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Rising Sun  作者: UZI
第5章「ラビットハント」
21/22

第18話「VENDETTA-ヴェンデッタ-」前編

こっそり更新…

2014年9月17日

ベルライヒ公国

山間部某村


 純とジャガーノートの乗る車は途中でフリーウェイを降り、アイントメーヘンとは反対の方向へ走る。そして尾行や町の防犯カメラを警戒しつつ、山を二つほど越えた山間部の村に到着。ブドウ畑やワイン醸造所の並ぶ風情のある田舎道を走り、車はある民家の敷地へ入った。一階部分が車庫になっているレンガ造りの家の前に車を止め、ジャガーノートは車を降りると、配電盤に偽装した指紋、網膜認証システムを操作する。すると車庫のシャッターが開き、中の新しい車と、今まで乗っていた車を入れ替える。


「今からアイントメーヘンへ行っても電車に間に合わない。ここで一泊して、明日の朝一番にアイントメーヘンまで戻るぞ。そこからユーロスターでパリまで行って、そこでお別れだ。俺は日本へ戻る」


「……ああ。けど俺はパリじゃなくブリュッセルへ行く。そっちの方がベラルーシに近いからな。だから分岐点のリールまでだ」


純は分解したファルシオンⅡの入ったガンケースと、トランクの中に散らばった銃や弾をバッグに入れ、新しい車のトランクに入れ替える。その際に、使用して空になったPx4のマガジンに新たに9ミリ弾を装填し、腰のマガジンポーチに収める。家に入ると、ジャガーノートはキッチンへ、純はリビングにソファーを見つけ、身を投げ出して、横になった。


「で、奴らは一体何だったんだ?装甲猟兵まで引っ張り出してくるなんて、普通じゃないぞ」


「俺に家族や親友を殺された奴らの集まりだと。金を出し合って武器や情報を買って、打ち合わせのためにロンドンに集まっていたら、あの首相暗殺未遂(騒ぎ)だったんだとさ。一昨日の夜、俺を襲ったのもあいつらだろう」


「復讐か……。にしても、奴らはどうやってお前に辿り着いた?」


「まあ心当たりはいくつかあるな。でもいつかはこういうことが起こるだろうと覚悟して、この仕事をしてるからな。別に驚きゃしない」


「心当たり?なんだそれ?」


リビングにやってきたジャガーノートから差し出された、瓶入り炭酸水を受け取りながら純はただ一言、「教えない」と返した。


(あの連中を集めて、且つ俺に依頼をしたのは十中八九ニセモノだな。俺に偽の依頼を出してロンドンに来るように仕向けて、あの連中の仲間のフリをして、同じ日にロンドンに集まるように仕向けた。自分は首相暗殺騒ぎを起こして俺のせいにして、俺があのカフェにいると警察に通報。依頼人なら、俺があのカフェで待っていることは知ってるはずだからな。俺が警察に捕まっている間にロンドンから脱出。俺が警察から逃げても、あの連中がロンドン中に網を張っている。奴は二重に俺を封じるプランを考えていたわけだ。さっきのサービスエリアは……あれは奴の仕業じゃないだろう。恐らくあの連中がEUの主要都市に網を張っていて、それで気付かれた……はず。流石に、俺が薬莢を調べてアイレンベルクに辿り着くから、あらかじめこの国にも人をよこしてたってことはないだろう。そして今は恐らくベラルーシにいる……さてどうするか。飛行機で行きたいところだが、機内に銃を持ち込むための装備が今はない。それにあの連中の生き残りが、また襲ってくる可能性もあるし……ハァ、金はかかるが頼んでみるか。これだけドンパチやって一銭にもならないとか、キッツいわぁ)


テーブルの淵で炭酸水の王冠を開け、一口飲んでから目頭を押さえる。


 実は今回の仕事の収入を見込んで、純は武器商人から大量の銃器弾薬を購入した。新商品を試す目的もあったが、純も言った通り、モンゴリアン・デスワーム(と思われる生物)に愛銃ファルシオンⅡを破壊された憂さ晴らしが主な目的であった。なので今回タダ働きなのは、純の……ハンク・東條の財布には痛手であった。もっとも、痛手というのは予定していたカネが貰えないという意味で、口座が空になったというわけではない。それどころか、ハンク・東條が所有する各国銀行口座の合計金額は、あえて言わないが小国が買えるほどの資金が眠っている。


「予定変更だ。俺は明日アイゼンバルトへ戻る。でかい街まで乗せてくれ。そこからアイゼンバルトへ行く」


「何!?戻るってなんで……」


ベルライヒ(ここ)とベラルーシ。ヨーロッパ(EU)の端と端。遠すぎる。かといって武器を持ったまま飛行機には乗れねぇ。だからアイレンベルクに頼む」


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9月18日

アイゼンバルト

アイレンベルク貿易ビル


 夜明け前にCIAのセーフハウスを出発し、付近の町までジャガーノートに送ってもらった純は、電車でアイゼンバルトへ移動。アイレンベルク貿易に到着したのは午前9時を回った頃だった。


「CEOのアイレンベルク氏に面会を。ハンク・東條が来たと伝えてくれ」


純にそう言われた受付嬢が内線をかける。するとすぐに返事があったのか、受話器の送話口を右手で押さえ、「パスワードを教えてください。4ケタの数字です」と言われた。


(暗号?4ケタの数字……あぁ)


「パスワードは2827だ」


受付嬢が純の言った数字―――昨日の狙撃の距離―――を伝えると受話器を置き、「最上階の社長室へ向かってください」と言う。


 昨日と同じくエレベーターで36階まで上がり、社長室前に立つ護衛に、武器の入ったスーツケースとホルスターの銃を渡し、ボディチェックを受けた上で社長室へ。


「一日ぶりですね、ミスタ・ハンク・東條。こんなに早くお会いできるとは。昨日はあの後、大変だったようですね」


「まったくだ。お陰であんたに仕事を依頼しなきゃいけなくなった。頼みがある。輸送機を一機チャーターしたい。それと、降下パックをワンセット。大至急だ」


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数時間後

ベラルーシ

ミンスク郊外上空


「1分前!降下用意!」


 赤いランプが点灯する。ジャンプマスターの指示に従い、パラシュートを背負った純が立ち上がる。


 純がいるのはミンスク郊外、上空10,000メートルを飛ぶAn-72「チェブラーシカ」輸送機の格納庫。アイレンベルクが用意した、ウクライナ製の輸送機である。愛称は、正面から見るとエンジンが耳のように見え、同名キャラクターに似ているところから。


「30秒後にコンテナを投下。その30秒後にジャンプだ!だが実際に飛ぶなよ?頭をぶつけて首の骨が折れる」


ジャンプマスターの声に、純は頷いて返事をする。


 純が選んだ移動方法は高高度からの空挺降下であった。アイレンベルクからチャーターした輸送機でベラルーシに向かい、ミンスク上空、市街地は流石にまずいので、郊外でジャンプ。銃は空挺コンテナに収納して投下する。降下後、アイレンベルクの手の者が用意した車でミンスク市内へ。これが純の考えた、恐らく武器を持ったまま最速で移動できるプランであった。


 だが世界中で暗躍しているとはいえ、純は所詮17歳。単独でのパラシュート降下などできるのだろうか。正解は……………………可能だ。


 純が戦時中、所属していた部隊は陸上自衛軍第2空挺師団。「精鋭無比」を掲げる第1空挺師団、「疾風迅雷」を掲げる第3空挺師団に並び、「不撓不屈」を掲げる自衛軍きっての精鋭部隊。その第3歩兵大隊第5中隊に所属していた。つまり純は元落下傘兵―――空挺降下のスペシャリストなのである。もっとも、戦時中はヘリからロープで降下するヘリボーンを行ったのみで、空挺降下(エアボーン)は訓練で行っただけであるが。


「……3、2、1!コンテナ投下!投下!」


ロックが外され、パラシュートを付けたコンテナが輸送機から投下された。中身は純が持っていた荷物一式。そしてコンテナ投下から30秒後、赤いランプが緑に変わる。


「幸運を祈る!降下開始!GO!GO!GO!!」


階段を降りるかのようにハッチから身を投げ出し、大空へ舞う。しばしの自由落下のあと、体勢を整え、正しい降下姿勢を取る。そして左手につけた腕時計型の高度計を見て、最適な高度まで降りたところで、パラシュートを展開。徐々に高度を下げ、純は森の中に消えた。


 地面に着地した純は、まずパラシュートを外して素早くまとめる。次いでバックパックからGPSトラッカーを出して起動。コンテナに付けた発信機の信号を受信し、この森のどこかに投下されたコンテナを探す。


(お、意外と近い。これがコンテナで、車の発信機が……これは少し歩くな。仕方ない、車を先に持って来よう。何十キロも持って車まで行くのはキツい)


バックパックとパラシュートを持って車まで歩く。時刻は夕方。木々が夕日を遮るため、森は市街地よりも早く夜が訪れる。転ばないよう、足元を注意しながら車を目指す。


 20分ほど歩いたところに車が止まっていた。ロシア製ワズ3909。製造開始から50年、現在も生産されているロシアを代表するバンだ。純は車を見て回り、爆弾や盗聴器、隠しカメラの類が仕掛けられていないかチェックする。たっぷり10分以上かけてチェックを終えると、運転席側のフロントタイヤの上に置かれたカギでエンジンをかける。


 森の中を、トラッカーの示す方向に車を走らせること数分、パラシュートが枝に引っかかったコンテナを発見。木に登ってナイフでパラシュートを切ってコンテナを地上に降ろし、中の荷物を回収。荷物からPx4とスタームルガー、それぞれの予備マガジンを出してホルスターに収め、ミンスク市街へ向かった。


(さて、来たはいいけどどうするか。手がかりが何もない。だが何故奴はベラルーシに?ここに何がある?そしてそもそも、奴は何故俺をハメた?ベラルーシで誰かを俺に殺された?いや、この国では仕事をしたことも、ベラルーシ人を標的にしたこともない。俺にそっくりということは東洋人。この国で東洋人が死んだ……?)


純は車を路肩に止めてスマホを起動。ネットで新聞記事を検索。


(……あった。半年前の記事か。ミンスクで旅行中の日本人夫婦拉致。妻は死亡。夫は搬送先の病院から失踪。名前は……シュン・エンドウ。妻はユキ。何者だ)


記事で見つけた名前を検索。すると、「遠藤有紀」の名で登録されているフェイスブックを発見。数件同名のアカウントがあったが、全て調べる。すると見つけた。遠藤有紀と思われる女性と共に写真に写る男。名前は遠藤駿―――。純とそっくりな男。


(……まさか……)


 純はすぐに電話をかける。相手はヨーロッパを拠点に活動する情報屋。


『誰だ?』


「久しぶりだな、マックス」


『その声は東條!?一体何してんだよ!!いやいやちょっと待て、今回線を暗号化する……これでいい。それで、ロンドンで殺しまくって指名手配かと思ったら翌日には手配が解除されて、さらに翌日にはアイントメーヘンでドンパチだ。監視カメラの映像が全部消されたけど、俺はその前に情報ゲットしたからな。アレがお前と、CIAのジャガーノートらしき男だってのはわかってる。いったい何が起こってる?』


「その前に特急の依頼だ。半年前、ミンスクで日本人夫婦が拉致されて、妻が殺された。誰の仕業か調べてほしい。地元のマフィアか、はたまた金目当てのチンピラか」


『あん?そりゃお前、やったのはオデッサを拠点にしてるマフィアだって言われてる』


「オデッサ?ということは、ウクライナ系のマフィアか?」


『ああ。比較的平和なミンスクで起こった事件だからよく覚えてる。ちょっと待ってろ―――ああ、やっぱりそうだ。殺されたのはユキ・エンドウ、28歳。至近距離から9ミリをこめかみに1発。こんな美人が、可哀そうに。旦那のシュン・エンドウは病院から消えて以降、行方不明ってことになってる』


「……実際は?」


『シュンが消えて5日後、ベンガジの武装勢力に、東洋人が1人合流してる。おそらくこれがシュンだ。シュンは戦時中、陸上自衛軍の北アフリカ方面部隊にいて、ベンガジの武装勢力とはその時から面識があったんだろう。そして、5か月後にそこから姿を消した。以降は本当に消息不明』


「遠藤夫妻が拉致された理由はわかるか?金か?怨恨か?それとも、旦那が人違い(・・・・・・・)されたか?例えば俺とか」


『……3番が正解だ。いや、あくまで噂だ。実際のところはわからない。本当にマフィアがやったのかもわからないしな。ただ、その日にマフィアのナンバー2がミンスクにいたってだけで。でも、ミンスクなんて見向きもしてなかったマフィアがいきなりやってきて、その日に殺しがあった。しかもただ殺されたんじゃなく、拉致されて。マフィアがやった可能性は高い。しかも奴ら、それで味を占めたのか、ベラルーシ国内にまで販路を拡大しやがった。今は例のナンバー2が月に1回、ミンスクまで出張ってる。ちなみに次、ナンバー2がミンスクに行くのは、明日の正午だ。ちなみにこの情報を、1か月前にお前が、俺じゃない別の情報屋から買ったって話を聞いたんだが、一体どうなってる?』


「まだわからないか?シュン・エンドウが俺の名(サンド・ラビット)を騙ってロンドンで事件を起こし、あんたとは別の情報屋から情報を買い、明日ミンスクでマフィアのナンバー2を殺す気なんだろ?妻の仇を討つために。俺の名を騙ってるのは、シュン・エンドウが俺に間違えられたせいで妻が殺されたから、俺に罪を被せたかっただろう。俺への復讐に」


『……なんてこった』


「アンタのお陰でピースが全部嵌った。後でマフィアがミンスク市内で拠点にしてるところの住所を教えてくれ。それと情報料は、特急料金も付けていつもの口座に振り込んでおく」


『あ、ああ。すぐに連絡する』


純はスマートフォンを助手席に投げ、ハンドルの上に突っ伏した。


(遠藤駿の装備はFG-6、7.62ミリのアサルトライフル。ミドルレンジまでなら、素人でも狙撃は可能だ)


ここでの素人とは、銃を全く撃ったことのないという意味ではなく、銃器の扱いの訓練は受けているが、狙撃の訓練を受けていないという意味だ。


(というのは陽動で、別で銃を入手した可能性もある。遠藤駿の行動半径は……マフィアの拠点を中心に半径400メートル以内。マックスから連絡が来次第、すぐに下見しないとだな)


 数分後、情報屋のマックスからマフィアのアジトの住所がメールで届いた。ナビと照らし合わせ、現在地から30分ほどの場所にあるマフィアのアジトへと向かった。


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 遠藤駿はごく平凡な日本人であった。サラリーマンの父と、OLの母の間に生まれ、裕福でも貧乏でもない家庭で学生時代を過ごす。大学進学の際に上京し、そこで後に妻となる有紀と出会う。卒業後は地元に帰らず、都内で就職。有紀と順調に交際を続け、プロポーズをしていざ結婚―――というところで開戦。「ブラックウィーク」では被害に遭わなかったが、怯える有紀を見て入隊を決意。有紀を説得して実家に帰らせ、自身は陸自の門を叩いた。およそ1年の訓練の後、部隊は北アフリカ戦線へ。リビアのベンガジにて、レジスタンスとして活動していたイスラム系武装勢力と協力し、ベルライヒ製のハイテク装備を惜しみなく投入する同盟軍を相手に戦った。終戦後、除隊して元居た職場へ復帰。僅か1年で重役まで登り詰めた。仕事が一段落したところで、有紀と結婚。新婚旅行は世界一周旅行だった。しかし、この地で彼女は―――


 安ホテルの一室で、遠藤駿は分解した状態で持ち込んだ武器を組み立てる。その顔は、恐らく有紀が生きていても、彼とわからないだろう。それほど歪みきっていた。


「有紀……、君は優しい人だから、僕のしたことを決して許してはくれないだろう。それでも、僕はやらなきゃいけないんだ。理不尽に殺された君の死を、君を殺したあの男を、決して許しちゃいけないんだ―――もうすぐ僕もそっちへ行く。だから待っててくれ」


 写真に写る笑顔の有紀に口付けてから、駿は銃の入ったケースを手に、部屋を後にした。

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