第7話「チェイス・ザ・ロサンゼルス」前編
2014年8月15日
アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
私の名前はジェニファー・ベインズ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校、通称UCLAに通う大学生。友達とカフェに行ったり、休日はボーイフレンドとドライブに行ったりと、キャンパスライフを充実しています。……と、まぁ私の話は置いといて。
実は最近困ったことがあって。というのも、実は変な男に付きまとわれているの。ことの始まりは1週間前……だったかな?夜、友達と遊んだ帰りに、ふと気配がして後ろを向いたら誰かがいたの。東洋人の男の人。顎に髭を生やしていたけど、若そうに見えたからもしかしたら私より年下かも。あ、でも東洋人って年齢より若く見えるって聞いたことあるし、実際はどうなんだろう。まぁいいや。
とにかくそのときは行く方向が一緒なんだな程度にしか思ってなくて、別に気にもしなかった。でも次の日も、その次の日もその東洋人は私の視界に入るようになった。あるときは校内の食堂で、あるときはバス停で。これってもしかしてストーカーなの?私は怖くなったけど、両親には相談できない。だってそんなことを言ったら、せっかく反対を押し切って始めた、憧れの1人暮らしが終わっちゃう。
だから私は目の前でコーヒーカップに口を付けているボーイフレンドに相談することにした。グリフ・ニードルス。私より6歳年上の26歳で、職業は俳優。まだ駆け出しなんだけど、いつか大物になるって言って日々演技の練習をしている。
「それでジェニファー。今日は一体どうしたんだい?急に会って話がしたいだなんて珍しいじゃないか」
「うん……」
「悩みがあるなら言ってくれ。キミ1人で背負い込むことはないよ。2人で解決しよう」
そう言ってグリフは私に白い歯を見せながらにっこりと笑ってくれる。
ヤバい。超カッコいい―――
「実はね……1週間くらい前から誰かに尾行されているみたいなの」
「え!?それは確かなのかい?」
「うん。最初は気のせいかと思ったんだけど、このところ毎日その人の姿を見かけるの。しかもこっちをずっと見て……るし……」
「ん?どうしたんだい?」
「……あなたの後ろ。3つ先の席にいる」
「え?」
グリフがそう言って振り返る。そしたらあの東洋人は、コーラの瓶片手に席を立って、そのまま店から出て行っちゃった。
「あれが例のヤツ?」
「うん」
「ふむ……見た目からして、東洋人か……警察に相談したほうがいいんじゃないかい?」
「そう思ったんだけど、そしたらきっと実家に連絡が行って連れ戻されちゃう。だからグリフにしか相談できなかったの」
「俺のこと、信頼してくれているんだね、ありがとう。あ!それならしばらくウチに来ないかい?でなければいっそ同棲するとか……?」
というわけで、しばらくお世話になることにした。私は今、グリフの部屋で1つのソファでビールを飲みながらNBAを見ている。こんなに幸せでいいのかな。ちょっと怖かったけど、こんな状況になれてあのストーカー(?)に感謝、かな―――
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「ニキチッ!っあ゛~~、夏カゼか?ここんとこ寝不足だからなぁ……」
路上駐車しているSUVの車内で、純がくしゃみを1発。鼻をすすってから助手席に置いた「タコベル」のロゴの入った紙袋からタコスとクラムチャウダー、別の袋からドクターペッパーを取り出す。タコスの包み紙を剥がして一口。
ちなみにこの店、トルティーヤの固さと中身の具を選ぶことが出来る。純が食べているタコスはソフトタイプのトルティーヤに、中身はチキンと角切りトマトと細切りのレタス。それをドクターペッパーで流し込む。
今回の仕事は特殊なものだった。いつものような暗殺ではなく、監視。しかも女子大生をである。そしてその目標は現在、恋人と思われる男の部屋にいる。
(ジェニファー・ベインズ。20歳。UCLA在学。専攻は歴史学でしかも日本史?成績はそこそこ優秀。趣味はサーフィン……ん?情報屋め、スリーサイズまで調べたのか……ヒュー……でけぇ)
食事を終えた純が見ていたのは、情報屋に頼んで得たジェニファーの個人情報だった。他には交友関係や好物、行動パターンなどが記されていた。だが不審な点が―――
(交際相手のグリフ・ニードルス。生年月日と職業まではわかったが、それ以外の情報が何1つない。逮捕暦もなし。行動パターンもジェニファーと会う以外は、レンタルした倉庫で何かやってるってことしかわかっていない。情報屋の話じゃ、そこで仲間と撮影した小芝居の動画をYouTubeなんかにアップしてるらしいが……)
純はスマートフォンで例の動画を見るが、茶番としか言いようがないものだった。その証拠に再生数は少なく、コメントも辛辣なものばかり。純は途中で再生を止め、スマートフォンをポケットに戻した。
(こりゃ依頼人の言ったこと、当たってるかもしれないな。こうなったら多少強引に……ん?)
純の視線の先、電柱の裏で何かが動いた。暗がりでよく見えないが、その動いた何かが電灯の下に出てきた。
(あれは……)
それは純の見覚えのある男だった。髭を生やした東洋人の男。純がジェニファーの監視を始めた次の日から、よく見かける男だった。恐らくはジェニファーをストーキングしているのだろうが、明らかにバレバレなストーキングだったので、これならジェニファーの目がそちらに行き、自分の監視がバレにくくなるだろうと、そのままにしていたのだ。万が一ジェニファーに手を出すようなら、始末すればいいだけのことと考えて。
純は念のためにベルトに挟んだバックサイドホルスターからスタームルガー・マーク3を抜き、セーフティを解除。いつでも撃てるようコンソールボックス(運転席と助手席の間にある収納ボックス)の上に置く。
純は常に2挺のハンドガンを携行している。1挺は腰の脇のホルスターにUSPコンパクト。腰の後ろ側のバックサイドホルスターにスタームルガー。この2挺は常に持ち歩くようにしている。これはUSPコンパクトが何かしらのトラブルになった際の予備として、そして今のような隠密性が優先される際にスタームルガーを使用する。単純な威力と装弾数ではUSPコンパクトに分があるが、サプレッサーを取り付けた際の銃声は、9ミリ弾を使用するUSPコンパクトよりも、22口径弾を使用するスタームルガーの方が発射音が小さいからである。
(たしかジェニファーと同じ大学の生徒だよな?たしか学科は違うけど……ん?)
その東洋人に男が近付いてくる。東洋人もそれに気付いて近寄る。純は助手席からバッグを取り、中に入ってたスマートフォン用指向性マイクを取り出して、スマホのイヤホンジャックに差し込む。車のキーを「ON」まで回してエンジンはかけず、電装品のみを起動させて半開きだった窓を全部開ける。そしてボイスレコーダーのアプリを起動させて録音状態にし、指向性マイクの付いたスマホを窓から突き出して男たちに向ける。音声を確認するため、自分の耳にブルートゥースイヤホンを取り付ける。
『あ、グリフ。どうっすか?』
東洋人の声がイヤホンに流れてきた。感度は良好。しかし、東洋人と話しているのがジェニファーの恋人のニードルス?
『ああ。アイツは今シャワーを浴びている。うまく行った。もう少しだ。後はあの女にうまいこと言って、金を下ろさせればいい。もう2、3日の辛抱だ』
『ですね。でも大丈夫っすかね?あの女の父親、ハリウッドでも有名なメイクアップ・アーティストでしょ?厄介なことになりませんかね?』
『問題ない。あのオヤジは俺とジェニファーのことを認めていない。駆け落ちでもしたことにして行方をくらませばいい。始末したって、いつもみたいに山奥に埋めれば行方不明で終わりだ』
その後、2人は全く関係のない話を始めたので純は録音を止めた。
―――なんてこった。
純は胸中で呟きながらマイクをスマホから外し、イヤホンを助手席に投げた。
(ミスタ・ベインズ、なかなか鋭いな)
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1週間前
8月9日
カリフォルニア州ロサンゼルス
センチュリー・シティ
フィラデルフィアでの仕事を終えた純は、ジャガーノートの車でニューヨークへ向かい、そこから飛行機でロサンゼルスへ。更に空港から車で依頼人に会うため、センチュリー・シティを目指す。
センチュリー・シティはアメリカ映画産業の中心地であるハリウッドに近いこともあり、映画や音楽、放送業界の事務所が多く集まる地区である。また、その町並みは多くの映画やテレビ番組で使われるが、その中の1つが35階建て、150メートルの高さを誇るフォックス・プラザである。
20世紀フォックスの本社ビルであるフォックス・プラザの前を通り、ここで車を停めてちょっと写真撮影。このビル、同社の代表作の1つであり、80年代のハリウッドアクション映画の金字塔、「ダイ・ハード」で作品の舞台となった「ナカトミ・プラザ」として使用されたことで知られている。
同作のファンである純はおのぼりさん丸出しでフォックス・プラザを撮影しまくった後、気を取り直して依頼人との待ち合わせ場所へ。場所はフォックス・プラザから3キロほど離れた三ツ星ホテルの一室。
純が指定の部屋へ入ると、既に依頼人は来ていた。依頼人の男はソファに座り、膝の上に肘を立て、両手を組んで顎に乗せていた。
「すまない。待たせてしまった」
「おお。お待ちしておりました、ミスタ・ハンク・東條。私がエメット・ベインズです。いえ、時間通りですのでお気になさらず」
男は純の声で立ち上がり、純にソファに座るよう促すが、純はそれを丁重に断った。そして壁を背にして依頼人と向き合う。これは椅子に座っているよりも立っていたほうが咄嗟のときに動きやすいから。そして壁を背にするのは自分が警戒する範囲を少しでも狭めるため。壁を背にすれば、少なくとも後ろは警戒する必要がないからである。
「それで、ハリウッドでも超一流の特殊メイクの腕を持つメイクアップ・アーティストのあなたが、俺なんかにどんな依頼を?」
「ご存知でしたか」
「まぁ、依頼人の素性を調べるのは鉄則だし、それにあなたほど有名な方ならそれほど調べなくても情報はすぐに手に入ります。それで、仕事は?」
「実は、娘のことなのです」
エメットはテーブルに置いた写真を純に差し出した。そこに写っているのはサーフィンをしているジェニファーだった。
「ほう。キレイな娘さんで」
「私の娘、ジェニファーは現在UCLAに在学しています。お恥ずかしい話、娘とは仲が悪くてね。もう1年近く会っていません。会いに行きたいのですが、私も妻も仕事が忙しくて。いや、言い訳ですな。本当はあったらまた口論になってしまうのではと恐れているのかも……」
「……」
「すいません、話を戻します。そこで人を雇って娘を調べさせたのです。幸いにも娘はちゃんと学校に通ってはいるのですが、心配なのは交際相手なのです」
「交際相手……?」
「はい。その相手のことも調べさせたのですが、何も出てこないのです。住所、氏名、生年月日、職業。それは調べることが出来ました。ですが逆に、それしか調べられなかったのです。出身地や出身校、家族構成、犯罪暦。何も出ないのです。そしてこれ。最近、全米を騒がせているこの記事です」
エメットが純に渡したのは1冊のファイル。中を開くと、新聞記事を切り抜いたスクラップだった。
「……結婚詐欺?」
「はい。最初の記事は3年前、まだ戦時中のことです。そして最近のものが今年の初め。全部で12件。国内各地で起こった結婚詐欺ですが、被害を受けたのは全員が女性。しかも、全員が死亡、あるいは行方不明になっているので恐らくは……」
純がスクラップに目を戻すと、確かにそうだった。最初の女性は自殺、2件目は自動車事故で死亡、3件目は行方不明―――そして全員が死亡、あるいは行方不明になる前に、ほぼ全財産を失っている。偶然の一致にしては出来すぎている。
「それで、娘さんの相手がこの詐欺師かもしれないと?」
「考えすぎ、と思われるでしょう?ですが、嫌な予感しかしないのです。第六感、とでも言いましょうか。私のカンはよく当たるんです。良いことも悪いことも。仕事が大当たりしたとき、娘が生まれたとき、戦争が始まったとき。全部胸騒ぎがしました」
「……」
「お願いします。娘を監視し、もし交際相手がその詐欺師なら、葬ってほしいのです」
「うーん、警察やFBIに頼んだほうが……」
「『胸騒ぎがするから娘を保護しろ』なんて、誰が聞きます?証拠も不十分です」
「なら娘さんを無理やりにでも連れ戻せばいい。それで解決でしょう?」
「確かに娘は助かります。ですが、それでも次の被害者が出てしまうかもしれない。そんなことはできません。お願いします。どうかイエスと言ってください」
エメットが立ち上がり、純に深々と頭を下げる。純は静かにファイルを閉じ、テーブルに置いた。
「……1週間です。1週間様子を見て、何もなければ安全とみなします。それでいいですね?」
「おお!ありがとう。本当にありがとう!」
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現在
(なるほどね。あの2人はグルか。わざと見つかるようにストーキングして、相談されたら同棲を持ちかけて一緒に暮らす。んで、頃合を見計らって結婚を匂わせ、金を自分に預けさせて消す。今までもこうやってきたのか。ゲスが―――)
純は今すぐにでもあの2人を殺したい衝動に駆られたが、それではジェニファーはただ恋人が殺されたと思うだろう。そして彼女のショックは恐らくあずさのときと同じか、それ以上。それに、犯人があの2人だけとは限らない。背後関係も洗う必要がある。そして―――
(どうやって彼女を保護するかだな。さてどうするか―――)
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8月16日
午前の講義を終えた私は食堂でランチをしていた。でも友達は教授に呼ばれて行っちゃったから、今日は寂しく1人でランチ。今日のメニューは日本人が考えた魚卵の塩漬けのパスタ。最近のお気に入り。みんなは邪道だなんて言うけど、これの美味しさがわからないなんて―――
「あ、ここ座ってもいいかい?」
そんなことを考えていたら、向かいの席に男の子が座った。声をかけられて顔を上げると、東洋人。でも、最近私を尾け回している東洋人とは違う。あの人と違って髭は生えていないし、髪も短くてもっと清潔感がある。ちょっと……いえ、かなり私好みのキュートな顔をしている。ちょっとドキっとしちゃった。
「お?キミ、タラコパスタなんて珍しいもの食べてるんだね。こっちの人は食べないと思ってた」
「え?知ってるの?」
「知ってるも何も、俺の国じゃ何処にでもあるパスタだよ。あ、自己紹介がまだだったね。俺はハン……秋彦。東條秋彦。日本から来たんだ」
東條と名乗ったその日本人が握手を求めてきたので、私もそれに応じる。
「え?日本の人?」
「ああ。こっちに留学してきたんだ。専攻は心理学。まぁ国籍は日本だけど、母親はイギリス人なんだよね。でも驚いた。アメリカにタラコパスタがあること自体ビックリしたよ。好きなんだ?」
「え?ええ、この魚卵……タラコって言うの?の独特の味が好きなんだ」
「ハハ。あ、そうだ。もしよかったら他にも日本のパスタを紹介したいんだけど、今日時間ある?」
え?いきなりお誘い?私たち、知り合ってまだ5分と経ってないよ?でもアキヒコだったらいいかな―――ってダメダメ。私にはグリフがいるんだから!
「……ゴメンなさい。私、ボーイフレンドがいるの」
「ん?……あ、そういうつもりじゃなかったんだ。イタリア料理のアレンジとはいえ、自分の国の物を好きって言ってくれるのが嬉しくてつい……なんか、ゴメンね?」
あれ?斜め上の回答。もしかして純粋にディナーだけに誘われてる?なら……いいかな?
「ううん!私こそ!でも……ちょっと気になるからお誘いを受けちゃおうかな?」
「本当?よかった。なら夕方の5時にここに集合でいいかい?」
「うん。楽しみにしてるね。トウジョウ」
「秋彦でいいよ。俺も君のこと……って、まだ名前聞いてなかった」
「あ!ゴメンなさい。私はジェニファー。ジェニファー・ベインズ」
「オーケー、ジェニファー。それじゃあ後で」
アキヒコはいつの前に食べ終えたのか、空になった食器を載せたトレーを持って返却口へ向かって行った。―――これは浮気じゃない。仲良くなった留学生とディナーを一緒にするだけ。うん。浮気じゃない―――
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「はぁ~~……!」
食堂から出るなり、純は溜息を一つ。女性を口説くなんて慣れないことはするもんじゃないなと痛感した。
(さて。誘い出すことには成功したが、アドリブで言ったからなんも考えてなかった。メニューは何がいいかな?あ、それと―――)
純はスマートフォンのレシピサイトを見ながら大学を後にした。
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17:00
私が指定された待ち合わせ場所に向かうと、アキヒコは既に来ていた。
「ごめんなさい!待たせちゃった?」
「いや、俺も来た所さ。さて、行こうか」
アキヒコの車で私たちは大学を後にしてウォルマートで食材の買出し。そしてアキヒコの部屋へ向かったんだけど―――
「何、これ……」
案内されたのは豪邸だった。ただの大学生がこんな家を1人で―――?
「親の別荘だよ。俺の親は2人とも学者でね。ささ、入って入って」
吹き抜けの玄関を通ってリビングに入ると、壁には何インチあるの?っていうくらい大きなテレビ。ソファも物凄く高そう。庭にプールまである。私の実家もそれなりだけど、この家は別荘というには豪華すぎると思う。
「す、凄いおうちね」
「ハハ、やっぱりそう思う?何年かに一度しか来ないのに、こんな豪邸を建てて、うちの親は何を考えているのかわからないよ。さて、早速料理するから、君はテレビでも見てくつろいでいてよ。何か飲むかい?」
「え?私も手伝うわ」
「君はお客様だ。料理は家主の俺の仕事。いいから座ってて」
うわー、すっごい優しい。今までボーイフレンドは何人かいたけど、今までで一番優しいかも。気遣いが上手というか。っていうか、今までの人はみんな料理なんて出来なかったもんね。
「さてと。やりますかね」
純は買ってきた食材を広げて調理を始めた。純は1人暮らしが長いため、家事は一通りこなせる。朝、夕飯は勿論、学校がある日はちゃんと弁当も作って持って行く。ただアイロンがけだけは苦手なので、これは結維に頼んでいた。
今日のメニューはしめじとベーコンのパスタとサラダ。パスタを茹でている間に野菜を食べやすい大きさに切り分けて器に盛る。ごま油と醤油、酢を合わせ、隠し味に柚子胡椒を少し入れて和風ドレッシングの完成。次はフライパンにオリーブオイルを引き、みじん切りにしたニンニクを入れる。香りが出たらベーコン、しめじ、刻んだ万能ねぎを入れる。ここでパスタが茹で上がったので、茹で汁をお玉1杯分フライパンに入れ、湯切りしたパスタをフライパンへ。醤油とバター、塩コショウで味を調えたら完成。
「ジェニファー。出来たよ」
出来上がった料理をトレーに乗せて純がリビングのジェニファーに声をかける。ソファーで足を伸ばしてくつろいでいたジェニファーは座り直し、純から受け取った料理をテーブルへ乗せた。その料理を見て、ジェニファーは目を輝かせる。
「うわぁ、美味しそう。なんていうパスタなの?」
「ベーコンとシメジ・マッシュルームのパスタ。そのまんまのネーミングだろ?醤油とバターで味付けしたんだ。こっちのサラダのドレッシングも、醤油とごま油と酢で作った和風ドレッシングだよ」
「食べよう食べよう」
「うん。じゃ早速……」
「「いただきます」」
2人とも手を合わせて言うが、日本語であった。
「パスタもサラダも物凄く美味しかった!!料理、とっても上手なのね!」
「それはよかった。ありがとう」
食事を終えた私たちは食器を片付けてから少し歓談。私はワインを、アキヒコはコーラ。聞いたらまだ19歳になったばかりとのこと。東洋人が若く見えるっていうのは本当みたいね。正直、もしかしたら飛び級でこっちに来たのかと思ったし。
ああ。でも、見れば見るほど私好み。がっしりした身体に、東洋人にしては少し掘りの深い顔。どうしよう。ヤバいかも―――
「でもジェニファー、さっき『いただきます』と『ごちそうさまでした』って言ってたけど、なんで日本語なんだい?」
「私、歴史学を専攻しているんだけど、その中でも日本史の勉強をしているの」
「へぇ。日本史を」
「うん。日本って第2次世界大戦で負けちゃったのに、その後物凄い勢いで経済成長を遂げたでしょ?それがどうしてなのか知りたくて。それと、日本史を勉強してそれ以上に驚いたのがメイジイシン以降の日本。アメリカ海軍がやってくるまでは、日本は鎖国をしていて、文明的には当時の欧米に比べてはるかに遅れていたでしょう?それが西洋の技術を吸収して、明治政府ができて、当時最強と謂われていた海軍を有するロシアに戦争で勝った。たった数十年でよ?これってすごいことだわ」
「ああ、なるほど。日本だとそれが当たり前だから気付かないけど、外国目線でそう言われると、確かにそうかもしれないね」
「それと一番気に入ったのが『タケトリモノガタリ』。私が知る限り、世界最古のSF作品なんじゃないかな?」
「かぐや姫は月から来たから、そういう意味では宇宙人であるわけで、確かにSFだね。あ!それで思い出した。前に友人から薦められて読んだ宇宙人物のSF作品がインターネット小説であるんだけど、内容が竹取物語に関係しているんだ。お薦めだよ。日本語の勉強にもなるだろうし」
「何それ面白そう。なんていうタイトル?」
「えっと確か……『銀河連合日本』、じゃなかったかな?」
あっという間に夜が更け、私はアキヒコに家まで送ってもらった。さすがにグリフの家に送ってもらうと鉢合わせて誤解を招くかもしれないから、今日は自分の部屋で寝ることにした。でも、楽しい時間って本当にあっという間に過ぎちゃうのね。
「アキヒコ、今日は楽しかった。ありがとう。さっき教えてもらった小説も、後で読んでみる」
「こちらこそ楽しかったよ。また日本について何か聞きたいことがあったら連絡をくれよ。俺のわかる範囲で教えてあげる」
「ええ。それじゃあ気をつけて……。ねぇ、アキヒコ」
「ん?なんだい?」
あ~、どうしよう。彼とは今日会ったばかり。しかも日本人は恋人とベッドを共にするまで時間をかけるって聞いたことがある。どうしよう。こんなにすぐに誘ったら、はしたない女って思われちゃうかな?でも、もう気持ちが抑えられない!
「あ、あのさ……今日はうちに泊まって行かない?」
「え!?で、でも今日会ったばかりだし、それに、君にはボーイフレンドが……」
「わかってる!わかってるんだけど……その……『ヒトメボレ』しちゃったみたい。私」
(ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ!!会ったときから、正直チョロいとは思ってたけど、まさかここまでチョロすぎるとは……なんだ?チョロインってヤツか?そうなのか!?)
純はもじもじと恥らうジェニファーを見ながら笑顔を続けていたが、内心冷や汗かきまくりであった。正直純は女性経験はおろか、キスすら未経験である。
(でもキスはこの前あずにゃんと……いや、あれは人命救助の一環だ。だからノーカンだ。うん。そうですよ?ファーストキスはまだですよ、結維さん……って、なんで結維が出てくるんだ?って落ち着け、落ち着くんだ早瀬純!)
「……アキヒコ?」
「はイ!?」
笑顔のまま固まる純にジェニファーが声をかけるが、とつぜん声をかけられた純は思わず裏声混じりに返事をしてしまう。
「……大丈夫?」
「うん、うん。ダイジョウブ!あいむおーけー!はぁ……ちょっと驚いちゃって。恥ずかしい話、生まれてこの方ガールフレンドがいたことがないんだ、俺」
(はっ!これだ!いいこと思い付いた!)
「それと、日本人てそういうのには時間をかけるんだ(例外もあるけど)。だから、まさか……」
(頼む頼む頼む頼む。ドン引きしないでくれ)
「あっ!ご、ごめんなさい。私ったら何を……そういう意味じゃなくて、いや、そういうのもちょっと期待したけど……イヤだ。私ってば何言ってるんだろ」
(およ?これは行ける?)
「ノー、のー!君の気持ちが嬉しくて、俺もちょっと混乱してる。だからお誘いは喜んでお受けするけど、今夜は……そういうのはナシで」
「そ、そうだね。うん……そうだね」
(でも、このまま彼女の家に泊まって押し倒されでもしたら……僕も思春期のオトコノコなワケで……あっ!)
「な、なぁジェニファー。突然のことで俺も着替え持って来てないし、こういうのはどうだい?君が着替えを持ってきて、俺の家に戻って君が泊まるって言うのは?それなら日本の勉強とか教えてあげられるし」
(これだ!我ながらグッジョブ!)
「うん!それはいいかも!じゃあすぐに着替えを取りに行って来るから待ってて!」
そう言ってジェニファーはアパートの中へ消えていった。ジェニファーが見えなくなってから純はSUVによりかかって座り込む。
「はぁ~。いろんな意味で助かった……。決めた。もう暗殺以外の仕事は請けねぇ。特に女がらみはだ!」
新たな仕事の方向性を決めた純であった。
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5時間後
「見失った!?」
レンタル倉庫で、ニードルスが東洋人のストーカー男に尋ねた。ここは純の雇った情報屋の調査どおり、表向きはこの倉庫で芝居の撮影をし、動画サイトなどにアップしているのだが、その実態は結婚詐欺集団のアジトであった。人数は全部で15人。結構な大所帯である。
彼らは3年前から活動を始め、8つの州で犯行を繰り返してきた。金を持っていそうな女性を見つけると、メンバーの誰かが女性に近付き、交際。そして結婚を匂わせて、金を手に入れる。当初はそれだけが目的だった。だがアクシデントが起きてしまった。一番最初の相手に感付かれ、口論となって弾みでその女性を殺害してしまったのだ。そこでリーダーのニードルスが考えたのが、自殺に見せかけた偽装だった。ニードルスたちの目論見は見事成功。警察は自殺として処理した。
そしてこの出来事でニードルスは気付いた。金を取るだけ取って、相手は証拠隠滅のために始末すればいいと。ニードルスたちは闇医者に大金を積んで州を跨ぐごとに顔を変え、偽造IDも入手して次々と犯行を繰り返していった。だが警察やFBIもバカじゃない。そろそろどこかでアシが付くだろう。そこでニードルスたちは今回のジェニファーの仕事を最後に、一旦身を隠すことに決めていた。だが―――
「一体どうしたんだ?」
「はい。グリフの指示通り、今度はバレないように尾行をしていたんスけど、なんか若い東洋人と一緒に消えちまいまして……」
「東洋人?」
「ええ。歳は多分ジェニファーと同じくらいか下ってとこっスね。2人で車に乗ったんで後を尾けたんスけど、途中で見失いまして」
「お前は俺たちの中でも一番尾行が上手い。それを振り切るとは。偶然、なのか?」
尾行が上手いと言っても、所詮は素人。その手のプロからすればバレバレなのだが、相手はプロ中のプロである純。東洋人の尾行など純にはお見通しだし、撒くのも容易いことであった。
「しょうがない。明日だ。明日決行する。お前たちは車で待機して、俺が合図を出したら強盗を装って部屋に入ってくるんだ。それで金を下ろさせ、手に入れたら始末しろ。俺はその間にこの部屋を引き払う準備をする」
作戦の概要を説明しているニードルスも、その説明を聞いている仲間たちも、倉庫の窓から何かが突き出ていることに気付く者はいなかった。
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『しょうがない。明日だ。明日決行する。お前たちは車で待機して、俺が合図を出したら強盗を装って部屋に入ってくるんだ。それで金を下ろさせ、手に入れたら始末しろ。俺はその間にこの部屋を引き払う準備をする』
指向性マイクを倉庫の窓から突き入れていた純は、決定的な証拠を抑えると音を立てないよう静かに倉庫から離れて車に戻り、その場を後にした。
あの後、再びジェニファーを家に招いて日本史の勉強会。そしてそのまま力尽きて寝てしまったジェニファーをゲストルームのベッドまで連れて行き、その隙に偵察に来ていたのである。決して手は出していない。
(さてと。これで今後の方向性は決まったな。炙り出してやる)
Special Thanks
柗本保羽:著「銀河連合日本」
作中で純がジェニファーに紹介していた作品は「小説家になろう」にて作品を連載されている柗本保羽様に許可を得て掲載しております。
柗本保羽様、ありがとうございました。
お読み頂き、ありがとうございます!
感想、ご意見、ご指摘大歓迎でございます!
また、7話投稿に合わせて人物紹介を更新致します。




