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<19>

さつきの告白に驚いた恭介だったが、これまで通り友達づきあいしようということで笑顔で別れた。

子供のころから猫と暮らしてきたさつきは、猫に関する質問や相談ならなんでもどうぞと連絡先を渡して帰って行った。

そう言ってもらえるのはありがたいが、正直なところ風太は普通の猫ではないから相談するのは無理だろう。

人になったり猫になったり、また少年の時もあれば青年の時もあるだなんて、いくら相手が元同僚で気心の知れたさつきだったとしても気軽に口にすることはできない。

彼女を信用していないわけではないが、風太のことは誰にも知られないようにすべきだと思うのだ。

それに、やはり彼女の好意を知っていながら何事もなかったかのように友人として関係を続けていくのは、どこか気が重いというのもある。

さつきにはきっと、相応しい相手が現れる事だろう。


玄関を出た門柱のところまで彼女を見送ると、そのまま中には戻らず裏庭に回る。

先ほど突然へそを曲げて恭介の膝から飛び出して行った可愛い猫が、庭で遊んでいるはずだからだ。

絶対に一人で外には出てはいけないと普段からきつく言い聞かせてあるので、勝手に表に出て言ったりはしていないはずだ。

庭に回ると、案の定、そこには少年の姿になった風太がいた。

しゃがんだ状態でこちらに背を向けている。


「風太」


呼びかけるが、風太は顔を上げない。

地面にしゃがみ込んで、何やら石と土を使って遊んでいるようだ。

遊びに夢中になるがあまり、恭介の存在に気が付かないのだろうか。

何となく違和感を抱きつつも、もう一度呼びかける。


「風太、どうした。砂遊びしてんのか」


だが風太は反応しない。

これはおかしい。

猫である風太は人間以上に嗅覚に優れている。

そばに誰かが来たらその気配を一瞬で察知するはずだ。

まして、大好きな恭介の呼びかけに気が付かないはずはない。


「ひょっとして、怒ってんのか?」


そう言うと、一瞬ピクンと肩を震わせる。

長いもふもふの尻尾がパタパタと忙しなく動いているのは、気持ちが動揺している証拠だ。

耳もピクピク動いている。

正面に回り込んで、顔を覗き込む。


「風太?」


俯いた風太の頬がぷくうと膨れ、まるで白いお餅のようだ。

小さなプルンとした唇を尖らせてむくれる様子は、なんとも稚くて庇護欲をそそる。

そっと近づいてその華奢な肩を抱いてやると、風太が見上げてきた。

大きな瞳が涙で濡れている。


「おまえ・・・泣いたのか・・・?」


すると風太はその大きな目からボロボロと大粒の涙を零した。


「ふっ・・・ふえっ・・・」

「風太?」

「ふえええええ~~~んんんっ」

「風太、どうした?!」

「うっ・・・ふっっ・・・ううっ・・・ひっく・・・」


声を上げて泣く風太をオロオロしながらも優しく抱き留める恭介。

そのままゆっくり抱え上げ、膝に乗せた状態で縁側に腰を下ろす。


「ひっく・・・ううっ・・・」

「どうしたっていうんだ、風太。何があった?」

「きょうすけ・・・やだ・・・ダメなの・・・」

「何が嫌なんだ?何がダメなんだよ」

「あの人・・・きょうすけ好きなの」

「え?」


あの人というのはさつきのことだろうか。

だとすると、涙の原因はどうやらさつきにあるらしい。

だが、なぜ彼女のことで風太が泣かなくてはならないのか。

さつきは大の猫好きだと言うし、実際風太を見るなり可愛いと声を裏返していた。

風太だって途中までは彼女に懐いていた。

それが急に、威嚇するような声を上げて・・・


まさかと思うが、風太はさつきに嫉妬したのだろうか。

さつきが恭介のことを好きだと告白したことで、飼い主であり親同然の恭介をさつきに取られると思って、パニックになってしまったのかもしれない。

小さな子供が親に対して抱く独占欲のようなもの?


「風太、さつきは俺の友達だよ。ただの友達だ」

「ともだち・・・?」

「そう。ともだちはわかるよな?」

「うん・・・」

「さつきは前の職場の同僚なんだ。同僚ってわかるか?」

「ん~~~」

「わかんねえか」


どう説明すればいいのだろう。

この家のほかに何も知らない猫の風太にとって、職場だの同僚だのは理解の範疇を越えている。

だが、何とかして風太を安心させてやりたい。

恭介にとって風太が何よりも大事で、愛おしい存在であることを伝えなくては。


「つまりだな。さつきは前に一緒に仕事をしていた仲間なんだ」

「おしごと?」

「そうだ。この家に越してくる前、マンションに住んでただろう?」

「マンション・・・せのたかいおうち?」

「そうだ、背の高い、エレベーターでギュイ~ンと上がっていく家だ。あの時俺は、毎日会社に行ってただろ。覚えてるか」

「うん、風太おぼえてるよ。きょうすけ、まいにちお仕事いってた」

「そうだ。あの時は毎日、会社に行ってたんだ」

「かいしゃ・・・」

「そう、会社だ」


噛んで含めるように説明すると、ようやく風太は理解し始めたらしい。

この三年間のことは、ちゃんと覚えてもいるようだ。


「今はこうして家で仕事してるけど、前は会社に勤めてたんだよ」

「風太、きょうすけかえってくるの、まってたの」

「そうだったな。寂しかったか?」

「ううん。風太さみしくないよ。きょうすけといっしょ」

「ああ、俺は風太と一緒だ」


嬉しそうに恭介の胸に頬を埋めてくる風太が愛おしい。

思わず小さな背をギュッと抱きしめる。


「で、さつきってのはその会社の仲間なんだよ」

「なかま・・・かいしゃ・・・」

「そう。会社を辞めてから、一度も会ってなかったからな。どうしてるか気になってたらしい。それで久しぶりに遊びにきてくれたんだ」

「でも・・・」

「ん?なんだ?」

「きょうすけのことすきだって」

「ああ、それは・・・」


やはり引っかかっていたのはそこだったのだ。

さつきが恭介に向けた好意の意味を、風太も本能的にわかっているのだろう。

突然態度が豹変したのも、さつきの意図を敏感に感じ取ったからかもしれない。

動物的な勘、とでも言おうか。

いや、動物的というのは変か。

風太は猫なのだから。

さつきに恭介を取られると思って警戒したのであれば、ここはちゃんと説明しておかねば。


「確かにさつきは、俺のことが好きだと言った」

「ううっ・・・」


風太がキュッと唇を咬む。

安心させるように、恭介は風太の背を撫でつづけた。


「だがな、風太。俺はさつきのことはただの友達としてしか見てねえ」

「ただのともだち」

「そう、ともだちだ」

「風太は?」

「え?」

「風太はなに?」

「・・・・・・」


突然そう振られて、思わず言葉が続かない恭介である。

まさか風太に自分の存在は何なのかなんて、聞かれるとは思ってもみなかったのだ。

幼い風太がそんなことを考えているとは思いもしなかった。


「や、それは・・・」

「風太は?」

「風太は・・・」

「風太はともだち?ただのともだち?」


そう言って見上げてくる大きな瞳に吸い込まれそうになる。

風太は恭介にとってどういう存在なのだろう。

少なくとも友達などではない。

本来ならペットと答えるべきなのだろうが、それはやはり何かが違う。

困惑する恭介を、風太のつぶらな瞳がじっと見つめていた。

まるで早く答えを出せと、言わんばかりに。






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