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<2>

「きょうすけ、これとっちゃだめ?」

「なんだ、窮屈なのか」

「う~ん・・・お耳がちくちくする」


クリーム色のニット帽を両手で触りながら、風太が小首をかしげて見上げてくる。

愛らしさに胸を鷲掴みにされるが、ここは心を鬼にして伝えなければならない。

恭介は屈んで目線を風太に合わせると、噛んで含むように語りかけた。


「外に出るときは帽子をかぶるって約束したろ?」

「でも・・・」

「頼むから慣れてくれ。でないと外には出かけられないんだ」

「このままお外に行っちゃだめなの?」

「風太・・・」


仔猫の風太は、何が原因かわからないがある日突然ヒトの姿になった。

真っ白のふわふわな仔猫。

人間の姿になってから、そろそろ2年近くになる。

だが、完璧に人間になったわけではない。

頭には人間にはありえない“猫耳”が、そして小さくてプリンとした尻にはふさふさの尻尾が生えているのだ。

猫耳を晒した状態で外に出れば、人目を引くことは必至。

巷にはオタク向けの猫耳ヘアバンドなんてものも売っていたりするが、小刻みにピクピクと動く耳は目立つことこの上なく、近くで見れば作り物でないことはすぐにわかる。

それに、誰かに触られでもしたら大変だ。

だから外出時には必ず帽子をかぶらせている恭介である。

帽子をかぶるには耳を押さえつけなくてはならず、それが気持ち悪いのか風太が嫌がるのだ。

痛いというわけではなさそうだが、違和感があって心地悪いといったところだろうか。

今も、クリーム色のニット帽の上から、しきりに耳のあるあたりを気にして触っている。


「風太、おまえは俺やほかの人間とは違う。わかるね?」

「うん、ふうたはねこだもん」

「そう、おまえは猫だった。今はこうしてヒトの姿になっているが」

「ふうた、いっしょうけんめいおねがいしたの。きょうすけとお話したいって。そしたらおねがいがとどいたの」

「そうか・・・」


つたない言葉で懸命に伝えてくる風太の説明を要約するとこうだ。


寒い日に自分を拾ってくれた恭介に、風太は心から感謝していた。

温かいベッドで一緒に寝てくれて、美味しいご飯も食べさせてくれる優しい人間。

その広い胸に抱きしめられると、とても安心する。

ここが自分の居場所なんだと、嬉しくて幸せでこれ以上なにもいらないとさえ思えた。

だが、風太にはひとつだけ不満があった。

不満というより、望みと言った方がいいかもしれない。

それは、自分の思いを恭介に伝えることができないことだった。

大好きな恭介のそばにずっといられて幸せだが、いかんせん意思の疎通ができない。

恭介が自分に話しかけてくれる言葉は理解できるのだが、それに返事をしても自分の言葉はどうやら恭介には届いていないようなのだ。

どれほど声を大きくしても、懸命に語りかけても、彼には「にゃあにゃあ」としか聞こえていないらしい。

もどかしくて、切なくて、どうにかならないかと風太は毎日考えた。


自分を助けてくれた、命の恩人。

優しい恭介と話がしたい。

一緒にいろんなことを楽しく話したいのに、それが叶わないもどかしさ。

「にゃあ」としか言えない自分を、どれほど呪ったことか。

けれどもどうすることもできない。

ただひたすら、恭介と話がしたい、そう願い続けるしかなかった。


そしてその願いは、案外早く叶うことになった。

ふと気づくと自分は、人間の子供の姿になっていた。

言葉もちゃんと話せる。

これで恭介と話ができる!

風太は幸せのあまり飛び上がらんばかりに喜んだ。

最初は驚きを隠せなかった恭介も、少年の姿になった風太を以前と変わらず可愛がってくれた。

それが風太にとっては、何よりもうれしいことだった。


「いいかい風太、よく聞くんだ」

「うん?」

「おまえがこうして少年の姿になってくれたおかげで、俺はおまえと話ができる。それはすごく素敵なことだし、この奇跡に感謝している」

「・・・・・・」

「だからこれからもおまえと俺はずっと一緒だ」

「きょうすけとずっといっしょ」

「そう、ずっといっしょだ」


そう言うと、風太が頬を薔薇色に染めてにっこりとほほ笑んだ。

難しい言葉はまだよくわからない風太だが、ずっと一緒ということはわかったらしい。

嬉しそうにニコニコしている風太の頭を、ニット帽の上から優しく撫でてやる。


「これからも俺たちがずっと一緒にいるためには、風太にはどうしても守ってもらわなきゃいけないことがあるんだよ。前にも話したからもうわかってるね?」

「んっと・・・お外にはひとりででない」

「そう」

「それからね・・・えっと・・・でかけるときはかならずお帽子かぶるのと、しっぽはかくす」

「そう。なんで帽子をかぶるんだ?」

「お耳がみえないように」

「そうだ。ちゃんとわかってるじゃないか、良い子だな」

「ふうた、いいこ?」

「ああ、良い子だ」


ニット帽の上から優しく頭を撫でてやると、風太が嬉しそうに目を細めている。

良い子だと褒められてはにかむ姿も可愛らしい。

これほど愛らしい存在が、この世にいるだろうか。

風太以上に可愛い少年など存在しないと、恭介はしみじみ思った。


「いいかい、風太。俺以外の人間にその猫耳や尻尾を絶対に見せてはダメだ」

「うん、わかった。ふうた、きょうすけのいうとおりにする」

「良い子だな」

「エヘ・・・」


それでもまだ気になるのか、ニット帽の上から耳のあるあたりを触っている風太だが、先ほどのような不快な表情は消えていた。

恭介としてもできることなら帽子などかぶらずにいさせてやりたいのだが、こればかりはしかたがない。

金髪に近い亜麻色の髪は、瞳も髪も黒い日本人の中ではどうしたって目立つ。

現に、風太を連れて出かけるたびに道行く人の視線を感じるのだ。

天使のように愛らしい風太は、歩いているだけで人目を引いてしまう。

人通りの多い街中に出るときなどは特に注意が必要だ。

若い女性の集団に囲まれて、「きゃあ、かわいい!」などと写メを撮られることだって珍しくない。

そっとしてもらいたい恭介にとって有難迷惑きわまりないのだが、一方で可愛い風太を自慢したいという気持ちがあるのも本当だ。

自分でも親ばか丸出しだとは思うのだが、これほど可愛い風太を目の前にしてはいたしかたないだろう。


今日の風太の服装は、白いニット帽に合わせて白いポンチョ風コートを羽織っている。

首元には茶色のボンボンが二つ付いていて、これが歩くたびに揺れるのがまた可愛らしい。

ポンチョの先端には袖の周りにだけフリンジをあしらってある。

膝まで覆うポンチョの下には、コーデュロイのサロペットに白いタートルセーターというまるでフランス映画に出てくる下町の少年のようないでたちだ。

臙脂色のサロペットは腰回りに余裕があるため、尻尾を隠すのにもちょうどいい。

靴は焦げ茶色のワークブーツ。


風太の洋服はすべて、恭介が吟味して買ったものばかりだ。

可愛い風太を着飾ることに喜びを見出している恭介である。

また、風太は何を着せても似合うし愛らしいのだから、買い物しがいがあるというものだ。

普段の自分はと言うと、会社員を辞めてからラフな格好をすることが多くなった。

今日もベージュのセーターにジーンズ、ライダースジャケットというカジュアルな装いだ。

それでも長身で目鼻立ちのスッキリした恭介は、そこらへんの俳優より男ぶりが良い。

そんなイイ男が天使のような少年を連れて歩いていれば、否が応でも目立つというものだ。


「さあ、風太。そろそろ出かけよう」

「どこいくの?」

「そうだな、まずは公園にでも行くか?」

「公園?」

「そう、ゆっくり散歩でもしよう」

「うん!」


小さな白い風太の手をつなぐと、恭介は近所の公園に向かった。





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