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Rising Sun  作者: UZI
第3章「カミングアウト」
12/22

第9話「帰国」

2014年8月19日

東京都大田区

東京国際空港(羽田空港)



『皆様、ただ今当機は羽田空港に着陸いたしました。機体が完全に停止し、シートベルト着用サインが消えるまで、お席にお座りになってお待ちください。ただ今の現地時刻は、8月19日、8時16分でございます。天候は晴れ、気温は32度でございます。本日は全日空をご利用くださいまして、誠にありがとうございました。お出口は前方と中央の2箇所でございます。皆様にまたお会いできる日を、客室乗務員一同心よりお待ち申し上げております。Ladies and Gentlemen……』


「はぁ~、間に合った。殺されずにすんだ……」


 ロサンゼルス発東京行きの飛行機が、羽田空港に着陸した。シートベルトのサインが「ポーン」という音とともに消え、純は席を立って頭上のコンパートメントから荷物を取り出す。そして席を立ち、飛行機から降りて入国検査。アメリカでの仕事を終えた純は、約2週間ぶりに日本の土を踏んだ。


「あ、純くん!」


純が荷物受け取り用のターンテーブルを流れるキャリーバッグを取りエントランスへ向かうと、入り口で結維が手を振った。


 白い薄手のブラウスに薄ベージュのプリーツスカート。足元は黒のニーハイソックス。結維に良く似合っている服装であった。


「お帰りなさい」


「おう、ただいま。悪りぃけどちょっと荷物見ててくれるか?トイレ行ってくる」


純はキャリーバッグを結維に預け、振り返って再び空港の奥へ向かう。トイレから数メートル手前に設置されたコインロッカーに2週間分の超過料金を投入して鍵を開け、バッグとゴルフバッグを取り出してからトイレへ。誰もいないことを確認してから個室へ入り、バッグの中身を取り出す。中身はCQCホルスターに収められたUSPコンパクトと、バックサイドホルスターに納められたスタームルガー。それとマガジンポーチに収められたマガジン。


 この銃、純がアメリカで使用していたUSPコンパクトとスタームルガーとは別物である。当然ながら、銃を機内に持ち込むことが出来ないからである。なので純はアメリカを経つ前にアメリカで使用していた銃、USPコンパクトとスタームルガー、レミントンMSR、マグプルFMG-9はロサンゼルスのセーフハウス(ジェニファーを夕食に招待した高級住宅)に銃を保管してから帰国した。日本からアメリカへ渡ったときも、最初にロサンゼルスへ向かって銃を回収、偽装してフィラデルフィアのホテルへ送ったのだった。


 純は強化プラスティック製のホルスターをベルトに通し、USPコンパクトを抜いてマガジンを確認。キーホルダーから先端が鍵のようになっているレンチを出し、マガジンハウジングの内側に差す。


 第三者に使われるのを防ぐために、USPシリーズにはマガジンハウジングの内側に「ロックアウトデバイス」と呼ばれる鍵穴が付いている。専用レンチでこの鍵穴を回すことで銃はロックされ、持ち主がデバイスを解除しない限り、使用できなくなるというものだ。


 純はデバイスを解除してからマガジンをUSPコンパクトに装填し、スライドを少し引いて弾丸が装填されていないか確認した。問題なくマガジンはフルに装填され、銃に弾丸は装填されていない。ロッカーに入れたときと同じ状態であることを確認し、USPコンパクトのスライドを最後まで引いて初弾を装填。セーフティーを兼ねるデコッキングレバーを操作し、撃発状態のハンマーを安全なハーフコックの状態に戻し、セーフティーをかけてホルスターに戻した。スタームルガーも同様に確認をして、トイレを出る。


「よっ!お待たせ」


トイレから出た純は駆け足で結維の元へ駆け寄り、キャリーバッグを受け取った。


「トイレ長かったね。我慢してたの?」


「飛行機のバキューム式トイレってのがなかなか慣れなくて。あの吸い込むときの音がイヤなんだよ。そのまま底が抜けて飛行機から落っこちるんじゃないかって……」


「フフ、以外なところでビビリなんだね。何回も飛行機乗ってるんでしょ?」


「うるせぇ。ちょっと待っててくれ。駐車場から車持ってくる」


「いいよ。あたしも一緒に行くよ」


「でも外は暑いし、車の中も地獄だぜ?ここで待ってた方が……」


「いいから。行こ」


そう言って結維は自分の腕を純に絡ませる。純の腕に、女性特有の柔らかさと、男にはない膨らみの感触が。


「お、おい……?」


純はそこで言葉を止めた。絡めてきた結維の腕は、震えていた。


「寒いのか?確かに冷房がキツめだよな、ここ」


「……歩きながら話そ」


純は結維と共にターミナルを出て駐車場へ向かう。しかし、さすが絶賛ヒートアイランド中の東京。暑さが半端じゃない。ターミナルから出た途端に汗が吹き出る。


「で、話って何だよ?」


純は結維を見た。さっきの笑顔が嘘のように暗い顔になっている。腕の震えは少し治まってはいたが。


「最近ね、誰かに後をつけられてるような気がするの」


「お前もストーカーにあってるのか?」


「お前『も』?」


「い、いや……なんでもない。で、どうなんだ?」


「わかんない。人の気配がして後ろ振り返っても誰もいないし、気のせいかもしんないけど……」


「それっていつからなんだ?」


「夏休み入ってすぐだよ。お陰で護身用の警棒(バトン)が手放せなくて」


そう言って結維はハンドバッグの中の警棒をちらりと見せる。バッグの中には確かに、FRP(強化プラスティック)製の伸縮式警棒が2本収められていた。「いくらエスクリマが得意とはいえ、2本も持ち歩くのはどうよ?」と純は思ったが口には出さなかった。


「最近は物騒だからな。『ムービーメイカー』の事件もあるし、家に着いたらお前の家のセキュリティ、強化するか」


「うん。ありがと」


「心配するな。いつでもってワケにはいかねぇけど、側にいられるときは、俺が守るから」


そう言って純は結維の頭を撫でた。すると、今まで強張っていた結維の表情がとろける。結維は笑いながら純を見つめた。


「……へへっ」


「な、何だよ?」


「あたし小学生の時に、隣のクラスの男子にイジメられてたでしょ?そのときにこうやって頭撫でてくれたじゃん。セリフも同じ」


「……そうだっけ?」


 とぼけてみたが、純もそれは覚えていた。だがいじめていた連中は決して結維を嫌っているわけではなかった。むしろ逆である。「好きな子ほどいじめたくなる」。よくある話である。そして当時、同じ学年の男子ほぼ全員が結維のことを好きだった(修学旅行の夜、みんなで好きな女子の名前を言い合ったので純はこのことを知っていた)。


 結維を庇った純は男子たちと大喧嘩になったがやがて和解。高校は皆バラバラになってしまったが、現在でも時間が合えば遊んでいる。


「うん、純くんはあの頃のあたしにとって白馬に乗った王子様みたいなものだったんだもん。よく憶えてる」


「生憎白馬じゃないけど、これでガマンしてくれや。同じ白だし。『今アレだからな。パールホワイトっつってビッカビカ光ってるからな』」


全国的にも有名な、北海道のローカル深夜番組で、天然パーマの俳優が披露した従兄弟のモノマネをマネしながら純はポケットからスマートキーを取り出し、ボタンを押してロックを解除した。開錠を示すために両端のウィンカーが点滅し、折りたたまれていたサイドミラーが開く。結維は純のモノマネのモノマネに「エッチデーデーはやめて」と笑う。


「スポーツカーに乗ってるの!?スゴイじゃん!初めて見た」


「三菱のランサーエボリューションっていうんだ。中古だけどね」


 純はトランクを開け荷物を入れると、結維を助手席に促した。助手席を開けた途端、車内の熱気が2人を襲う。


「熱ッち!ちょっと待って!すぐエンジンかける」


純は急いで運転席に回ってエンジンを始動させ、冷房を最大にする。そしてゴルフバッグをトランクにしまい、自分も車に乗り込んだ。


「中古でも車持ってるなんてスゴイよ。でもさ、純くんまだ17でしょ?何で堂々と車に乗ってるの?あ、誕生日おめでとう。10日だったよね」


「……取って付けたように言いやがって……まぁいいや。前に言わなかったか?戦争行ったヤツは特例で16で免許取れるんだよ。訓練の一環で車の運転もやったから」


「へぇ……」


「とりあえず行こうぜ」


 純はサンバイザーに引っ掛けていたサングラスをかけるが、車内同様に高温にさらされていたサングラスは熱かった。耳を火傷しそうになり、慌ててサングラスをサンバイザーに戻す。その一部始終を見て腹を抱えて笑う結維。そして愛車のランサーエボリューションⅦを発進させた。駐車場の料金所で料金を払い、ゲートを抜けて最寄の空港西インターチェンジへ向かい、そこから首都高速1号羽田線に乗る。


「でもありがとうな。わざわざ東京まで出てきてくれて」


「ううん。お父さんとお母さん、それに純くんのご両親にお参りもしたかったし。純くんは行ったの?」


結維の両親も「ブラック・ウィーク」で犠牲となっていた。結婚15周年の記念に、結維が小遣いとお年玉をつぎ込んでプレゼントした、舞浜のネズミの国への旅行。実は純の義理の両親も同じ目的で東京へ来ていたのだ。新幹線で東京へ向かい、京葉線のホームで電車を待っているところでテロに巻き込まれた。そして現在、百万人以上の犠牲者と共に日比谷公園に造られた、テロ犠牲者のための共同墓地に眠っている。


「ああ、先月行ってきた」


純が沖縄での仕事を受ける際、総理の武田と待ち合わせをしていたのは日比谷公園。このときに墓参りを済ませていたのである。


 純のランサーエボリューションが浜崎橋ジャンクションから、都心環状線へ。さらに数回ジャンクションを通って大泉ジャンクションから関越自動車道へ入る。料金所を通過してすぐ目の前にある道路情報掲示板が文字を点滅させていた。


『上り線嵐山(らんざん)PA使用不可』


「パーキングエリアが使用不可って……工事か?まあ上りなら関係ないか」


純は車を走らせ、関越自動車道最初のパーキングエリア、三芳パーキングエリアに入って休憩する。


 ちなみに、一般的にパーキングエリアというのはトイレと自販機が設置されている程度の休憩場所だが、この三芳パーキングエリアは店舗やフードコート、ガソリンスタンドなど、サービスエリア並みに設備が充実している。だがネクスコ東日本はここを「パーキングエリア」としている。ちなみに東京湾アクアラインの海ほたるも「パーキングエリア」である。


「ふぃ~。ピークが過ぎても、夏休みの高速は混むねぇ」


「大丈夫?疲れてない?」


「まだ出発して1時間ちょっとだぜ?この程度なら大丈夫さ。飲み物買って来るけど、何する?」


「あ、あたしも一緒に行く。それと純くん」


そう言って結維がカバンから取り出したのは綺麗に包装された紙袋。それを純に手渡す。


「ん?なんだこれ?」


「遅くなったけどこれ、誕生日プレゼント」


「おお、ありがとう!開けていいか?」


「もちろん!」


純は腿に紙袋を置き、包装紙を開ける。中に入っていたのはサングラスと手袋。


「おお!!オークリーのサングラスとパイロットグローブ!しかもこれ、レプリカじゃなくて本物じゃん!」


早速包装を開ける純。オークリーは元々スポーツブランドなのだが、デザインと機能性を両立しており、米軍兵士に愛用者が多い。それどころか、サングラスやゴーグルなどのアイウェアは陸軍特殊部隊のデルタフォースや海軍特殊部隊のネイビーシールズも正式採用しているくらいだ(噂では陸上自衛軍特殊部隊も採用しているらしい)。一方、パイロットグローブは耐久性が高くて滑りにくく、それでいて通気性も確保しているので米軍兵士のみならず、MTB(マウンテンバイク)やオフロードバイクの選手も愛用者が多い。


「前に学校で雑誌見ながら欲しいって言ってたでしょ?だからこれなら喜んでくれるかと思って」


「いや、マジで嬉しいよ。ホントありがとうな。でも、高かっただろ?」


「値段は気にしないで。でも、来年のあたしの誕生日は期待させて頂きます」


「おぅふ……頑張ります……」


 純は自販機でコーラと、ベーカリーコーナーで数量限定のプレミアムビーフカレーパンを、結維はスターバックスでキャラメル・マキアートをそれぞれ買い、土産物を少し見てから車に戻る。そして純は早速、プレゼントのグローブとサングラスを着ける。


「おぉ~、いいねいいね!サングラスもいい感じにフィットするし、グローブも通気性抜群だから暑くても着けていられる。流石はアメリカ軍御用達……っと、電話だ」


純がポケットからスマートフォンを取り出し、右手だけグローブを外してから画面を見る。


「……珍しい人から電話来たな。もしもし」


『久しぶりだな、早瀬。俺だ』


「朝倉大尉、お久しぶりです」


『おいおい、もう大尉は止めてくれよ。退役して今は警察官だぜ?』


「あれ?大尉も軍を辞めたんですか?」


電話の相手は大戦中、純の所属する部隊の大隊長であった朝倉であった。現在は埼玉県警の刑事である。


『お前が退役した半年後にな。家内に軍に残るのだけはやめてくれって言われてな。ところでお前、今三芳にいるだろ?』


「え!?なんでわか……」


純が言いかけると、外から窓をノックされる。純が窓を開けると、スラックスにワイシャツ、ノーネクタイの中年男性が立っていた。


「よっ!久しぶりだな、早瀬。隣のカワイコちゃんは彼女か?」


「大尉!お久しぶりです!彼女じゃないですよ。クラスメイトの稲葉結維。墓参りの帰りです。結維、この人は俺の部隊の隊長だった朝倉さん」


「は、初めまして!稲葉結維です!」


助手席から結維が会釈する。顔が赤いのは朝倉が「彼女か?」と尋ねたからだろうか。


「でもどうしたんです?こんなところで」


「あー……実はお前に頼みたいことがあってな。後ろ、いいか?」


純に許可を取ってから、朝倉はランエボの後部座席へ座る。そしてカバンから書類を取り出し、純に見せた。


「何スか、これ……って!警察の資料じゃないですか!!俺にこんなもの見せたらマズイんじゃないですか!?」


「……現在、嵐山パーキングエリアが使えないのは知ってるな?」


「え?ええ、道路情報にそう表示されてたんで」


「実はあれな、バスジャックなんだ」


「「バスジャック!?」」


純と結維が同時に声を上げる。


 今から3時間ほど前、新潟発池袋行きの高速バスが占拠された。犯人は19歳の大学生で「首相と話をさせろ」と要求している。なんでも「戦争が終わったのに、憲法九条が凍結されたままなのはどういうことだ!」と言っているらしい。現在バスは嵐山パーキングエリアに止まっており、警察が取り囲んでいるとのこと。もうそろそろマスコミにも発表されただろう。と純は朝倉から説明を受ける。


「と、まぁそういう訳だ」


「なるほど。で、なんでその話を俺に?ガキのバスジャックなら、何年か前のときみたいにSATが窓割って閃光手榴弾(フラッシュバン)でも投げればいいじゃないですか」


「あの時は被疑者が包丁で武装していただけだからそれで済んだ。だが今回のはそれプラス爆弾だ。手製のパイプ爆弾を身体にビッシリ巻きつけてな。多分ネットか何かで調べて作ったんだろう。そこでだ。お前に狙撃を頼みたい」


「はぁ!?」


純がまたもや素っ頓狂な声を上げる。朝倉が純の「今の仕事」を知っているとは思えない。ということは、昔のよしみで頼んでいるのだろうか。


「本来こんなことを、一般人に頼むのはもちろん違法行為だ。だが、だからといって本当に総理を連れてくるなんてできない。未成年とはいえ、テロに屈したことになるからな。だがSATに狙撃させようにも、犯人が持ってる起爆装置だけを狙うなんて芸当、できる人間はいない。ネゴシエーターの説得も聞く耳持たず。どうしようかと考えていたら偶然お前がここにいた。なら頼むしかないだろう?」


 警察の特殊部隊であるSAT。厳しい試験を突破したエリート集団であり、その中にはもちろん狙撃手もいる。彼らの腕なら犯人が持っている起爆装置の狙撃は可能だ。ただし、人質がいなければ、である。貫通力の高いライフルで狙撃を行えば当然、周りの人質に弾が当たる可能性がある。かと言って純が言ったように突入すれば、フラッシュバンで目が眩んでも起爆装置のスイッチを押すくらいは出来る。いや、逆に犯人も押す気はないのに、目が眩んで混乱して押してしまう可能性もある。お手上げ状態なのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


結維が純と朝倉の会話に割って入ってくる。


「朝倉さん……でしたっけ?どうしてそんな、警察でも出来ない様なことを純くんに頼むんですか?確かに純くんも自衛軍にいましたけど、でも補給係だったんでしょう?」


「え?結維ちゃん知らないのかい?こいつは……」


「大尉。俺が話します」


純は両手を顔の前で合わせ、親指に顎を乗せた。こんな形で言いたくはなかったが、仕方ない。いずれは言わなきゃいけないんだ。


「結維。俺が補給科だったって話、実はウソなんだ。歩兵科……戦闘部隊にいたんだ。で、ポジションはスナイパーだった」


「……」


「ウソ吐いてたことは謝る。でも……」


「待って」


「結維……?」


「朝倉さん。その仕事、本当に純くんじゃなきゃできないんですか?」


「そうだな。1人も死なせずに事件を解決するには、早瀬に協力してもらうのが一番可能性が高い。こいつには何度も助けられたからな」


「……じゃあ早く行きましょう。言い方悪いけど、今は純くんの話を聞いてる場合じゃないと思う」


「結維……すまん」


「そのかわり、後でちゃんと聞かせてよね」


「あ、はい」



15分後


埼玉県比企郡嵐山町

関越自動車道嵐山小川インターチェンジ


 3人の乗ったランエボは嵐山小川インターで一度高速を降り、インターの事務所に設置された捜査本部に向かう。本来であれば結維は入ることは出来ないが、地元でない場所で降ろされても帰りようがないし、それに結維は何者かにストーキングされている。1人には出来ないということで、朝倉が特別に許可を出した。


「隊長。さっき連絡した狙撃手、連れてきたぞ」


朝倉が埼玉県警SATの隊長に純を紹介する。黒のタクティカルスーツに黒のタクティカルベスト、マスコミに顔が出ないよう黒の目出し帽を被った男が純と握手をする。秘匿性の高い作戦のため、お互いに名前は名乗らない。純もサングラスを着けたままだし、結維にも、純が持っていたサングラスを着けさせた。


「君が朝倉刑事の言っていた陸自の狙撃手か。随分若いな」


「でも俺の部隊で一番の腕を持っていた男だ。信頼してもらっていい。それとわかっていると思うが、これは違法行為だ。それも俺たちのクビが飛ぶだけじゃすまないレベルのな。そこんところ、部下にきっちり言っといてくれ」


「了解した。部外者に依頼したことで俺の部下が少々憤ってるようだが気にしないでくれ。それで、どのように狙撃する?」


純が周囲を目だけで見回すと、確かに隊長以外のSATの隊員はあまりいい顔をしていない。だがこちらは頼まれた仕事をやるだけだ。


「……隊長。犯人の起爆装置は有線式と無線式、どっちですか?」


「有線式だ。爆弾から繋がったコードを右手の袖の中に通して、その先のスイッチを常に持っている」


「ということは、スイッチを壊すんじゃなく、コードを切ってもいい訳ですね。そして狙撃場所はここ。反対車線側にある山から狙撃します」


純はテーブルに広げられた地図を指す。現場からおよそ400メートルほど離れた山の山頂である。


「ここの封鎖は?」


「してある。爆弾が爆発したときのことを考え、現場の半径500メートルを先程封鎖した。だがマスコミのヘリはうようよいるぞ。それにバスはカーテンが閉められ、中の確認も出来ない」


「それは問題ないです。ネゴシエーターに再度バスに近付いてもらい、何とかしてカーテンを開けさせてください。それと、サブマシンガンはMP5ですか?」


「サブマシンガン?ああ、確かにMP5だが……」


「では1挺貸してください」


「おいおい正気か!?」


そう声を上げたのはSATの隊員。テーブルの前に立ち、地図の、純と同じ場所を指差す。


「現場からここまで400メートル以上あるぞ!対してMP5の有効射程は200メートルだ。それ以上の距離になると、どこに飛んでいくかわからないんだぞ!不可能だ!」


「それは俺が決めます。それで、貸していただけるんですか?」


「……わかった。君に賭けてみよう」


「しかし隊長!」


「どのみちこれ以外に方法がないんだ。だが被疑者も含め、あの現場にいる人間を誰1人として死なせるわけにはいかない。本当に大丈夫なんだろうね?」


「ええ。この中で一番精度の高い物を貸してください。それとスコープも貸して下さい。狙撃銃に付いてるのがありますよね?あと警察車両で行くとマスコミ感付かれる可能性がありますので、自分の車で行きます」


「了解した。よろしく頼む」


純は打ち合わせを終えると挨拶もそこそこに捜査本部を後にした。それを見届けてから、朝倉がSAT隊長に話しかける。


「すまんな。外部の者に依頼するなんて、君らの顔に泥を塗るようなことをしてしまって」


「いえ、事件の解決が第一です。それに朝倉さんが連れてきた人物ならやってくれるでしょうし」


「ありがとうな。ところで、さっき怒鳴ってたのは見ない顔だが新人か?」


「ええ。1週間ほど前に警視庁から出向してきたんですよ」


「そうか……」


「?……何か?」


「あ、いやな、こう言っちゃなんだがあの隊員、警察官っぽくなくてな。まぁいいさ。俺たちも現場に向かおう」

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