第5話「ポイント・オブ・インパクト」中編
2014年8月4日
アメリカ合衆国
ペンシルバニア州フィラデルフィア
フィラデルフィア国際空港
「で、何故狙撃されるのがここだと?」
空港へ迎えに来た純の運転する車の助手席に乗り込んだジャガーノートが開口一番、純に問う。
「まず、ワシントンは警備が厳重すぎる。街中のいたるところに監視システムが設置されてるし、警備の数も多い。ここでの狙撃ははっきり言ってムリだ」
ジャガーノートがシートベルトを締め、それを確認してから純は車を発進させた。
ワシントンD.C.はアメリカの政治の中枢である。警備はシークレットサービスだけでは済まない。警察はもちろんのこと、FBIや海兵隊も駆り出される。しかも監視の目は地上だけではない。ヘリからの監視や、更に上空からは無人航空機でも監視されている。もちろん他の場所でも、可能であればこれらの警備体制は敷かれているが、D.C.は特に厳しい。ここで大統領を狙うメリットは、何1つとしてないのだ。
「ボルティモアはビル風が厳しすぎて狙撃は物理的に不可能。だがフィラデルフィアなら可能だ。ただし、1670メートルからの狙撃だ。演説をする公園周辺を調べたらいい場所があった。ボロい教会の鐘楼だ」
空港を出て交差点を曲がり市街地へ。そこで純はポケットからフィラデルフィア市内の地図を取り出し、助手席のジャガーノートの膝の上に投げた。
「黒い丸で囲ったところが、演説が行われる独立記念館国立記念公園。赤い丸で囲ったところが、俺が予測した狙撃ポイント」
4日後に大統領が演説を行う独立記念館国立記念公園。元はペンシルバニア州の議事堂として建設され、後の合衆国第3代大統領、トーマス・ジェファーソンが起草した独立宣言の署名が行われた建物、世界遺産である独立記念館の周囲に整備された公園である。
「それで、まだ相手の特定は出来ないのか?」
「それなんだが、一昨日ケネディ空港の監視カメラに危険度の高い人物が映っていた……」
ジャガーノートはバッグに手を入れるが、反射的に純はホルスターから素早くUSPコンパクトを抜き、ジャガーノートに向けた。運転中なので顔は前を向いたまま。
「ゆっくりだ。ゆっくりと中のものを出せ」
「相変わらず臆病だな。俺がお前を殺すメリットなんて何もないんだぞ?」
「認めるよ。俺は兎のように臆病だ。だから今まで生き残ってこれた。それに、CIAの言うことなんて信じられると思うか?いいからゆっくりと出せ」
「それでサンド・ラビットか……ま、俺はお前のその警戒心の強いところ、『誰も信用しない』ってスタンスが気に入ってるんだけどな」
ジャガーノートはゆっくりとバッグからノートパソコンを取り出した。それを見て純はUSPをホルスターに収める。
「話を戻すぞ。監視カメラに映っていたのはこいつだ」
純は顔を前に向けつつ、眼だけをパソコンに向けた。
「ワーシャー・ソロコフ……ソ連のアフガン侵攻の時に、イスラム戦士から『熱砂の鷹』と恐れられたスナイパーだな」
「ご名答。こいつはソ連崩壊の際、軍縮で首を切られた。その後は傭兵をしながら世界を転々としていた。ロートルだが腕は全く衰えていない。その証拠に、第3次大戦では同盟国軍に傭兵として雇われ、連合国軍の兵士を次々に葬った。そんなヤツが、まさかアメリカへ観光に来たわけでもないだろう」
突然、ジャガーノートのスーツからコール音が鳴り、ジャガーノートは純に許可を得てから電話に出た。
「俺だ。……ああ、わかった」
ジャガーノートが電話を切ってスーツに戻す。
「今テロ対策ユニットが情報を掴んだ。大統領をスナイプするのはソロコフで間違いない。雇ったのはバ・ルデルベ軍の残党だ。ピッツバーグのアジトを強襲して判明したらしい」
「やっぱりな。このご時世に大統領を暗殺しそうなヤツなんて、他にはベルライヒとエージアルくらいだもんな」
第3次世界大戦を引き起こしたのは、同盟国軍と呼ばれる3つの国だった。
南米のバ・ルデルベ。首都はサニーパ。ブラジルに隣接する国である。ロシア、カナダに次いで世界第3位の国土を持ち、美しい自然と、アステカ文明に端を発する古代遺跡を有する国。
戦時中、純が参加した作戦の舞台であるプラヤ・デル・シレーナも、和訳すると「人魚の浜」の名の通り、元は世界中から観光客が訪れる、とても美しいリゾート地であった。
だがその裏では、麻薬カルテルがその広大な土地を利用し、コカインの原料であるコカを栽培。政府の役人はカルテルと手を組んで自らの私服を肥やし、軍はカルテルの私兵と化していた。キューバと同じく社会主義国であるためアメリカも迂闊に手が出せず、世界に蔓延するコカインの実に8割以上がバ・ルデルベ産であった。だがそんな不安定な情勢が長く続くはずも無く、1985年にそれは起こった。
ある少年が、町民から金を巻き上げる軍人に向けて石を投げたことをきっかけにデモが起こった。やがてデモは暴動に発展し、最終的には内戦状態になった。後にこの出来事は、少年の名前から「エルナンド革命」と呼ばれ、5年にも及んだ戦いは民衆側が勝利を収めた。新政府はカルテルを壊滅させ、コカ畑を全て焼却し、カルテルが再び台頭しないよう軍事力を強化して行った。
1999年、バ・ルデルベを中心に南米諸国が「南米連邦」を結成。連邦はその豊富な資源、軍事力を背景に勢力を増大させていった。欧米諸国はこれに対して国連総会の場で非難したが、連邦がこれに応じることはなく、また欧米は2001年のアメリカ同時多発テロに端を発するアフガニスタン紛争とイラク戦争への対応に追われ、連邦を相手にする時間などなかった。
そして2010年、バ・ルデルベがアメリカに宣戦布告。当初、他の連邦参加国は、人類が滅亡するかもしれない戦争に反対していたが、連邦の盟主国であり、中南米最大の軍事国であるバ・ルデルベに逆らうことなど出来ず、止むを得ず参戦することとなった。手始めに行われたのが、秘密協定を結んでいたベルライヒ公国から提供されたスーツケース核爆弾による同時爆破テロである。結果として、第3次世界大戦は連合軍の勝利に終わり、南米連邦も解体された。もっとも、戦時中にほとんどの国が連合軍に寝返ったのだが。
欧州のベルライヒ公国と太平洋に浮かぶ島国、エージアル共和国に関してはまた後ほど―――。
「敗残兵のクセに金持ってるな。確かにこいつならロング・キルは可能だ。で、ソロコフは今はどこに?」
「空港を出た後の足取りは不明。捜索中だが見つからん。ま、これで新旧の伝説のスナイパー同士の一騎打ちが実現することになるな」
「おい……まさかそれが見たくて見逃したわけじゃないよな?」
純が再びホルスターのUSPコンパクトに手をかける。笑ってはいるが目だけが笑っていない。
「おいおい冗談だ!本気にするなって。それで、どう対処する?周囲に警官を配置しておくか?」
「いや、奴は超が付く一流だ。そんなことをしたら、警戒して狙撃を中止するだろう。そして日を置いて、必ずどこかで大統領を狙うはず。目には目をってやつだ。カウンタースナイプでソロコフを仕留める。その場所も見つけてある」
「わかった。詳しい話はそれ以上聞かないでおこう。俺たちで準備が必要なものはあるか?」
「いや。こっちでなんとかする。ところで、ウラが取れたってことは……」
「ああ。ソロコフは殺して構わない。それと注意しろ。今回の件に合わせるかのように、バ・ルデルベ人らしいのがそこら中にいる。片っ端から職質をかけてるがキリがない」
「ってコトは狙撃が失敗したときのことを想定して、何か別の方法も考えてるんだろうな。まぁそれはそっちの仕事だ。俺はソロコフに集中させてもらう」
「ああ。改めてよろしく頼む。2ブロック先にウチのビルがあるからそこで停めてくれ。それと、明後日は電話に出れないかもしれん。昨日も言ったが、妹の結婚式なんだ」
「あ、あれマジだったんだ。んじゃこれ。妹さんに結婚祝いってことで渡して」
そう言って純がポケットから取り出したのはマネークリップに挟まれた100ドル札の束。
「お、おいおい!こんなの貰えないぞ。一体何だって……」
「これは『ハンク・東條』としてじゃなく、『早瀬純』として渡すんだ。『あの時』の礼として受け取ってくれ」
「……無下に断るのもお前に悪いからな。それじゃあこれはありがたく頂いて、妹に渡しておくよ。あ、そこで停めてくれ」
純はジャガーノートを指定されたところで降ろすと、車を走らせてフィラデルフィアから200キロほどの街、チェンバーズバーグの射撃場へ向かった。
「いらっしゃい……。おお、東條か。久しぶりだな」
髪の毛も、蓄えた髭も白髪交じりの初老の店主が純を迎える。
「久しぶり、マスター。突然ですまないが、ちょいと仕事で入用なんだけど、今いい?」
「ああ。どうせ今日はヒマだしな」
そう言って店主は立ち上がり、店のドアの表示をオープンからクローズドに変えた。
「これでいい。それで、どんなのが欲しいんだ?」
「1マイル狙撃が余裕で出来るスペック。1ミリでも精度を高めたいから、ボルトアクションで」
単にライフルを撃つだけなら、1発ごとに手動で排莢、装填するボルトアクションよりも、トリガーを引くだけで排莢、装填が可能なオートマティックライフルのほうが有利であるが、狙撃となると別である。オートマティックは発射時の反動やガス圧を利用して自動で排莢、装填を行うが、それ故にスムーズに排莢を行うために薬室に余裕―――隙間を持たせる必要がある。この隙間によって弾道に誤差が生じてしまうのである。近年では技術の進歩で、精度の高いオートマティックのスナイパーライフルも存在はする。H&KのPSG-1やナイツSR-25、純の使用するファルシオンⅡなどがそうである。だがそれでもボルトアクションには一歩劣る。
純の今回の相手は超一流のスナイパー。なので純は連射速度よりも命中精度を優先するために、ボルトアクションライフルを選んだのである。
「精度を1ミリでも……ね。PGMヘカートⅡ」
「でかすぎる。それにヘカートⅡは、ライトブルーの髪でお尻のセクシーな女の子が使うべきだ」
「なんだそりゃ?ってことはチェイタックもダメか……。イジェマッシュのSV-98。最近.308弾仕様を入荷したぞ」
「うーん……分解した時にもっとコンパクトになるヤツって無い?できれば普通のアタッシュケースに入るようなの」
「そこまでか。DSRは入荷待ちだし……お!あれなら」
そう言って店主は店の奥に引っ込んでいった。ちなみに今の会話、実物やカタログを見ずにソラで会話していた。恐るべし―――
「ならコイツはどうだ?レミントンの最新モデル。口径は338ラプアマグナム。コイツは精度が高いぞ。陸軍も試験採用したらしい。ストックも折りたためるから、分解すれば結構小さくなる」
「これが……実物は初めて見た」
純は店主から渡されたライフルを手に取った。
レミントンMSR。レミントン社がアメリカ軍からの要請で開発した、ボルトアクション式のスナイパーライフルであり、有効射程は1500メートルに及ぶ。使用弾薬である338ラプアマグナムは軍用長距離狙撃ライフル専用に開発された弾薬であり、長距離射撃の大会でも上位に入賞する選手の殆どがこの弾薬を使用する銃を使用しており、その性能は折り紙付きである。
「試しに撃ってみるか?」
「ああ。そうさせてもらうよ」
ちょっと待ってろと言って店の奥へ引っ込んだ店主を待つ間、純は店内を見回した。壁にかけてあるのは様々な銃のサンプル。その中には純の愛用するファルシオンⅡを開発した、Y.H.Iのショットガンもある。そして店主、あるいは常連客が仕留めたであろう鹿や熊の剥製。ぐるりと見回してカウンター奥の壁には、この店の隣にある屋外射撃レンジで会員が撃ったペーパーターゲットの数々。
「ひでぇモンだろ?」
苦笑いをしながら、弾薬の入った紙箱を片手に店主が戻ってきた。
「最近の奴らは話にならん連中ばっかりだ。的に3発、当ててみろと言っても、その3発を命中させるのに何発いるのやら」
純も渡された箱を受け取りながら苦笑い。
「ここでダントツなのは、本人の希望で並べられないこれだけだ。去年いきなりやってきて、俺のAR-10カスタムでとんでもない記録を作りやがった」
店主がカウンターの下から取り出した1枚のターゲット。ど真ん中に大きく歪な形の穴が1発。そのターゲットの名前記入欄には「Hunk・Tohjoh」の文字が。
「5発渡して全部命中。しかもほとんどワンホールショットに近い。海兵隊を退役してからこの店を開いてもう30年になるが、これ以上の腕の持ち主には会ったことがない。ベトナムで『ホワイト・フェザー』に会ったこともあるが、アイツがこれを見たら、きっと棺桶から飛び起きて射撃の練習をするだろうよ」
純と店主は店を出て射撃レンジへ向かう。ペーパーターゲットを受け取った純は、ゴルフ場にあるような電動カートで移動し、この射撃場で最も遠いところにある1マイルーーー1,600メートル先のターゲット設置場所へ向かう。その間店主は警報ブザーのスイッチを押し、自分も純の射撃を確認するためにパイプ椅子を用意した。警報は「鳴っている間はレンジ内に人がいるため撃たないように」という意味のものである。ペーパーターゲットを設置した純が戻ると、店主は警報を解除した。そして純はMSRのマガジンに弾薬を6発入れ、装填せずにその場に置いた。
「マスター、悪いけど……」
「ああ。最初の1発は俺が撃つんだな。相変わらず用心深い男だ」
「それと、この銃のライフリングだけど、アシは付かない?」
「それも心配ない。銃身は未登録だ」
銃砲の銃身内には全て、ライフリングという螺旋状の溝が刻まれている。この溝が刻まれていることにより、発射された弾丸が銃身内で加速する際に弾丸に横回転が加わり、直進性が高まる。そして発射された弾丸には溝の後が残る。これを施条痕と呼ぶ。この施条痕は銃によって微妙に異なる。複数の銃身に同じ機械でライフリングを刻んでも、カッターの刃が磨耗するためである。その為銃弾から使用された銃器の種類だけでなく、銃の固体も特定することが出来る。施条痕は犯罪捜査に利用され、「銃の指紋」などとも呼ばれている。
店主はポケットから使用済みの空薬莢を取り出し、耳栓代わりに耳に入れてから地面のマットの上に置かれたMSRのボルトを引きマガジンを装填、ボルトを戻す。そしてMSRを伏せ撃ちの状態で構え、スコープを覗く。
「目標確認」
パイプ椅子に座り、三脚に取り付けた観測用スコープを覗く純が呟く。その言葉を合図に、店主はセーフティを解除し、トリガーに指をかけた。大きく息を吸い、吐き出して止める。
「……発射」
サプレッサーを装着したMSRから弾丸が発射される。1秒と少し後に着弾。ペーパーターゲットに描かれたサークルの少し外に着弾した。
「命中。20センチ右ってところか。腕、落ちたんじゃない?」
「バカ言え。この後お前さんが撃つから、気を使ってワザと外したんだよ。さ、お前さんの番だ。プレイボール」
「優しいねぇ」
純と店主が場所を交代する。だが純は伏せ撃ちではなく、片膝を立てての射撃。純はスコープを覗き、ヴィンテージ・ノブを少しだけ回した。
「目標確認。いつでもいいぞ」
店主の声を聞いてから純はボルトを引き、セーフティを解除してトリガーに指をかける。息を吐き出して止める。そして発射。弾丸はターゲットの真ん中のバツ印のほぼ真ん中に命中。立て続けに純はボルトを引いて次弾を装填。息を止め、トリガーを引いて発射。それをマガジンの弾が尽きるまで続けた。
「……マスター、この銃最高。こいつをもらうわ。後、もう少し練習させて」
「お、おう……」
(なんてヤツだ。この前のスコアを更新しているじゃないか)
店主は耳栓代わりの空薬莢を耳から抜きながら、胸中で呟いた。
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8月8日
純は夜明けより少し前にホテルをチェックアウトし、依頼を遂行するために雑居ビルの屋上へ上った。そこで前日のうちに買っておいたサンドイッチを、ホテルで淹れたコーヒーで流し込む。食事を終え、コーヒーの入った保温マグをバックパックに入れ、代わりに分解された状態のMSRを取り出し、組み立てた。
1分もかけずに純はMSRを組み立て、サプレッサーを銃口に取り付け、マガジンに338ラプアマグナム弾を装填。そして純はフェンスに背を向け座り、MSRを自身の肩に立てかけ「その時」を待った。
夜明けまで後数分。そして大統領の演説まで6時間。純は時折、遮光カバーをレンズに取り付けた双眼鏡で教会を監視しながら待った。ソロコフが姿を現すのを。
純が現在いるビルは、教会から約1キロの地点にある。そしてビルから今日、大統領が演説する独立記念館国立記念公園の壇上までの距離が1590メートル。対して教会から公園までは1670メートル。では何故純は、自分がいるビルからではなく、80メートルも距離のある教会からソロコフが狙撃を行うと予測したのか。答えは簡単、ビルと公園の間には、より高いビルがあるのだ。よって純が今いる場所からソロコフが大統領を狙撃することは不可能。あらゆる可能性を潰していき、最終的に残ったのが教会からの狙撃だった。だからと言って必ずソロコフが教会から狙撃するとは限らない。だが純には確信があった。戦場で4年半、そして暗殺者になってから1年と少しで培った経験が言っている。「俺ならあそこから撃つ」と。
やがて風に乗って、拡声器に乗った声が聞こえてきた。大統領が演説を始めたのだ。純は胸ポケットのラジオのスイッチを入れ、イヤホンを耳に挿入する。
『あの忌まわしい世界大戦が終結して21ヶ月。我々に課せられた……』
純はその声を合図にマガジンを装填してボルトを操作し、初弾を送り込む。そして膝立ちでMSRを構え、スコープを覗き、照準を鐘楼に合わせる。
―――いた。姿こそ見えないが、窓には1本の黒い棒、ソロコフの持つライフルのバレルがはっきりと見えた。バレルは純から見て右側、つまり公園に向けられている。そしてソロコフは今、気温、湿度、風速を頭の中で計測し、今まさにトリガーを引こうとしている。純はそれより早くMSRのトリガーを引く。放たれた弾丸は音速で飛翔し、鐘楼内の鐘に着弾した。少し遅れて、鐘の音が届く。
外したわけではない。大統領を狙うソコロフに、自分というカウンタースナイパーの存在を知らせたのだ。
素早くボルトを操作し、次弾を装填する。純がボルトを操作した右手を再びトリガーに指をかけるまでの時間と、ソロコフが自分を狙う何者かのスコープレンズの反射光を見つけ出したのはほぼ同時だった。再び純はトリガーを引く。
夜明け前、教会の鐘楼に侵入したワーシャー・ソロコフはアタッシュケースからGM6リンクスを取り出し、素早く組み立てた。マガジンに12.7ミリ弾を装填した。そして銃とマガジンをテーブルに置き、時折双眼鏡で大統領が演説を行う公園を監視しながら、その時を待つ。時間が経つごとに公園に人が集まりだし、国旗も掲揚された。
そしてその時がやって来た。黒塗りのリムジンが公園へ到着。シークレットサービスが後部座席のドアを開け、そこから目標が降りてくる。同時に歓声。
ソロコフは大統領の姿を確認すると、マガジンを装填してボルトを引いて初弾を送り込む。タバコに火をつけ、そのタバコを窓の溝に差し込んで立たせる。煙で風向きを計測するためだ。そして膝立ちでリンクスを構え、スコープを覗いた。照準を壇上で演説を始めた大統領へ合わせる。気温、湿度、風速を頭の中で計測し、準備完了。
「おはよう大統領閣下。そしてさようなら」
ソロコフがトリガーに指をかけた次の瞬間―――
真上の鐘が鳴り響いた。そのけたたましい音に、咄嗟に顔を背ける。
(なんだ!?何故鐘が……まさか!)
ソロコフは照準を大統領から外し、リンクスを右へ向けた。鐘を叩いた金属音が右から聞こえたからである。そしてリンクスを向けた先、1キロほど離れたビルの屋上で何か光っている。あれはスコープレンズの反射光―――
「若造がぁッ!!」
ソロコフはリンクスのトリガーを引いた。大音響と共に12.7ミリ弾が吐き出される。
"キシュン!"というサプレッサーを装着した時の独特の発射音が風にかき消される。
純の放った弾丸はソロコフの使用するリンクスに搭載されたスコープレンズを粉砕し、そのまま直進してソロコフの眼球と脳を撃ち抜いた。それを純はスコープで確認した。
対してソロコフの放った弾丸、リンクスから発射された12.7ミリ弾は純の頭上数センチを通り、髪を数本引き裂いた。数秒遅れて、リンクスの発射音が響く。
ターゲット死亡確認―――純は胸中で呟き、MSRを分解してバックパックに片付けた。
耳に差したイヤホンからは、彼方から轟いた銃声に反応したシークレットサービスが大統領を庇いながら退避させた内容の放送が流れていた。
勿論、純が自分の位置を晒すためにわざとスコープレンズの反射光を利用したとはいえ、それでもソコロフのターゲッティングは神業的に早かった。だが純はそれも計算に入れていた。純のいるビルはオフィス街にある。周りはビルだらけ。風はビルにぶつかり変則的になる。弾道計算をするのは至難の業だ。
(だがあの状況で、ほんの僅かなズレ。さすがは伝説のスナイパー、といったところか。いやまさか、ここにカウンタースナイパーがいることを読んでいた?ってことはーーー)
仕事を終えた純が屋上を後にしようとしたその時だった。3人の男がドアを開けて屋上に出てきた。その手にはアサルトライフルが。
「やっべ!!」
純は咄嗟に腰のホルスターからUSPコンパクトを抜き、トリガーを引いた。男たちは純にライフルを向ける間もなく倒される。純は倒れた男たちにUSPコンパクトを向けながら近付き、男たちの生死を確認する。3人とも死亡。
「VK-6。バ・ルデルベの奴らか」
純はUSPコンパクトをホルスターに収め、男の1人が持っていたアサルトライフル、サニーパ・アルメリアVK-6と手榴弾を拾い上げる。レイルシステムに装着されているのはチューブ式のダット・サイトにフォアグリップ。純はマガジンを抜いて残弾確認、マガジンを戻してボルトを少し引き、排莢口を覗いて装填確認を行ってからVK-6を構え、屋上のドアを蹴破る。階下を覗き込むと、数人の男たちが階段を上がるのが見える。やはり全員、ライフルで武装している。
(まずいな。全員を相手にしてたら、ここらの警備が厳重になる……検問も敷かれるだろうし、急がねぇと)
純が周囲を見渡すと、資材置き場があったのでそこからロープを拝借。ドアを閉めて倒した男たちの死体でドアを塞ぐ。ロープの端を結んで輪を作り、背負っていたバックパックから出したカラビナを取り付ける。懸垂下降の道具など用意していないから、ロープは腹に巻きつける。
「このロープ、大丈夫……だよな?」
純は呟きながら、ロープを引っ張って強度を確認。ロープを柵に通し、端に取り付けたカラビナでロープを固定。柵を跨いで身を乗り出した。直後に銃声。
「いたぞ!あそこだ!」
バ・ルデルベ人たちが屋上へやって来る。先程の銃声はドアの蝶番を銃で破壊した音であろう。
「くっそ!」
純はVK-6を構え、男たちに向けてトリガーを引く。それを見た男たちはライフルを構えようとして止め、ドアの向こうへ退避する。
(迷ってるヒマはねぇ!飛ぶぞ、飛ぶぞ……!飛べ!)
「アイ・キャン・ふらーーいっっ!!」
お読み頂き、ありがとうございます!
感想、ご意見、ご指摘大歓迎でございます!
更新が遅れてしまい、申し訳ございません。
また、5話投稿に合わせて登場人物、銃器解説、イラスト集を更新致します。