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「うわぁ~~~すっご~~~い!!!」


目の前に広がる桜並木に、風太が感嘆の声を上げる。

4月に入って一気に開花した都内の桜も、この週末が一番の見ごろだったようだ。

今日は月曜日で、そのおかげか花見客はまばらだ。

川沿いに見事に咲いている桜を興奮気味に見つめる風太の横顔は、桜以上に可憐で美しい。

長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、青空の下でエメラルドグリーンに輝いている。

白桃のような頬を桜色に染めて嬉しそうにはしゃぐ風太に向けられる見物客の視線を、恭介はビンビン感じていた。


「わっっ!!」


一瞬つむじ風が吹き、ザーッという音と共に薄紅の花びらが舞う。


「まるで春の雪だな」

「雪?」

「そう、花びらが雪みたいだろ」

「ホントだっ」


嬉しそうに笑顔を浮かべると、風太はまだ空中を舞っている花びらを追い始めた。

その様子は猫が蝶やトンボを追いかけるのと全く同じで、こいつはこうしてヒトの姿を取っていても中身は猫なんだなぁと感心する。

キャッキャと声を上げて花びらを掴もうと必死で手を上げている風太を、周りの見物客が微笑ましげに眺めている。

風太は見かけは大人の青年だが、中身はまだまだ子供っぽい。

どうしてもそれが言動や行動となって表れてしまう。

そのギャップが恭介にはたまらない魅力でもあるのだが、どうやらそれは他の者にとっても同じようだ。

ヨーロッパ貴族のような美形が、拙い日本語を話しているようにしか見えないからかもしれない。


桜の樹の下でぴょんぴょん飛び跳ねる風太に向けて、恭介は夢中でシャッターを切りつづけた。

少年姿の風太の写真や動画はすでに山のようにある。

だが、青年姿のものは一枚もないのだ。

ここはやはり、風太の保護者としてシャッターチャンスを見逃すわけにはいかない。


「風太、こっち見ろ」

「ん~?」

「写真撮ってるから、そこに立って笑って」

「こお?」

「お、いいぞ~」


風太の装いは、極めてシックだ。

なるだけ目立たないようにとの配慮なのだが、実のところあまり功を奏してはいない。

先ほどから注目浴びまくりだ。

だが、それもいたしかたのないことだろう。

これほどまでの美形が、目立たないはずはないからだ。

たとえどれほど地味な格好をしていたとしても。


ベージュのスプリングニットにブルーグレーのロングコート。

デニムのサロペットは長い尻尾を隠すためのものだ。

銀糸のような艶やかな長髪には、ベージュのウサ耳付ニットキャップが被さっている。

大の男がウサ耳なんてそれだけで目立つことこの上ないのだが、普通のニット帽だと耳を押さえつけることになってしまい、気になってしかたがないようなのだ。

ついつい無意識に猫耳に手が行ってしまい、いつの間にか帽子が脱げていた・・・なんてことになったら大変なので、ウサ耳帽や猫耳帽は苦肉の策なのだ。

だが、子供姿の時は可愛くてそれなりにサマになっている獣耳帽も、青年が被るとなるとやはり不自然さは否めない。

現に学生らしき女子グループが、「ねえ見てあれ、あの外人の帽子可愛いよね~」などと言っているのが聞こえてくる。


冷や冷やするのはそれだけではない。

風太はいつも通り、恭介と手を繋ごうとするのだ。

もちろん恭介とて風太と手が繋げたらどれだけいいだろうと思う。

だが、ここは家の中ではないのだ。

大人の男が二人、手を繋ぎ合っていれば否が応でも目立つ。

いわゆる“そういう関係”だと思われても、しかたがないだろう。


さっきから何度も手を繋ごうとしてくる風太の手をさり気なくほどいている恭介だが、桜に気を取られていた風太はそのことに気付いていない。

何とかこのまま穏便に今日の花見を終わらせられないだろうか。

そんなことを思いながらシャッターを切っていた時だった。

四十絡みの男が、恭介たちに声を掛けてきた。


「すいません、ちょっといいですか」


男はカメラと三脚を持っている。

少し無精ひげを生やしているが、顔立ちそのものは悪くない。

恭介に話しかけてきてはいるが、目線が風太に向けられていることに恭介は気付いていた。

どうせ風太の写真を撮らせてくれとでも言うつもりなのだろう。


「あの、なんでしょう?」

「もしよかったら、写真を撮らせてもらえないかと思って」

「俺たちの、ですか?」

「ええっと・・・」

「それともこいつの写真?」


予想通り、男は風太の写真を撮りたいようだった。

恭介に声を掛けたのは、風太が日本語が話せるようには見えないからだろう。

困ったことになったと、恭介は心の中で舌打ちをした。

男はジャンパーの内ポケットからよれよれになった紙切れを一枚差し出してきた。


「私はこういう者です」


それは名刺で、『フリーカメラマン 桝村達也ますむら たつや』とある。


「カメラマン・・・ですが」

「まあ、しがないフリーランスですが」


そう言って苦笑する男の表情は、どこか清々しいものがあった。

口で言うほど自分を卑下しているわけではないらしい。

どの組織にも属さずフリーで食べていっていることに誇りを持っている、そんな顔つきだ。

それは同じフリーランス稼業をしている恭介にもわかる気はするのだが・・・


「その写真、俺たちもいただけるんですか?」

「え?」

「その・・・桝村さんは一応プロのカメラマンなんですよね?撮った写真は何かの記事にでも使うんですか?」

「う~ん・・・そこまではまだ考えてはいないんだけど。良い写真が撮れたらといつも被写体を探してるんですよ。で、先ほどから桜の下でめちゃくちゃ目立つ美形の外人さんがいたんで、思わず声を掛けたというか・・・」


困ったな、という顔をしつつも桝村はチラチラと風太の方を見ている。

風太は桜の花びらを追うことに飽きたのか、ちょっと退屈そうに売店の方を見ていた。


「じゃあ、撮った写真がどうなるかはわからないってことなんですね」

「まあ・・・そうだね。あ、でももちろん何かの媒体に載るようなことがあれば連絡させてもらうよ。それと、出来上がった写真ももちろんプレゼントさせてもらう」

「・・・・・・」

「どうかな?彼に頼んでみてくれないかい?」


プロのカメラマンに撮ってもらった風太の写真を見てみたい気もするが、変にメジャーなファッション誌なんかに載ってしまって目立つのは困る。

ひとしきり悩む恭介に、風太が唇を尖らせながら近づいてくる。


「恭介、風太、お腹すいちゃった」


恭介の腕に抱きついてきた風太を、桝村は驚きの目で見つめた。






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