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<26>

日々は恙なく平穏に過ぎていく。

花見をしてから数週間が過ぎた。

カメラマンの桝村からは一度だけ連絡があり、風太の写真ができたから送りたいので住所を教えてほしいと言われた。

営業用の名刺を渡してはいるがそこに住所は記載していない。

メールアドレスと携帯の番号のみ。

風太のこともあって用心してのことだった。

桝村には写真をメールで送ってもらえないか打診してみたが、CDに焼いたものを直接送りたいと言う。

しかたがないので外で待ち合わせて手渡ししてもらうことにした。


期待通り、プロが撮った風太はまるでスーパーモデルのように美しかった。

カラー、モノクロ、セピア、アップもあれば桜の樹を背景に佇む姿もある。

恭介のお気に入りはモノクロ加工された青年風太の顔のドアップにはらはらと桜の花弁が舞い落ちているもので、全体がグレースケールのなか花弁の薄桃色だけがハイライトされている見事な一枚だ。

風太のかたちの良い卵形の輪郭や、これまたかたちの良い鼻筋、長い睫毛がまるで陶器でできた人形のようで、見るたびにため息が出る。

大きく引き伸ばした一枚を額に入れて、壁に飾ってある。

風太も気に入っているようで嬉しい。


桝村とはカフェで待ち合わせてその場でCDを手渡してもらったが、恭介と風太の関係に興味があるようだった。

風太は日本語が理解できるようなのに一々恭介が仲介者になっていることに、疑問を抱いているのかもしれない。

ただ恭介の受け応えから何か事情があるようだとわかると、それ以上は追及してこなかった。

これからもモデルになってほしいなどと言われたらどうしようかと断る理由を考えていた恭介だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。


ともあれ、素人の自分には絶対に撮れなかったであろう奇跡の写真の数々に、素直に男に感謝する。

これはもう家宝にして取っておきたい。

と同時に、風太の美しさを世の中の人に知らしめたいという思いもあったりするのだが。

そんな危険な真似はできないことなど重々わかってはいるものの、複雑な思いが去来する恭介である。


先ほどから風太はテレビの前に座り、何やら真剣に画面に向かっている。

しっぽがピンと立っているのは番組に夢中になっているからか。

風太の話す言葉はまだまだ拙いが、テレビの影響もあってか大人の会話にもだいぶ慣れてきたようだ。

難しい言葉さえ使わなければ大抵のことは理解できる。

ただ元が猫なだけに人間特有の概念などは噛み砕いて説明しないといまだによくわからないようで、そのあたりはおそらくこれから先も変わることはないのだろう。

たとえば、人は働くことによって賃金を得、それで生活に必要な諸々のものを手に入れる。

こういったことは動物の世界ではない概念で、最初のうちは恭介が出かけるのはなわばりをパトロールするためだと思い込んでいた風太である。

物を買うにはお金というものが必要で、それがないと何も手に入らないことも理解できなかった。

今は、生活の基本的なことならだいたいわかっている風太であるが、ここまで来るのに数年かかったのだ。


「ふを~~~~~!!!」


壁にかかった風太の写真をニマニマ眺めていた恭介は、突然の風太の雄叫びに驚き駆け寄る。


「どうした風太っ。何かあったのかっ」

「ゆうえんちっ」

「はぁ?」

「ゆうえんち!ふうた、ゆうえんちいきたいっ」

「遊園地・・・?」


少年の姿の風太は今日も愛らしい。

そろそろ暖かくなってきたので家の中ではTシャツと半ズボンといったいでたちだ。

レモンイエローのTシャツに白い半パン姿の風太は、興奮して頬を紅潮させながら恭介にしがみ付いてくる。

どうやらテレビで遊園地の紹介でもしているようだ。


「あのね、ふうた、ゆうえんちにいきたいの」

「遊園地か・・・」


レポーターらしき女性タレントが「ゴールデンウィークと言えばっ」と声を張り上げている。

そういえばもうすぐ連休だ。

ゴールデンウィークのお楽しみスポットというので、番組が特集を組んでいるようだ。

画面にはねずみのキャラクターで有名な巨大アミューズメントパークが映し出され、シンデレラ城やらパレードやらきらきらした映像が繰り広げられている。

なるほど、これは風太のような子供にはさぞかし魅力的に写るに違いない。


「きょうすけ~~~」


風太がグリグリと頭を擦り付けてくる。

長身の恭介の腰くらいまでしかない風太の身長は、去年あたりから伸びていない気がする。

もしかするとこのまま成長はストップしてしまうのかもしれない。

だが、風太は青年の姿になることもできるのだ。

なぜ猫が少年になったり青年になったりできるのか不思議でたまらないが、こればかりは考えたってしかたがないことなのだろう。

当の本人に聞いても「神様にお願いしたから」の一点張りで、全く解決にならないのだ。


「そんなに遊園地に行きたいのか?」

「うん!」

「だがなぁ・・・」


遊園地といえば家族連れやカップルで賑わう場所である。

ましてゴールデンウィークともなれば、さぞかし凄い人出になるだろう。

そんなところに風太を連れていくのはどうしても不安がある。

万が一はぐれたりなんかしたら、最悪だ。

風太は突然興奮して走り出したりするし、人ごみに連れ出すのはまだまだ危なっかしいのだ。


「ふうた、おしろに行きたいの」

「城?」

「きらきら、きれいなの」


そう言いながらテレビの方を向いた風太の横顔には期待が満ち溢れている。

番組ではまだまだレポーターがあちこちのアトラクションを回っており、仕事というよりは半分本気で楽しんでいるのではと思うくらいにテンションが高い。


「どうしても行きたいのか、風太」

「うん。ダメ・・・?」

「いや、ダメじゃないが・・・連休はやめとこう」

「どうして?」

「人がいっぱいだからさ」

「人がいっぱいだとダメなの?」

「すんごい並ばされるぞ」

「ならぶの?」

「ああ、1時間とか。そんなの嫌だろ」

「う~ん・・・」


時間の概念も最近では少しわかるようになってきた風太は、1時間並ぶという恭介の言葉を噛みしめるように思案しているようだ。

遊園地には行きたいが長時間並ぶのは嫌なのだろう。


「ゴールデンウィークは世の中みんなが休むんだ」

「おやすみ・・・」

「そう、会社も学校も休みになる。だからみんな一斉に出かけるんだよ」

「みんなゆうえんちにいくの?」

「いや、全員が遊園地に行くわけじゃないが、だが普段と比べると格段に来場者数は増える。だから、わざわざそんな人がいっぱいいる時に行かなくても平日に行けばいいんだよ」

「ゆうえんち、いってもいいの?」

「ああ、連れてってやる」

「ほんとぉ?!」


言うなりぴょんと飛びついてくる風太である。

小さな体を受け止めると、その柔らかな髪が頬を撫でた。

愛しくてたまらない。

この愛しい存在が望むことなら、なんだって叶えてやりたい。


「ああ、本当だ。だが連休はダメだ。連休が明けてからにしよう」

「ほんとにいける?ゆうえんち、ふうたもいける?」

「行けるぞ。そうだな、連休明けだからまだ先のことになるが」

「さき・・・」

「来月だな」

「らいげつ・・・」


すぐに行けると思っていたからか、まだ先だと聞かされ急にしょんぼりしてしまった風太である。

ぶんぶん振っていた尻尾も力なく萎れている。


「まだ先だが、必ず連れてってやるから。な?そんなガッカリすんな」

「うー・・・」

「そうだ、今夜はおまえの好きな刺身にしよう」

「さしみ?!」

「ああ、好きだろう?」

「おさしみだいすきっ。わ~いっ!!」


ぴょんぴょん飛びながら嬉しそうに跳ね回る風太を、恭介は目を細めて見つめた。

たとえ平日だったとしても遊園地に風太を連れ出すのはリスクがあるが、それより風太の喜ぶ顔が見たい。

風太に対してはどうしても甘くなってしまう恭介なのだった。





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