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「恭介~~~、おなかすいたぁ~~~」
グリグリと頭を肩に擦りつけてくる風太を、桝村が驚いたような目で見つめている。
一見クールビューティーな風太のまるで幼児のような言動に、衝撃を受けたようだ。
カメラを抱えたまま固まっている。
「ああ、そうだな、腹減ったな。もうちょっとしたら昼飯にしよう」
「もうちょっと?」
「ああ、まだ昼には早いからな」
「ええ~」
「あんまり早く食っちまうと夕飯まで持たないだろ?もうちょっと我慢しよう、な?」
「でもぉ~」
「それより風太、このお兄さんがおまえの写真を撮りたいそうだ」
「写真?」
そう言われて初めて桝村の存在に気が付いたのか、風太が小首を傾げながら目の前のカメラマンをまじまじと見遣る。
相変わらず恭介の腕に抱きついたままだ。
振りほどくのも面倒くさくなった恭介は、風太の好きにさせることにした。
「風太の写真、恭介がいっぱい撮ったよ」
「まあそうなんだが」
「まだ撮るの?」
「このお兄さんは写真のプロなんだよ」
「プロ・・・」
「ええっと、つまり、写真を撮るのがすんごく上手いんだ」
「うまいの?」
「どうする?撮ってもらうか?」
意味はわかっているのだろうが、写真自体にあまり興味がないのかして風太の反応は鈍い。
そんなことより早く昼ごはんにしたいといったところだろう。
気乗りしない風太の様子に焦ったのか、桝村が身を乗り出してくる。
「あ、あの・・・そんなにお手間は取らせませんから。何枚か撮らせてもらうだけでいいのでっ」
男の熱意に絆されたわけではない。
プロカメラマンが撮った風太を見てみたいという欲求が勝ったと言ったほうがいいだろう。
素人の自分が何十枚、何百枚と撮った写真よりきっと数段素晴らしいものになるに違いないからだ。
「わかりました。ちょっとだけなら」
「いいんですか!」
「ええ、でもこの通り彼は外国人なので大人っぽく見えますが中身はまだまだ子供です。そちらの思うような感じにはならないかもしれない」
「そんなことはありませんよ!これだけ被写体として魅力的な人はそうはいない。ぜひ、お願いします」
「じゃあ、どうすればいいんですかね。このままここで?それとも場所を移しますか」
「そうですね、あの川べりあたりに行きましょう。桜の樹を背景にしたものと、川沿いで佇んでる感じのものと・・・あとは適当に、自然な表情が撮れれば」
いささか興奮状態の桝村をよそに、風太はつまらなさそうだ。
桝村は上機嫌で三脚を人があまりいない桜の樹のそばにセッティングしながら、鼻歌を歌い始めた。
「ひとつだけ条件があるんですが、いいですか?」
恭介の言葉に我に返った桝村が、目をパチクリさせている。
「条件、ですか」
「ええ」
「なんでしょう」
「彼の服なんですが、これは彼がすごく気に入って着ているものです。だから脱いだりはしません。帽子も取りません。あくまでもこのままの恰好でお願いします」
「このままの格好・・・ですか」
途端に残念そうな色合いが男の顔に浮かぶ。
撮り手としてはあのウサ耳帽は外したいところだろう。
だが、あれを取ることはできないのだ。
それだけは事前に伝えておかなければ。
「わかりました。今の服装のままでかまいません。その状態で結構なんで、お願いします」
恭介の毅然とした物言いに、これは交渉の余地がないと悟ったのか、桝村は条件を受諾した。
それから半時ばかり、撮影会が行われた。
最初は面倒くさそうにしていた風太も、やり始めるとそれなりに楽しんでいる。
言われるがままに歩いてみたりポーズを取ってみたり、ぼんやり遠くを見つめたりしている風太はこれ以上ないくらいに絵になる。
ファインダー越しにそれを見つめる桝村の表情も真剣だ。
黙っているとグッと大人っぽい顔つきになる風太に、恭介は胸の奥をツンと突かれたような気がした。
それが間違いなく恋情であることには、もう気が付いている。
「じゃあ今度はこちら側を向いて。そう、イイ感じ」
だんだん乗ってきたカメラマンとは対照的に、風太は飄々としている。
素人目にも、彼がモデルとして素晴らしい被写体であることは間違いない。
今日が平日で本当に良かったと恭介は思っていた。
これが週末だったら大変なことになるところだった。
それでも何人かは風太の撮影風景を見学するかのように、そばにきて写メを撮ったりしている。
何かのプロモーションビデオかな、なんていう会話もちらほら耳に入ってくる。
目立たないようにという恭介の思惑はまったくもって外れてしまったわけだが、それはもう仕方がないことなのかもしれない。
「いやぁ~。良いのが撮れました。ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。プロが撮ったこいつの写真というのも、見てみたい気がするので楽しみですよ」
「できあがったら送りますよ」
「お願いします。それから・・・」
「ああ、わかっています。勝手にメディアに載せたりはしません。ご安心ください」
「頼みます、本当に。彼は本来目立つことが嫌いなタチなんです。だからこれはあくまでプライベートなものとして扱ってもらいたいんです」
「大丈夫です。約束します」
桝村に連絡先だけ渡すと、その場で別れた。
なんだかんだで昼を回ってしまった。
風太が横で唇を尖らせている。
早く昼飯にしたいのだろう。
「わかったわかった。じゃあ、あっちのベンチのところで食おう」
「やったぁ!」
スキップして飛んでいきそうな勢いの風太に、「走るんじゃないぞ~」と声を掛けそうになったが寸でで堪える。
今の風太は大人の姿をしているのだから、子供に注意するかのような話し方は不自然だ。
かえって人目を引いてしまうだろう。
気を付けなくては。
嬉しそうにベンチに駆け寄り、ぽんぽんと腕を大きく振りながら早く座れと訴える風太に、恭介の頬は緩む。
大人の姿になっても、こういう愛らしいところは変わらない。
思わず感嘆のため息が漏れる。
風太は可愛らしい。
何をしていても、これほど愛らしい存在はこの世にいないだろう。
小走りでベンチに向かうと風太の横に腰を下ろす。
持参したトートバッグの中から二段重ねの弁当箱と水筒を取り出すと、風太の目がらんらんと輝く。
さくらんぼのような紅い唇が半開きになっているのは、早く食べたくてしかたがないからだろう。
手作り弁当の中身はオニギリと色とりどりのおかずだ。
どれも風太の好物ばかりである。
「わぁ~!」
「ほら、思う存分食え」
「いただきま~すっ」
唐揚げを摘まむとパクリと一口で頬張る。
だが少し大きかったのか、頬がパンパンに膨らんでいる。
まるでリスが頬袋にクルミを詰め込んでいるかのようで、愛くるしいことこのうえない。
「ほれ、落ち着いて食べろ。喉詰まるぞ」
すかさず水筒にお茶を注ぐと風太の手に渡してやる。
だが風太は水分をほとんど取ることもなく黙々と食べ続けた。
恭介もオニギリや卵焼きなどを摘まみつつ、コンビニで買った缶ビールを1本空けた。
4月の麗らかな一日。
こうして風太と二人で花見ができることに、心から感謝する恭介だった。




