<21>
花冷えとはよく言ったもので、4月に入ったというのにまだまだ肌寒い日が続く。
それでも、そろそろ開花シーズンとなった。
都内の桜はすでに7分咲きだという。
ちょうど今週末あたりが、見ごろだろう。
近くに桜の名所があり、今年こそは風太と一緒に花見をしようと決めていた。
週末ともなれば恐ろしく混むのだが、幸い恭介は自営業者のため平日でも花見はできる。
春休みの学生でそれなりに賑わっているだろうが、週末と比べれば大したことないに違いない。
ワクワクしながら、予定を立てる。
弁当は豪華なのを作ろう。
飲み物はお茶とビールくらいでいいだろうか。
お握りと卵焼きとから揚げと・・・ほかにおかずは何にしようか。
風太の好きな魚も入れたいところ。
焼き魚にするか、それともフライにするか。
本当は刺身が一番好きな風太だが、さすがに弁当に生ものは無理というもの。
ここは我慢してもらうしかない。
「風太、明後日いよいよ花見だぞ」
「おはなみ?」
「そう、お花見だ」
「うわぁ~~~い!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら体中で喜びを表現する風太に、恭介は目尻を下げる。
花見が何なのか、テレビのニュースやバラエティー番組で見て知っている風太は、前から花見がしたいと言っていた。
だが周りの目を気にする恭介は、人ごみに風太を連れ出すことを避けたいと思っていたのだ。
外国人の子供のような見た目の風太は、どうしたって目立つ。
可愛いとか、美少年だとか、街行く若い女性が反応しては声を掛けてきたり、写メを撮ろうとしたり。
あまり近づかれると、風太のふわふわの猫耳やふさふさの尻尾に気付かれるんじゃないかと、気が気じゃなくなってしまう。
だから、可哀相だとは思いつつも、風太の願いを叶えてやることはできないでいた。
だけど、今年は違う。
風太は猫の姿にも人間(というか獣人)の姿にも、自由自在に変化することができるようになった。
外に連れて行くときは、猫になればいいのだ。
そうすれば目立つこともない。
「風太、明後日は猫の姿に戻るんだぞ」
「ん?」
「お外に行くんだから、その格好じゃダメだ」
「猫にならなきゃいけない?」
「そろそろ暖かくなってきて、さすがに冬の恰好はできないからな。帽子は被ってもおかしくはないけど・・・でもまあ、安全のために猫になったほうがいいと思うんだよ」
「でもお・・・」
「なんだ、猫になるのは嫌なのか?」
風太が赤い唇を突き出して、拗ねたような顔をする。
いったいどうしたというのだろう。
猫の姿になることが、嫌なのだろうか。
「風太、きょうすけとおはなししたいの」
「え?」
「ねこになると、おはなしできないの」
そう言うと俯いてしまう風太に、恭介は何と言っていいか困ってしまう。
猫の姿に戻ると、確かに会話はできなくなる。
こちらの言うことは理解できるのだが、いかんせん猫の風太は言葉を話すことはできない。
何度かトライしてみたものの、どうやっても「にゃあ」としか声が出ないのだ。
風太からしてみればさぞもどかしいに違いない。
恭介とおしゃべりがしたい一心で、神様に人間の姿にしてもらえるよう祈り続けた風太。
ようやくその願いが通じて、こうして人の姿になれたのだ(完全なヒトではないけれど)。
せっかくの楽しいお出かけだというのに猫の姿にならなくてはいけないのは、風太にしてみれば不本意なのだろう。
「気持ちはわかるけど・・・風太、やっぱりなるだけ危ない橋は渡らない方がいいと思うんだよ」
「はし・・・あぶないの・・・?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
「風太、あぶなくなんかないよ?」
「ごめんごめん、難しいこと言っちまったな。えっと、そうじゃなくて、今の風太は、俺たち人間とまったく同じってわけじゃない。それはわかるね?」
「うん。風太、お耳があるの」
「そうだな、それに尻尾もある」
「でも、おぼうしかぶるよ?」
「まあ、そうなんだけどさ・・・」
「しっぽも、おずぼんでかくれるよ?」
「う~ん・・・」
縋るように見上げてくる風太のうるうるした瞳に、恭介はノーとは言えなくなってしまう。
確かにまあ、今の季節なら帽子を被っててもおかしくはないし、いつものサロペットに春コートを羽織れば尻尾も隠れるだろう。
こんなにも風太が楽しみにしているのだ。
ここは彼の希望を聞いてやりたい。
「わかった。じゃあ、猫にならなくていいよ」
「ほんと?」
風太の顔がパアッと明るくなる。
大きな目がらんらんと輝く。
「ああ、そのまんまでかまわない。帽子とコートで隠しちまえばバレないだろう」
「やったぁ~!!」
またしても嬉しそうにぴょんぴょんと飛び回る。
風太が幸せそうにすると、この上ない幸福感が心の奥からじわじわと込み上げてくる恭介だ。
「じゃあ、明後日張れるようにてるてる坊主を作ろうか」
「てるてるぼうず?」
「そう、てるてる坊主」
今週の天気予報はずっと晴天で、明後日も降水確率は0%なのだが、そんなことはどうでもいいのだ。
風太と一緒にてるてる坊主を作るという行為が、大切なのである。
てるてる坊主の歌を風太に教えてやると、あっという間に覚えてしまう。
こういう記憶力の良さは、普通の子供と変わらない気がするから不思議だ。
「てるてるぼ~ず~てるぼうず~♪ あ~したてんきにしておくれ~♪」
可愛らしいボーイソプラノが居間に響く。
てるてる坊主 てる坊主
あした天気に しておくれ
いつかの夢の 空のよに
晴れたら 金の鈴あげよ
「風太、うまいな」
「うまい?」
「ああ、風太は歌が上手だよ」
「へへ」
「さ、このてるてる坊主は縁側に吊るしておこうな」
「つるすの?」
「そう。ここにこうやって吊っとくんだ」
二人で一緒に作ったてるてる坊主に紐を括り付けると、恭介は器用にそれを縁側の軒下に吊るした。
背の高い恭介は、ちょっと手を伸ばせばすぐに天井に手が付く。
この家は古い日本家屋なので、マンションや最近の住宅と比べると天井が低いというのもあるが。
「これで完成だ」
「かんせい?」
「そう、このてるてる坊主がきっと、明後日お天気にしてくれるぞ」
「ホント?」
「ああ、本当だ」
「おはなみ、たのしみ・・・」
「ああ、楽しみだな」
腰に抱きついてくる風太をギュッと抱き上げると、風太はその白い小さな手をてるてる坊主に伸ばしている。
ちょんちょんと突きながら、嬉しそうに笑う風太の横顔を見やる。
これ以上ないくらいに幸せだと思う恭介だった。




