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<11>

「みゃう~~~」


コタツ布団の中から、グレーと白の混ざった毛足の長い猫が顔を覗かせている。

三角の耳はピンと尖っていて、少し灰色がかっている。

正面の顔は白いけれど、サイドから頭頂部や後頭部にかけては少しシルバーっぽいグレーの毛が混じっていて、それが何ともゴージャスだ。

首回りや胸はふわふわの長い毛に覆われていて、まるで高級毛皮のコートでも羽織っているかのよう。


「まさか・・・風太・・・なのか?」

「にゃっ」

「そんな・・・」


恭介は言葉を失った。

目の前にいるのはあの愛らしい半獣人姿の子供ではなく、まごうことなき成猫だ。

体の大きさは、一般的な和猫と比べると少し大きいだろうか。

拾った当時の風太はまだ仔猫で本当に小さかったが、成長するとこんな風になるのか。

驚きと共にしばらく猫姿の風太を見つめていた恭介だったが、ふと我に返る。


「風太、俺の言葉がわかるか?」

「んにゃっ」

「わかるんだな?」

「にゃ」


どうやら風太は、ちゃんと恭介の言葉を理解しているようだ。

話しかけると反応し、猫の言葉で返してくる。

だが、いくらこちらの言葉に反応するとはいえ、今の風太は完全な猫なのだ。

会話をすることはできない。

動転する気持ちを何とか落ち着けようと、恭介は風太の柔らかな体を抱きしめた。

そのまま膝の上に乗せると、じっと顔を見つめる。


宝石のような不思議な色の瞳は、人間の姿の時と同じ。

こちらを見つめてくる眼差しは変わらない。

長い尻尾は確かに見覚えのあるもので、風太に間違いない。

人間の姿の時にも同じ尻尾が付いていた。

ということはやはり、風太はまた元の猫の姿に戻ってしまったということなのだろう。

このところずっと訴えていた体の異変は、その前触れだったということか。


「はぁ~~~」


恭介は頭を抱えてしまった。

確かに、猫の姿の風太は可愛い。

そもそも拾った時は猫だったのだ。

それを可愛がって育てていたのだから、何の問題もないはずだ。

ないはずなのだが、しかし・・・


「まさか、こんな突然猫に戻るなんて・・・」


この3年弱、ずっと二人で暮らしてきた。

毎日風太の世話をし、片時も離れることなく寄り添うようにして生きてきた。

風太の好きな焼き魚を焼いてやったり、一緒に買い物に出かけたり、拙いながらも懸命に言葉を覚え成長していく風太を見守ることが、今の恭介にとっては生き甲斐となっている。

もう風太なしの人生なんて考えられない。

それがこんな風に急にまた猫に戻ってしまうなんて。

今さら風太をただの猫として、ペットとして見ることなんてできない。


「風太、なんで急に元に戻っちまったんだよ」

「んにゃ?」

「これまでそんなそぶり、全然なかったじゃねえか」

「なぁん・・・」

「おまえが人間の姿になれたのは、神様にお願いしたからだって言ってたよな?」

「にゃ」

「じゃあ、神様がまたおまえを猫に戻すとか言ってきたのか?」

「んなぁ~」

「それとも、おまえが猫に戻りたいって神様にお願いしたのか?」

「にゃにゃ・・・んにゃっ・・・にゃあ、にゃ」

「なに言ってのかわかんねえよ、風太ぁ・・・」


ショックのあまり、風太を責めてしまいそうになる自分がいる。

それが理不尽な感情であることは、重々承知だ。

だが、あまりに突然の事で、恭介自身どう受け止めたらいいのかわからないのだ。

目の前の風太は、ちょこんと両前脚を揃えてこちらを見上げてくる。

小首を傾げ、ビー玉のような瞳を向けてくる。

にゃっ、にゃっと囀るように鳴いているのは、何か語りかけているのだろうが、その意味を理解することはもはや不可能だ。

恭介の膝の上に、片方の前脚を乗せてくる仕草は、愛らしい猫以外のなにものでもない。

泣きそうな表情の恭介とは対照的に、その目は爛々と輝き生命力に満ち溢れている。

そんな風太の様子が、追い打ちをかけるように恭介を絶望の淵に突き落とした。


「もしかして、猫に戻れてうれしいのか?」


すると風太は、「んにゃあ~」と大きく返事をした。

嬉しい、楽しい、と言わんばかりの声色に、恭介の悲しみはさらに深くなる。


「そうか。嬉しいのか・・・」


いつの間にか、目から涙が溢れていた。

ポタポタと畳の上に水滴が落ちる。


「はは・・・そうだよな。だっておまえは猫だもの。そりゃ、元の姿の方がいいよな・・・うっ・・・くっ・・・」


悲しくて涙が止まらない。

自分にとって風太はもはやなくてはならない、かけがえのない存在だった。

なのに風太は違うのか。

人間になって話がしたかったと言っていたのは、嘘だったのか。


涙を流し続ける恭介を、風太が心配げに見上げてくる。

体を摺り寄せ、涙に濡れた恭介の頬をピンクの舌でペロペロと舐める。

どうしたの、なぜ泣いているの、と言っているのかもしれないが、聞こえてくるのは「にゃあにゃあ」という鳴き声だけだ。

本当なら可愛いはずのそんな仕草すら、今の恭介には悲しくてたまらない。

神様は意地悪だ。

なぜ今さらになって、風太を元の姿に戻したりしたのか。

こんなにも風太への愛情を抱いてしまった恭介に、この仕打ちはあまりに残酷ではないか。


「なぁ~ん・・・」


もしかして風太は、前々から猫に戻りたいと思っていたのだろうか。

人間になったものの、猫耳と尻尾があると外に出ることもままならない。

事実、誘拐されたりメディアに目を付けられたりしては大変だと、恭介は必要以上に風太を外に出さないよう気を付けてきた。

風太はずっと、この家に閉じ込められた状態で過ごさなければならない状態だった。

それでも恭介には、そんなことはあまり苦にはならなかった。

この家で風太と二人で、静かに暮らしていければそれでよかった。

だが幸せだと思っていたのは自分だけで、風太のほうはストレスがたまっていたのかもしれない。

本来猫は束縛を嫌う生き物だ。

外に自由に出たいと、思っていたのかもしれない。

実際、庭遊びをしている時も、いつも外を見上げてはどこか遠くへ思いを馳せるような表情をしていた。

たまにお出かけすると、これ以上ないというくらいに喜んでいた。

公園で小鳥を追いかけてはしゃぐ風太。

あれが本来の、猫のありかたなのではないのか。

もうずっと前から、もっと自由に好きなところへ行きたいと、風太は願っていたのかもしれない。

それをうまく伝えることができなくて、やっぱり元の猫の姿に戻りたいと願うようになったのではないか。

そんな風太の願いを神様が敏感に察知して、元の姿に戻してやったのではないのか。


なんでもっと早く風太の気持ちに気付いてやれなかったのだろう。

家の中に閉じ込めたりせず、もっと外に連れて行ってやればよかった。

遊びたい盛りの風太を、自由にさせてやればよかった。

そうすれば風太は、こんな風に猫の姿に戻ることもなかったかもしれない。


悔やんでも悔やみきれない。

止めどもなく溢れだす涙を拭くのも忘れ、恭介はただ泣き続けた。





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