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<18>

フーフーとさつきに向かって威嚇を繰り返す風太を抱き上げると、その背中をポンポンと軽く叩いて宥める。


「おい風太、どうしたんだ?おまえらしくないぞ。お客さんに向かって失礼だろ?」

「んにゃっ」


めっ、と恭介に睨まれて風太はしゅんとなってしまった。

「んん~~~」と悲しげな声を上げると、恭介の胸に顔を埋める。

その仕草が仔猫のようで、思わず恭介の口元が綻ぶ。

キュッと抱きしめるとその小さな額に頬ずりする。


「本当に可愛がってるのね」

「え?」

「すごく幸せそうな顔してるもの、今」

「そうか?」

「うん」

「まあ、確かに風太が来てから毎日楽しいよ。こいつの世話してるだけで癒されるっていうか」

「わかるわ。私も実家に帰って猫たちと遊んでいると、嫌な事とか忘れるもの」

「さつきでもそういうことあるんだ」

「そりゃあるわよ、人間だもの」


そう言うとさつきは少し目を伏せた。

長い睫毛が揺れている。

何か悩み事でもあるのかもしれないと、直観的に恭介は思った。

でなければわざわざこんなところまで恭介に会いに、やってくるはずはないからだ。


「さつき、やっぱり何かあったんじゃないのか」

「え?」

「もし悩んでることとかあるんだったら、言いなよ。俺にできることだったら力になるからさ」

「上坂君・・・」

「まあ、あんま頼りにならないだろうけど」


へへ、と笑う恭介の胸で、風太の唸り声が響く。

風太がこんなにも警戒心を露わにするのは珍しい。

というより、これまで一度だってこんな風になったことはない。

一体どうしたというのだろうか。

不思議に思いつつも、風太の気持ちを宥めるかのようにゆっくりと頭から尻にかけて撫でつづけた。

そうしながら、さつきに話の続きを促す。


「あのさ・・・」


切れ長の大きな瞳を一瞬揺らめかせると、覚悟を決めたかのようにさつきがこちらを向く。

恭介の目を真っ直ぐに見つめてくる。

その真剣な目つきに、思わず恭介も背筋を伸ばす。

風太は相変わらずご機嫌ななめのようで、恭介の胸を前脚で何度もふみふみしながら低いうなり声をあげている。


「上坂君、今付き合ってる人っている?」

「へっ?!」


瞬間、風太が長い尻尾を逆立て、再びフーフーと威嚇しだした。

驚いた恭介はさつきと風太を交互に見やりながら、どうしていいかわからないという顔をする。


「いきなりごめんね。ただ・・・前に私に告白してくれたことあったでしょ、覚えてる?」

「ああ、もちろん」


忘れるわけがない。

バレンタインデーに告白し玉砕してしまった恭介は、その帰り道に風太を拾ったのだ。

今思えば、あの時フラれて落ち込んでいなかったら、捨て猫の風太に気付くこともなかったかもしれない。

いや、気付いたとしても浮かれ気分でスルーしていたかもしれない。

もしそうなら今のこの風太との暮らしはなかったわけで、そういう意味ではさつきに感謝すべきなのかもしれなかった。


「あの時は私、上坂君のことただの仲良しの同僚としてしか見てなくて」

「覚えてるよ、そう言われてフラれたんだもん、俺」

「ごめん・・・」

「いいよもう、過ぎたことだし」

「で、今さらどの面下げてって思われるかもしれないけど、私と付き合ってくれないかなと思って」

「ええっ?!」


ミギャッ、と鳴いたかと思うと風太は恭介の膝から飛び降り、縁側の方に向かって走って行ってしまった。

すぐにでも後を追いたい恭介だったが、飼い猫の一挙手一投足にそこまで気を取られるのは不自然だし、何より今こんなシリアスな状況で「ちょっと猫の様子を見てくる」とは到底言える雰囲気ではない。

さつきの真剣な表情に、恭介はなんと返していいか困惑してしまった。

三年前、すごく好きだった女性。

けれどもこうして今、二人で向かい合って話をしても特別な感情は湧いてこない。

三年という月日は、人の心を変えてしまうものなのだ。


「ごめん・・・俺・・・」

「はぁ~~~、やっぱりね」

「え?」


半分冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干すと、自嘲的な笑みを浮かべたさつきが肩をすくめた。


「無理だろうなとは思ってたんだけどさ。我ながら自分勝手だなぁとも思ってたし」

「さつき・・・」

「上坂君に告白された時は、友達としていたほうが楽だしそのほうがいいと思ってたの。毎日会社で顔を合わせるし、社食でランチ一緒にしたりとかもできるしね」


告白された当初は恋人関係になる気はなかったけれど、恭介が会社を辞めて会えなくなった途端、寂しいと感じている自分に気付いたという。

毎日当たり前のように思っていたことが、実はそうではなかった。

ただの同僚だと思っていたけれど、本当は自分も恭介のことが好きだったのだと、今さらながらに気が付いたのだと言う。

一旦自分の気持ちに気付いてしまうと、なかったことにはできない。

それで会社で恭介の連絡先を調べてもらい、ここまで訪ねてきたというのだ。


「そうか・・・俺、てっきりあの時さつきにはほかに好きなやつでもいるのかと思ってたよ」

「そんな人いないわよ」

「俺は眼中にないのかと思ってた」


実は彼女も好きでいてくれた。

そのこと自体は嬉しい。

ここまでイイ女に好きだと言われて、男なら嬉しくないはずはない。

まして昔好きだった女だ。

だが、今さらだと思う気持ちのほうが大きい。

結局のところ、互いにタイミングが合わなかったということなのだろう。

今の恭介は誰かと付きあおうなんて、さらさら思わないからだ。

そこまで考えて、ふと疑問が擡げてくる。

なぜ誰とも付き合う気が起こらないのだろう?

彼女いない歴、もはや3年半、いや、それ以上だ。

二十代後半の独身男性としては、ちょっとヤバくないか?

だが、そう思う気持ちに、恭介はそっと蓋をしてしまったのだった。






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