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Rising Sun  作者: UZI
第1章「プロローグ」
4/22

第1話「早瀬純 職業:高校生、」

2010年5月、第3次世界大戦勃発。開戦から5日で人類の約30パーセントが大量破壊兵器によって死に絶え、世界で9つの主要都市が壊滅的な打撃を受けた。

同年8月、日本政府は憲法第九条を一部改正。自衛隊は自衛軍と名を変え、満13歳から30歳の男性が徴兵、あるいは志願して戦場へ向かった。

その中に、後に伝説となるスナイパーがいた。2012年11月の終戦までに数百人もの敵兵を狙撃し、戦場にその名を轟かせた1人の兵士。人は畏怖と敬意を込めてこう呼んだ。

「ナイトメア(悪夢)」と。

2014年7月13日

十条市

十条商業高校


「純っ!」


早瀬純はクラスメイトの有澤健司が放ったノールックパスを空中で受け取り、右手で持ったボールをリングに叩き込んだ。ほぼ同時にタイマーがゼロになり、ブザーが鳴る。


「試合終了!優勝、2年6組!」


「「「ぃよっしゃぁーー!!」」」


 今日は十条商業の球技大会。どの学校でもそうであろう、球技大会―――特にバスケットボールは男子生徒が特に注目される競技である。


 2年6組は2年連続夏、冬と優勝し、今回で3連覇。80年続く学校の歴史にその記録は記された。その記録に、生徒たちが沸く。


「どうする!?3連覇だよ!」


「やべぇ!マジ感動してんだけど!」


「ってか純、ダンクかよ!?初めて見たぜ!!」


「とにかく、決勝点を叩き込んだ純を胴上げだ!!」


「そんな、大袈裟だって。ってかお前らアレだろ?どうせ胴上げして受け止めない気だろ?」


「んなことしねぇって!いいから来いよ」


クラスメイトの男子全員が純を持ち上げる。


 たった今受け止めるとは言ったがケンよ、何故足元にマットを敷く―――


「「「……せーのっ!」」」


数人の男子の合図で純から手を離す。宙に浮いた純は誰にも受け止められず、見事にマットに叩きつけられた。


「痛ってぇーー!!!」


腰を抑えて悶える純を見て誰もが笑った。純もこうなることはわかっていたので悶えながら笑った。


「純くん、大丈夫!?」


 悶える純に女子生徒が駆け寄り、純を起こす。クラスメイトの稲葉結維。


 毎年年末に新聞部主催で行われる「校内恋人にしたい人ランキング」の女子部門で1位を獲得するほどの整った顔立ちをしている。成績も常に学年順位ベスト 5を維持するほど優秀であり、所属するテニス部も昨年は初のインターハイ出場を果たし、今年も出場確実との声が高い。成績優秀、スポーツ万能、顔も性格も 良しと4拍子揃ったP( パーフェクト・)S( スチューデント)である。ちなみにPSと呼んでいるのは一部のアニメオタクである。


「痛てぇけど大丈夫!」


「ちょっと、みんなやり過ぎだよ!」


結維は周囲で笑っている男子を睨んだ。だが夫に寄り添う妻のような結維に、クラスメイト達はニヤニヤと笑う。


「結維ちゃ~ん、愛しの早瀬君が傷ついて辛そうですねぇ」


「違っ!そんなんじゃないってば!」


「結維ってケナゲだよね~」


顔を真っ赤にしている結維を見てクラス全員がさらに笑う。


「おーい!写真取るから並べー。お~い早瀬、いつまでも寝転がってないで起きろー」


「先生ひっでぇ!」


写真が趣味の担任が全員を並ばせた。クラスメイトに促され、純と結維が最前列の中央でしゃがむ。


「行くぞー!3、2、1!」


「「「シドニー!」」」


「ニー」のところで全員が笑う。この写真の撮り方が、春に修学旅行でオーストラリアへ行って以来のこのクラスのやり方だった。もっとも、現地の日本人カメラマンの受け売りだが。


「純!」


タオルで汗を拭いている純の下に、健司が駆け寄った。


「夕方みんなでカラオケに行くんだ。お前も来るだろ?」


「行くけど、9時には帰るぜ。明日朝早いんだ」


「またか?付き合い悪りぃな」


「スマン」


「……まぁしょうがないさ。今度は最後まで付き合ってくれよ」


「純くん」


「お、稲葉。俺はお邪魔みたいだから先に教室行ってるわ」


「お、おい!ケン!」


「有澤くん!」


2人の制止も聞かず、健司は早足に体育館を出て行った。


「ねぇ、さっきどこか打たなかった?」


「ん?咄嗟に受身取ったから大丈夫だよ。ケンがマット敷いてくれてたし」


「でもすごい音したよ?一応冷やしてあげよっか?」


「ああ、頼む」


 結維は体育館脇の体育教官室の冷凍庫からアイスパックを拝借し、純の腰に当てた。


「うひゃぁ、冷てぇ」


「動かないでよ」


 純と結維は小学2年生のときに、純が結維の家の隣にやって来てからの幼馴染だった。2人は仲が良かったので、入学当初はクラスの誰もが「あの2人は付き 合っている」と思っていたのだが、そのウワサはあっという間に消えた。結維は成績も運動神経も良い。それでいて顔立ちも整っていて、誰にでも気を配るその 性格から男子だけに限らず、女子にも人気がある。対して純は、顔はそこそこいいのだが問題は趣味だった。重度のミリタリーオタクなのだ。


 何も知らない女子が仲良くなろうと話しかけると、必ず最後には「偏った」歴史の授業になる。例えば「セーラー服ってのは元々海軍の水兵が着ていた甲板衣だった」とか「ランドセルは江戸幕府が洋式軍隊を設立した際にオランダからもたらされたバックパックがルーツと云われてる」「『アフリカ戦線でイタリア軍は貴重な水を使ってパスタを茹でていた』なんてジョークを言われていた」など。お陰で純は校内の女子の間で「彼氏にしたくない残念なイケメン」というレッテルを貼られていた。


 そんな裏事情も、まだ入学して間もないために知らない1年の女子生徒が数人、体育館の隅で2人を見ながらキャーキャー言っている。「早瀬センパイ、彼女 いたんだ!」とか「あの人テニス部の稲葉センパイでしょ!?噂に聞いてたけどすっごくカワイイ」とか「私、稲葉センパイ狙ってたのに……」「「え!?」」「え?」とか。


 とにかくそんな純と結維が釣り合うはずもない。純と結維が付き合っているという噂はあっという間に消えた。


 結維は毎日のように男子生徒(たまに女子生徒)から告白され、純は部活に励んだり友人たちと遊んでいた。


「純くん、夏休みはどうするの?」


「あ?県内にはいないな。夏休みは名古屋行って大阪行ってイタリア、アメリカ……」


「……何しに行くの?」


「ん?サバゲー(サバイバルゲーム)の大会。俺、サバゲー専門誌の担当者と仲良くなってさ、で海外の大会に誘われたんだ。後は部活で遠征」


 純が所属するのは「サバイバルゲーム部」。通称「サバ部」。文字通りエアソフトガンを用いたスポーツ、サバイバルゲームを行う同好会であり、放課後は、校内は練習するスペースがないため部長宅でトレーニング、雨天時は部室で会議を行って各部員の知識を深めていく。純が入学してから発足されたのだが、毎年学園祭で行っている、エアソフトガンを用いた射的は、親切指導で安全と校内外で人気がある。


「へぇー」


「まぁ、興味ない人にはどうでもいい話か……もういいよ、ありがと」


「うん。あたしは保冷剤返してから行くから先行ってて」


純は頭から結維の手を離し、体育館を出ようと床に置いていたタオルとスマートフォンを手に取った。


「あ、純くん!」


結維は純にスポーツドリンクの入ったスクイズボトルを投げた。


「あたし特製のスペシャルドリンクだよ!一発で元気になるから」


「サンキューな!」


純はそれを受け取って体育館を出た。同時に、タオルにくるんでいたスマートフォンを取り出す。


(新着メール1件。相手は……)


純が受信メールを開く。だがそこには、本文、件名、メールアドレスもが文字化けし、まったく読めない状態になっていた。だが純はお構い無しに本文をスクロールさせ、左手に持っていた、結維から渡されたスクイズボトルのキャップを空け、ストローを咥える。


「…………(至急連絡請う。場所は……東京、日比谷公園。最終の新幹線なら今夜行けるな)」

純はメールを読み終えるとメニューウィンドウを開き、メールを削除した。


「いよいよ、夏休みはヒマな日がほとんどないな……お、ウマい」


「じゅーん!」


背後から近付く声と足音に、純はスマートフォンをポケットにしまった。振り返ると、肥満体の生徒が走ってくる。


「お、ミヤ」


ミヤと呼ばれた生徒は純に近付くと足を止め、肩で呼吸をしながら両手を膝にやる。


「今クラスの連中が話してたの聞いたんだ。3連覇だってな。おめでとさん」


「サンキューな。まぁ1点差だったから危なかったけど」


「それにしても決勝点がダンクシュートって。っていうかダンクできるって凄いな」


「一回着地してシュートしたら時間ないと思ってさ、そのままアリウープで叩き込んでやった。無我夢中だったよ。ってお前、どんだけ疲れてるんだよ。これ飲むか?」


「それはどうせ稲葉さんがお前にくれたもんだろ?受け取れない」


「ぬ……そうか」


「ハハ。それにしても土壇場でダンクできるところが純らしいな。帰りには気をつけろ。1年の女子が殺到してるはずだから」


「うへぇ勘弁。裏からグラウンド抜けて、土手から帰ろうかな」


「芸能人かよ」


 ミヤ―――涼宮千尋は純とは別のクラス、2年8組の生徒だった。純にも引けを取らないほどのミリヲタで、休日には地元のサバイバルゲームの大会にも出場している。純と千尋が出会ったのは去年のこと。高校に入って間もない頃の大会の時だった。お互い歳が同じと言うことで2人はすぐに打ち解けた。そして週明け、校内でばったり遭遇したのである。そして2人は「サバ部」を立ち上げ、千尋が部長となった。


 彼の家は父親が国際弁護士、母親がビーチバレー日本代表のコーチといわゆる「金持ちのボンボン」である。涼宮家の所有する郊外の山を使用して、「サバ部」は練習を行っていた。


「で、どうした?」


「あ、そうだそうだ。来週大阪に行くんだけど、何かいるものあるかと思って。堺のガンショップ行くから」


「マジで?……そーだな。M4のマグプルタイプのマガジンと、0.2グラムのBB弾を2袋買ってきてくれ。金は帰ってきてから渡すから」


「Pマグと0.2グラムのBB弾を1万発ね、了解。っと、もうこんな時間か。そろそろ帰るよ。じゃ」


そう言うと千尋は純に手を振って廊下を走り出した。


「何だ?塾か?」


「それもあるけどちょっと用事!それじゃ!」


千尋が廊下の角を曲がり見えなくなると、純は教室に戻り、制服に着替えるためにシャツを脱いだ。


 純が着替えをすると、必ず教室にいる生徒が純に見入ってしまう。それは鍛え抜かれた肉体が目的ではなく、純の身体に刻まれた無数の傷跡。切り傷や刺し傷、それに銃創。特に胸部、ちょうど心臓の辺りにある傷はどの傷よりも大きく、痛々しかった。


 第三次大戦が始まると、純は家族友人に何も告げず、年齢をごまかし、志願して戦場へ向かった。これらの傷はすべて、戦場で負ったものであった。


「何度見ても、お前のその傷には驚かされる」


隣で着替えていた男子生徒が思わず声を上げる。


「おい、あんまり見るなよ。恥ずかしいだろ?」


「うほっ!いいカラダ」


 そう言いながら純の上半身に触ろうとしていたのは、クラスメイトの野上春香。男子生徒がまだ数人着替えているにもかかわらず、お構いなしに教室に入ってきた。これでも一応、学級委員長である。あと腐女子。


「おい委員長!やめろ!ってかいつの間に入ってきた!?」


「いいじゃないですか、減るもんじゃなし。あ、そうそう。今度イベントで新作同人誌を販売するのですが、是非早瀬君と有澤君でカラミを……」


全てを聞き終える前に、純は春香の襟を掴んで教室からつまみ出した。


 生徒たちが着替えを終えて少しすると、担任が教室へ入ってくる。そしてホームルームを終え、下校時間となった。時刻は12時を少し回ったところ。球技大会の日は午前中で学校は終わりとなる。


「純、カラオケ6時からだぞ、遅れんなよ。じゃな」


「ほいよ……腹減った。パンでも買って帰るか」


友人たちと別れ、体操着と筆記用具の入ったリュックを左の肩だけで背負い、純は学校を後にして徒歩5分の駅へ向かう。目指すは駅の反対側にあるパン屋。


 学校から5分ほどで東十条駅南口に着き、そこの自販機でペットボトルのゼロカロリーコーラを買ってから跨線橋を通って北口へ。寂れてシャッターがほとん ど閉まった商店街の奥に目的のパン屋がある。十条商業の生徒は勿論、東十条駅から他の学校へ通う学生や通勤するサラリーマン、近所の主婦でごった返すほどの人気店であり、ゴボウサラダの入ったエピと塩バターロールが人気商品である。


 純が跨線橋を渡って北口へ降り、パン屋への近道である人通りの少ない路地裏へ向かうと、自分の高校の制服を着た女子が3人、5人の男子高校生に囲まれていた。女子のうちの1人、ハニーブラウンに染めた長い髪をポニーテールに纏めたあの後姿は―――


「……またか」


純は溜め息をつきながら階段を降り、他校の生徒にナンパされている結維の肩を叩いた。


「モテモテですな」


「純くん!」


「早瀬!」


結維は振り返って純の姿を見るなり、純の背後に回りこんだ。他の女子2人もそれに続く。

「なんだテメェ!」


結維をナンパしていた学生の1人が純に食って掛かる。


「ヘイヘイ、ちょい待ち。俺の友達がイヤがってるみたいだ。ここはおとなしく帰ってくれないかね」


「テメェにはカンケーねぇだろ!!テメェが帰れや!」


「違う違う。俺はおたくらに忠告してるんだよ。こいつ、今はこうやって俺の後ろに回って怖がってるフリして『ひ弱なJK』演じてるけど、キレたらあんたらボコボコにされるぜ?それじゃ俺は帰るから、ごゆっくり。忠告はしたからな」


そう言うと純は振り返って結維の肩をつかみ、ナンパしていた学生に結維を押し付けて歩き出した。


「え?」


臨戦態勢に入っていた学生たちは一瞬拍子抜けしたが、次の瞬間には大笑いしていた。


「ギャハハハハ!!なんだよアイツ!自分が弱いからって、いくらなんでも女に任せるとかないぜ!」


「あー腹痛てぇ!彼女らも、あんな腰抜けほっといて、俺らと行こうぜ?」


大声で笑う学生たちを背に純は歩き続け、目の前の空き地へ向かった。そこで純はある物を拾い上げた。恐らく空き地に駐車されないように設置されたであろう、パイロンにかけられたコーンバーを2本。振り向くと、学生の1人が結維と肩を組んでいる。そしてその手はさりげなく、結維の胸に触れていた。


「結維!」


純がコーンバーを空高く投げる。放たれた2本のコーンバーは、吸い込まれるように両手を上げて待機していた結維の手に到達。


 まず結維は隣で笑っている、肩を組んでいた学生の顎に右手のコーンバーの持ち手側の端を打ち込み、うずくまったところをすかさず左手のコーンバーを延髄に打ち込む。学生が倒れると、他の学生はもう笑っていなかった。束の間の沈黙に、空を裂く音だけが響く。結維がコーンバーを振る音。結維が構えると、その後ろで純が合掌しながら呟く。


「あーあ。ご愁傷様」


「こ……このアマ!」


男子生徒たちは結維に殺到するが、所詮ケンカで培った技術で、本格的に祖父から教わったフィリピンの武術、エスクリマを習得した結維に敵うはずはなかった。1人、また1人と結維の餌食となり、最後の1人は短く改造したスカートを履いているのもお構いなしのハイキックを頭部に食らって卒倒した。


「おいおい、さすがに最後の一撃はサービスしすぎじゃね?パンツ見えんぞ」


「中にスパッツ履いてるからだいじょぶ。これ、アリガト」


背後にいる純にコーンバーを差し出し、代わりに純が差し出していたスクイズボトルと交換した。そのやりとりのスムーズさといったら、さながらラウンドを終えたボクサーとセコンドのようである。


「ゆ、結維?」


いつの間にか物陰に隠れていたクラスメイトに呼ばれ、結維は振り返る。


「あ、2人とも大丈夫?」


「アタシらは大丈夫だけど、相変わらず結維は強いねぇ」


「思わず動画で撮っちゃった。結維、ユーチューブにアップしていい?」


 1年前、入学式から1週間後に始まった部活勧誘。そこでしつこく結維に入部と交際を迫る空手部主将を一撃で轟沈させた(そのときもハイキックだった)のは校内では有名な話であり、それ以来結維に告白する生徒は一度断られたらあっさりと身を引くようになった。


 主将が女子に一撃で打ちのめされたため、その後空手部は練習に一層身が入り、大会成績が徐々に良くなっていったのはある種の神話のようになっていた。


「ユーチューブもツイッターもインスタも絶対ダメ!それより2人とも、早く行こ。純くんもどうせパン屋行くんでしょ?奢ってよね?」


「なんでそうなる……?」


「自分が面倒だからって、あたしに厄介ごと押し付けたからでしょ?だからあたしたちは奢ってもらう権利がある」


「ナンパされてたのお前らだろ?自分で解決しろよ。できないなら俺の出番だったけど」


「早瀬サイテー」


「そうだそうだ。奢りやがれ」


「お前ら……わかったよ。行くぞ。1人500円までな」


「「「ラッキー☆」」」



「う……クソ」


最初に倒された生徒が起き上がり、パン屋へ向かう純たちを視界に捕らえる。


「ナメやがって……」


生徒はブレザーの内ポケットからバタフライナイフを取り出す。狙いは、先頭から最後尾(・・・・・・・)に移動して歩く純。


「思い知れ!」


生徒がナイフを構えて突進する。だが、「ナイフの開閉音」を聞いて警戒していた純はその声で振り返り、ナイフを持つ右手の関節を極め、ナイフを弾く。ついでに足払いをかけて生徒を転ばせた。


「え!?何!?」


「離れてろ、ナイフを持ってる」


結維たちはナイフという言葉で、素早く自販機の陰に隠れた。


 純は転がっているナイフを拾い、素早く閉じて自販機の脇のゴミ箱へ投げる。


「おい、いくらなんでもナイフはダメだろ。捕まるぞ」


「うるせぇッ!バカにしやがって、ブッ殺してやる!」


そう言って距離を取った生徒がカバンから取り出したのは軍用ナイフ。


(アイツ、ナイフマニアかよ。でもあの形状、あれは……)


「死ねぇ!」


生徒がナイフのトリガーを引くのと、純が背中のリュックを前に差し出したのはほぼ同時だった。


 刃がバネ仕掛けで飛び出すバリスティックナイフの刀身が、純のリュックに突き刺さる。


「あっぶね……やっぱりバリスティックか。どこでそんなもの……」


「運がいいな。だが次は避けれるか?」


「は?次って……」


生徒はカバンから次の刀身を取り出し、柄にセットする。


「死ね!」




「何あのナイフ!?刃が飛び出た!」


物陰で見ていた女子の1人が声を上げる。


「警察呼ばなきゃ!」


もう1人の女子がブレザーのポケットからスマートフォンを取り出そうとするが、一緒に中のものを落としてしまう。それを結維は見逃さなかった。


「あっ!」


結維は声を上げながら「それ」を拾い、次いで純を見る。リュックのドリンクポケットにはコーラが。


「純くん!!」



「死ね!」


「純くん!!」


男子生徒と結維が叫んだのはほぼ同時だった。


 その声で、純は結維のほうを見る。結維が何かを下手で投げようとしていた。右手には投げようとしている円形状のソフトキャンディ。そして左手には 「mentos」のロゴが入った包み紙。純は状況を理解し、リュックのドリンクポケットからコーラを取り出してキャップを開ける。そして投げられたソフトキャンディを受け取ってボトルに入れ、それを生徒に向ける。ボトル内でソフトキャンディとコーラが化学反応を起こし、泡が急激に飛び出す。その泡は生徒の目に直撃した。


「うわぁーーーーッ!」


目にコーラの泡を受けた生徒がよろめき、その隙に純が接近して生徒の関節を極めて無力化した。


「秘義"メントス・ガイザー"」


純は取り上げたナイフの安全装置をかけ、地面に落とす。


「人通りの少ない路地裏でよかったな。でなきゃ今頃通報されてたぜ?見逃してやるからさっさと消えろ。それと、ナイフは持ち歩くな。その(やいば)はいずれ自分か仲間を殺すぞ。さて、御三方、行きますか」


純は結維たちの肩を押しながらその場を後にした。男子生徒たちも、お互いに肩を貸しながら去って行った。



 その日の夜、友人たちとのカラオケ大会から一足先に抜けた純は、自宅に戻るなり仏間へ向かい、仏壇の|《鈴りん》を鳴らして手を合わせる。


「ただいま」


仏壇には4人分の遺影と4つの位牌。全て純の「両親」の物である。


 純の「本当」の両親は他界していた。父親は中東アルラマザでフリーの傭兵。母親は同地でボランティア医師として。相反する職業ではあるが、お互い政府から弾圧を受ける少数部族の支援を行っていた。そこで出会い、結ばれ、産まれたのが純である。だが彼が8歳の時に、村が、政府に協力するロシア軍に攻撃され、両親は死亡。純はその日、猟師と狩に出ていたため無事だった。


 身寄りのなくなった純を引き取ったのが父親の弟夫婦、純から見れば叔父と叔母であった。そこで日本に移住したのだが、その暮らしも長くは続かなかった。


 2010年5月、第3次世界大戦が勃発し、日本は東京を攻撃された。その際、夫婦水入らずで東京観光に来ていた叔父と叔母は、攻撃に巻き込まれてこの世を去った。


 その後は様々な親戚―――父の従兄妹夫婦であったり、母の叔父叔母であったり―――が純を引き取りたいと申し出たが、純本人は「両親を4人も死なせた俺は呪われてる。もう家族を失いたくない」と頑なに断った。その以来純は、親が遺してくれたこの家で1人暮らしをしている。


 立ち上がった純は仏間から出て戸を閉め、客間の畳を1枚起こす。その下の床板を外し、そこから下へ続く階段を降りる。


 地下室へ降りた純は室内が暗いにもかかわらず、慣れた手つきでスイッチを探し当て、明かりをつける。明かりのついた地下室に並べられていたのは、指紋認証と暗証番号で開けるタイプのロッカーに、強化ガラス張りのショーケース。ショーケースの中にはハンドガンが並べられ、ロッカーを開いて中から出てきたのは何挺ものライフルやショットガン。


 だがここの銃器は2階の純の自室にあるエアガンとは少し違った。どんなにエアガンが本物を再現していても、ここに並ぶ物と比べれば雰囲気というかオーラというか、漂うものが違う。加えてガンオイルの臭い。


 地下室の銃器は全て本物。ガスやバッテリーの力で直径6ミリのプラスチックの弾を撃つ娯楽品ではなく、各種対応した弾薬を、無煙火薬の力で撃ち出す人を殺す道具。


 純はショーケースのハンドガンと予備のマガジン、弾薬、そしてサプレッサー(消音器)を持って地下室を後にした。


―――早瀬純。職業:高校生、暗殺者「コードネーム『サンド・ラビット』」

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