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「風太は?ただのともだち?」


小首をかしげ見上げてくる風太の、まん丸の目を見つめる。

長い睫毛に縁取られた大きな瞳。

猫目石、キャッツアイとはよく言ったものだと恭介は思う。

光の加減によって金色にもエメラルドグリーンにも見える、不思議な色合い。

泣いたばかりだからか、少しだけ濡れている。


さつきと比べて自分はどういう存在なのか、確認しようとする風太がいじらしい。

人間でいうと10歳くらいであろう風太が、こんなふうにはっきりと嫉妬心を抱くのだという事実に少し驚きながらも、恭介は嬉しさでいっぱいだった。

だが、改めて問われると返答に窮する。

風太は恭介にとってどういう存在なのか。

かけがえのない存在であることは言うまでもないが、それを猫である風太に上手く伝えることができるだろうか。

言葉を選びながら、かんで含めるように言い聞かせる。


「ともだち・・・とは違うな」

「ちがうの?」

「ああ、風太はただの友達なんかじゃない。俺にとってすごくすごく大切な存在なんだ」

「たいせつ・・・」

「そう、大切なんだよ」

「さっきの人は?」

「ん?」

「あの人も、たいせつ?」

「う~ん、そうだなぁ。風太以上に大切なものなんてこの世にはないよ。おまえが俺にとって一番なんだよ」

「いちばん・・・」

「そう、風太が俺の一番だ」


そう言うと、嬉しそうにギュッと抱きついてくる。


「いちばん・・・風太、いちばん」

「そうだ、風太は一番だよ」

「うれしい・・・風太、うれしいの」


グリグリと頭を恭介の胸に押し当てて喜びを体中で表現するさまは、猫が体をスリスリしているようで微笑ましい。

少し高めの体温が、まだ春浅い空の下で程よい心地良さで恭介を包んでいく。

こうして風太を膝に抱いているだけで、こんなにも幸せな気持ちになるのはなぜだろう。

二人だけのこの時間を、世界を、誰にも邪魔されたくないと思ってしまうのだ。

それは極めて非現実的な望みであることは、恭介自身もわかってはいるのだが。


「さ、風太、そろそろ中に入ろう」

「んん~~~」

「なんだ、まだこうしてたいのか?」

「風太、もうちょっとお外であそぶの」

「そうか」

「恭介もあそぶ?」

「いや、俺は夕飯の買い出しに行ってくるよ」

「おかいもの?」

「そうだ。今夜は何が食べたい?」

「んっとねぇ・・・風太、おさかなたべたいな」

「また魚か?たまには他のもんも食おうぜ」

「でもぉ・・・」

「シチューとかどうだ?」

「シチュー?おにく?」

「そうだ。鶏肉たっぷりのクリームシチューとか、食べたくないか?」

「風太、とりすき!」

「だよな?」

「でもおさかなもすきなの」

「はは。わかったわかった。じゃあ、シチューと、あと刺身も買ってくるよ」

「わぁ~い!!」


刺身が嬉しかったのか、膝から飛び降りた風太が庭先で小躍りする。

ぴょんぴょん飛び跳ねるたびに長いふさふさの尻尾が揺れる。

殺人的なキュートさだ。

このまま永遠に可愛い風太を見ていたいが、そうもいかない。

明るいうちに買い物に行かなくては、日が暮れると気温が下がって出かけるのが億劫になってしまう。


「じゃあ、風太、お留守番してるんだぞ」

「おるすばん?」

「そうだ。おうちで待ってろよ。勝手に外に出ちゃダメだぞ」

「うん、風太おそとに出ないよ。おるすばんしてる」

「もし誰かが訪ねてきても絶対に返事しちゃダメだ、わかってるな?」

「うん」

「あと、この庭で遊ぶのはかまわないけど、あんまり声を出しちゃダメだ」

「こえ?」

「そう、おまえ、遊びに夢中になると大声で歌うたったりするだろ」

「おうた、うたっちゃだめ?」

「歌いたくなったら家の中に入りなさい」

「おうちのなか?」

「そうだ。歌いたいときは家の中で歌うんだ」

「ここでうたっちゃだめなの?」


いつものこととはいえ、毎回しつこく言い聞かせている。

風太は嬉しくなるとついつい歌いだしたりダンスしたりするのだ。

それは見ていて愛らしいことこの上ないのだが、庭先で子供の声が響けば近所の人が不振がるだろう。

ここには恭介が一人で住んでいることになっている。

しょっちゅう子供の声がしていれば、おかしいと思われるかもしれない。

親戚の子が遊びに来ているのだとか言ってごまかせないこともないが、あまりに頻繁だと不自然だ。

いらぬ関心を引きたくない恭介は、風太が庭に出る時は大きな声を出さないよういつも注意しているのだ。


「それに、この塀はそこまで高くないから、大人の男だったら覗こうと思えば覗けるからな」

「のぞく・・・?」

「そう、覗かれちゃまずいからな。だから風太、歌を歌いたくなったら家の中に入りなさい。いいね?」

「うん」

「それじゃあ行ってくる。30分ほどで帰ってくるから、良い子にしてるんだぞ」

「風太、いいこ」

「そう、風太は良い子だ」


頭をくしゃくしゃと撫でてやる。

淡い栗色の髪の間からピョンと立ちあがっている猫耳を指先でやさしく撫でてやると、風太が目を細めて気持ち良さそうにする。

なんて愛らしいのだろう。

風太以上に可愛い生き物なんて、この世にいないのではないかと思う恭介だ。

小さな体をそっと抱きしめ、白い額に口づける。

チュッと音を立てて唇を離すと、風太が嬉しそうに頬を染めた。

少女のような可憐な仕草も、何もかもが愛おしい。


「それじゃあ、行ってくるからな」


猫のイラストが入ったトートバッグに財布と携帯を入れ、ママチャリの籠に載せると駅前の商店街に向かう。

さすがにもう手袋はしなくてもいいくらいの陽気にはなったが、自転車を漕ぐたびに頬を切る風はまだ冷たくて、マフラーを巻いてきたのは正解だった。

駅前までは自転車でほんの数分で行ける。

昼間家で仕事をしている恭介は毎日自炊をするため、商店街では常連客だ。

いつも買い物をする店ではすでに顔を覚えられている。

若くて見場の良い恭介が来ると、露骨に浮足立った態度で色々話しかけてくるオバチャンたちもいて、たまにまけてくれたりコロッケをおまけしてくれたり。

それはそれで楽しい毎日だ。


「さてと、まずは鶏肉から買うかな」


独りごちると、恭介はいつもの精肉店に向かうのだった。




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