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Rising Sun  作者: UZI
第3章「カミングアウト」
14/22

第11話「日常」

2014年8月20日

十条市

純の自宅


「フッ!」


庭に設置した鉄棒で懸垂を繰り返す純。何も身に着けていない上半身からは大量の汗が流れ、庭の芝生を濡らしていた。


「299……さん……~びゃくっ!」


懸垂を終えた純が鉄棒にかけたタオルで汗を拭きながら家に入る。時計を見ると時刻は6時45分。純がトレーニングを始めてから、1時間半が経過していた。


 朝起きてからの筋トレは純の日課であった。腹筋、背筋、腕立て伏せ、懸垂。そして最後に地下室の武器庫に隣接するレンジで射撃訓練を行うのだが―――


(今日は起きるのが遅かったからな。昨夜のアレのせいで起きれなかったし……。射撃は今日は止めといて、買い物行くか。走っていけばらぐなぐ(パン屋)も開いてるだろうし)


---------------------------------------------------------------------------


「ん……」


結維が窓から入る日差しの眩しさで目を覚ます。蚊取り線香の香りと、汗をかいた身体に、扇風機の風が心地いい。にしては肌に直接風が当たるような―――


「……ッ!」


自分の寝姿を思い出し、慌ててはだけたタオルケットをかけ直す。


(そうだった!昨夜(ゆうべ)あの後、そのまま寝ちゃったんだ!思い出したらなんか恥ずかしくなってきた……)


顔を真っ赤にした結維が起き上がってタオルケットを胸元で押さえたその時だった。


「いらっしゃーーーーい!!!!」


純が以前通販で買ったノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンクの作品「叫び」の真ん中に描かれた頬を手に当てて叫んでいる人物を模したビニール人形が、某落語家のフレーズを叫びながら右手を動かしていた。もちろん喋っているのも手を動かしているのも、後ろにいる純である。


「…………ていっ!」


結維は素早く人形を奪い取り、開いていたドアから廊下へ投げる。そしてその後ろにはパンツ1枚の純が。


「ムンクさーーーん!」

「朝から何してんのよ!しかもまだ裸じゃん!」

「あ?昨夜(ゆんべ)隅々まで見たくせに何を今さ……」

「言うなー!」


結維が投げた枕を純はするりとかわす。


「冗談は置いといて、朝飯いつでも出せるから、シャワーで汗流して来いよ」

「え?いつの間に……」

「5時には起きてたよ。らぐなぐでパン買ってきたし、スープも作ってあるから早く行って来い」


「出かけたのにまた服を脱いだのかこの男は……」と思ったが口に出さない結維。タオルケットで身体を隠し、そのまま風呂場へ向かう。


「結維!タオルケットは洗濯機に突っ込んどいて!」

「りょうか~い!」


結維がシャワーを浴びている間に純はスープを温め直し、冷蔵庫から水出しコーヒー用のポットを出して一口味見。


「ん~……淹れたの昨日だからまだちょっと薄いけど、まぁこんなもんでいいか」


暫くすると結維が風呂から上がったので2人で朝食を取る。


「そう言えば、今日は買い物って行ってたよな?食ったらすぐ行くか?」

「うん。みんな9時には春香の家にいるって言ってたから、もう少し時間あるけど」

「あ?委員長たち?」

「もう!純くんがアメリカ言ってる間にメッセージ送ったでしょ!既読になってたから覚えてると思ってたのに……」


結維の言うとおりであった。結維からのメッセージが純のスマホに届いたのは、フィラデルフィアで純がソロコフを狙撃するためにビルの屋上で待機していたときだった。その後、ニューヨークからロサンゼルスへ向かう飛行機の中で純はメッセージを見たのだが、仕事優先ですっかり忘れていた。


「……ホントだ、来てたわ。ゴメン、すっかり忘れてた」

「ふーん、そっか。純くんはカワイイ彼女のお願いより、アメリカでやってきた何かの方が大事なんだね。どーせ金髪のお姉様といい感じだったとか、そんなとこじゃない?」


わざとらしく芝居がかった言い回しをする結維。だがその妄想が100パーセント当たっていたので、何も言えない純。「っていうかその時はまだ付き合ってないだろ」とも考えたが、口に出すのはやめた。


「すいません、許してください。何でもしますから」

「いや、そこまで言わなくてもいいよ。でも、車は出してもらってもいいかな?」

「イェス、マム」


朝食を終えた2人は車でクラスメイトの野上春香の家へ向かう。春香の家は隣町の雀野(すずめの)市。車で20分もあれば着く距離であった。


「いらっしゃーい……って早瀬君!ホントに来たんですね」

「何だ委員長。お邪魔だったか?」

「いえいえ。早瀬君、夏休みは忙しいと聞いていたものですから、都合がつかないと思いまして」

「ムリヤリ時間空けたんだ。感謝するがいい」

「はいはい。ありがとうございます。ささ、2人とも上がってください。朱美ももう少しで到着するそうなので」

「「お邪魔しまーす」」


春香に促されて2人はリビングへ。そこで出された麦茶を飲みながら、もう1人のクラスメイト、井上朱美を待った。


「しかしアレだな。これから女子3人と出かけなきゃいけないとか、アウェー感ハンパないんだけど」

「何を言ってるんですか、早瀬君。両手に(はな)、もとい、抱えきれないほどの華じゃないですか。美女に囲まれて幸せですよ」

「そうだよ純くん。こんなこと、滅多にないよ」

「自分で美女とか言うな。まぁ、ケミィ以外はその通りだが」

「イヤだ早瀬君。上手なんですから」


春香が純の背中を叩く。軽くではあったが、背中を怪我している純には十分な威力だった。


「イッタ!委員長、怪我してるから背中は勘弁してくれ……ぐぁっ!」


純が再び背中を押さえる。振り向くと、そこには片足を上げながら純を睨む井上朱美がいた。純の痛みの原因は、彼女の蹴りによるものだった。


「げっ!ケミィ、いつからそこに……」

「アンタが『自分で美女とか言うな。まぁ、ケミィ以外はその通りだが』って言ったあたりから。それより純。アンタ好き勝手言ってくれたねぇ。アタシが一体なんだって?」


朱美も結維と同様、純の幼馴染であった。男勝りな性格で、小学校時代はよく純とケンカし、それを結維が止めるというのがいつもの光景であった。ちなみに、夏休み前に男子3人と花火に行く行かないで口論していたのは春香と朱美、そしてもう1人のクラスメイト、小林佐知子。だが彼女は今日は部活の為、買い物には参加していない。


「そうやってすぐ手が出るところが可愛くないってんだよ!その性格さえなんとかすりゃそこそこイケんのに……それじゃいつまで経っても彼氏できないぞ」

「うるっさいな!アンタだって彼女いないくせに!」

「残念!彼女ならいますよ~だ」

「はぁ~!?アンタみたいなミリタリーバカに彼女ができるわけ……まさか……」


純が結維の隣に座って肩を抱きながらドヤ顔でピースサイン。結維は俯きながら顔を赤く染める。


「おお~、お二人とも、おめでとうございます」

「ゆ、結維?アンタが純を好きなのは知ってたけど、本当にこんなんでいいの?」

「うん。ミリタリーオタクなのはアレだけど、優しいし」

「でも言われてみればそうですよね?早瀬君はミリヲタなのを除けば顔もいいし性格も悪くはない。パーフェクトです。くっ、こんな好物件が目の前に転がっていたとは……早瀬君イコールミリヲタというイメージが強すぎて気付きませんでした」

「お前ら……。あんなもん演技に決まってんだろ。じゃなきゃ、誰が好き好んで女の子の目の前で偏った歴史の講義を始めるよ?入学してすぐに色んな女の子に声かけられたから、ドン引きされるためにやってたんだよ」

「「「うわ、さりげなくモテますアピール?」」」

「ハモんな!ホレ、さっさと買い物行くぞ。ハリアップ」


純が手をパンパンと叩いて女性陣を促す。3人が各々準備をする間、純は先に外へ出て車のエンジンをかけて冷房を点ける。


「お待たせ、純くん」


そう言いながら結維が助手席、春香と朱美が後部座席に座る。


「おう、それじゃ行くか。で、何処まで?」

「万代シティまで頼むよ、運転手くん」


純の真後ろに座る朱美が運転席のヘッドレストを小突きながら言う。


「万代て……新潟まで行くのかよ!?もっと近場にしようぜ!」

「だってここらで品揃えいいの、あそこくらいだもん。ほれ、さっさと車を出したまえ」

「クソ……ガソリン代は全額お前に請求してやるからな、ケミィ」

「はいはい。いいから出しなよ。もう有澤夫妻が待ってるはずだから」

「何だ、ケンたちと待ち合わせしてたのか。なら高速使ってさっさと行くか」


4人の乗ったランサーエボリューションが雀野十条インターから高速道路に乗り、30分ほどで新潟市に入る。そこから更に少し走り、新潟中央インターで高速を降り、市街地へ。市街地を走って暫くすると、万代シティのシンボル、新潟レインボータワーが見えてきた。


「新潟来るの、何年ぶりだろ……」


純はそう呟きながら車を立体駐車場に停め、結維たちと共に健司との待ち合わせ場所である映画館前へ。ちょうど映画が終わったのか、映画館前は人がごった返していたが、その中で頭1つ飛び出た人物が2人。純を除いた3人はその背の高い2人に駆け寄って行った。


「ケイちゃん!有澤くん!」


待ち合わせ場所にいる健司と彼の恋人、渡邊景子の姿を見つけた。190センチの健司と181センチの景子。それでもって美男美女のカップルだ。イヤでも目立つ。女子が4人で話し込んでいると、純も追い付いて健司に話しかける。


「よぉ、純。久しぶりだな」

「おいっす、ケン。インターハイ2連覇おめでとう。動画サイトで見たぜ」

「ありがとうな。いやぁ、今年はちょっとやばかった。夏風邪引いちまってさ、ダメかと思った」

「風邪引いててあの動きかよ!?決勝はお前有利に見えたけどな」

「いやいや。相手もかなりのもんだったよ。もうダメだって思ったときに景子の声で立て直して、それで勝てた」

「……最後の最後でノロけか。あ?ノロけか?」


純が健司にチョークスリーパーをかけ、健司は参ったとばかりにタップする。


「じゅ、純……首……入ってる……」



---------------------------------------------------------------------------



買い物と昼食を終え、気付いたら既に午後3時を回っていた。女性陣が買い込んだ物と、隙を見て行ったエアガンショップで衝動買いした、マグプルUBRストックをトランクに積んでいく純と健司。


「ふぃ~、終わった。ところでみんな、今日は何処で花火見るんだ?」


トランクを閉じながら純が問う。


「俺と景子は河川敷。あそこが一番花火が見えるからな」

「アタシと春香もその予定。あとでサっちんと合流する予定」

「ならみんな、うちに来ないか?さっき結維と相談してたんだけどさ、うちも花火の会場に近いし、よく見えるぜ?バーベキューでもしながら。どうよ?」

「マジ!?春香、そうしない?」

「いいですね、BBQ。それじゃサっちんにも連絡してみます。もう部活終わってるでしょうし」

「ケンたちは?」

「俺たちも参加で」

「うん。たまにはみんなと花火見るのもいいかも」

「よっしゃ、決まり!それじゃ『カタクリコ』も呼ぶか」

「ハァ!?なんであの3人も呼ぶのよ!?」


猛抗議する朱美。「カタクリコ」とはいつか春香や朱美、佐知子と口論になった男子3人のことである。片桐賢太郎、栗田譲治、金堂孝弘。合わせて「カタクリコ」。3人は幼稚園からの付き合いであり、その仲の良さから、いつしかそう呼ばれるようになった。


「だってお前ら、花火は6人で見に行くんだろ?だったら呼ばなきゃアイツらに悪いだろうよ?」

「いやいやいや、行かないし。ねぇ?春香」

「え!?行かないんですか!?」


ちょうど電話を終えて会話に混ざった春香が声を上げる。その直後に「しまった」という顔をしながら両手で口を塞ぐ。


「……委員長?今のはどういうことですかねぇ?」

「い、いえ!なんでもありませんよ、早瀬君!別に栗田君が好きとかそんなんじゃ……はっ!」


意中の男性の名前を思わず言ってしまったことに気付き、春香の顔がみるみる真っ赤になっていく。


「ほぉほぉ。委員長はKJのことが好きなのね。これは詳しくお話を聞かなければなりませんな」

「純くん!春香のこといじめないでよ!誘導尋問みたいなことして!」

「えぇ!?俺のせいかよ!?」

「結維の言うとおりだよ、純。ったく、アンタはほんと、女心をわかってないんだから!ほら、時間も押してんだから続きは車の中で聞くよ!」


さぁさぁと春香を車に乗せる結維と朱美。これから車内は女性陣の恋バナで盛り上がるのかと思うと、ちょっとうんざりする純。いつの間にか、景子まで乗り込んでいる。


「ちょっ、景子姐さんまで……」

「春香ちゃんの恋を応援するためには詳しい話を聞かなきゃだからね。と言うわけで健司、帰りは1人でよろしく」

「了解。純、安全運転で頼むぜ。俺は後ろから単車で着いて行くから」


新潟を後にする6人。途中のスーパーでBBQ用の食材を買い、純の家へ。案の定、車内では春香と譲治をどうくっ付けるか、女性陣はあーだこーだ言っていた。時折純も質問されたが、結維のストーカーを警戒して気を張っている純は曖昧な返事しか返さないため、その度に朱美から小突かれていた。


「お邪魔しま~す」


春香から連絡を貰った佐知子がやってきた。挨拶もそこそこに、純はみんなが待っている車庫へ佐知子を誘う。


「よし。それじゃケンはカタクリコに連絡とって、女子どもは食材の下ごしらえを頼むわ。結維、今朝近所の婆ちゃんから貰った枝豆が車庫の奥にあるから、それも茹でといて」

「ちょっと。アンタは何するのよ?」

「いや、炭おこさないと」

「またアンタは、自分ばっかり楽しようとして!」

「何言ってんだ!炭に火つけるのなんて簡単じゃねぇんだぞ!お前がやるか!?」


そう。炭の着火は簡単そうで結構難しい。炭単体では着火しないので、着火剤が必要だし、炭の着火には空気が必要なので空気が通るように並べなければいけない。以前、純はネットで「簡単に炭に火をつける方法」というのを見つけたが、それを見て鼻で笑った。着火を紙で行っていたのだ。確かにそれでも火はつくし、かまどや薪ストーブの着火にはいいかもしれないが、バーベキューでは御法度である。何故なら紙が舞ってしまうから。舞った紙は食材に付着してしまうし、最悪、舞った紙が火種となって火事になる危険性もなくはない。なんだかんだで、炭と着火剤を使い、風を送って火をおこすのが一番簡単で早いのだ。ちなみに、バーベキューで火おこしできる男はモテる。モテる男がデキるのではない。デキる男がモテるのだ。


「もう!またケンカして!」


結維が怒りながら純と朱美の間に割って入る。


「2人ともなんで最初からケンカ腰なの!?もうちょっと言い方があるでしょ!?」

「「……スイマセン」」


「まったくもう!!」と怒りながら、結維は枝豆の房を持って家へ入ってしまった。それを見て笑いを堪える健司、景子、春香、佐知子。


「ったく、アンタのせいで結維に怒られたじゃん」

「……もうやめよう。俺らがまたケンカ始めたら、今度はマジギレするぞ、結維は。お前も火おこし手伝え、ケミィ。俺が教えてやるから」


純と健司、朱美でコンロと炭を車庫から庭へ運ぶ。ここで健司は電話をかけるために庭の端へ。


「さて、ほいじゃ着火な。まずは着火剤を置いて、その上に炭を置く。小さい炭を下にして大きい炭は上に」


純がコンロに、卵のパックのような形の着火剤をバラして敷いていく。その上に朱美が炭を置く。


「できるだけ炭は空気が通りやすいように置いてな。そうそう、そんな感じ。で、着火剤に火をつける」

「ふむふむ」


純は愛用のオイルライターで火をつける。愛用といっても、未成年なのでタバコを吸っているわけではない。仕事の際に持ち歩いているのだ。その職業柄、何があるかわからない。万が一のときに火をおこすものがあった方がいいのだ。


「着火剤に火が移って燃えたら風を送る。うちわとかで扇ぐのが普通なんだけど、俺はこれを使う」

「え?扇風機?」


純がコンロの箱から取り出したのは小型の扇風機。100円均一で売っているような、電池で動くハンディタイプの物だ。


「これでコンロの空気穴から風を送ってやる。これが楽なんだ。ただ、本来の使い方じゃないし、熱で羽根が溶けるから使うのは自己責任で」

「あさっての方向向いて、誰に言ってんのよ?」


で、30分ほどで火はつき、ちょうど食材の準備も終わったようで結維たちが庭へ出てきた。牛に豚、えびにホタテ。カットした野菜に枝豆にキュウリの即席漬けに海苔なしおにぎり―――おにぎり?


「お待たせ~。純くん、お米ちょっと使わせてもらったよ」

「おぉ、ちょうど俺も頼もうと思ってたんだ。サンキュー」

「純、おにぎりなんてどうするんだ?」


そう聞くのは、純と変わって朱美とコンロの火おこしてをしていた健司。純は別の準備を。


「ん?焼きおにぎりに決まってんじゃん。醤油つけて焼くんだよ」

「お!いいねぇ!」

「さて、火もついたし、あとは焼くだけだな。ケン、カタクリコは来るって?」

「ああ。でも、来る途中で飲み物買ってくるように頼んだから、もう少しかかるかも」

「そっか。なら、もう少し待ってて。俺はちょっと……」


そう言って純は縁側から家の中へ。


「え~!先に始めようよ!いいじゃん、あいつら待たなくて」

「朱美、そんなこと言うと今度は春香が怒るわよ?結維みたいに」

「そうです!栗田君たちを待たないなんて、呼んでおいてそれはないです!」


そう朱美に説教する春香。車内で暴露したせいか、もう隠すそぶりも見せようとしなかった。みんなに注意されてしゅんとする朱美。そのやり取りをキッチンで聞いていた純はため息を一つ。


「何やってんだか……」


純は買ってきた豚バラ肉のブロックと鶏肉に、塩とブラックペッパーをすり込んでいく。すぐに調理するので、塩は少なめ。それを皿に乗せて庭へ戻った。誰かがつけたのか、縁側に置かれた蚊取り線香の匂いが炭を燃やす匂いに乗る。


「純、そんな塊の肉どうするんだ?焼いたって時間かかるだろ?」


健司の問いに、純はニヤリと笑うことで返す。車庫から持ってきたドラム缶を小さくしたような物をガスコンロに載せ、その中に肉を吊るしていく。中の小皿にサクラのチップを置き、ガスコンロを点火。


「燻製か!」

「当たり。前に燻製器買ったから、ずっとやってみたかったんだよね」



 そんなことをやっているとカタクリコトリオが到着。頼んでいた飲み物の袋を開くとビールの缶が数本。女性陣に説教された上、縁側に正座させられていた。ちなみにビールは純が料理に使うと言って買い取った。そしてバーベキューにみんなで舌鼓を打っていると時刻は7時半を回った。花火大会が始まり、1発目が夜空に開いた。打ち上げ場所から純の家は近いので、窓ガラスがビリビリと震える。


「お、始まった」

「たーまやー!」


片桐賢太郎と金堂孝弘が肉を口に運びながら叫ぶ。カタクリコの片割れ、栗田譲治は―――


「栗田君と春香、いい感じじゃない?」


コンロで肉を焼く純の隣に結維が来る。その声で2人を探す純。


「お!ホントだ。委員長、結構積極的だな。KJもまんざらじゃなさそうだし。しかし驚いた。委員長、ただの腐女子かと思ってた」

「あれはあくまで好きなジャンルっていうだけで、実際にそうな訳じゃないから」

「なるほどね。ほれ、焼けたぞ」

「ありがと」


純が結維の持つ紙皿に焼けた肉を乗せると、結維はそれをテーブルに置き、純の肩に頭を乗せた。


「純くん」

「ん?」

「来年も、一緒に花火見ようね?」

「……ああ、約束だ」


純が肉焼き用のトングを置いて結維の肩を抱く。それを見つけて悲鳴を上げる片桐と金堂。「リア充はみんな爆発しろ!」と言い残してどこかへ行ってしまった。それを見て笑う純たち。純はこの日、この夏休み最初で最後の「普通の日常」を過ごした。


---------------------------------------------------------------------------


同時刻

十条市某所


 純たちが花火を見ていたその頃、竹達あずさは市内の郊外にある、数年前に倒産した会社の跡地で、黙々とスマホをいじっていた。遠くで花火の音が聞こえるが、あずさの耳には届いていなかった。しばらくすると、敷地に黒塗りの高級車が入ってきた。そして運転席から男が降りてくる。


「嬢ちゃんかい?俺に依頼してきたのは?」


男の問いに、あずさはスマホから目を離さず首だけで返事をする。


「そうか。それじゃ先にそっちの物を見せてもらおうか?」


あずさがバッグから分厚く膨らんだ封筒を取り出す。男は中身を取り出して確認すると、「契約どおりだ」と言って車のトランクからアタッシュケースを出した。そしてアタッシュケースを開けて中身を取り出し、あずさに渡す。あずさが渡されたのは、油紙に包まれた物と、恐らく中国製であろう、漢字のロゴが入ったタバコのカートンが2つ。あずさは油紙を開いて中身を取り出し、確認する。


「オモチャ、じゃないですよね?」

「当たり前だろう?なんならここで試してみるかい?」


あずさは中身を手早く分解し、確認。そしてまた組み立てた。その間、わずか1分ほど。


「こりゃ驚いた。嬢ちゃん、もしかして俺より詳しいんじゃないか?一体どこで覚えた?」

「まぁちょっと。……それより、試してみてもいいですか?」

「もちろんだ。言っとくが、人民解放軍に卸される前に横流しされた新品だ。弾も軍用の貫通力の高いスチールコア弾。性能は保証するぜ」


あずさは油紙の中身―――中国北方工業公司(ノリンコ)製ハンドガン、QSZ-92からマガジンを抜き、タバコのカートンに偽装した弾薬箱から9ミリ弾を取り出して装填する。そして油紙の中からサプレッサーを取り出して装着。マガジンを銃に入れ、スライドを引いて初弾を装填。男―――武器商人を自称しているが名ばかりのチンピラが置いた空き缶に狙いを定める。男が空き缶を車のライトで照らしてくれた。


「……」


パシン!というサプレッサーを着けたハンドガン特有の銃声が社屋に響き、9ミリ弾が空き缶に命中。宙を舞った空き缶が銃声よりも大きな音を鳴らして床に落ちた。その一瞬後で、空薬莢がアスファルトの床を鳴らす。


「おお!上手いもんだ。銃の性能にも問題はないし、これで商談成立だな。それと、撃った薬莢と空き缶は俺が処分しといてやる。嬢ちゃんも早くここからズラかったほうがいいぜ」


男が立ち去って暫くした後、あずさはバッグから皮製のショルダーホルスター(エアガンショップで売っていた実銃用)を取り出し、QSZ-92をホルスターに収めた。そしてホルスターを再びカバンに収め、倉庫を後にする。


「サトくん。これで準備ができたよ。後はサトくんを殺した犯人を捜すだけ。もう少しだけ待っててね。必ず犯人を見つけて、地獄に叩き落してあげるから」

お読み頂き、ありがとうございます!

感想、ご意見、ご指摘大歓迎でございます!

また、11話投稿に合わせて銃器解説を更新致します。

次回より新章突入です。

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