第3話「ハイスクール・ウォーズ」
2014年7月16日
AM10:45
十条市
十条商業高校
2年6組
「……この戦いで、自衛軍を主軸とした連合軍は北海道を奪還し、九州でも防衛に成功した。また、連合軍の反抗作戦の一つである南米バ・ルデルベのプラヤ・デル・シレーナ上陸作戦では、後に伝説と呼ばれる2人の自衛軍兵士がいたという。それが『プラヤ・デル・シレーナの奇跡』と呼ばれる戦いで活躍した『ナイトメア』と呼ばれた狙撃兵と、『スプリガン』と呼ばれる特殊部隊の……早瀬。遅刻の理由を聞いてもいいか?」
近代史の授業中、沖縄から戻った純は、軽くシャワーを浴びてから登校した。だが授業はとっくに始まっており、見つからないよう教室の後ろから入り自分の席まで匍匐全身をしていたのだが、視線を黒板から生徒の方へ向けた教師に見つかってしまった。それに気付いた生徒たちが一斉に振り向き、純の近くにいた女子が、咄嗟にスカートを手で押さえる。
「すいません先生。週末県外の親戚の家に行ってて……。さっき帰ってきたんですよ」
「まったく。遅刻は前もって連絡しろよ。あ、そう言えばお前、中一の時に徴兵されたそうじゃないか。現代史の、ましてや、ついこの前の出来事で、こんな実在したかどうかわからない兵士のことが教科書に書いてあるのは非常に珍しい。この2人は実在したと思うか?」
第3次世界大戦が始まってから日本政府がまず行ったことは、防衛力の強化であった。首都を破壊させられたにもかかわらず、専守防衛という戦い方しかできない今の憲法では、国を守るには限界があった。「ブラック・ウィーク」から3ヵ月後の8月、政府は憲法九条を改正。自衛隊を自衛軍と名称変更し、防衛だけではなく攻撃を受けたあとの「国防のための攻撃」を行うことのできる組織とした。
だがそれだけでは兵力が足りない。そこで政府は「半徴兵制度」を制定した。これは13歳から32歳の男性を対象に徴兵を行うものであるが、これは拒否も可能であった。
かつての富国強兵を目指す「お国のために戦え」ではなく、あくまでこの国を狙う脅威を排除するために「力を貸してほしい」というニュアンスの制度。徴兵された内の半数が自衛軍に入隊した。それにプラスして志願兵。
純は志願兵として入隊した。ただし、志願兵の募集は18歳からだったので、戦時中の混乱を利用して年齢を偽って。そして純が派遣された地はバ・ルデルベ、プラヤ・デル・シレーナ。
「その話なら聞いたことありますよ。何百人も狙撃しただの、ライフルでヘリを撃墜しただの、狙撃の距離と狙撃した人数の世界記録を塗り替えただの、挙句には敵の撃った弾を撃ち落としたなんて噂もありましたが、正直どうでしょうね。プラヤ・デル・シレーナの作戦なら俺も参加したけど、少なくとも俺の部隊にはいなかった。特殊部隊の『スプリガン』にしたって、本来表に出しちゃいけない作戦を実行するのが特殊部隊の任務です。時には非合法な作戦も。そんな兵士の情報を、戦争が終わったからって公表することはまずありえません。どっちの話もマユツバもんです。戦場ではいろんな情報が飛び交う。ホントの話も噂話も。『戦場伝説』ってやつですよ、きっと。なんで文科省がそんなのを教科書に載せたかはわかりませんけど」
「そうか。……なぁ早瀬、やっぱりあの話引き受けてくれないか?」
「俺が授業一時間使って戦争の話するってヤツ?俺は後方の補給部隊にいたんですよ?武器、弾薬、食糧の数を数えて輸送車に積み込む。話したって面白くもないですよ。まぁ確かに、戦闘になって怪我もしましたけど」
「後方部隊で戦闘?それってかなり危なかったんじゃないか?」
「輸送任務中に攻撃されたんですよ。『安全な任務だから』って行かされたら、攻撃を受けたんです。護衛に着いてたマリーンーーー海兵隊が返り討ちにしてくれましたけど」
直後、チャイムが鳴り、何か言いかけた教師は言葉を止めた。
「よ、よし。今日の授業はここまで。今日のところはテストに出るからな。ちゃんと復習しておけよ」
日直が終業の礼を指示して教師が教室を後にする。それを見届けてから純は人知れずため息を吐いた。まさか自分がその「ナイトメア」と呼ばれたスナイパーだなんて、誰が言えようか―――
昼休み
昼食を終えた純が自分の席で雑誌―――読んでいたのはエアガン専門誌だった―――を読んでいると、教室の戸が開いた。
「純!頼まれてたPマグとBB弾、買って来たよ」
戸を開けたのは千尋だった。その手にはビニール袋を持ち、中にはエアガン用のマガジンが数本と、BB弾が入っていた。
「よぉ、ミヤ」
教室に入ってきた千尋に声をかけたのは健司だった。
「あ、有澤。この前の剣道部の県大会決勝、動画サイトで見たよ。あの調子じゃ連覇も夢じゃないな」
「いやぁ、あれは彼女が弁当持参で応援に来てくれたからだよ」
「あの入れ込みようは弁当パワーってワケか」
「まぁな。っと、それより純に用があるんだろ?」
「ああ、それじゃ。インターハイも頑張れよ」
千尋は純の前の席の椅子を借り、純の机にビニール袋を置いた。
「驚いた。まさかお前がケンと仲良くなってるなんてな」
「純って結構学校休むだろ?その間に。周りはボクみたいのが、有名人の有澤と喋ってるの見てビックリしてたけど」
千尋は別の袋から1リットルパックのカフェオレを取り出し、ストローを差した。
「なるほどね。俺は共通の親友同士が仲良くなってくれるのは嬉しいけど。それより、いくらだった?」
「マガジンが一本千円。BB弾は一袋千三百円」
「マガジンが千円!?マグプルの正規品だろ?」
「あそこは多弾倉マグに力入れてるからね。ノーマル装弾のマガジンは低コストで作れるんだって」
「確かに、ガワの金型は一緒だろうからな。ほいよ、八千円。サンキューな」
「いや、ボクも久々にガンショップめぐりできて楽しかったし。お陰でようやくG36のカスタムストックを買えたよ。それと、これが夏休み中の大会の予定。お盆以外は毎週入ってるよ」
千尋がポケットから取り出して机に広げたカレンダーを純は眺める。
「むー……俺が出れるのは20日のナイトゲームくらいだな。あとはスケジュールがキビしいけど、もっかい確認してなんとかする」
純はペンケースから赤のマーカーを取り出し、8月20日に丸をつけ―――ようとして止めた。
「悪りぃ。20日はダメだ、先約がある」
「そっか……ほぉ。そういうことだね?」
何故か千尋が顔をニヤニヤとさせながら頷く。
「な、なんだよ?」
「だってその日って、十条夏祭りの花火大会だろ?『誰と』行くんだい?」
「だ、誰だっていいだろ?ってかその顔は、聞かなくてもわかってるって顔してるぞ」
「どーせ稲葉さんとだろ?ハイハイ、リア充乙」
「「「なにぃーーーーッ!!!?」」」
そう叫んで立ち上がったのは、健司と喋っていたクラスメイト3人。
「純テメェ!毎年俺ら『モテない同盟』で花火に行ってたじゃねぇか!裏切るのか!?」
「あたいとは遊びだったのね!?浮気者!」
「しかも稲葉となんて……リア充爆発しやがれ!」
血の涙を流さんばかりに抗議する3人に純も反論する。
「何言ってんだよ!お前ら毎年、花火そっちのけで手当たり次第にナンパしてるじゃねぇか!最後にゃいっつも俺一人で花火見て……」
ちなみに健司は彼女がいるため、抗議に参加していない。まるで楽しんでいるかのように、こちらを見ている。助けて、ケン―――純の心の叫びが健司に届くことはなかった。
「何々?結局結維って、早瀬を誘ったの?」
話に食いついてきたのは同じクラスの女子生徒。こちらも3人。
「私らが気を利かせてついたウソを信じるなんて、結維も子供ねぇ」
「カレシなんかいないって。まぁやっと自分で早瀬にアクション起こしたからよしとするか。ね?春香」
「ええ。それにしてもほんっと結維ちゃんってケナゲですよねぇ。ま、そこがカワイイんですが。ああっ!なんなら私が恋のイロハを手取り足取り教えてあげたいくらい……!」
「おい。そういうのは当人のいないところでしろよ。その話題の片割れがここにいるんだぞ」
そう言って純が自分を親指で指す。ちなみに結維は所属するテニス部のミーティングのため、教室にはいない。
「何よ早瀬。アンタが結維の気持ちに答えてあげない鈍チンだから、アタシらが結維の背中押してんじゃん」
「……もしかして早瀬、アンタホモ?」
「┌(┌^o^)┐ホモォ……」
「おい!最後のやめろ!ってか俺のことは置いといて、お前らちょうど3対3じゃん。6人で行けよ」
純の一言で、6人が黙りそれぞれ顔を見合わせた。
「そ、そうね。男子たちがお願いするなら一緒に行ってやらないこともないわ。か、勘違いしないでよ!別にアンタたちと行きたいワケじゃないからね!」
「正直、女子だけじゃちょっと寂しいし」
「まぁ私はオトコもオンナもどっちもイケますから、どっちでもいいですけど……」
「「「えー」」」
露骨に嫌な顔をする男子3人。
「ちょっと!何よその反応!」
「そうよ!アタシたちだって、アンタたちで妥協してんのよ!?」
「うるせぇっ!俺たちにだって選ぶ権利くらいある!」
「だいたいなんだ今のは!?ツンデレのつもりか!?キャラに合ってねぇんだよ!」
「まぁまぁ。みんな仲良く、な?折角の夏休みだし……」
「┌(┌^o^)┐ホモォ……」
「「「「「お前は黙れ!!」」」」」
言いだしっぺの純を差し置いて口論が白熱してきたので、純は千尋を連れて廊下に出た。ああなってはもう手が付けられないし、巻き込まれたくない。
「あいつらも素直にみんなで行けばいいのに」
「いやー、純がそれを言う?」
「ん?」
「な、なんでもない!そ、そういえば今日の練習メニューはどうしよう?」
「ああ。それなら考えがあるんだけど……」
千尋は純と放課後の練習についての打ち合わせを行い、教室へ戻っていった。同時にミーティングを終えた結維が教室に戻ってくる。
「結維、今入らないほうがいいぜ。今白熱してるから」
「え?何?」
「男女6名、花火大会のことでモメに揉めております。一緒に行くだの行かないだので」
「もう!廊下にまで聞こえてるじゃん。周りのみんなも止めればいいのに」
「自分から火の粉を被りに行くような物好きはいねぇよ。いや、ありゃ火の粉っつうより火炎放射器だな」
純はゆっくり教室の戸を閉め、教室と廊下をシャットアウトした。
その後昼休み終了を告げるチャイムが鳴り、教師が教室へ来て止めるまで口論は続いた。
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放課後
「よぉ。やってるな」
「おはよう先輩。今日も暑いなぁ、ええ?」
サバイバルゲーム部が部室として使用している科学準備室へ純が入ると、先に来ていた1年生の部員が某肉体系ハリウッド俳優の主演していた映画の台詞を少しアレンジして挨拶をする。
サバ部の部員は現在13名。3年生が2人、2年生が6人、そして1年生が5人。今部室には千尋を除く全員が集まっており、各々談笑したり、愛銃の手入れを行っていた。
「ところで早瀬先輩、今日の練習内容って何ですか?」
「ん?かくれんぼ」
「……はい?」
「いや、だからかくれんぼ。俺が隠れるから残りが捜索」
「いやいや、絶対無理だって。仮にもお前、元プロじゃないか」
「ヤスさん、そこは俺だって手加減するよ。ホレ、部長は先行って待ってるから急いで支度して。ハリアップ」
純が手をパンパンと叩いて部員たちを促す。楽しみ半分、純に勝てるわけがないという絶望半分といった微妙な表情で部員たちは部室を後にする。
「純センパイ」
純が部室を出ようとすると背後から女子生徒に声をかけられた。
1年生の竹達あずさ。サバ部の2人しかいない女子部員のうちの1人。某アニメの登場人物、及び担当した声優と名前がかぶっているため、クラスメイトや部員からは「あずにゃん」と呼ばれている。
「どうした?あずにゃん」
「私のクリンコフなんですけど、撃てなくなっちゃって。バッテリーもちゃんと充電したのを入れたんですけど」
そう言ってあずさは「クリンコフ」の愛称で知られるAKS-74Uの電動ガンを純に渡す。あっという間に分解したクリンコフを見て、純がため息を吐く。
「ダメだ、ヒューズが飛んでる。俺も今ヒューズの手持ちがないから、メーカーに発注しないと直せないな」
「そんなぁ……」
「今日は諦めろ。ミヤの銃を貸してもらえ。コイツは俺が預かる。もしかしたら、家にヒューズの予備があるかもしれない」
「はい。お願いします。あ、それとセンパイ」
「ん?」
「実は私のカレがサバゲーに興味を持ち始めたんです。通ってる学校が違うんですけど、今度連れてきてもいいですか?」
「なんだ、あずにゃん彼氏いたのか?まぁ、その学校にサバ部がなきゃいいんじゃないか?でも部長はミヤだから、あいつに許可取れよ」
「は~い」
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十条市郊外
涼宮家所有地の森「マクミラン・フォレスト」
「全員準備できたな?それじゃ説明するぞ」
ウッドランドの迷彩服を身に着けた純が座っている部員達に説明を始める。
森の名前の由来は某FPSゲームに登場する人物の名前から。「この森ならギリースーツ(短冊状の糸や布を無数に縫い付けた、迷彩効果の高い装備)を着た『すてんばーい』で『びゅーてぃふぉー』な大尉が出てきそうだから」だそうだ。名付けたのは千尋。
ここで簡単にサバイバルゲームのルールを説明しよう。ポピュラーなルールが「チームデスマッチ」と「フラッグマッチ」の2つである。チームデスマッチは相手を全滅させれば勝ち、フラッグマッチは相手陣営のフラッグ(旗)をとれば勝ちである。他にも様々なルールでゲームは行われるが、ここでは割愛する。
次に「ヒットコール」。これは自分が撃たれたら「ヒット!」と宣言し、フィールドから退場することである。これは敵に撃たれた場合は勿論、友軍誤射や兆弾でもBB弾が当たればその時点で終了である。これは体だけでなく、持っている武器に当たっても該当する。これに気付かずにプレイを続けることは「ゾンビ行為」と呼ばれ軽蔑されるので、疑わしいときはヒットコールをするつもりでプレイしよう。
そして重要なのが装備品。服装に制限はない。好きな映画やゲームの登場人物になりきるのもいいし、中にはメイドの格好でプレイするプレイヤー(男女問わず)もいる。「エアガンと目を保護するゴーグル」があれば後は自由。だがBB弾に当たれば痛いし、場合によっては痣や赤くはれ上がることもあるので長袖長ズボンが好ましい。エアガンだけではダメである。必ずゴーグルを着用すること。BB弾が目に当たれば、最悪失明することもある。現在はフィールドでレンタルを行っているところも多いので手ぶらでも問題はないが、最低でもゴーグルだけは持って行こう。
「それじゃさっきも言ったけど、今日のルールはかくれんぼだ。俺1人対あと全員。俺が森へ入って10分後にスタート。制限時間は30分。俺が撃たれれば俺の負け、俺がそっちを全滅させなくても俺の負けという簡単な任務です。装備や弾数も制限なし」
「先輩はいつものM700で戦うんですか?」
「いや、買ったばっかりのコイツのテストをする」
純がライフルケースから出したのはブレイザーR93タクティカルをモデルにしたエアコッキングガン。バイポッドと高倍率スコープを装着している。
余談ではあるが日本国内で使用できるエアガンは3種類。一つはエアコッキングガン。スライド、またはボルトを引くことで内蔵されたポンプに空気を取り込み、バネの力で圧縮し、その圧力でBB弾を発射する。この圧力動作が「コッキング」と呼ばれる。これは銃本体とBB弾さえあれば手軽に撃てるため、コストが最もかからない。欠点としては1発撃つごとにスライド、またはボルトを操作する必要があるためオートでの射撃は不可能。
次に電動ガン。発射する原理はエアコッキングガンと一緒であるが、コッキングを手動ではなくモーター駆動で行うため、セミ、フルオート射撃が可能。サブマシンガンやアサルトライフルがモデルアップされている。恐らく国内で最も使用されているのがこの電動ガンである。欠点は高価なことと、バッテリーが必要なためバッテリーが切れれば撃てなくなる。
最後がガスガン。その名の通りガスの圧力でBB弾を発射する方式であり、発射の際に反動があるため「撃って楽しい」エアガンでもある。こちらもセミ、フルオート射撃が可能。様々な銃がモデルアップされている。欠点は高価なこと、ガスが切れたり気温が低いと撃てなくなることである。
「「「おーー!」」」
「いやーついに買っちゃったよ。こいつはM700と同じボルトアクションでも、ストレートプル方式だからな。ボルトを引くたびにスコープから目を離す必要もないから速射性も高い」
一般的なボルトアクションライフルは「1.ボルトハンドルを上げる。2.ボルトを引く。3.ボルトを戻す。4.ボルトハンドルを下げる」という4つの動作が必要であるが、ストレートプル方式は「ボルトを引いて戻す」という2つの動作で済む。速射性が上がり、熟練者になればアサルトライフルをセミオートで撃つのと同じくらいの速度で撃つことが出来る。
「まぁコイツの性能はお前らが撃たれることで実感してほしい。それじゃあ時間も押してるし、始めますかね」
純は装備一式を持って森へ入っていった。
「それじゃあ作戦を説明する。二人一組で森を捜索。発見しても迂闊に攻撃せず、無線で応援を呼ぶように。純がいくら強くても、所詮は1人だ。数で圧倒すれば勝てる。でもだからといって油断はしないこと。どんな手を使ってくるかわからないからね。それじゃそろそろ10分経つ。作戦開始!」
一組目
福山(兄)・福山(弟)組
「兄ぃ。純さんどこかな?」
某サバイバルホラーゲームに登場する警察特殊部隊のコスチュームに身を包んだ1年生の福山(弟)が兄に尋ねる。
「まったく見当もつかない、フシュー。でもこれだけは言える、フシュー。俺たちはもう早瀬のキルゾーンに入ってるってことだ、フシュー」
3年生の福山(兄)もサバイバルホラーゲームに登場する、某製薬会社の私設特殊部隊のコスチュームに身を包んでいる。彼は先ほどから「フシュー、フシュー」と言っているが決して太っているのではなく、ガスマスク型のフルフェイスゴーグルで顔を覆っているためである。
「ってことは、こんな目立った『カッコウ』してたら『カッコウ』の標的なんじゃ……」
「誰が上手いこと言えと……ってあれ?姿形のカッコウと『カッコウの標的』って、漢字一緒だっけ……?」
兄が弟の方を向いたそのときだった。踏み出した足が何かに引っかかった。と同時に、右側面から無数のBB弾が飛来し、福山兄弟に打ち付けた。
「いっっだぁーーー!!」
「いっつ……」
「「ヒットーーー!!」」
兄弟の声が森に響いた。
二組目
中村・神谷組
「い、今の声って福山兄弟だよな?」
2年生の中村がM60A3マシンガンのグリップを強く握りながら呟く。
「ヒットコールの直前に『ドンッ!』って音が聞こえたからな。多分あれ、クレイモア地雷だ。早瀬が持ってるの、見たことある」
福山兄弟を一瞬で退場に追い込んだ物。それは純がワイヤートラップと連動させたM18クレイモアである。従来の地雷とは違って地面に埋めて踏んだら爆発する物ではなく、地面に据え置くするタイプである。これは無線、有線を問わない起爆装置で任意で起爆することも、純が使用したように信管をワイヤーに連動させて罠として使用することも出来る。弁当箱を湾曲させたような本体が破裂すると、その前方に数百個の鉄球が発射され、敵を倒す。勿論純の使用したものは鉄球ではなくBB弾をガスで発射する物だ。
そのクレイモアトラップを見抜いたのは同じく2年生の神谷。彼はH&K社のMP5A3サブマシンガンを装備している。
そして二人の服装は1980年代当時の米軍装備。木々に囲まれたシチュエーションといい、二人の装備といい、まるで某SF映画の米軍レスキュー部隊だ。
「とにかく、この森はもう罠だらけと考えたほうがいい。出発だ、5メートル間隔。音を立てるな」
「その前に神谷。『チェーンガンをバッグから出しなよ』」
そう言われて神谷は思い出したように背中に背負った巨大なバッグからM134ミニガンを取り出す。
M134ミニガンはいわゆる「ガトリングガン」と呼ばれるタイプの武器であり、6本の銃身が高速回転しながら弾丸を発射する。本来はヘリや戦闘車両に機銃として搭載されるものだが、ハリウッド映画で個人携行するプロップガンが使用され、その影響で電動ガンとしてモデルアップされた。重く、かさばるためにサバイバルゲームで使用する場合はほとんどネタとして扱われる代物だが、神谷はこの銃をとても気に入り、プライマリウェポンとして愛用していた。曰く「他の銃は軽すぎて物足りない」そうだ。
「来やがれ。ツラ見せろ。チェーンガンが待ってるぜ」
2人がフォーメーションを組みながら森を進んでいると、神谷が何かに気付き、歩を止めた。
「どうした神y……!」
先行していた中村が振り向くと、自分の胸元を見つめる神谷がいた。その左胸には赤い光点が。ライフルに取り付けられたレーザーポインターの光だった。そして次の瞬間、光点に吸い込まれるようにBB弾が着弾。神谷は両手を上げて「クソ!ヒット!」と叫んだ。
「上か!」
中村が木を見上げると、そこにはギリースーツに身を包み、レーザーポインターが光るR93を持った純が枝に立っていた。顔もオリーブドラブの目出し帽に覆われて表情は見えなかったが、その目は明らかに笑っていた。まるで余裕を見せ付けるかのように。
「いたぞぉーー!いたぞぉぉぉぉーーーーーー!」
中村がM60を純に向けてトリガーを引く。無数に飛来するBB弾。だが純はそれが当たる前に木から飛び降り、あっという間に森の中へ姿を消してしまった。だが中村は構わずトリガーを引き続ける。
「うわぁぁぁぁーーーーー!いたぞぉぉーーー!」
200発は装填していたBB弾があっという間に尽きる。中村はM60を捨て、セーフティゾーンへ戻ろうとしていた神谷からミニガンを奪い取り、さらに連射を続けた。ミニガンを奪われた神谷は、止めようとすれば自分が撃たれると判断し、逃げるようにセーフティゾーンへ走って行った。
「出て来いクソッタレェェェーーー!!!!」
三組目
安元・竹達組
四組目
日笠・小野組
『いたぞぉーー!いたぞぉぉぉぉーーーーーー!』
森の奥から中村の叫びと電動ガンの発射音が響く。
「ヤスさん、今のって……」
叫び声に気付いた小野が安元に問いかける。
安元(3年生)、あずさ(1年生)、日笠(2年生)、小野(2年生)は4人で行動していた。理由は二つ。純が怖いのと、女子部員であるあずさと日笠をカバーするためである。小野の装備は戦前の旧自衛隊の迷彩服Ⅱ型と防弾チョッキⅡ型、ライフルは89式小銃。
「ああ、中村だ。あのバカ、見つけたら無線で知らせろってミヤに言われてたのに。トリガーハッピーに火が点いたな」
安元は工場作業員が着るような作業服の上からピストルベルトにサスペンダーを取り付けた物を着装。メインウェポンに第二次世界大戦でドイツ軍が使用していた世界初のアサルトライフル、StG44。本人曰く民兵のコスプレらしい。
「どうします?ヤスさん。アタシたちが行って中村を止めてもいいけど、ヘタしたらあいつに撃たれるかもしんないですよ」
膝射の体勢で周囲を警戒している日笠が尋ねる。オリーブドラブのフリースジャケットにカーキのショートパンツという出で立ちの日笠が装備しているのはFN社のSCAR-L。
「無線で他のチームに頼もう。万が一俺たち全員がやられたら純が有利になる」
安元はサスペンダーに取り付けたラジオポーチから無線機を取り出し、送信ボタンを押した。
「ヤンキー3-1より各員へ。ノヴェンバー2-9が凶暴化。繰り返す。ノヴェンバー2-9が凶暴化。誰かカバーに行けるか?オーバー」
安元が自分と中村をコードネームで呼ぶ。
十条商業サバイバルゲーム部で使用されるコードネームは部員の名前と所属クラスで決められる。例えば安元はローマ字で「Yasumoto」となるため、頭文字の「Y」をフォネティックコードに変換して「ヤンキー」。彼の所属クラスは3年1組のため「3-1」となる。
フォネティックコードとは電話や無線などの通話の際に使用されるコードであり、重要な文字や数字などをより正確に伝えるための国際的な符牒である。例えば「B」や「D」、「E」などは機械越しに聞くとどの文字なのか聞き取りにくい。これらをより聞きやすくするためのものである。尚、フォネティックコードは以下のとおりである。
A「アルファ」
B「ブラヴォー」
C「チャーリー」
D「デルタ」
E「エコー」
F「フォックストロット」
G「ゴルフ」
H「ホテル」
I「インディア」
J「ジュリエット」
K「キロ」
L「リマ」
M「マイク」
N「ノヴェンバー」
O「オスカー」
P「パパ」
Q「ケベック」
R「ロメオ(またはロミオ)」
S「シエラ」
T「タンゴ」
U「ユニフォーム」
V「ヴィクター」
W「ウィスキー」
X「エックスレイ」
Y「ヤンキー」
Z「ズール」
また「9」を「ナイン」ではなく「ナイナー」と言うのも、ナインという言葉がドイツ語で「いいえ」という意味のため混乱を避けるために「ナイナー」となったとされる。
『こちらノヴェンバー1-5。不可能。俺たちは今、発見したクレイモアを除去しています。そっちには行けmッ!』
無線の向こうからバンッ!という音と同時に通信は途切れ、一瞬後に「ヒットー!」の叫び声が森に響いた。どうやらクレイモアの解除に失敗したらしい。
『こちらハンプティ・リーダー。こちらで対処するんで、ヤンキー3-1は引き続きターゲットの捜索を行ってください。ハンプティ・リーダー、アウト』
サバ部のチーム名は「ハンプティ・ダンプティ」。海外の童謡に登場するキャラクターであり、卵に顔と手足を付けた、言わば擬人化した卵。この容姿から英語圏では「ずんぐりむっくり」という意味のスラングとして使用され、千尋は自分の容姿を皮肉ってチーム名にした。つまり「ハンプティ・リーダー」とは部長である千尋のことである。
「残ったチームはミヤと俺たちだけか。しょうがない、指示されたとおり、捜索を続けるぞ」
「で、でも安元センパイ、あと6人しかいないなら私たちも別々に純センパイを探したほうがよくないですか?」
あずさの服装はネイビーブルーのスポーツTシャツの上にタクティカルベストと黒のタクティカルパンツ。装備は純に預けたクリンコフの代わりにH&K社のUMP.45サブマシンガン。千尋から借りた物である。
「いや、時間以内に純が俺たちを倒せなきゃ俺たちの勝ちなんだ。戦力を分散してまで索敵する必要はない。このまま4人で行くぞ」
安元が右手を上げて手首を振る。前進のハンドシグナルだ。
残り時間10分を切った頃。それは突然の出来事だった。4人の進む先にある大木の影からいきなりの銃撃。
「コンタクト!」
先導する安元の一言で全員がその場に伏せる。幸いにも誰もヒットしなかったが、銃撃は断続的に行われている。そしてこの発射音。純が撃っているのはR93ではなかった。
「グロックか!」
純が使用していたのはマシンピストルのグロック18。ハンドガンのサイズでフルオート射撃ができる凶悪な銃である。また、その特性から実銃は一般販売はされておらず、軍、警察機関への販売のみ行われている。ハンドガンのサイズでフルオート射撃ができるのは脅威なので、犯罪者に使用されるのを防ぐためだ。
「俺がここから牽制射撃をかけますから、皆さんは迂回して背後を取ってください!」
小野が伏せたまま89式小銃のセレクターを「レ」に切り替える。
89式小銃は日本製のライフルであるため、セレクターはカタカナ表記されている。安全装置は「ア」、セミオートは単射の「タ」、バースト射撃は3点制御点射の「3」、フルオートは連射の「レ」。切り替えの順番が「ア→タ→3→レ」の順になっているため、「当たれ」と縁起を担いでいるとか何とか。
「スリーカウントで行きます!スリー、ツー、ワン!ゴー!ゴー!ゴー!」
小野が言い終えると同時に射撃開始。他の3人もそれに合わせて立ち上がり、射撃しながら木に隠れつつ、純のいる木の背後に回り込む。
「俺たちの勝ちだ、早瀬!」
安元がStG44を向けるが、そこに純はいなかった。あったのはワイヤーで木に括り付けられ、トリガーを固定されたグロック18。
「トラップだ!逃げろ!」
だが遅かった。草むらに隠れていた純はまずR93で小野を狙撃。次いでポーチの中の物をグロック18を括り付けた木に向かって投げた。
純が投げたのは手榴弾。これもクレイモアと同じくガス方式。ピンを抜いて数秒後にガス圧で回転しながらBB弾を360度の範囲に放出する。
「くッ!」
「つッ!」
「痛ッ!」
「いったーー!!」
「「「「ヒットー!」」」」
ヒットコールを聞いてから純は姿を現し、グロック18と手榴弾を回収した。無数のBB弾の直撃を受けて立てない3人に手を貸し、立たせてやる。
「すんませんです。もうちょい離れたところに投げるつもりが、汗ですっぽ抜けた。痛かったでしょ?」
「気にすんな、早瀬。クレイモアのゼロ距離に比べたらこんくらい」
「そうそう。いつ撃たれるかわかんない緊張感を味わうのもサバゲの楽しみだよ。ね、あずにゃん」
「はい。撃たれたのは悔しいけど楽しかったです」
「いっつー!額のド真ん中直撃だよ。純はやっぱり腕がいいなぁ」
額を撃たれた小野が立ち上がり、額をさすりながら4人の下へ近寄る。BB弾の当たった部分が少し赤くなっていた。
「あとで冷やしとけよ、小野D。それと痛いのがイヤなら、次からはフルフェイスのゴーグルにしたほうがいい。それじゃ俺は行くぜ」
純が草むらに入ると、あっという間に見えなくなった。
「すげぇな。もう姿が見えない……。まるでプレデターだな」
安元の呟きに、日笠が問いかける。
「それって無人航空機の?」
「違う違う。20年位前の映画。シュワちゃんの」
「ふーん」
「俺たちも戻りましょう。早く上着脱ぎたいッス。汗が凄い」
六組目
涼宮・下野組
それは突然の襲撃だった。ハンプティ3の浪川・吉野組(どちらも1年生)がクレイモアの除去に失敗して退場。ヒットされたプレイヤーの銃を使うというルール違反を侵し、ミニガンを乱射し続ける中村を何とかなだめてセーフティゾーンへ戻らせ、下野と2人、純の捜索を再開した直後に安元、あずさ、日笠、小野のヒットコールが聞こえた。こちらの人数はあと2人。クレイモアが仕掛けてあったり、手榴弾でも投げられようものならそれで終わってしまう。なので千尋は下野と距離を取って索敵を行った。
今考えると、それが間違いだったのかもしれない。
茂みに潜む純からの狙撃で下野がアウト。それに気付いた千尋は、純がボルトを引き、次弾を装填してトリガーに指をかける前に木の陰に隠れた。
お互いに何処にいるかは把握している。だが有利なのは純だ。千尋は木に隠れているのに対して、純はその木に照準を合わせている。右だろうが左だろうが、千尋が木から出てきたところで撃たれてお終い。
千尋は腕時計を見た。残り時間は5分を切っている。このまま逃げ切れば千尋たちの勝ちだが、純がそれを見逃さずに攻撃してくるだろうし、何より千尋のプライドがそんな勝ち方を許さない。
頭の中で戦術を組み立てた千尋は意を決した。肩からたすきがけにしていたスリングベルトから、愛用のG36を外して左手に持つ。そしてレッグホルスターからグロック17を抜き、一呼吸。千尋は行動を開始した。
純はスコープを覗きつつ、視界の端で腕時計を確認した。残り時間は4分30秒。千尋がこのまま逃げ切って勝利を勝ち取るような男ではないことを純は知っている。千尋は必ずどこかのタイミングで動き出す。
4分だ。残り時間が4分を切っても千尋が動かないようであればこちらから打って出る。そう決めて純は視線をレティクルに戻した。その時だった。
あっという間に純に撃たれた下野はその場を動けないでいた。
辺りが静か過ぎるのだ。目の前では千尋が木に隠れ、純は茂みでその木に照準を合わせている。今ここで自分が退場するために動けば、きっと2人はそれを合図に戦い始める。自分が決闘の邪魔をしてはならない。いや、したくないと下野は思った。その時だった。
千尋がスリングを外したG36を放り投げた。同時に反対側からグロック17を構えながら飛び出す。純も千尋の行動に反応してR93を向けるが、飛び出てきたのはG36。フェイクだと悟った純は腰のホルスターからグロック18を抜いた。ライフルで狙っては間に合わない、と判断したのだ。
千尋がグロック17のトリガーを引く。ガス圧で発射されたBB弾を純は横に転がりながら避ける。そして膝立ちになり、純と千尋はお互いにそれぞれのグロックを向け合った。奇しくもグロック対グロック。トリガーが同時に引かれ、フルオートの純のグロック18から3発、千尋のグロック17から1発のBB弾が放たれた。
「いって~~……ヒット」
「ヒット~」
同時に声が上がった。純は指に当たったせいで思わずグロックを手放してしまい、千尋は顔に当たったのか、フルフェイスゴーグルをさすっていた。
「さすがミヤ。アメリカで簡単とはいえ、軍事訓練受けただけあるな。まさか引き分けになるとは思わなかった」
「いやいや、偶然知り合った民間軍事会社のオペレーターにたった1ヶ月教えてもらっただけだし。純に比べればまだまだ……」
「いや、それでも経験があるとないとじゃ大違いだからな。さて、戻りますか……って、おい下野、いつまでボーっとしてんだ?行くぞ!」
純に声をかけられるまで、アクション映画さながらの戦いを見せ付けられた下野の思考は停止していた。
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「みんなお疲れ様」
「マクミラン・フォレスト」から自転車で5分ほどの日帰り温泉へ向かい、そこで汗を流したサバ部部員たちは貸切の休憩室でドリンク片手に反省会を開いていた。ちなみに、温泉代及び休憩室の代金は千尋の奢りである。さすが金持ち。
「今回はクレイモアでやられた人が多かったみたいだけど今後の課題だな、対クレイモア戦略は。明日は部室でどうすれば処理できるか、あるいは対処法を討論してみましょう。そして中村と神谷。2人は終業式まで部活後、学校裏の土手のランニングコース、4キロ2周の刑に処す」
おー!と部員たちが声を上げる。だがそれに、神谷が抗議する。
「ミヤ!中村はともかく、なんで俺まで……!!」
「中村はもちろん、直らないトリガーハッピーとアウトになったプレイヤーの装備を使ったことに対して。キミはそれを黙って見ていたから。何か反論があれば聞くけど?」
「ぐっ!それを言われちゃ何も言えない」
千尋と神谷のやり取りを見てみんなが笑う。その後、1時間ほど雑談の後、解散となった。それぞれが家路に着き、純はあずさを家へと送る。
ムービーメイカーが出没するようになってから、特に女子生徒は絶対に1人で行動しないよう、学校からお触れが出ていた。
「純センパイ、いつもスミマセン。帰りに付き合ってもらって。ホントなら両親に迎えに来てもらえばいいんですけど……」
「いいんだよ。通り道だし、お前のご両親が忙しいの知ってるから俺がお前のエスコートを買って出たんだから。それに、俺の親が生前世話になったからな」
あずさの両親は料亭を営んでおり、県内でも指折りの高級店である。そんな事情を知っていた純は、義理の両親の友人であるあずさの両親に下校時の送迎を買って出た。
「本当にありがとうございます……。あ、ちょっとスイマセン」
純に断りを入れて、あずさは自分のスマートフォンをカバンから取り出して操作する。しばらく画面を眺め、そして難しい顔をする。
「センパイ、申し訳ないんですけど、帰りにカレの家に寄っていいですか?通り道にあるんで」
「それは全然構わないけど、何かあったのか?」
「昨日から連絡が取れないんです。メッセージを送っても『既読』にならないし、電話も全然出ないし。今までこんなことなかったのに……」
「いいぜ。付き合うよ。お前の彼氏にちょっと興味あるし」
純はそう言って笑うが、胸中で何か嫌な予感を感じ取った。
杞憂であればいいのだが―――
自転車を15分漕いであずさの彼氏の家に到着する。外から見ると、リビングと思われる窓からは明かりが漏れている。
「家に誰かいるみたいだな。電話かけてみ」
「ハイ」
あずさが再びスマートフォンを取り出して電話をかけるが、やはり出ないようだ。あずさはスマートフォンをカバンに戻し、インターフォンを押した。
「……やっぱり出ませんね。電気付けっぱなしで出かけちゃったのかな?」
「今日のところは一旦帰って、あとで連絡入れて……!!」
何かに気付いた純の表情が一変する。あずさに下がるよう言い、ドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。ほんの少しドアを開け、そしてすぐにドアを閉める。
「クソ!あずさ、絶対そこを動くなよ!!」
「え!?でもなんで……」
「いいから言うことを聞けッ!」
純の迫力に気おされたあずさがその場に尻餅をつく。そんなあずさを気にかける余裕もなく、純は家の中に入り素早くドアを閉める。
「異臭」に思わず顔をしかめる純だが、落ち着いてライフルケースからハンドガンを取り出す。
スタームルガー・マーク3。護身用にエアガンの中に忍ばせていたが、これは紛れもない本物。サプレッサーも装着されている。
マガジンを抜いて弾数を確認。再び装填してスライドを少しだけ引き、初弾が装填済みなのを確認してスライドを戻してセーフティを解除。構えながら土足で家に上がる。手前の部屋から順番にクリアリングを行っていくが、奥へ行くほど異臭が酷くなる。そして最後の部屋。リビングへのドアを開け放った純は、想定していた最悪の事態が的中し、思わず舌打ちする。
この家の住人であろう人間が3人。見るも無残な姿になっていた。共通しているのは、全員が上半身の皮膚をシャツでも着ているかのように切り取られていること。あとはそれぞれ拷問のような後が。
恐らく生きてはいないだろうが、念のため純はそれぞれ生存確認を行う。案の定、全員が死亡していた。
(床の血の固まり具合からして、死後12時間から15時間の間ってとこか。なんて惨いことを……)
ふと床を見ると、リビングの奥へ血の靴跡が残っている。純は再びスタームルガーを構えて血の靴跡を辿った。靴後の先にドアがあり、そこを開けると下への階段が続いていた。
(地下室?)
純はその階段を降りてドアを開ける。そこには女性が椅子に縛られていた。そして案の定、上半身の皮膚が切り取られていた。
「クソッ!」
純は女性の下へ駆け寄る。意識はないが、僅かに呼吸がある。純はポケットからスマートフォンを取り出し、110番をコール。地下室では電波が悪いため、階段を上りながら電話をかけると、すぐにオペレーターが電話に出る。
「人が3人殺されてます。すぐに来てください。住所は十条市―――。それと、もう1人が辛うじて息があるんですぐに救急車を」
純はオペレーターの返事を聞かずに電話を切り、階段を上ってリビングへ戻った。
「あずさ!!」
リビングへ戻ると、そこには血と吐瀉物の海で苦しむあずさが。すぐにスタームルガーをベルトに挟んで駆け寄る。
(マズイ!喉に詰まってる)
純の言うことを聞かずにやって来たあずさはこの惨状を見て吐き出してしまい、そして同時にショックで呼吸困難になって吐き出した物が喉に詰まり、息が出来なくなっていた。
(許せよ!)
息が出来なくなって暴れるあずさを押さえつけ、純は口で直接喉に詰まった吐瀉物を吸い出した。それを行うこと数回、ようやく詰まっていたものが取れたのか、あずさが大きく息を吸う。
「ハァッ!ハァッ……!」
「バカ野郎!!なんで入ってきた!?」
「だっで……ざどぐんが……(だって……サトくんが……)ゴホッ!」
涙と鼻水と涎、そして吐瀉物と血で顔を汚すあずさは思い出したかのように顔を上げた。その視線の先には、無残な姿となった恋人の姿が―――
「あぁ……いやぁ……サトくん……」
あずさが立ち上がってサトくんの下へ歩こうとするが、純がそれを止めた。そしてそのままあずさを担ぎ上げ、リビングを後にする。
「ヤダッ!離してッ!サトくんが……サトくんが!」
あずさに背中を叩かれようが、顔を殴られようが、絶対に離さないと決めた純は玄関に置いたライフルケースを持ち上げ、玄関のドアを開けた。
「サトくんッ!イヤァァァーーーーーーーー!!!!」
数分後、警察と共に駆けつけた救急車が地下室の女性を病院へ搬送した。女性は一命は取り留めたが意識不明の重体。そして一家3人はその場で死亡が確認された。警察が現場検証を行ったところ、被害者宅のブルーレイレコーダーから1枚のディスクが押収された。そのディスクには一家3人と地下室の女性への犯行の一部始終が記録されていた。警察はムービーメイカーの犯行と断定。翌朝のニュースで報道された。
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また、3話投稿に合わせて人物紹介と銃器解説も更新致します。