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<13>

自分の胸に縋りつくようにして眠っている男の横顔を、恭介はまじまじと見つめた。

その白い頬が、月明かりに照らされている。

頬に影を落とすほど長い睫毛は、金にも見えるような銀色だ。

スッと通った鼻筋と彫りの深い目鼻立ちはどこをどう見ても西洋人のもので、風太が十年成長したらこんな風になるだろうという容貌だ。


「風太・・・なのか?」


恭介の声に反応してか、青年の耳がピクピクと動いた。

だが目を覚ます気配はない。

灰褐色の混じった白い獣耳は間違いなく本物で、頭部から生えているのがわかる。

そっと優しく触れると、柔らかい獣毛がしっとりと肌に馴染む。

ビロードのような手触りも、風太の時と同じだ。

一糸纏わぬ状態で毛布に包まっている青年の背に、恭介はそっと手を回した。


「温かい・・・」


普通の人間だったら熱があるのではというくらいに高い体温。

シルクのような肌は、とても男のものとは思えない。

回した手をゆっくりと下方向に移動させ、ちょうど尾骶骨あたりに達したあたりでふわふわの獣毛に辿り着いた。

長いもふもふの尻尾が体に巻きついている。

その毛の感触は間違いなく風太のものだ。

少年姿だった時よりかなり長くなっているが、幾度となく撫でてきた風太の毛並みを間違うはずがない。


「風太・・・」


自分はまだ夢を見ているのだろうか。

恭介は自分の頬を思いっきり抓ってみた。


「イデッ」


どうやら夢ではなさそうだ。

猫耳少年だった風太は、一夜にして青年に成長してしまったらしい。

だがいったいなぜ、どうして急に・・・?


「んっ・・・」


風太がゆっくりと寝返りを打つ。

恭介の胸にしがみついた状態だったのが、反転して背を向ける形になった。

白い背中に肩甲骨がきれいに浮き出ているのを、恭介は食い入るように見詰めてしまった。

ゴクンと、喉が鳴る。

同時に、下腹部に熱を感じた。


「何やってんだよ、俺・・・」


裸で眠る風太の肢体に興奮している自分が、恭介は信じられなかった。

いくら華奢できれいだとはいえ、隣で寝ているのは自分と同じ男なのだ。

それなのに己の中心は熱を帯び始めている。

こんなことは初めてだった。

きっと今日一日あまりにいろんなことがありすぎて、心と体のバランスが崩れているに違いない。

精神的に不安定だったり疲れていたりすると、勝手に下半身が反応することがある。

風太がいきなり猫に戻ってショックのあまり気絶するように寝込んでしまったのだ。

そして目が覚めたら、隣に青年の姿に成長した風太が寝ている。

混乱しても無理はないだろう。


「もっかい寝るか・・・」


言い聞かせるように、ギュッと目を閉じる。

もう一度寝たら、今度目を覚ました時はまた状況が違うかもしれない。

ひょっとすると今日一日が、それ自体が夢だったのかもしれない。

恭介は縋るような思いで必死で眠ろうとした。

だが、一向に眠気が襲ってこない。

それどころか、意識はどんどん覚醒し目は冴えて行く一方なのだ。

おまけに、一度熱くなった下半身はなかなか収まってくれない。


「まいったな・・・」


最後にそういう行為をしたのは、もういつだったか思い出せないくらいに前のことだ。

思えば、学生時代は相手に事欠かない恭介だった。

早熟だった彼は発育も良く、高校に上がる頃はすでに180センチ近く身長があった。

男らしい体型にハンサムな顔立ち。

おまけに勉強もスポーツもなんでも人並み以上にこなすとなれば、女に人気が出ないはずがない。

バレンタインの時はいつも抱えきれないくらいのチョコレートをもらった。


他校の女子に校門前で待ち伏せされ、告白されたことだって何度かある。

ファッション雑誌のイケメン男子コーナーに写真が載ったこともある。

常に彼女はいたし、周りが放っておかなかったのだ。

だからといって、決して女受けが良いだけの軽い男というのではなく、男受けも良かった。

恭介自身、男気のある性格で友達を大切にするタイプだからだ。

就職する時も、大学時代の先輩が引っ張ってくれたおかげで第一希望の会社に入ることができた。

これまでの恭介の人生は、極めて順風満帆だったと言えるのだ。


だが、あの3年前のバレンタインの日に、すべてが変わってしまった。

好きだった同僚にフラれるという恋の痛手を負ってからというもの、恋愛に対して気持ちが萎えてしまったことは確かだ。

というより、風太との生活のことで頭がいっぱいになってしまったと言うべきか。

恭介はまだ若い。

決して枯れたわけではないはずなのに、風太と暮らし始めてからそういう方面にまったく興味が無くなっていた。

昨今流行の草食系を地で行くような生活をしていたことに、今さらながら気付く恭介だった。


「さすがに、ちょっとたまってんのかもな」


若くて健康な男性であれば当然の欲求なのだ。

とりあえず、このままもう一度眠るのは無理そうなので、たまったものを吐き出すべくトイレに行くことにした。

風太を起こさないように気を付けながら布団の上に掛けてあった袢纏を羽織り、そっと襖を開ける。

居間を抜けてトイレに向かう途中、ふと縁側の方が気になって足を向けた。


雪見障子から月明かりが漏れてくる。

今夜の月は、妙に明るい。

もしかしたら満月なのかもしれない。


「満月・・・」


満月の夜は人の心を不安定にするという。

犯罪が起きやすいのも満月の夜で、月は人心を惑わすという言い伝えが昔からある。

だからだろうか、こんなにも恭介の気持ちが落ち着かないのは。

寒さに震えつつも縁側に出ると、ちょうど真正面に大きな丸い月が輝いているのが見えた。

改めて月をまじまじと見ることなどなかったから気が付かなかったが、月というのはこんなに大きなものなのだろうか。

月光に照らされていると、なんだか不思議な心持がしてくる。


「ううっ、さぶっ」


これ以上ここに立っていると体が芯から冷えてしまいそうだ。

身震いしながらトイレに駆け込む。

用を足すと、先ほどまでの熱が嘘のように収まっていく。

それと同時に、すぅっと気持ちも落ち着いてきた。


「なんだかな・・・」


手を洗い手拭いで拭くと、寒くてかなわんとばかりに寝室に急いだ。

襖を開けようとしたところで、恭介は思わず声を上げそうになった。


「恭介・・・?」


さっきまで眠っていた青年が、裸の状態でちょこんと布団の上に座っているのだ。

髪は長く、腰あたりまである。

同じくらい長い尻尾がクルンと体に巻き付いており、高級な毛皮のマフラーを上半身に巻いているように見える。

人間の年齢で言うと二十歳前後だろうと思われるが、小首を傾げこちらを見上げてくる姿はあどけない。


ゴクン、と唾を飲み込みながら恭介はゆっくり布団に近付いた。


「風太・・・なのか?」


途端に青年の顔が綻ぶ。


「うんっ」


それはまるで、花が咲いたようなきれいな笑顔だった。





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