太のためなら多少余分に歩くくらいなんてことない恭介である。
タウンセンターまで引き返しファンキャップを入手してから、ミッキーの家に行けばいいだけのこと。
今日は平日でそこまで混んでいるわけではないのだから、慌ててアトラクションを回らなくても大丈夫だろう。
「2800円!」
値札を見て思わず声に出してしまった恭介である。
そんなにするのか・・・
いや、安くはないだろうとは思ってはいたが、それにしてもいい値段である。
ふと横を見ると風太がミッキー帽を手に大喜びしている。
ここでやっぱりやめておこうとは到底言えない雰囲気だ。
「ま、いっか。これ被った風太もきっと激かわだろうしな、うん」
ファンキャップの他にも可愛い帽子やらバッグやら、なんだかんだ散財してしまった。
だが後悔はしていない。
日頃めったに買い物にも出かけないのだから、こんな時くらいはいいだろうと思うのだ。
ミッキー帽を手に入れたことで気をよくしたのか、風太がスキップしながら店を出て行く。
それは、恭介がほんの少し会計でもたついていた時だった。
あれほど一人で勝手に行動してはいけないと言い聞かせていたのに、そんなことなどすっかり忘れた風太は帽子の入った手提げを持つと上機嫌で店を飛び出したのだ。
「あっ、風太待てっ!勝手に行くんじゃない、待ちなさい!」
大慌てで会計を済ませた恭介が風太の後を追う。
店から10メートルほど離れたところでぴょんぴょん飛び跳ねながら走っている風太を見つけた。
「風太!!」
恭介の心配など知らぬ気に、風太は「ふを~~~」と可愛い声を上げながら走っていく。
そして向かいから歩いてきた男にドン、とぶつかってしまったのだ。
ぶつかった反動で尻もちをついた風太が、「いた~い・・・」と声を上げる。
焦った恭介が風太を抱き起そうとする前に、体当たりされた男が先に風太を優しく起こしてくれた。
「大丈夫?」
「んっと・・・」
「怪我はない?」
「んん・・・ふうた、へいき」
「よかった」
中腰になって風太に微笑む男はまるで中世の騎士のような金髪碧眼の美形だった。
腰まである長い髪は絹糸のようで、明るい春の陽射しを受けてきらきらと輝いている。
風太の青年姿も美しいが、この男もそれに勝るとも劣らぬ美しさだ。
「あ、あの・・・どうもお世話をおかけしました」
日本語でそう話しかけると男は「可愛いお子さんですね」とにっこり笑いかけてくる。
隣には黒髪の日本人が立っていて、これまた違ったタイプの美形である。
金髪の男が陽だとするとこちらは陰といった具合か。
漆黒の瞳と髪に、青白いくらいに色素の薄い皮膚はどこか浮世離れした雰囲気を纏っている。
多少目つきは鋭いが、間違いなく色男の部類に入るだろう。
「おにいちゃんたちもかみさまにおねがいしたの?」
「え?」
風太の突然の言葉に、一同は絶句した。




