第10話「告白」
Rising Sun 第4章「カミングアウト」
第10話「告白」
2014年8月19日
埼玉県比企郡嵐山町
嵐山パーキングエリアから400メートル地点の山
「あぢぃ……都会のヒートアイランドにはうんざりだ」
木の生い茂る小高い山の山頂で伏せる純。ただでさえ暑いのにマスコミ対策に迷彩色のポンチョを着ているため、汗っかきの彼には辛い状況だ。汗でグリップを握る手が滑るが、ついさっき結維から貰ったオークリーのグローブをバッグから出して着ける。
「文句を言うな。俺に比べれば薄着だろう。こっちは装備プラス、マスコミ対策で目出し帽だぞ」
「そりゃそうですけど……木陰にいてもこの暑さだもんなぁ」
そう言うのは隣で観測手として観測用スコープを覗くSATの隊員。捜査本部で純に食って掛かった隊員だ。彼は部隊の狙撃手であるため、自らスポッターを買って出たのだ。
この場に来てから既に30分が経過していた。純がこの場所に来てから作戦が開始されたが、ネゴシエーターは苦戦しているようで、犯人がバスのカーテンを開けてくれないので待機しているのだ。
純はSATから借りたH&K社製MP5A4のレイルシステムに、自前のスコープ(ゴルフバッグに偽装したライフルケースに入っていた、ファルシオンⅡ用の物)と二脚を取り付け構えていた。
レイルシステムとは、小火器用の規格化されたオプションパーツ取り付け台のことであり、もっとも有名なものがアメリカのピカティニー造兵廠が開発したピカティニー・レイルである。銃のレシーバー上部やハンドガードに配置されるのが基本であり、レシーバーならスコープやダットサイト、ハンドガードならフラッシュライトやフォアグリップ、バイポッドやグレネードランチャーなどを取り付ける際にレイルシステムを介して銃に取り付ける。MP5にもファルシオンⅡにもレイルシステムが搭載されているため(MP5は社外品を後付したもの)、このようにパーツを外して簡単に取り付けることが出来るのである。もっとも、スコープなどの照準器は調整が必要であるが。
「それで、一体いつになったら犯人はカーテンを開けてくれるんだ?かれこれもう30分は過ぎてるぞ」
「ねぇ、さっき買ってきたコーラ、飲む?」
別の木の陰から、結維がそう訪ねる。本来であれば作戦の場に連れてくるわけには行かないのだが、冷房を点けたままエンジンをかけるといつガス欠なるかわからないほどしかガソリンが残ってないということで、純がSATの隊員を説き伏せて連れてきた。元々は三芳パーキングエリアで給油する予定だったのだ。
「いや、スコープから目を離せないからいいや。ストローでもあれば飲むけど」
結維は少し考えてから自分が飲んでいたキャラメルマキアートのストローをコーラのボトルに挿して純の口元に持っていった。
「はい。これで飲めるでしょ?」
「おお、悪りぃ。あ、少しでも姿勢は低く。この距離なら大丈夫だろうけど、万が一犯人に見つかったらマズイ」
そう言われて結維はできるだけ姿勢を低くし、純が寝そべっているシューティングマットに膝をついてから、改めて純の口元にコーラを差し出した。純はスコープを覗きながらストローを咥える。結維はその間にSAT隊員にも水を渡す。
「っはぁ、旨めぇ。もういいよ、サンキュー」
純がストローから口を離した、正にその瞬間であった。
「ッ!現場に動きあり!」
SAT隊員の一言で、純はスコープに視線を戻す。その拍子にコーラのボトルを倒してしまい、こぼれたコーラがシャツを汚すが純は気にしない。バスのドアの前に立つネゴシエーターと、僅かに見える犯人の体。だが狙撃されまいとしているのか、なかなか出てこようとしない。
「コンディション」
「気温34度、湿度74パーセント、南西の風、0.1メートル」
「了解。集中するから喋るなよ。返事もいらない」
そう言いながら純がスコープのノブを調整する。あとは犯人が姿を現し、タイミングを合わせればいい。
「……隊員さん。無線でネゴシエーターに、犯人を挑発するよう言ってください」
「何?そんなことをして、被疑者が怒りのあまりスイッチを押したら……」
「それはないです。あいつの目的は政府との交渉であって自爆テロじゃない。怒ったくらいじゃ押さないですよ。大体、爆弾が本物かどうかも怪しいもんだ」
「わ、わかった。ブルーチームよりグリーンチームへ。被疑者を怒らせてくれ。繰り返す、被疑者を怒らせてくれ」
無線機に繋いだインカムの向こう側がうるさい。恐らく通信を聞いた連中が何か言っているのだろうと純は推察した。ネゴシエーターはその指示に従えばいいのかどうか困惑しているようだ。方や「狙撃チームの指示通りにしてくれ」と言い、方や「何を考えているんだ!」とでも言っているのだろう。純はMP5のハンドガードを持つ左手を隊員の耳に伸ばし、インカムを外した。
「……よし。ネゴシエーターは仕事をこなしてくれたようだ」
スコープの先でバスの中の犯人が顔を真っ赤にして怒っているようだ。激しくジェスチャーを入れながらネゴシエーターに怒鳴っているのが僅かに見える。そして犯人が純の読みどおり右手を上げた。
(発射)
純がトリガーを引くと、装填された9ミリ弾が発射された。純と隊員には聞きなれた銃声だが、初めて聞いた結維がその音に思わず「キャッ!」と言いながら耳を塞ぐ。9ミリ弾は1秒経つか経たないかほどの時間の後、弾丸は純が狙った場所に着弾。起爆装置のスイッチ部分を破壊し、犯人がスイッチを押そうと親指を立てていたためその親指も掠めた。突然の指の痛みと起爆装置の壊れる音、そして9ミリ弾が空を裂く音に犯人が蹲り、その隙を見逃さずネゴシエーターが犯人を取り押さえる。そしてそれを見てバスに殺到する警察官たち。純はそこまでをスコープで確認してから目を離し、MP5の安全装置をかけてマガジンを抜いた。
「ターゲット排除」
MP5のバイポッドを畳みながら純がSAT隊員の肩を叩くが、隊員は驚きの表情のまま観測用スコープから目を離せずにいた。大量の汗をかいているが、暑いからだけではなかった。
「バ、バカな……。サブマシンガンでこの距離から、あんな小さな標的を……まさか君は、『ナイトメア』……なのか?」
「まさか。あんなのはただの伝説です。」
「ねぇ、今の狙撃ってそんなに凄いことなの?確かに撃つときの空気はちょっと怖かったけど」
銃の知識など皆無な結維の質問に答えたのはSAT隊員だった。
「凄いというよりはありえないんだ。たしかに9ミリ弾の最大射程は500メートル程だが……『君が全豪オープンで優勝する』ようなものだよ」
「何それ凄い」
「……なんか言うほど驚いてないように聞こえるんだが」
「ううん。驚きすぎて感情が表に出てこないだけ。心臓が飛び出るくらい驚いてるよ、今」
「そうかい。……ところで隊員さん。今なんで、テニスに例えたんだい?」
純がそう言うと、MP5を持ち上げようとしていた隊員の手がピクリと止まる。
「……テニスが趣味なんだ。だからつい、ね。わかりにくかったかな?」
「テニスが趣味ねぇ。でもそれなら普通『素人が全豪オープンで優勝するようなもの』って言わないかい?今のはまるで、コイツがテニスやってるって知ってるような口ぶりだったけどな……」
純が隊員に質問しながらさりげなく移動し、ちょうど結維と隊員の間に入るように立つ。結維の盾になるためだった。
「そ、そうか。結維ちゃんはテニス部員なのか。趣味が合……」
「なんで結維の名前を知ってるのかな?俺たち、互いに名前は知らないはずだけど。もしかして俺の名前も知ってんじゃないのかな?」
純が腰のホルスターに差したUSPコンパクトに手をかけ、セーフティーを解除する。隊員もMP5を置いて立ち上がり、純の方を向いて足を肩幅に開いて立つ。だが顔は下を向いたまま。
「……その通りだよ!早瀬純!」
隊員がレッグホルスターのハンドガンに手をかける(銃は奇しくもオリジナルサイズのUSPだった)。だが隊員が抜き終わる前に、純がUSPコンパクトを立て続けに3連射。その撃ち方はまるで西部劇の早撃ちのようだった。9ミリ弾が隊員の腹に当たる。隊員は防弾ベストを着ていたが、弾を防ぐことは出来てもその衝撃は完全には防げない。9ミリ弾の衝撃は隊員の内臓にダメージを与え、肋骨数本にヒビを入れた。
「ぐッ!」
隊員が腹を押さえて蹲る。純は隊員が抜きかけて落としたUSPを回収し、安全装置をかけてからジーンズに差し込む。そしてUSPコンパクトを構えつつ、隊員と距離を取った。
「サプレッサー付けてたせいで、抜くのが一瞬遅れちまったがまぁいい。さて、てめぇ何者だ?なんで俺たちの名前を知っている?」
「フフフ……ゴホッ!」
隊員が咳き込むと、僅かに血が出た。だが隊員は笑うのを止めない。
「俺がそれを言うと思うか?我々の計画は完璧だ。痕跡も残さないし、得物は確実に仕留める。覚悟するんだな、早瀬純」
隊員が呟きながらポケットから取り出したのはM67破砕手榴弾。それを見逃す純ではなく、純は隊員がピンを抜く前に9ミリ弾を頭部に叩き込んだ。だが手榴弾のピンには紐が結んであり、隊員が倒れる衝撃で紐が伸びきり、ピンを抜いてしまった。
「ヤバイ!」
純は結維の手を引いて猛ダッシュでその場から離れた。数秒後、炸裂した手榴弾は周囲に鉄片を撒き散らした。隊員の死体はバラバラになり、純も、炸裂する一瞬前に間に合わないと判断し、結維を引き寄せて抱き締め、盾になった。無数の高温の鉄片が純の背中に刺さった。
「ぐぁッ……!」
「純くん!?大変、血が……」
「んなことは後でいい!それより、お前は大丈夫か!?少しでも異常があれば言えよ!?」
「アタシは平気。でも、凄い出血だよ?早く病院に……」
「大丈夫、心配しなくていい。ここを離れるのが先だ。警察に色々聞かれたくない。くっそ!何なんだ?ワケがわからねぇ……」
純は結維の手を引いて山を降り、停めていた愛車に乗り込むと急いでその場を後にした。
「飛ばすから掴まってろよ!」
純はエンジンをスタートさせると同時にクラッチを踏みながらシフトレバーを1速にし、めり込むくらいアクセルを踏み込んだ。ターボチャージャーが空気を吸い込む独特の音がエンジン音に重なり、メーターはあっという間に100キロを越える。周囲のインターチェンジは警察がいる可能性があるので、純は少し離れた本庄児玉インターチェンジから高速に乗る。そこでスマートフォンに着信が入る。
「朝倉大尉ですか!?」
『早瀬!一体何が起こったんだ!?爆発音がしたと思って行ってみれば、お前は消えてるし、あるのはバラバラになった隊員の死体だけだ!』
「大尉!その死んだSAT隊員の経歴を調べてください!いきなり俺たちを殺そうとしたうえ、失敗したら自前の手榴弾で自爆したんです!」
『何だと!?とにかく、一度こっちに……』
「出来るわけないでしょう!?その隊員の他にも、俺を狙ってるヤツがいるかもしれない。正直、今は大尉のことも疑ってるくらいなんですよ!?とにかく俺は消えます。そっちの処理はなんとかゴマかしてください!」
『お、おい早s……』
純は朝倉が言い終わる前に電話を切り、運転に集中した。涙を浮かべながら純を心配する結維を他所に、車は3時間半かけて十条の自宅まで戻った。到着した頃には既に日が夕日が沈みかけていた。
「結維、あの棚の上から2段目に救急箱があるから取ってくれ。それと、その下の段に裁縫道具もある」
結維に頼むと純は椅子の背もたれを前にして座り、背中の殆ど破けたTシャツを破って脱ぐ。
「結維、背中に破片がいくつか刺さってるはずだから、背中の血を拭いて消毒液をかけてから、全部ピンセットで抜いてくれ。深く刺さったやつは、ナイフでくり抜いてくれ」
「で、でもそれって傷口をえぐるってことだよね?あたし、そんなことできない」
「やらないと身体の中に金属片が残って、そこから壊死する。痛いのはガマンするからやってくれ」
そう言って純はタオルを口にくわえ、前を向いた。結維は意を決してピンセットで破片を抜こうとするが、手が震えてピンセットを持つのも難しい。右手を左手で押さえて震えを鎮めようとするが、その左手も震えていた。
「……結維?」
なかなか処置を始めようとしない結維に声をかけるが返事がない。純が振り向くと、結維はピンセットを震える手でピンセットを持ちながら青い顔をしていた。無理もない。自分の目の前で、1人の人間がこの世からいなくなってしまったのだ。しかも自爆と言う方法で。純は結維の手を優しく握った。
「もう大丈夫、もう終わったんだ」
「でも人が死んだんだよ?それに、大好きな人があたしのせいでこんなに傷だらけになって……」
「結維……」
純は握っていた結維の手を離すとそのまま結維を抱きしめた。
「あ……!」
「……哀しい時やツライ時は心臓の音聞くと落ち着くんだ。もう大丈夫、終わったんだ。泣きたかったら泣いてもいいんだ」
「……うぅ、怖かったよぉ……」
結維は純の胸の中で再び泣き始めた。自分の胸元で泣く結維を、純は抱き締めながら優しく頭を撫でる。
「悪かった。あの場にお前を連れて行った俺が悪い。お前に見せちゃいけないものを見せちまった。本当にゴメン」
10分ほど泣いていただろうか。結維は純の胸から離れると、涙を拭って純と向き合う。
「もう大丈夫。アリガト。それじゃあ背中、見せて」
「本当にいいのか?」
「うん。大分落ち着いたから」
純が背中を向けると、結維はその背中に見とれてしまう。純の身体は何度も見たことがあったが、改めて見るとやはりすごいと感心してしまう。ただ見た目を良くするためだけに鍛えたものではなく、戦場という苛酷な環境で生き残るために鍛え上げられた肉体。格闘技経験者の結維にはわかる。これだけの肉体は一朝一夕では作れるものではない。逞しさの中に、どこか悲しさも背負ったように見える純の背中に、結維は見とれてしまった。
「……結維?」
「あ!ゴメン。すぐに始めるね」
治療を始めた。ピンセットで破片を抜き、水を張ったバケツに破片を入れていく。破片を10個ほど取り除くと、バケツの水は真っ赤になった。
「……純くん。聞いてもいい?戦争のこと」
「今は止めておけ。あんなもの見た後で聞いたら、お前の神経がやられる。そんぐらい酷い話もあるから」
「じゃああたしの質問に答えるってのは?」
「……答えられる範囲で」
全ての破片を取り終え、小さな傷は消毒液と軟膏を塗り、大きな傷は縫合する。
「……何人、殺したの?」
「さぁな、最初は数えてたけど、そのうち止めた。ただ数え切れない程殺したのは事実……痛テテテテ」
「あ、ゴメン。その……後悔はないの?」
「ないな。罪の意識はあるけど、後悔したことはない。殺らなきゃ、プラヤ・デル・シレーナの砂浜に転がってるのは俺だった」
「……それって授業で習った『プラヤ・デル・シレーナの奇跡』のこと?」
「ああ。俺たちは53人。対して敵軍は1個連隊だから大体4000人。それプラス攻撃ヘリが4機。正直、なんで俺たちが勝てたのかわからない。あれはまさしく奇跡だよ。今度機会があれば話すよ」
縫合が終わり、最後に包帯を背中に巻いて傷口を覆う。
「はい、終わったよ」
「サンキュー。喋ってたから少しは痛みがまぎれた」
「うん。……?この傷は?」
純が振り返ると、結維は純の心臓近くの大きな傷を指した。
「ああ、これね。ベルライヒの女スナイパーにもらった一撃。あと数ミリずれてたら俺は死んでた。まぁこの傷のせいで2週間、意識不明だったらしいけど。起きたら戦争は終わってた」
「……純くんは、私たちの想像も付かないような修羅場をくぐって来たんだね。戦争なんて映画とかの世界でしか体験してないから。両親は戦争で死んじゃったけど、あたし自身に被害はなかったし」
日本は東京、北海道、沖縄、九州以外の地域は殆ど被害を受けなかった。
東京は「ブラック・ウィーク」で攻撃を受け、北海道、沖縄、九州は戦場となった。他の地域では、敵軍の飛行機が飛んでくるたびに全国瞬時警報システムの国民保護サイレンが鳴り、地下シェルターに避難することは何度もあったが、実際にはミサイルや爆弾が1発でも降ってくることはなかった。結維にとって戦争は、遠い場所での出来事だったのだ。純の話を聞くまでは。
「さて、腹減ったな。飯にするか。あ!そうそう。結維、お前しばらくここに住め」
「……へ?」
「言ってたろ?ストーカーにあってるかもしれないって。さっきの警官も俺たちのことを知っていた。関係がないとは言い切れない。俺が常に側にいれればいいけどそうもいかない。なら少しでも安全なほうがいい。この家は世界一安全だからな」
「いやいやいやいやいや!」
結維がブンブンと手と首を振る。
「あ、あああ、あたしたち、キスもまだ……いやいやそれ以前に付き合ってもないのにそんな、いきなり同棲なんて!確かにさっきあたし、『大好き』って言っちゃったけど……あ……」
「何1人でパニくってんだよ。ほれ、俺は夕飯の準備してるから、ここで暮らすのに必要なモン持って来い」
「う……あぅ……」
二度も言った「大好き」という言葉をスルーされて、すっかりテンションが急降下した結維が自宅に戻っている間、純は夕飯の準備を始める。と言っても、約3週間ぶりの帰宅である。買い物にも言っていないので、メニューは冷凍食品である。だがそれでは面白くないので、純は少しアレンジした。えびピラフは2人とも汗をかいたので、ほんの少しだけ塩コショウを追加。冷凍保存しておいた刻みねぎに塩とごま油を混ぜて冷凍餃子に散らす。ミックスベジタブルと冷凍ブロッコリーでコンソメスープを作り、麦茶を煮出して完成。調理時間、30分。
「ただいま……」
「おう!ちょうどメシができたとこだ。食おうぜ」
「あ。キュウリとなすの浅漬けと、おばあちゃんが遺してくれた梅干、少し持ってきたよ」
「マジか!お前んちのばあちゃんの作った梅干大好き!」
氷を大量に入れたグラスに濃い目に淹れた麦茶を少し注ぎ、料理をテーブルに並べて食べ始める。早速純は梅干に手を付けた。
「いただきます。……ん~~!これだよこれ」
「いただきます。……ん~~!汗一杯かいたから、この塩加減がいい塩梅」
「お前も梅干作れよ。この味受け継いでよ」
「無茶言わないでよ。梅干作るのって難しいんだよ?それに、食べ物口に入れたまま喋らない」
「あ、はい。じゃテレビでも点けるか。どうせどの局も、あの事件取り上げてるんだろうけど」
純がテレビを点けると、案の定どのテレビ局も今日のバスジャック事件を取り上げていた。だが純が起爆装置を狙撃した瞬間を、犯人をクローズアップした映像と、その後の犯人逮捕までの映像だけで、爆発については現在捜査中となっていた。
「あれ?さっきの捜査中になってるね。なんでだろう」
結維の呟きに、今度はちゃんと飲み込んでから喋る。
「ん……そりゃそうだろう。SATの隊員はフラッシュバン……音と光で相手を無力化する爆弾以外は持ってないし、何より警察の不祥事になるし、ヘタすりゃ狙撃を外部の人間に頼んだこともバレるかもしれない。それなら人質事件との関連性はわからないって言ったほうが世間の目をごまかせる。まぁマスコミが俺のところにたどり着く可能性は低いだろう。俺の名前を知ってるのは朝倉大尉だけだし」
早々に食事を終えて2人で食器を洗ってから、しばしテレビを見て団欒する。
「……おお!もうこんな時間か。結維、風呂先に入っていいぜ。俺は少しやることがあるから」
そう言って純は着けっぱなしにしていたホルスターをベルトから外し、USPコンパクトを抜いてサプレッサーとマガジンを外し、銃を分解する。
「ねぇ純くん……。さっきも思ったんだけど、なんでピストルなんて持ってるの?いくらなんでも、持つのを許可されてるなんて言うのはさすがに通用しないですよ?」
「あ~……それはその……まぁこれのお陰で助かったわけだし……」
「じゅ~んく~ん?」
結維がテーブルに両手を突いてせまる。薄着で前かがみになっているので、胸の谷間が目に入る。純の顔が赤くなるが、結維は気付かない。
「……まじめな話、これは聞かないほうがいい。聞いたら最後、何が起こるかわからない」
「な、何よ?いきなりマジになって」
「いや、本当にまじめな話だ。このことはいつか必ず話す。でも今はダメだ。わかってくれ」
「う、うん……」
いつになく真面目な純の迫力に気圧され、結維はそれ以上追求せず風呂へ向かった。その間に純はUSPコンパクトの掃除と点検。消耗しやすいパーツに異常は無し。サプレッサーも劣化していなかったので、簡単に掃除をしてからUSPコンパクトを組み立ててホルスターに戻す。次はスタームルガー。こちらは消耗パーツを交換したばかりなので軽く点検して掃除、そして組み立て。昼に撃ったUSPコンパクトの弾を補充するためにマガジンを持って地下室へ行き、9ミリ弾をマガジンに装填してリビングに戻ると、結維は既に風呂から出ていたのか、洗面所からドライヤーを使う音が聞こえた。暫くしてから結維が洗面所から出てくる。短めのTシャツに部屋着のショートパンツ。
「お先に頂きました」
「(いくら暑いからって薄着すぎだろ)ん。それじゃ俺もさっさと入ってくるわ」
結維と入れ違いに、純が部屋着を持って洗面所へ。そして結維が風呂上りに麦茶を飲んでいると悲劇が起こった。
『ギャーーーーーーーーッ!!!!』
突然の悲鳴に結維は飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。何とか耐えて悲鳴の聞こえた風呂場に向かうと、泡まみれの純が浴槽にもたれかかっていた。
「じゅ、純くん!?」
「や……やっちまった。背中が傷だらけなのわかってたのに、いつものクセで思いっきり背中洗っちまった。痛って~……」
「大丈夫!?」
結維が首に巻いていたバスタオルで、純の背中を優しく拭く。
「わ、悪りぃ」
「もう!悲鳴が聞こえたから何事かと思ったよ。はぁ。その傷じゃ当分湯船には入れないね。ほら、ここ座って」
風呂場の隅でひっくり返っていた風呂椅子に純を座らせ、結維はボディタオルにボディソープを付けて泡立て始めた。
「あの~、結維さん?」
「背中、流してあげる」
「いや自分で……」
「いいから!」
純は慌てて立ち上がってタオルを取り、股間を隠すように両腿にかける。その際にちらりと見えた股間の前側に顔を赤らめながら、結維は傷に泡が付かないように背中を洗う。
「強さ、このくらいでいい?」
「ああ。気持ちいいよ」
それ以降、2人はしばらく口を開かなかった。聞こえるのは結維が背中を洗う音だけ。
「…………ねぇ、純くん」
「んん?」
「さっきあたしが言ったこと、覚えてる?」
「さっき?」
「うん。その……ね?あたしさ、どさくさに紛れて大好きって言っちゃったじゃん?」
「ん?……あ……ああ。そう言えば……」
再び無言。もうとっくに背中は全て洗い終えているが、結維は手を止めないし、純も止めなかった。2人とも、顔は真っ赤である。
(~~~!言っちゃった!言っちゃった!どうしよう!純くん、なんて答えてくれるのかな?)
(ま、マジかよ!?さっき2回もはぐらかしたんだぞ!?今はマズイ!仕事的な意味で!でも……でも……)
純が頭の中で堂々巡りをしていると、結維が洗うのを止めた。そしてシャワーを手にとってお湯を出す。
「ご、ゴメンね!いきなり変なこと言って!流すよ?全部洗った?」
「ああ、温めで頼む」
また沈黙。今度はシャワーの音だけ。
「……はい、終わり。それじゃあたし、先に出てるから」
(ま、まずい!返事しなきゃ!でも俺は殺し屋だし……ああ~~~)
純と付き合うことで結維にも危険が及ぶかもしれない。そんなことはしたくない。だから純は断ろうかどうか迷っていたのだが―――
結維が純にシャワーを渡して風呂場から出ようとすると、いきなり後ろから腕を掴まれた。
「きゃっ!」
バランスを崩した結維が倒れこみ、それを純が受け止める。結維は純に抱き止められる形になった。
「もう~いきなり何s……」
結維が抗議しようと目を開けると、目の前には真っ赤になった純の顔が。いつになく真面目な表情で見つめられ、結維の顔も赤くなる。
「じゅ……純くん?」
「俺も好きだよ。結維」
純の顔が徐々に近付く。それを見た結維も、覚悟を決めて体の力を抜き、目を閉じた。
2人の唇が重なる。
―――ファーストキスは梅干の味だったと後に2人は語る。それはさておき―――
たまらず結維が純の背中に手を回すと、純の舌が結維の口の中に進入してきた。
「ッ!?」
結維も負けじと自分の舌を絡める。唾液の交じり合う音と時折結維が漏らす「ん……」という声が風呂場に響く。そして純は結維の胸のふくらみに手を置いた。Tシャツ越しだがその柔らかさに純は感動してしまう。
「んん……純くん、待って」
結維のいつもより少し高めの声に、純ははっとして唇を離す。そして再び見つめ合う。結維の顔はキスで完全に蕩けていた。思わずその場で押し倒してしまいたくなるが、理性でなんとか堪える。
「ここじゃイヤだよ……初めては……ちゃんとベッドで……」
「お、おぅ……」
純はそのまま結維を抱え上げ、いわゆるお姫様抱っこで風呂から出て2階の寝室へ。
その後2人はベッドでお互いを求め合うのだが、年齢制限があるのでこれ以上は書けませんです。ただ、この夜2人が肉体的に結ばれることはなかった。何故なら―――
「結維……いいんだな?」
「うん。純くん……きて……」
「できるだけ優しく……ってちょっと待て」
「え?」
「今日はダメだ。その……アレがない」
「あ、アレって?」
「米海軍特殊部隊の水中工作員がライフルの先っちょにかぶせるゴム的なやつ」
「何それ?……ああ、この前見た、特殊部隊の入隊試験に女の人が挑戦する映画に出てたアレね。そ、そうだね。それはダメだね。大事だもんね」
お互いのあたふたする姿を見て笑い出す2人。結局この日は産まれたままの姿で眠りに付いた。
お読み頂き、ありがとうございます!
感想、ご意見、ご指摘大歓迎でございます!
また、10話投稿に合わせて銃器解説を更新致します。




