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「まあ、可愛い猫ちゃん!」


テトテトと廊下を歩いてきた猫の風太に、さつきは声を裏返しながら近づいていく。

にゃあ~と甘えた声を出した風太の額を優しく撫でると、風太も気持ちよさそうにさつきの足もとに体を擦り付ける。


「きれいな猫ねぇ。ノルウェイジャン?それともメインクーンかな?」


どうやら彼女はかなりの猫好きらしい。

長毛の猫の品種がすらすらと口から出てくるのは、相当詳しいからだろう。

恭介などは、長毛の猫と言えばペルシャくらいしか知らなかった。

風太がやってきて初めてネットで調べたのであって、それまで特に猫の品種になど興味はなかった。

今も、一般的な猫が好きなのかと言われると、はっきりそうだとは答えられない。

恭介にとって風太という存在が大切なのであって、その風太がたまたま猫だっただけだという気がするからだ。


「メインクーンだと思うよ」

「だと思うって、なにそれ。知らないの?」

「風太は捨て猫だったんだ」

「捨て猫・・・」

「そう、ちょうど帰り道に捨てられててさ。まだこんなちっこい時に」


恭介は両手で仔猫だったころの風太の大きさを示して見せた。

三年前は本当に小さくて弱々しくて、こんなに大きくなるなんて想像もできなかった。


「そうだったの・・・。風太君っていうのね、ってことは男の子かな?」

「ああ」

「メインクーンが大型猫だとは聞いてたけど、こうして実際にそばで見ると本当に大きいのねぇ」

「拾った時はあんなにちっこかったのにな」

「今いくつなのかしら」

「ちょうど三歳くらいかな」

「じゃあまだ大きくなるかもね」

「えっ、そうなの?」

「メインクーンは成長が遅いのよ。個体差はあるけど、大体骨格ができあがるのに2、3年、体重は5年くらいかけて増えることもあるらしいわよ。大きい個体だとオスの場合10キロ越えとかあるらしいわ」

「へぇ~。っていうか、さつきは猫のこと詳しいんだな」

「私、大の猫好きなのよ。実家にも3匹いるわよ」

「そうだったんだ」


ニコニコしながら風太を抱き上げると、そのもふもふした顔に頬ずりしている。

そんな彼女の様子に何となく面白くないものを感じながらも、客間に通した。


「あ、そうだ。はいこれ。クッキーとか食べるかしら」

「気を遣わなくてもいいのに」

「久しぶりに訪ねていくのに手ぶらでってわけにはいかないでしょ」

「そりゃまあ、そうかもしれないけど・・・」


見た目はその辺の女優より美形で色っぽいさつきだが、中身はそれに反してサバサバしている。

歯に衣着せぬ物言いをするところは以前のままだ。

そういえば、彼女のこういうところが気に入っていたんだっけ。

男に媚びたりせず、かといって片意地張っているわけでもない、自然体なところが好きだった。

ほんの数年前のことなのに、なんだかもう遥か昔のことのように感じられる。


「コーヒーでいい?」

「ええ、ありがとう」

「砂糖とかいる?」

「ブラックでいいわ」

「よかった。スティックシュガーとか気が利いたのないから、調理用の砂糖しかないんだよ」

「へぇ~、料理とかするんだ」


コーヒーを入れるのに台所に向かうと風太が付いてきた。

恭介の足元をうろうろする風太に、引き出しの中から猫用おやつを取り出すと目の前に置いてやる。


「にゃ~ん・・・」


嬉しそうにハムハムとおやつを頬張る顔が可愛くて、思わず目を細める。

親ばかと言われようと、やはり風太は他の猫とは比べ物にならないくらいに可愛いと思う。

客観的に見て、毛足の艶やかさと言い目の輝きと言い、全体的なゴージャスさは他の追随を許さない。

間違いなく世界一の美猫だと、恭介は誇らしい気持ちでいっぱいになるのだ。


「お待たせ」

「良い香りね」

「ちゃんと豆から挽いてるからね」

「上坂君がこんなにまめだったとは、意外だわぁ」

「まあ、一人暮らしが長いからね」


さつきの前にコーヒーを置き、彼女の手土産のクッキーも一緒に出す。


「で、どうしたんだい?突然訪ねてくるなんて、何かあった?」

「何かないと来ちゃいけない?」

「そういうわけじゃないけどさ。でも俺が会社辞めてから一度も連絡とか取ってなかっただろ」

「だって上坂君何も言わずに急に辞めちゃうんだもん」

「まあ、それは・・・」

「普通はそれなりに送別会とかしたりとかさ、そういうのってあるじゃない?なのにあなたときたら、とっとと辞めちゃって。ちょっと水臭いわよ」

「ごめん」

「べつに責めてるわけじゃないのよ。ただ、ちょっと気になってたから」

「気になってた?」

「あなたがこのところずっと引きこもってるっていう噂を聞いたから」

「引きこもり?俺が?!」

「そう」

「なにそれ、その噂って誰から聞いたの?」

「柴田君」


柴田は前の会社の同僚で、営業二課にいた男だ。

今でも時々メールのやりとりはしているが、この1年は飲みの誘いも合コンの誘いもほとんど断っている。

風太がいるのにあまり家を空けたくないというのが理由だが、柴田が企画する飲み会や合コンにもはや魅力を感じなくなったことが大きい。

数年前まではしょっちゅうつるんでいた仲間だが、今は嘘みたいに話題の共通項がないのだ。

だから自然と会う回数もなくなってこのままフェイドアウトするかと思っていたのだが、まさか自分が引きこもりだと思われていたとは。


「引きこもってなんかないよ。ただ、フリーランスで自宅仕事だからさ、納期とかあるとなかなか出かける暇もないってだけで」

「ウェブデザインやってるんだって?」

「そう。最初の数か月は顧客開拓で毎日外回りしてたんだぜ、これでも」

「元々営業マンだからね、その辺は得意とするところじゃないの?」

「まあね。で、この半年は固定客も付いたし、新規客を紹介してもらったり口コミで仕事の依頼が来たりするようになって。ほとんど外に出ることもなくずっとPCに向かう毎日だったんだよ」

「なるほどね、だから引きこもりだなんて言われちゃったのね」

「人聞き悪いなぁ・・・仕事してただけなのにさ」

「ふふ。みんな心配してるのよ」

「どうだか」

「まあ、でも気持ちはわかるわぁ。この家、すごく落ち着くもの。自宅で仕事してて、おまけにこんなに可愛い猫ちゃんがいたら、出かけたくなくなっちゃうわね」


恭介の膝の上で腹を見せながら横になっている風太に、さつきが白いしなやかな手を伸ばす。

ふわふわの腹毛を優しく撫でていると、突然風太が跳ね起き、フゥ~ッと威嚇した。


「あら、ご機嫌損ねちゃったかしら」

「おかしいな、こいつ、怒ったりすることないんだけど」

「お腹触られるの嫌だった?ごめんね」


きれいに整えられた眉を八の字に下げて謝るさつきを、風太は依然として睨みつける。

さつきに対して、風太は何やら不穏なものを感じているようだ。

だがそれが何なのか、恭介にはわからなかった。





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