第15話「ベルライヒ公国」
2014年9月16日
十条市
十条商業高校
2年6組
「ブホァッ!」
昼休み。生徒たちが各々グループを作って昼食を食べている中、突然有澤健司が吹き出した。
「おい!何してんだよ!汚ねぇな……」
健司の隣で、購買で買ったサンドイッチを頬張りながら片桐賢太郎が抗議の声を上げる。
「これ、これ!」
健司はそれ以上言わずに、眺めていたタブレットを周りの友人に見せる。そして全員が「ブホァッ!」と吹き出す。
「ちょっと!食事中に汚いだろ!?」
男子連中の行動に呆れて声をかけるのはクラスメイトの井上朱美。コーヒー牛乳のパックを片手に男子の席に向かう。
「面白動画見るなら、食べてからにしなよ。さっきからうるさいんだよ」
そう言いながらコーヒー牛乳を飲む朱美に、健司が無言でタブレットの画面を見せる。
「ブホァッ!」
そして吹き出す朱美。健司のタブレットはコーヒー牛乳でビショビショになってしまった。いや、そもそもその前に食べ物のカスが飛び散って悲惨なことになっていたが。
「アッーーー⁉︎俺のアイパッド!!」
「何よこれ!この銃を撃ってるの、純じゃない!!」
その声で、クラス中の生徒が何事かと集まってくる。
「いや、これ昨日ロンドンで起きた銃撃事件の動画。昨夜ニュースでやってたろ?」
イギリスと日本の時差は8時間。首相暗殺未遂事件の報道は、日本では夕方と夜のニュースで報道された。だが肝心なところにモザイクがかかっていたため、詳細はわからなかったのだ。健司が続ける。
「あの時の映像をたまたま見つけてさ。今見てたら、犯人が純そっくりなんだよ」
健司がウェットティッシュでタブレットの汚れを拭き取りながら言う。それを聞いてクラスメイトたちは口々に「それはないだろう」とか「いやでも銃の扱いには慣れてるし」などと言う。
「健司、その動画見せてくれよ」
「ああ。けどグロいのダメな奴は見ないほうがいい。若干そういうのも映ってるから」
健司がそう言うと数人の生徒が席に戻った。そして健司は動画を再生する。
純にそっくりな人物が大きな銃を撃ちまくり、倒れる人や逃げ惑う人。そして純そっくりな人物は銃を持ち替え、また乱射しながら路地に消えた。バンの爆発の途中で映像が終わる。
「これは……」
「ゴメン、気分悪くなっちゃった。ちょっとトイレ……」
「まぁ、似てるな。顔がはっきり映ってるわけじゃないから断言は出来ないけど」
「でも早瀬、今週も休んでるよね?もしかして……」
生徒たちがそんな会話をしていると、教室の戸が開いた。入ってきたのはテニス部のミーティングを終えた結維であった。
「……何みんな、どうしたの?」
「稲葉、昨日のロンドンでの事件、知ってるか?」
「え?うん、知ってるよ?ニュースで見た」
「ってことは、あの映像の無修正は見てない、か?」
「うん。何、どうしたの?」
「結維、ショックかもしれないけど、これを見て」
朱美が健司からタブレットを借りて結維に見せる。そして動画の再生が始まる。
「……どうだ?」
「どうって……酷いよね。なんで犯人はこんなことを……」
「そうじゃなくて、犯人、純に似てないか?」
「え、そっち!?確かに似てるけど、純くんじゃないよ?」
「確かか?」
「うん。最初は似ててヒヤっとしたけど、この犯人は純くんじゃない。どうしてかと言うと……」
「やっぱり純じゃないって。結維が言うなら確実だね」
「だな。純がテロなんてやるわけねぇやな。理由がねぇもん」
結維の一言で、クラスメイトたちが解散し、再び昼食を食べ始める。
「え?あの、どうしてかって言うと……」
「あんたさっき、疑ってなかった?」
「ちょっと。でも稲葉が言うなら純じゃねぇだろ?」
「ですね。世界で一番早瀬君に詳しい結維が言うなら、確実でしょう。でも犯人の目的は何なのでしょうね?犯行声明も出ていないようですし」
「さぁ?純とかミヤがいればそういうのに詳しいから何か教えてくれるんだろうけど、2人ともいないしな」
「ミヤってサバ部主将の?」
「ああ。なんでも、今まで皆勤だったのに、今週はずっと休んでるらしい。純と一緒ってわけでもないらしいし……」
「あ、あの……」
「結維。皆まで言わなくてもいいですよ。結維がそう言うのなら、これは早瀬君じゃない。みんなわかってるんです」
春香が結維の肩に手をポンと乗せて言うと、結維は顔だけでなく、耳まで真っ赤にして俯いた。
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同時刻
ベルライヒ公国
首都・アイントメーヘン
アイントメーヘン国際駅
ベルライヒ公国。ポルトガルの西に位置する島国で、欧州最大の国土を誇る。公用語はドイツ語を母体としたベルライヒ語(その違いは殆どなく、方言程度の違いらしい)。「20年先を行く国」とも言われ、世界最先端の先の先を行く科学技術を有する国でもある。いや、「あった」と言った方が正しいか。
第3次世界大戦ではその技術力をフルに活用し、連合軍を苦しめた。何せ本土防衛のために使用された兵器は従来のミサイルや対空砲ではなく、たった4基の対空レーザー兵器だったのである。それに世界初の局地戦用多脚戦車に戦略ミサイルで武装した潜水空母、重巡航空中空母、少数ではあるがパワードスーツや野戦砲サイズのレールガンも投入された。
ベルライヒの歴史は古く、現在の北ベルライヒ地方を発祥の地とする。建国当初はベルライヒ王朝と、それに忠誠を誓う王立騎士団からなる、現在のベルライヒ国内に無数にある、小さな国の一つでしかなかった。しかし、長い歴史の流れの中でベルライヒは王立騎士団を軸とする軍事力や国力を強大化し、自国の拡大を図った。北ベルライヒの南部から西部を横断するルーメントール山脈を越え、後に南ベルライヒと呼ばれる地域を征服し、自国領とする。後に東方と西方にも勢力を拡大し、島の全領土を自国領としたのは1666年のことであった。この時からベルライヒ公国を名乗ることになる。
本国及び自治領を含めて、広大な領地を確保したベルライヒは近代、産業革命が世界各国で起こる中でその波に乗り、国力ではイギリスやフランス、ロシアにこそ及ばないものの、その広大な国土を利用し、技術水準、生産量では決して引けを取らない工業大国へと成長した。この時期、王立騎士団を祖とするベルライヒ公国軍もまた、ベルライヒの工業技術や軍事技術に支えられて強固な軍備を有していた。だがこの軍事力が、たった数日で壊滅的な打撃を受ける出来事が起きる。
第1次世界大戦。当時はまだ、まともな航空技術を有していなかったベルライヒはドイツ軍の空爆により、国土の50パーセントが爆撃され、軍事施設の7割が壊滅した。これをきっかけにベルライヒは戦後、航空技術に力を入れ、第2次世界大戦では当時世界最強と言われていたドイツ空軍を圧倒した。
時は流れて1970年代、ベルライヒである鉱物が発見された。アンブオタニウムと名付けられた、「不可能を可能にする現代の賢者の石」とまで言われるスーパーレアメタルの恩恵を受け、ベルライヒは次々に革新的な兵器の開発を行った。だがこれらは国民にすら厳重に隠匿され、世界に公表されるのは2000年代に入ってからである。
このようなハイテクの恩恵を受けた国が何故、他の二国と連携してあのような世界大戦を起こしたのか。ベルライヒ公国が第3次世界大戦を引き起こした理由。それは一言で言えば「世界征服」であった。21世紀にもなって何を言っているのかと思われるかもしれないが、ベルライヒは本気だったのである。そのきっかけは2001年9月11日、ニューヨーク。
あの日、世界中が衝撃を受けた。そびえ立つツインタワーに吸い込まれるように突撃する旅客機。広がる煙。そして塔の崩壊。その後のアフガン紛争にイラク戦争。ベルライヒの世界征服の序章。ベルライヒは多国籍軍の一員として敵を完膚なきまでに叩きのめし、その技術力を世界に示した。だが再起不能にまで追い込んだはずの敵は、相変わらず小ずるい手を使って自爆テロや人質の処刑を世界に発信し続けた。
当時のベルライヒ公王は考えた。元は原典を同じとする神だったはず―――いや、そもそもいるかいないかもわからない存在を理由に、世界中で戦いが続いている。この状況を打破する手段はただ一つ。世界最高の技術を有する我々が世界を統治し、この世界の地図から、いや、この惑星から国境をなくす。人類を一つにする為には、我が国が統治者たる理由も世界に示す必要がある。それには駒が必要だ。我々の手足となり、共に世界に戦いを挑む為の駒が―――。選ばれたのは南米で勢力を拡大するバ・ルデルベを始めとする南米連邦。そして太平洋戦争で日米のとばっちりを受け、表面上は仲良くしているが、双方に対する復讐の機会を狙っているエージアル。ベルライヒは極秘裏に三国で秘密協定を締結し、大量破壊兵器を供給。そして2010年5月、人類史上最悪の、三度目の世界大戦が勃発した。
ベルライヒは5年で戦争を終わらせ、世界を一つにする計画であったが、その半分の2年半で敗北した。どんなに先を行く技術があっても、結局数で負けたのである。だがそのお陰で、世界が少しだけ、ほんの少しだけではあるが、平和に向けて歩み始めたのは皮肉と言うべきか。
ベルライヒは戦後、その莫大な賠償金を支払うため、函館条約で定められた以上の軍縮を行い、その分の国力を全て、あらゆる分野の生産力に注いだ。現在でも賠償金の支払いは残っているが、国民の生活は戦前よりほんの少し貧しい程度に回復した。
そんな歴史を持つベルライヒ公国の首都に、純は降り立った。目的はイギリス首相暗殺未遂事件の罪を自分に擦り付けた、サンド・ラビットの偽者の追跡。
ロンドンで謎の襲撃者たちに襲われた後、ロンドンからブライトンのセーフハウスに移動し、装備を整えていたところにジャガーノートから連絡が来た。現在の時刻は午前2時。話は8時間前に遡る。
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イギリス
イースト・サセックス州
ブライトン郊外
純のセーフハウス
イギリスでも有数のシーサイドリゾート、それがブライトンである。その郊外のロッジで、純はテイクアウトしたフィッシュアンドチップスをつまみながら情報収集を行っていた。そんな時、充電中のスマートフォンがブーブーと震えた。ウェットティッシュで指の油を拭いてから、電話をとる。相手はジャガーノートだった。
「首尾はどうだ?」
『解析結果が出た。PKPのカートリッジはウクライナ製だ』
「ウクライナ製……別段珍しくもないな」
『問題はアサルトライフルで使用された.223レミントン弾だ。解析の結果、
ベルライヒで製造された物だと判明した』
「……何?」
先述の通り、函館条約でベルライヒは賠償金の支払いを命じられた。これが経済的な制裁で、その他の制裁措置として、大幅な軍縮。武器、兵器、戦力の輸出禁止、及びアンブオタニウムを用いての軍事研究の永久停止とアンブオタニウムを使用した兵器の廃棄。これが軍事的な制裁として定められた。
アンブオタニウムは現在解明されている限り、ベルライヒ国内では全て掘り尽くされており、これ以上の研究、開発は不可能。その他の土地では今のところ発見されていないため、他国が超科学を手に入れることも不可能。戦時中に使用された兵器類は破壊されたか、鹵獲されたものは回収された後、破壊、あるいは完全に使用不可能な状態にして歴史博物館などに寄贈された。だがそれでも隠し持っている者がいたが、アンブオタニウムがない以上、量産は現在の科学では不可能だし、使用も不可能であった。ベルライヒ製の超兵器には生体認証が必要だったからである。
ちなみに、純がゴビ砂漠で出会った住民の一人がベルライヒ製のアサルトライフル、StG-5を使用していたが、あれは特別な技術が使われていたわけでもない物だったので使用できたのだ。特別な技術が使用されていたのはアクセサリー、照準器の方だったのだ。
話を戻そう。現在のベルライヒでは銃は勿論のこと、弾の一発に至るまで厳重に管理されているため、国外への持ち出しは不可能に近いのだ。
そう。不可能に「近い」だけで、不可能ではない。
『恐らく戦前、あるいは戦時中に製造されたものが横流しされたんだろう。それ以外考えられない。今製造されている物は、国連軍や駐留米軍が厳重に監視しているからな』
「けどこれで、大分絞り込めたな。噂じゃベルライヒの武器が横流しされるときは、必ずある街の名前が上がる。そこに行けば何かわかるだろう」
『……アイゼンバルト』
「ご名答」
アイゼンバルト。「鉄の森」の名が示すとおり、ベルライヒ西岸にある、この国最大の工業・港湾都市である。「眠らない町」と言われており、24時間稼動する生産設備によって、戦時中は国の兵器製造の半分を担っていた。連合軍による大規模空爆で壊滅的な被害を受けたが、現在はほぼ復興し、再び国の工業生産と海運を担っている。だが、その裏では戦前、戦時中に作られた武器、弾薬がマフィアなどの手により、海外に輸出されている。この街が復興する際に一役買ったのが、このマフィアによる武器弾薬の輸出による収益だったのは皮肉と言えるだろう。
「で、そっちで調べたのはそれだけか?何か調べておくと言ってたが」
『ああ、そうだったな。あの時間、ロンドンの上を飛んでた衛星を見つけた。インドのテレビ局が使ってる衛星だ』
「なんでインドのテレビ局の衛星が、ロンドン上空を飛んでるんだよ?」
『実はいわく付きの衛星でな。これの前の持ち主はソ連だ』
「……なるほど。旧式の軍事衛星は今でもたまに、諜報活動をしていると」
『そういうことだ。んで、この衛星をちょいとハッキングして調べたら、あの事件が映ってたんだ。ま、犯人はすぐ地下に潜んだんでそれ以上は追えなかったんだがな。インドにもバレそうになったし。それと、その映像はこっちで消しといた』
「つまり収穫なしと」
『そうなるな。けどカートリッジの出所がわかっただけでも大収穫だろ?』
「まぁな。これが一歩前進なのか十歩前進なのか、それとも半歩も進んでいないのか……」
『それはこの情報をどう活かすか。お前次第だ』
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ベルライヒ公国
アイントメーヘン
ホテル・グラティサント
「いらっしゃいませ」
受付のコンシェルジュが笑顔で対応する。純はキャリーバッグとスーツケースを床に置き、コンシェルジュに話しかける。
「遅くなってすまない。予約した東條だが」
「お待ちください……ハンク・東條様ですね?お連れ様が既にチェックインされているようです。お部屋は12階、1205号室です」
「ん?連れ?」
「はい。夕方お電話があり、ツインに変更して欲しいと……」
「……あ!そうだった。同僚とここで集合するんだった。変更したのを忘れてた」
「左様でございますか。こちらがキーとなります。では、係りの者がご案内を……」
「いや、自分で行くからいいです。1205……ね?」
「はい。朝食は朝7時からとなっております。ではごゆっくり」
部屋のカードキーを受け取ると、コンシェルジュの笑顔を背に、純はエレベーターホールへ向かう。流石に深夜のため、ロビーには殆ど人の姿はない。
(誰だ?連れって。まさかロンドンで俺を襲った奴か?)
エレベーターに乗り込み11階のボタンを押す。高速エレベーターはあっという間に11階に着き、エレベーターホールに荷物を置いて非常階段へ向かう。階段を上がって12階へ向かい、非常口を少し開けて廊下を見渡す。
(見張りはいない。一人なのか?)
純はヒップホルスターからスタームルガーを抜き、1205号室へ向かう。ドアに耳を立てると、中には人の気配。カードキーをスロットに挿し、開錠と同時にドアを開け放ち、スタームルガーを構えて部屋へ突入。ベッドルームへ向かう。そこには見慣れた顔があった。
「よぉ東條」
「おま……何してんだよ!?」
部屋にいたのはジャガーノートであった。ルームサービスでも頼んだのか、スモークサーモンやチーズを肴に白ワインを飲んでいる。
「おいおい、そんな大声出したら、他の客に迷惑だろう。ドア閉めろ」
純はスタームルガーを構えたまま、室内を捜索する。トイレにも浴室にも誰もいない。念のためカメラや盗聴器の類も探すが、何も出なかった。純は頭に疑問符を浮かべたまま11階へ戻り、荷物を回収してから部屋へ戻った。
「いやー、やっぱりベルライヒワインは最高だな。この口当たりはフランスやイタリアにも引けを取らない。お前も飲るか?」
「……何でいるんだよ。返答次第ではあんたでも……」
「課長に言われたんだよ。サンド・ラビットの偽者は、俺たちの作戦にも脅威だ。だから本物に合流して排除しろとさ」
「……『オペレーション・ラビットホール』」
「何だ、知ってたのか」
「当たり前だ」
純は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、未開封であることを確認してから口をつける。ついでにスモークサーモンも一口。
「サンド・ラビットを利用して、合衆国の脅威を極秘裏に排除する計画。俺へのコンタクトが不可能な場合は、準軍事工作担当官、あるいは特殊作戦軍を使って作戦を遂行―――わざわざプロジェクトにする必要もない計画だ。それに作戦名。何だ?敵を兎の穴に誘い込んで、不思議の国にご招待ってか?」
「CIAは諜報機関だからな。何をするにも作戦行動なんだよ。にしても、久しぶりだな、こうやって飲むのは。『あの時』以来か」
「あん時のあんたや他のみんなはテキーラ。俺はバ・ルデルベ軍のレーションのコーヒー。あれは最悪だった。二度と飲みたくない」
「メシは最高に旨かったんだがな。確かにあれは飲み物じゃない、泥水だ。んで、お前はあの後、女スナイパーに殺されかけたと」
「ああ。信じられるか?一対一だぜ?まるでヴァシリ・ザイツェフとケーニッヒ少佐だ。しかもあの女、俺の……」
その晩、2人はサンド・ラビットとジャガーノートではなく、「早瀬純」と「クリス・デュラント」として、かつて同じ戦場で戦った戦友として昔話に興じ、夜を明かした。
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翌日
工業都市・アイゼンバルト
「で、これからどうするんだ?」
ジャガーノートが調達した車(防弾仕様)の中で、ジャガーノートがホルスターから抜いた、サプレッサー付きのグロック21をチェックしながら純に尋ねる。
「マフィアのアジトを探す。荷を何処に送ったか、あるいは個人相手に商売したかを聞く。街で聞き込みしていれば、イヤでも向こうから見つけてくれる」
「慎重派のお前が珍しい作戦だな」
「時間がないからな。偽者が、いつまた殺しをするか。その前に尻尾を掴まないとな。それに昨夜俺を襲ってきた連中の正体も掴まないと」
「で、それらを相手にする武器はあるのか?」
「トランクに入ってる。ロンドンに行く前に、武器商人から買い付けた。ファルシオンⅡに、AACハニーバジャー、シグ・ザウエルMPX、ケルテックKSG、AK-12U……」
「ああ、『彼女』からか。海運王の娘の……しかし随分買ったんだな」
「大事なファルシオンを壊されたからな。ウサ晴らしの衝動買いだ……。二手に分かれよう。街で聞き込みをして、そうだな……」
純はスマートフォンの地図アプリを起動し、アイゼンバルト市街の地図を見る。
「……ここから3キロ先にドトールがある。3時間後に一旦集合しよう。昼飯にもちょうどいい」
「スターバックスはねぇのかよ?」
「戦時中に撤退して、この前アイントメーヘンに戦後初の一号店が再開したばかりだろ?まだこっちまで来てねぇよ。俺はここで降りるから、あんたは適当な駐車場見つけて停めといてくれ。間違ってもこの車で走り回るなよ?ちょっとした武器庫なんだからな」
純がホルスターから抜いたPx4をチェックしながら言うと、ジャガーノートは「当たり前だ」と答える。抜いたマガジンを銃に戻し、スライドを引いて初弾装填。セーフティをかけてPx4をホルスターに戻すと、純は車を降りて雑踏の中に消えていった。
「さて、お手並み拝見だぜ、純……いや、『サンド・ラビット』。っと、その前に課長に報告だ」
ジャガーノートはスーツのポケットからブルートゥースイヤホンを取り出して耳に装着し、電話を発信してから車を発進させた。
「あ、課長。デュラントです。『S』と接触しました。今、アイゼンバルトに着いた所で……ええ。地元マフィアに接触して、情報を探るところです……いえ、増援は『S』を警戒させるだけです。俺一人でやります。もしこの街に監視要員がいるなら、すぐに任務を中止してください。監視は衛星だけにしたほうがいい。……とにかく俺は、任務を続けます。……でしょうね。偽者はウサギの尻尾を踏んだ程度に思ってるんでしょうがとんでもない。ウサギはウサギでも殺人ウサギに手を出してしまったんですよ。見つけるのも時間の問題でしょう」
お読み頂き、ありがとうございます!
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