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「まいったな・・・」


頭を抱えてしまいそうになった恭介だが、寸でで堪える。

風太を傷付けたくないからだ。

恭介の負の感情を、風太は敏感に感じ取る。

だからなるだけ冷静さを装って、目の前の風太を見やった。

大人のキスに衝撃を受けた風太は、顔を真っ赤にして大きな目を潤ませている。

それはそれで色っぽい。

色素の薄い肌はすぐにピンク色に染まるのだろう、耳も人と同じだったらきっと真っ赤になっていただろうと思われる。


「風太・・・」


そっと近づき優しく声を掛ける。

風太がぴくっと肩を震わせる。


「嫌だったか?」

「・・・・・・」

「俺のキスは、嫌だったか?」

「チュウ・・・なんか変なの」

「変?」

「こないだと違う」

「ああ、そういうことか」


確かに、先日初めて風太が大人の姿に変身したときに交わしたキスは、いわゆる啄むだけのバードキスだった。

というより、風太にとってキスというのは、単に唇を重ねるだけだという認識なのだろう。

テレビドラマでしか見たことのない、フィクションのキスである。

元は猫なのだから、キスという概念自体がなくて当然だ。


「こないだのは、挨拶のキスだ」

「挨拶・・・」

「そう、挨拶。親しい者同士とか家族とか、お互い大事に思いあっている同士が交わす口付けだよ」

「恭介は風太が大事?」

「ああ、もちろんだ。こないだも言ったろ、風太が一番大切だって」

「風太もだよ」

「え?」

「風太も、恭介が一番大事。だからチュウしたの」

「うん、わかってるさ」


ようやく冷静さを取り戻したのか、トマトみたいに赤かった風太の顔が元の白雪姫のような色合いに戻っていく。

少年姿の時もそうだが、こうして青年になった今も、信じられないほど透き通った風太の素肌。

触れてみたいと思うのは、おかしなことだろうか。


「さっきのキスは、それよりも親密な意味があるんだ」

「親密?」

「そう、たとえて言うなら・・・」


そこまで言ってからふと恭介は言葉が継げなくなる。

舌を絡めるようなディープキスは、ただの親愛の情でするものではない。

これは明らかに性的な意味合いを持つものだ。

自分は今、間違いなく風太に欲情している。

そのことを正直に伝えてもいいものだろうか。


恭介の言葉を待っている風太は、小首を傾げてその紅い唇を半開きにしている。

無意識の仕草なのだろうが、強烈な色っぽさだ。

恭介の中で様々な感情がごった返し、葛藤し始めた。

風太は猫なのだ。

まして、男である。

いくらきれいで女の子みたいだとはいえ、男に欲情している自分はどうなのだ。

それでいいのか。


恭介はゲイではない。

これまでの人生で一度たりとも同性に心惹かれたことはない。

東京に住んでいれば、モデルや芸能人を見かけることも珍しいことではない。

それなりに派手なルックスの人間や、嘘みたいにきれいな男だっている。

だが、そういう連中を目にしても特に何の感情も湧いてこない。

ハンサムだなとか、やっぱりモデルは普通の人間とは違ってマネキンみたいにきれいだな、とか冷静に思うだけである。

にも拘らず、風太に対しては明らかに欲情を感じている。

今日だけではない、こないだだってそうだ。

裸で布団で寝ていた風太に抱きつかれ、股間が熱くなるのを止めることができなかった。


自分は風太に惚れているのだろうか。

猫の風太に?


混乱する頭をふるふると振ると、恭介はもう一度風太のまん丸の目を見つめた。

自分の中でも答えが出ないというのに、どうやって説明すればいいのか。

だが、ここでごまかしてしまうのはまずい。

風太を不安にさせてしまうだろうから。


意を決したように恭介が喉を鳴らす。


「俺は、風太が好きだ。すげえ可愛いと思う」

「可愛い?風太が?」

「ああ、子供の姿でも可愛いが、大人になった今の風太も可愛いよ」

「本当?」

「本当だ。俺が今まで風太に嘘吐いたことあったか」

「ううん」

「あんまり可愛くて、つい我慢できなくなっちまった」

「我慢・・・」

「ちょっと気持ちが先走ったっていうか」

「???」

「すまん、風太にはわかりにくいよな」

「恭介は風太のことが好きだからチュウしたんでしょ?」

「そうだ」

「じゃあ、風太も同じ。恭介が好き」

「風太」


にっこり笑う風太の眩しい笑顔に癒される。

本当はキスして抱きしめて、そしてそれ以上のことをしたいという欲望が胸の奥の深いところでムクムクと擡げてくるのを、恭介は自覚していた。

だが今は、その想いにそっと蓋をしておこう。

青年姿の風太は、見てくれは大人だが心はまだ稚い。

ここで無理矢理性的な行為に及ぶのは、よくないような気がするのだ。


「さ、弁当を作るからあっちで待ってなさい」

「唐揚げ作るの?」

「そうだ。唐揚げと、あとは卵焼きもあるぞ」

「甘いの?」

「なんだ、おまえは甘いのが好きか」

「う~ん・・・」

「出汁巻にしようかと思ったんだがな」

「風太、甘い方がいいな・・・」

「そっか、わかった。じゃあ甘いやつな」

「わ~いっ」

「あとは、イチゴもあるぞ。おまえ、イチゴ好きだろう」

「大好きっ」

「オレンジは・・・猫は柑橘系はダメなんだよな」

「オレンジ、風太平気だよ」

「そうか、人間の姿だと柑橘類も平気になるのか」


猫の風太には食べさせないようにしていたものがある。

それは玉ねぎだったり、甲殻類だったり、柑橘類だったり。

一般的にこういった食材は、猫に与えてはいけないと言われている。

風太を飼い始めた時に調べて、気を付けるようにしてきたのだ。

だが、人間化した状態だと、関係なくなるようだ。

そういえば、こないだ食べた冷凍グラタンにはエビが入っていた。

締切が押していて時間のなかった恭介は、ついサボって冷凍食品を一品夕食に加えてしまったのだ。

風太はいつもと変わらず美味そうに食べていた。

今頃気づくのもなんだが・・・


「よし、じゃあイチゴとオレンジと両方入れような」

「うんっ。お弁当、楽しみ」

「あと1時間もすれば出かけるからな。用意しとけよ」

「は~い」

「そうだ、布団。布団上げといてくれ」

「はぁ~い」


可愛らしく返事をする風太に、恭介は目を細めるのだった。





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