★第3話 撤退
早く書き終わってよかった……本当によかった……。
現れた二人は、一見ただの人間にも見えた。
「初めまして。僕はスライ・マーレイン。こっちのデカイのはルドルフ・ラングヴァイレ。探し物をしてるんだ――世界を壊す鍵を」
しかし、吼太達には、その圧倒的な存在感を嫌というほど感じ取ることが出来た。
普通の人間が彼等を見たならば、奇妙な仮面とマントを身につけた、だがそれだけのごく一般的な人間に見えたことだろう。
しかしながらそれは、あくまで普通の人間から見た場合だ。
――魔の道に通じる者は、同族を直感的に感知することが出来る。
吼太達から見た彼等二人は、ただの人間などではない。魔の知識を有し、その知識を以て事象を歪め、不可能を引き起こす存在、魔法使い。それも、並の魔法使いではなく、その中でも有数の存在。
「世界を壊す、だと?」
「あぁ。とはいっても、爆弾なんかじゃない。僕らが探しているのはあくまでも"鍵"。見たことないかな? ちょうどこれくらいの、赤い宝石なんだけど」
そう言いながら二人組の一人である少年――スライが示したのは、ちょうどバレーボール大の大きさ。
吼太たちの脳裏に、先程の昼食時にトゥードが取り出した赤い宝石が思い浮かぶ。
ただの探し物ならば、渡すことも考えただろう。しかし、彼等はそれを"世界を壊す鍵"だと言っていた。
――アレがアイツらの言う宝石かまでは分かんねぇが、世界を壊すだなんて物騒なこと言う奴には、渡せるわけがねぇよな。
「生憎だが知らねぇな。他所を当たってくれ」
吼太が一同を代表し、スライに返答する。
「あれ、そうなんだ。この近辺に反応があって、いた魔法使いが君達だったからてっきりそうかなって思ったんだけど。使えないなぁ、このレーダー。さっきの魔精霊も役に立たなかったし、博士の発明品もたいしたことないね」
そう言い、帰ろうと背を向けるスライ。その様子に、吼太たちの緊張が僅かに解け――
『マスターッ!』
鎧の姿となったトゥードの声が、吼太に、反射的に反撃体勢を取らせる。
打ち出した左拳は、いつの間にか接近してきた二人組のもう一人――ルドルフの右拳を受け止め、止めきれなかった衝撃が辺りに飛び散る。
「何のつもりだテメェ……ッ!」
「貴様らが持っているのかどうかは知らない。だが、貴様らがしらばっくれている可能性も否定出来んのでな。ならば、貴様らを見逃さずに倒した後、改めて探す方がより"無駄"がない、というものだ」
「ハッ、そうかよ。いい迷惑だってんだよ!」
吼太が腕を払い、同時に飛びのいてルドルフから距離を取る。
だが、ルドルフの背後からさらに飛来する数多のナイフに、反撃に移ろうとしていた吼太は面食らってしまう。すかさず腕の鎧で防御したため、ダメージはないが、そのせいでルドルフが体勢を立て直す時間を与えてしまう。
スライが、自身の得物であるナイフを弄びながら、吼太に殺意を向けていた。それはあたかも、ニコニコと笑う少年のように。
「ルドルフの言うことも尤もだね。じゃあ君にはちょっと悪いけど、死んでもらうよ!」
スライが再び、ナイフを放つ。
「そう何度も喰らうかよ!」
吼太が、飛来するナイフ全てを、鎧の腕に付いた爪を使い、たたき落とす。
「あらら」
「退いていろスライ。貴様のやり方には無駄が多すぎる。そんな細かい攻撃などせずとも――――」
ルドルフが、その拳を地面にたたき付ける。
その瞬間、莫大な魔力が地面に流し込まれ、内部に蓄積された魔力は地層を歪ませる。土属性の魔法のなかでも比較的オーソドックスな、大地を変形させる魔法だ。
しかし、ルドルフのそれは、使われる魔力があまりに多過ぎた。
間もなく現れた地割れは、吼太がエクスドリルを使って生み出したそれより、遥かに凄まじいものだった。
辺り一面の地面が、激しく揺れ動く。辺りに生えていた樹木は上空へと"打ち上がり"、隆起した地面はまるで断崖のように、沈没していく地面はまるで海溝のように変化していく。。天変地異であろうとも、ここまでの大変動は起きないだろう。
当然、吼太達もまた、その影響を受けていた。
「きゃあっ!」
「ありすちゃん!」
地面の隆起により、空中に打ち上げられたありすを、リームが空中で受け止める。ありすの身体は、勢いがなくなったことで自由を取り戻し、今度は自身の魔法で空中に浮く。
「コータは!」
リームの視界に、吼太達が入る。二人は未だ地上で地震に翻弄されていた。
強固かつ強力なトゥードの鎧にも弱点はある。一つは頑強であるトゥードの鎧は同時に、身動きすら困難になるほどの超重量を誇ること。もう一つは、仲間であるセン達――鎧の各部に対応する感応種精霊がいなければ、機能を著しく制限されてしまうことだ。
「くそっ! やることが無茶苦茶だってんだよ!」
『マスター、このまま地上にいては危険です』
「分かってる!」
両肩の巨大推進器、ツワモノスラスターは超重量のトゥードの鎧ですらも吹っ飛ばす程の出力を誇っている。それに加えて、グラウンドブースターを使えば、短時間ながら滞空することが可能になる。
だが、それらはその部位が機能していればの話だ。鎧は、対応する精霊が合体していなければ、その力を発揮出来ない。当然、現状では望むべくもない。
「終わりだ」
ルドルフが更に魔力を大地に送り込む。地に満ちた魔力は土を硬化させ、岩と変わり、鋭く磨かれる。刹那、生まれた岩の槍が吼太の足元の地面から飛び出す。
「マジかよ――――ぐあぁぁぁッ!?」
強堅な鎧が、今回ばかりは素早い動きを妨げ、鎧の腹部に岩槍が衝突する。防御も間に合わず、吼太の身体は岩槍によって地上からぐんぐん引き離されていく。
鎧の頑丈さが幸いし、岩槍が鎧を貫くには至らなかったものの、このまま上空に打ち上げられれば、空を飛ぶ手段の無い吼太の墜落は免れないだろう。
「ぐ……トゥード、リーム達は!?」
『双方共に健在、現在は左後方にて敵の遠距離攻撃を回避しているようです。こちらを認識しており、数秒でこちらに到着すると推測されます』
「ならこの状況さえ何とかすれば、クロスオーバーフォームはいけそうか……だったらァ!」
吼太が、腕の鎧から生える三本の爪を直下の岩槍に向ける。
腕の鎧、ドラゴンソニックには共通の機能として、刃の収納・射出・そして伸長が行える、というものがある。それを応用することで、刃をあたかもパイルバンカーのように打ち出すことが可能なのだ。その威力は、腕力だけで放つ突きの一撃を簡単に上回る。
「そこだぁぁぁ!!!」
吼太が今だ勢い衰えぬ岩槍に向け、ドラゴンソニックを突き立てる。
三本の爪は次の瞬間、強力な力を爪先に集中させ、岩槍を一撃の元に破壊していた。
勿論、この攻撃にも欠点があり、刃の単純な伸長範囲はせいぜい、成人男性の腕の長さの半分程度でしかない。その範囲内で、どれだけ出来るかは、当人の技能次第。先程吼太が成功したのも、どちらかと言えば運の要素が強いだろう。
一撃は凌いだ。しかし、それ以上出来るかは怪しい。早急に、次の手を打つ必要があった。
「来い、リーム!」
「うんっ!」
吼太がリームを呼び、リームはそれに応えて吼太の元へ飛翔する。
吼太の二つの戦闘形態、ユニオンフォームとアーマーフォームには、それぞれ利点と欠点が存在する。ユニオンフォームは最強の武器であるエクスドリルや、万能召喚器のユビキタスサークルが使え、機動性が高い代わりに、防御性能は然程高くなく、エクスドリル以外の攻撃は全体として見劣りしてしまうこと。アーマーフォームは並外れた防御性能と多種多様な武装が有る代わり、単純な威力でエクスドリルを上回る武装は無く、機動性が極めて低いこと。
しかし、吼太達には奥の手が存在していた。ユニオンフォームとアーマーフォームの同時発動形態、それがクロスオーバーフォームだ。互いの利点を使い、互いの欠点を補ったこの形態ならば、アーマーフォームの防御性能を維持しつつ、空中での戦闘機動が可能になる。元となる形態に比べると消耗が激しいが、それを気にしている場合ではないだろう。
『我、汝に――――』
飛翔しつつ、合体のための呪文を唱えようとしていたリームだったが、そのために注意が逸れてしまったのだろう。地面から飛び出した新たな岩槍への反応が遅れてしまう。
「リーム、危ない!」
吼太が、ドラゴンソニックの射出機能を使い、その反動でリームの場所まで飛び、その勢いのままリームを突き飛ばす。
「コータ!」
「がぁぁぁっ!!!」
リームを直撃から救うことは出来たものの、先程とは違って衝撃に備えることすら叶わずに岩槍を喰らってしまう吼太。その衝撃に耐え切れず、空中でトゥードとの合体が解除されてしまう。
「コータ、手を!」
「ぐっ……」
リームが伸ばした手を、落下を始めながらも掴む吼太。
『我、汝に力与えん』
「ユニオン……アップ!」
再び、ユニオンフォームとなった吼太。リームが持つ飛行能力を獲得したことで、空中でなんとか体勢を立て直す。しかし、ダメージが酷いのか、その飛び方は何処か不安定なものになっていた。
『大丈夫?』
「なんとかな……。だけど、ギリギリだ」
苦しげに答える吼太の脇に、トゥードとありすがやってくる。トゥードは吼太に比べるとダメージは少ないのか、そう悟らせないようにしているのか、こちらにはダメージの様子は見られない。
「トゥード、アームドアップいけるか?」
吼太の言葉にトゥードは首を振る。
「今はクロスオーバーフォームによる対抗よりも、一度撤退するべきかと。セン様達がいない今、こちらの戦力は半減しているも同然です。体勢を立て直し、再度の戦闘に備えるべきかと」
「つっても、そう簡単に逃がしてくれそうにもないけど……なッ!」
吼太目掛けて放たれたスライのナイフを、即座に装備したエクスドリルを使い、弾き飛ばす。現在までに使われた技を見る限り、単純破壊力ならば圧倒的に勝るルドルフが攻撃を行わないのは、対空攻撃に乏しいからなのだろうか。ルドルフは先程までとは打って変わり、不気味なまでに空中にいる吼太達への攻撃を行おうとはしなかった。
攻撃を弾きつづける吼太と、不安げな表情を浮かべるありす。トゥードは二人に、自分の考えた作戦を語る。
「ですので、私が残り、彼等を足止め致します。マスター達はエクスドリルを用いてこの空間から離脱、セン様達と合流してください」
「そんな! トゥードを残してなんて行けないよ!」
ありすが悲鳴染みた声を上げるが、トゥードは表情を変えない。
「現状、負傷したマスターと、今だ未熟なありす様では、この役目を果たすには力不足です。それに、この断絶空間から脱出し、セン様達を迎えにいくには、私の転移魔法か、空間を掘り抜くことが可能なマスターのエクスドリルのどちらかが必要です」
「なら私が残ったって……」
ありすが言う。セン達を連れて来るだけならば、エクスドリルを使うことの出来る吼太とリームだけでも十分だからと考えたからこその言葉だ。だが、トゥードは頷かない。
「……分かりませんかありす様。今、貴方様は私にとって、足手まといだと言っているのです」
「ッ!!」
「トゥード! テメェ、言っていいことと悪いことが――」
『コータ! 今は喧嘩している場合じゃないよ!』
激情する吼太を、吼太と合体するリームが諌める。
そんな吼太を見て、トゥードが僅かに――ほんの僅かに微笑みを浮かべる。目の前にいる吼太たちでさえ分からないほどの、小さな小さな微笑みを。あたかもそれは、我が子の成長を喜ぶ母のように。
しかし、すぐにその微笑みは消え、普段通りの無表情に戻ってしまう。
「何より、ありす様の魔法は精密さこそ欠きますが、威力は私達の中でも、マスターの最大の技であるエクスドリルストライクに次ぎます。それを活かすには、一度退いた後、不意打ちの形で放つのが現状での最善かと思われます。……ありす様の力も必要だからこそ、ここはお退き下さい」
「トゥード……分かった。コータ!」
「チッ……! 貸し一つだかんな!」
苦々しげに舌打ちすると、吼太はその手に装備したエクスドリルを急速に"逆回転"させ、空間を逆に掘り進むことで、ドリルから竜巻を発生させる。
吼太の得意技、エクスドリルタイフーンだ。
エクスドリルから放たれた竜巻はスライとルドルフへと向かう。スライは竜巻を回避し、ルドルフは地面から岸壁を作り出し防ぐ。何らダメージを与えることは出来なかったものの、それでも隙を作ることには成功した。
「今だ!」
ありすが吼太に捕まり、吼太のエクスドリルが次元を掘り抜いて通常空間への道を作る。
「マスター、これを」
トゥードが吼太に、自身が持つ赤い宝石を渡す。戦いが始まる前に見せていた宝石だ。
「万が一に備えます。これはマスターが持っていて下さい」
「分かった、しっかり預かっとく。すぐに戻ってくるから待っててくれ!」
宝石を受け取った後、掘り抜いた穴を通り、やがて吼太達の姿が消える。それを見届けたトゥードは、改めてスライ達と相対する。
「……自分を犠牲に、仲間を逃がしたってとこかな?」
「無駄なことを」
スライ達の言葉に対し、トゥードはあからさまな笑みを浮かべる。
「大道芸人もどきと、ただの無駄力任せの二人組ごときとのお遊びに、付き合うだけの器量は、マスター達にはありませんから」
瞬間、スライ達に殺意が膨れ上がる。
トゥードを知る人物からすれば、今のトゥードの言葉は彼女らしくない、と評するだろう。挑発などせず、淡々と目的を果たすのが、トゥードという精霊だ。
だが、トゥードはこの僅かな間に、目の前の二人の関係性すら把握していた。"目的のため、一時的に手を組んでいるに過ぎず、二人の間にこれといった信頼関係はない"という、二人の関係に。
――だからこそ、挑発に乗せさえすれば、お二方とも、私に狙いを向けるようになる。
自分の役割は時間稼ぎ。二人を倒すことではない。
「退けルドルフ。アイツは僕が潰す」
「貴様に指図される謂れは無い。お前がやるのは時間の無駄だ」
「仲間割れとは随分悠長なことですね。これでは、わざわざ私が残る必要も無かったかもしれません」
トゥードが更に挑発を重ねる。最早、スライ達の目には、憎いトゥードしか写ってはいなかった。
――そう、私に目を向けなさい。そうすることが、私達の勝利に繋がるのですから。
トゥードの孤独な戦いが始まる。
地面を掘る奴には地面を揺らす敵をぶつけたかったんですよ。某ゲットだぜ! 的なノリで。
しかしトゥードの鎧、セン達いないと、一歩間違えば人型の棺桶になりかねませんよね。いや、設定作ってんの自分なんですけど。
今回はスライもルドルフもまだ顔見せ程度なので、本気ではありません。次に出る時はもっと戦闘描写を頑張らねば。
ではではこの辺で! 次回もお楽しみに!