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魔法使いとハッコウの乙女

作者: 色色色

 風と共に揺れる木々、肌に刺さるほど鋭い日差し。

 季節にあった気温ならば辛いが今日この日だけは違った。

 辛く厳しい夏の昼間、世間の学生達が続々と駅の中に入っていく光景を、少し離れた場所にあるベンチから眺める。

 普段はあまり袖を通さない服で身を包み、腕に巻き付けた時計に幾度となく目をやる。

 かれこれ四十回程目をやっている時計は相も変わらずナメクジのように針を進めていく。

 僕が何をしているか、簡単に言ってしまえば人を待っているのだ。

 誰を待っているかは自分でもわからない、ただ女性だと言うことは解っている。

 彼女を知ったのはつい先週の事であった。


 小学生の時、僕は野球と出会った。この時その出会いが悲劇の始まりであると僕は気付いてはいない。

 中学生の時、突如として陸上に目覚める、その結果「陸上馬鹿」と呼ばれるようになる。

 高校生の時、何を考えたか男子校に行き、レスリング部に所属していた。

 結論を言うと僕は生まれてから一度も彼女が出来たことがない、故に童貞である。

 そんな俺は高校を卒業し消防士を目指し、そして地方の消防士になった。

 現在年齢にして二十九、職場の人間の多くは彼女や妻、人によっては子供までいるくらいだ。

 そんなある日、一週間後に遂に三十路になってしまうという日、同僚の男にあるものを教えられた。

「オッス!笹々(さささささき)君」

 彼は竹下芥子(たけしたけし)さん僕の二歳上で妻子持ち。

 ちなみに僕の本名は笹々崎佐助(さささささきさすけ)だ。

「どうしたんですか?」

 貴重なお昼の時間に話しかけてきたと言うことは何か大切な話なのだろう。

「お前もう直ぐ三十歳だろ?だからこれ」

 芥子さんが胸ポケットがら取り出したのは一枚の紙だった。

 紙を受け取り裏返す、そこには英語と数字が一列に書かれている。

「URL、ですか?」

 芥子さんに紙を見せながら訊ねる。

「オウ!三十になるのに童貞だと嫌だろ?それ、俺のオススメ!」

「嫌ですよ、どうせデリヘルでしょう?」

 芥子さんはデリヘル通としてブログを書くぐらいデリヘルを使っている。

「そう言うと思ってたぜ、騙されたと思って見てみ?」

 過去に同じ言葉で芥子さんに騙されているからその台詞に余計警戒心が高まる。

 その事について言ってやろうとした矢先に室内に鼓膜が破れんばかりのサイレンが鳴り響く。

「さて仕事だ!」

 芥子さんはそれだけ言うと帽子を深く被り、走り出す。

 僕も食事を中断し背中を追う。


 仕事が終わり帰宅したのは夜の十二時を回った頃だった。

 コンビニで買ってきた少し冷めてしまったお弁当を電子レンジに入れる。

 家賃の安いアパートに一人で暮らしているため時間を気にしなくて良いという点は利点だが、この年にもなると不意に寂しさを感じるのだ。

 意識せずにため息を吐いてしまう。

「ん?」

 足元に何かが落ちといる、どうやら紙のようだ。

 拾い上げる、それは昼間に芥子さんに貰った紙だった。

 試してみるか、何故かそう思ってしまった。


「これで……いいのかな?」

 風呂を上がりで温まった身体を冷たい缶ビールで冷やす。

 普段からあまり使っていないノートパソコンを引っ張り出し電源を入れる。

 不思議なことに、紙に書かれていたサイトは特に特徴の無い出会い系サイトであった。

 僕はてっきり芥子さんの事だから熟女系デリヘルサイトだと思っていたので少し意外に感じる。

 とりあえず必要なプロフィールを簡単に作り登録してみたのだが……。

「こんな感じか?」

 このようなサイト自体、利用するのは初めてなのでいかせん勝手が分からない。

 作り終えたプロフィールを見ておかしな部分を探す。

 修正すべき部分が無かったので取り敢えず登録完了と書かれている箇所をクリック。

「さてはて、何時メールが来るんだろうか」

 待っているだけでは時間が無駄になってしまう、なのでもう一度サイトの利用方法を眺める。

「男性はメール一通送るのに百円、女性は無料って……」

 芥子さんは結構な頻度でこう言うサイトを利用しているらしい。

「あの人、月にいくら使ってんだろ……」

 結婚をしていて子供まで居るのに何という恐ろしいことをしているのだろう、正気の沙汰ではない。


 登録から一時間が経過した、現段階ではまだ女性からメールが送られてこない。

「そろそろ寝ないと明日がキツいな……」

 先程から欠伸が止まらない、顎の関節が外れると思ってしまう位に口を大きく開いてしまう。

 パソコンの電源を落とし、敷きっぱなしの布団に入る、直ぐにまぶたが重くなり寝てしまった。


 翌日の夜。

 仕事が終わり今日も夕食はコンビニのお弁当である。

 家に着いて直ぐにパソコンの電源を入れる、ついでに弁当を電子レンジに入れる。

 自分でも意外なことにメールの有無について少し気になっていたのだ。

 レンジが音を鳴らし、十二分に温まったお弁当を中より取り出す。

 コンビニの箸を取り出しながら片手でパソコンを操作する。

「んっ!」

 出会い系サイトの画面にメール有りの表示がされていた。

 女性とメールで話をする経験が殆ど無いため、心がコサックダンスを踊っている。

 早速メールをクリックする。

「何々……」

 メールには簡単な自己紹介文とメールでもっと話さないかと言うような内容が書かれていた。

 勿論直ぐにメールを返し、返事を待つ。

 すると直ぐに返事が返ってきた。

 その後もメールが来ては返し、返され、読み、と寝るまでずっとやり取りをしていた。ちなみに寝たのは鶏が鳴き始めた時間であった、この日が休みで本当に良かったと思う。


 休日が終わり、出勤日。

 無論、休日の間もメールは欠かさなかった。

「おはようございます!」

「オッス!何か元気が良いな!」

「はい!芥子さんのお陰ですよ!」

 誰よりも元気な芥子さんが言うのだからそうなのだろう。

「お喋りの上手な女の子と出会ったんですよ!」

「良かったな!卒業出来て!!」

「あっ、いやまだヤってませんよ、会っても居ませんし」

 始めてまだ間もないのだゆっくりゆっくりと時間をかけていけばいい。

 しかし。

「は?」

 芥子さんは僕が言ったことが理解できないのか目が点になっている。

「メールですよメール、メールでずっと話をしてたんですよ!」

 妻子有りの芥子さんには女の子とメールでたわいもない会話をする楽しさが分からないのだろう。可哀想な人だ。

 僕の内心の哀れみをよそに何か考え事をしているようだ。

「ちょっとやりとりしたメールを見せてみろ」

「?構わないですけど……」

 突然言われ少し悩む、もしかしたら変なメールを送る気ではないだろうか。

 しかし、芥子さんの目は真剣そのものだった。

 たまたま持ってきていたノートパソコンを鞄から取り出し、電源を入れ、操作する。

 一昨日からのやり取りを芥子さんが見えるようにする。

 画面を見た芥子さんは少しパソコンを弄ると、静かにパソコンを閉じた。

「あー……、言いにくいんだが、これ業者だぞ」

「業者?」

 聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまう。

「サクラとも言うな、誰かが女の振りをして騙してるんだよ」

「んな!……そんなぁ」

 余りの衝撃に立ち眩みを起こしその場にへたり込んでしまう。

 貴重な休みを無駄にしてしまった事と相手が女でないのに対し浮かれていた事の二つ、その二つのせいで先程までの元気が霧散してしまった。

 そんな僕を見て、芥子さんは一度閉じたパソコンをもう一度開く。

「……ちょっと待ちな」

 先程見せた出会い系サイトを弄りながら何かを真剣に探している。

「この子にしてみな」

 芥子さんはパソコンの操作を止め画面をこちらに向ける。

「この子は大丈夫だ、二回ぐらいのメールで会えるはずだ。早速メールしてみな」

「ありがとう……ございます」

 半信半疑ながら、早速メールを送ろうとしたとき、ちょうど訓練が始まる時刻になってしまった。


 家に帰ってくると直ぐにパソコンの電源を入れる。

 静かな室内をパソコンの起動音が支配する。

 まだほんのりと温かいお弁当を袋から取り出しコンビニで貰った箸を割る。

 左手に何時ものお弁当を持ち、反対の手でパソコンを操作していく。

「この人か……」

 芥子さんが言っていた女の子のプロフィールを開く。

 プロフィールの内容は昨日までメールでやり取りをしていた女の子と大部分が似ていた、ただ二つのだけ完璧に異なっていた。

 一つは直ぐに会える人叉は一週間以内に必ず会える人限定と書かれている、そして名前が少々変わっている。

「だから芥子さんはこの子にしろって言ったのか」

 「芥子さんも伊達じゃないなぁ」等と少し感心してしまった。

 取り敢えず急いで遅めの夕食を済ませると早速メールを送ってみる。

「良ければ、日曜日に、どうですかっと」

 芥子さん曰わく、一通目から誘っても問題はないらしい。

 余り期待しないように考えながら床につく、明日も仕事があるからだ。

 パソコンを消し、戸締まりとガスの元栓がしっかり出来たかを確認する余裕は無いほどの睡魔が体を支配した。


「来てる……」

 貴重な昼休みに鞄からパソコンを取り出し出会い系サイトを確認する、そこには新着メール有りの表示があった。

 周りの人に見られないように内容を確認する。

「わかりました、一時に石栗ヶ腹駅西口前広場で、良ければメールを下さい……まじか」

 余りにスムーズに行き過ぎて拍子抜けも良いところだ。

 待ち合わせ場所の石栗ヶ腹駅はここら辺では少し大きいぐらいの駅だ、例えるなら西新宿五丁目駅より少し小さいくらい、自宅がある駅から少し離れているが寧ろ好都合である。

 直ぐにメールで了承の旨を伝えた、そして今度は時間を置かずに返信が来る。

「私の格好は直ぐに分かると思います、一応メアドを張りますね……なんだと」

 メールの本文の下に携帯と思われるメールアドレスが書かれていた。

 早速書かれていたメールアドレスを携帯に登録した、勿論念のためであって他意はない。

「ご機嫌だな!」

「のわっ!」

 突然背後に現れた芥子さん、この脳筋男は頭を使わずにこういう事をする、早くくたばれば良いのに。

「さっきからニヤニヤと締まりのない表情をして……早く飯を食べろ!!!」

 今度は説教か、何様なんだコイツは。

 しかし芥子さんの言っている事は間違っていないので素直に従う。パソコンを使用するために隅に追いやったサンドイッチは変形している。取りあえず食べるか。

「そう言えば俺が薦めた女の子はどうだ?やることヤれそうか?」

 やはり脳筋男にはデリカシーがないのか、普通にセクハラに値する、無論僕は男なので気にはしないが。

「メアドを教えてくれたんですよ」

「おー、なかなか珍しいな、ちょっと見せてみな!」

 また何かあるのか、僕は恐る恐るパソコンの画面を見せる。

「えーっと……何々…………まじか」

 芥子さんは何かを見つけたのか、少し真剣な表情をしていた、その顔はとても面白い。

「何かあったんですか?」

「……いや、特にない」

 特にないのかよ!と言う突っ込みはしないでおく、その代わりに両拳をきつく握る。

「兎に角遊んでないでさっさと食えよ!」

「はぁ……わかりました」

 イマイチ釈然としないが言うとおりにする。ちなみに両拳をきつく握ったせいでサンドイッチは見るも無惨な姿に、握力六十超えは伊達じゃないな。


 それから現在に至る。

 携帯電話を開き、現在の時刻を確認する。

 次に広場にある時計に目をやる。

 最後に腕時計に目を落とす。

 どれも全て同じ時刻で同じスピードを保っている、現在十二時五十分四十三秒。

 もうすぐだなと駅の入り口に目をやった時、自分の携帯が震えた。

 慎重に携帯を取り出し勢い良く開く。

「ヤッホー!俺は今からホテヘルで遊ぶぜ!」

 芥子さんからであった。

 ゆっくりと携帯を閉じ……勢い良く地面に叩きつける。

「ふざけんなよあの所帯持ち!嫁にバラすぞ!!!」

 肩で呼吸しながら落ち着くのを待つ、するとまたも携帯が鳴る。どうやら壊れてはいなかったらしい。

 もう一度携帯を開きメールを読む。

「駅に着いたんですがどこら辺に居ますか?」

 彼女はもうすぐそこに居るらしい。

 見たら直ぐに分かると言われているのでそれらしい人物を探す。勿論直ぐに分かった……否、直ぐに分かってしまった。

 本当に分かり易い容姿で駅の券売機横にきょろきょろと忙しなく顔を動かしている、そんな彼女の事を一人、また一人と見ては目を見開いていた。

 絶対の自信を感じゆっくりと彼女に近づく、すると向こうも直ぐにこちらに気づき歩き出す。

 距離にして僅か三十センチ、彼女が僕を見上げ僕が彼女を見下ろす形で対面した。

「よく気がつきましたね、やっぱりコレで分かっちゃいましたか?」

 最初に口を開いた彼女、そんな彼女は自らの踵を軸にくるりと体を回しニコリと笑う。

 僕はこの、二つの意味で記憶に刻まれるほどのインパクトを持った女性。腰まである髪の毛全てが黄金虫のような色をした、ゼリー子・プリンプリンさんの事を一生忘れられそうにない。

「それじゃ行きましょっか」

「っ!ちょっ!行くって何処に!?」

 突然手を握り歩き出すゼリー子、さりげなく恋人繋ぎで手を握られているが、その事について喋る以前の問題が僕に起きている。

 僕は生まれてから今日まで女の子とまともに手を繋ぐことはおろか喋る事すらしていない、勿論家族や仕事を除いたプライベートの時間での話だが。

 それ故に慌てていた。

 目の前には若くて可愛らしく少し良い匂いがする、黄金虫色の髪の毛をした女の子が居るのだ慌てない方がおかしい、決して僕が童貞だからとか彼女の髪の色が昆虫色だからとかそんな理由ではない。

「どうしたんですか?……もしかしてお腹すきましたか?」

 ゼリー子さんは歩みを一度止めこちらを向く。

 彼女は光り輝いて見える程の愛らしい笑顔をこちらに向けてくる、勿論物理的に輝いている髪の毛は太陽光を反射しピンポイントで顔に光が向けられている。

「いや……先に買い物をしよう、駄目かな?」

「いえいえ、私も少し買い物がしたくて。笹々崎さんも何か買いたい物でもあるんですか?」

「いやまぁ……ちょっとね」

 彼女の二つの輝きから目を逸らし喋る。

 たった今買わなければならない物が出来たため彼女を直視することを躊躇ってしまう。

 そんな僕の態度を見て何を思ったのかクスクスと小さく笑いまた歩き出す。

「全く、何を買うんですか?まさかエッチな物ですか?」

 終始笑顔の彼女にそんなことを言われ恥ずかしくなり顔を伏せる、その態度を見てまた彼女は笑う。

 そんな彼女に「お前の髪の毛が光を反射して眩しいからサングラスを買う」などとは口が裂けても言えなかった。


 駅からバスに乗って、やってきたのはショッピングモール。

 ここら辺に住む人は勿論、少し離れた場所や、他県からもお客さんが来るほどの規模を有する。

 僕らは二時間ほど時間を使い買い物を楽しみ、今は一階にあるフードコートにて少し遅い昼食を食べていた。

 食事はあまり進んではいないが会話は弾んでいる。

「え?じゃあ笹々崎さんて本名何ですか?」

「うん、そうだよ。ゼリー子さんは本名じゃないんだね」

「もちろんですよ、本名はもっと長いですよー」

 等と冗談を交えながら会話をする事で何時の間にか緊張することは無くなった、ちなみに本名については冗談だとは言ってくれなかった。

「それにしても笹々崎さんって体つきが良いですよね、何かやっていたんですか?」

「レスリングをやっていたからだよ、だから体力もあるよ」

「そうなんですか!なら……三回四回は余裕ですよね?」

 突然回数の話をされ理解出来なかったが、彼女はそんな僕にどこか妖艶な雰囲気がある笑顔で言った、その一言により当初の目的を僕は思い出す。

「このあと直ぐにホテルに行きますか?」

 今日僕は童貞を捨てるためにやってきたのだ、すっかり失念していた。

 普通であったら子供連れの多い休日のフードコートであまりこのような話をするべきではないのだが、今は気にする必要はない。

 何故なら彼女の髪色を見た親子が自分達から距離をとったからだ、人工灯の光さえ反射する彼女の髪の毛、太陽光よりは幾分かはましだがそれでも目が痛い。

「そうだね、食べ終えたら四時半ぐらいにここを出ようか」

 片道三十分のバスの時間を考え提案する。

 彼女も僕の案に賛成し、食事を再開しだす。


 食事を終え、二人でショッピングモール近くのバス停に並んでいる。

「早速使っているんですね、そのサングラス」

 外に出たのであるならば直ぐにサングラスをかけなければ命とりになるであろう。

「うん、自分への誕生日プレゼントみたいなものだからね」

 こう言っておけば違和感なくサングラスをかけられるであろう。

「笹々崎のお誕生日って近いんですか?」

「近いと言うか今日なんだよね」

「そうなんですか!?なら言ってくださいよ、そしたら何かプレゼントしたのに」

 彼女は少し不満げに唇を尖らしている、勿論その行動が許されるのは清純な女の子限定であって貞操観念が狂って出会い系をやっているような女の子がやって良いものではない。しかしゼリー子さんはかわいいので許す。

「そうだ!笹々崎さん」

「どうしたの?」

 ゼリー子さんが何かを閃いたかのように目をキラキラさせている、キラキラしすぎて頭がクラクラしてくる。

「お誕生日と言うことなので笹々崎さんがやって欲しいことを何か一つしてあげます」

 その一言で僕の頭はフルスピードで回りだす、何をしてもらうか、何をしてもらうと嬉しいか、その事柄が脳を覆い尽くし……僕の中で一つの結論を出した。

「それじゃあ……」


 一度駅に戻りそれから二人で歩き出す。

 日はすっかり姿を隠し昼間とは打って変わって涼しさが増している、そんな外を僕らは公園へと向かうために歩いていた。

「本当にそんな事で良いんですか?」

 バスの中。

 ゼリー子は僕のお願いを聞くと、少し呆れたようなそれでいて母性を感じさせるような表情で訊ねていてきた。

「うん、久し振りに甘えてみたくてね」

 僕がおどけた感じの返答にまたクスリと笑う。

「じゃあどうします?ホテルに着いたらしましょうか?それとも」

「何処か別の……公園かなんかで!」

 相手の言葉を喰う勢いで喋る、彼女も少し面食らっていたが直ぐにまた笑顔になり頷いてくれる。

 そして僕らはバスを降りると、ホテルが並ぶ場所とは反対側にある少し大きい公園に向かうことにした。

 昼間の騒がしさや夜の静けさとは違う空気が流れる道を二人でゆっくりと進む。

 人が少なく遠くから烏の鳴き声だけが響く。そんなとき自転車のブレーキ音が鋭く響く。

 反射的にそちらを向く、しかしそこには小学生くらいの男の子が自転車に跨がった状態で止まっていた。

「クソクソクソぉぉぉおおお!!!こんな事ならちゃんと袋を貰うんだった!お陰で段差でガクッとなった拍子に籠の中のハンバーガーが水浸しじゃないか!!!クソクソクソぉぉぉおおお!あの店の店員ふざけんじゃね!ハンバーガー買って水をただで貰って何が悪いんだ!袋位付けろよ!そして何で袋いりませんって言ってんだよ!馬鹿か俺は!?」

 よくわからないガキがこちらをちらちら見ながら説明している。

 少しの間その子を見ていると少年は恥ずかしそうに俯き突然自転車で走り出すと奇声を上げ始めた。

 …………。

「妙な奴が居たものだ……」


「こんな感じですか?」

 頭の上からかけられる優しい言葉、頭を撫でられながら言われると昔の記憶が蘇ってくる。

「きもちいよ、思わず眠っちゃいそうになるよ……」

 僕が彼女にお願いしたことは膝枕だ、久し振りに誰かに甘えたくなったのだ。

「笹々崎さんって子供みたいですね」

 彼女はまた楽しそうに笑っている、この姿勢では顔が見られないので少し残念だ。

「…………」

「…………」

 僕らの間に奇妙な沈黙が流れる、重く冷たくはないどちらかと言えば暖かい沈黙が。

 何分くらいたったのか分からない下手をしたら一時間二時間は経過しているのではないかと錯覚させるほどゆっくり時間が流れている。

「……そろそろ行きますか?」

 彼女の言葉に無言で起き上がり、彼女の手をそっと握り、来た道をもう一度辿るように歩いた。目的地を目指して……。


「オッス!笹々崎君おはよ!」

「おはようございます芥子さん」

 朝から元気な人だな。

 机の上を片づけていた芥子さんが出勤したばかりの僕に気づくと直ぐに近寄ってきた。

「んで!どうだったんだよ!」

 予想道理の言葉に吹き出しそうになった。

「特に変わった事はありませんでしたよ?」

「本当か?」

 おっさんがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら喋っている、気持ち悪いおっさんだな。

「それじゃあ……公園で膝枕は楽しかったかい?」

「!?」

 何故このおっさんがその事を知っているのだろうか、さてはストーカーだな。

 ゆっくりと距離を取りつつ後ろで警察に連絡を取る。

「一つ教えといてやろうか?」

 何だ、次は僕の今日穿いているパンツの柄でも言う気か?

「お前が会ったゼリー子ちゃんはな……俺の嫁の妹だったんだよ」

 こいつは何を言っているんだ?思わず通話終了のボタンを押してしまったではないか。

「冗談はやめてくださいよ、ストーカーしてたならはっきり言ってくださいよ」

 言ったら最後だけどな。

 芥子さんの言葉を録音出来るように準備する。

「いやいや俺もまさかと思って確認を取ったんだよ、お前が貰ったアドレスを打ったら義妹の名前が出てきたからさ。本人に聞いたら出会い系やってるってよ」

 芥子さんは楽しそうに話しているが目だけは笑っていなかった、何かあったのだろうか。

「それでよ、その事をよ、嫁に話したらな、義妹の奴が俺のデリヘル生活を全部チクりやがったんだよ……」

 遂には笑顔までおかしくなり始めた。これは危ないと、本能は警鐘を鳴らし始めた。

「それでな……俺な……嫁に別居されたんだよぉぉぉおおお!!!」

 どこぞの小学生と同じ様な叫び声を上げながら辺りにある物を手当たり次第に投げだす。

 芥子さんは直ぐに周りにいた同僚達に抑えられ奇声を上げながら署内から連れ出された。

 その後芥子さんは一週間の謹慎をくらったのは言うまでもない。


 最後に余談だが、今月末の請求書の一つにとんでもない額が表示された紙が来ていた。

 これからは出会い系ではなく、地道に彼女を作ろうと心の底から思った。

 この作品は温見もとりさんが考えられたら作品です。

 もとりさんの作品を僕が、僕の作品をもとりさんが書くという企画です!

 というわけでもとりさんの作品も見てくださいね~

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