第二章 絆の可能性 前編
機甲ファリクサーF
第二章 絆の可能性 前編
「……っ」
「お目覚めか」
目を開けたことにより、視覚からの情報が入ると同時に痛覚も目覚め始めた。さっき妹羨さんに殴られた腹が未だに拳が食い込んでいるかのように痛い。
手と足も縛られていて、動けない。かろうじて首は動かせる。
天井には漆黒の空が広がっていた――いや、小さな岩がたくさん浮いている、ここはおそらく宇宙だ。
天井を仰ぎみていた俺は、隣に目を向けた。
そには"――"がいた。
"――"は、俺を軽蔑の籠っている目で俺を冷ややかに見ていた。
"――"の目からは、他に憎しみというのが読み取れる。いや、これはただ俺がフィアーズ・コードを通じて"感じている"のだろう。
隣にいる"――"を睨みつけるように見る。
「いい目だ。これから自分がどうなるかもわかっているんだろう?」
「……こんなことをしても、俺たちは断たれないぞ!」
「そうかな?断たれないというなら、それを、私に見せればいい。断たれないならば……な」
「……貴方は、1人じゃない」
「戯言を……」
「……」
「妹羨くん」
「はい」
妹羨さんが目の前に音もなく現れる。
妹羨さんは、"――"と違って目に生気がなく、光が灯っていない。
機械のような目。そう例えるのが一番しっくりくる。
「妹羨さん、君は……」
「……さよなら」
俺はその瞬間に意識を強制的にシャットダウンされた。
"――"さん、貴方は1人じゃない。
なぜ、その子に気づいてあげないんだ?
……
…
アルクェルにフェクサー、フィクサー、フォクサー、メリキウスが降り立つ。咲となえかと京朗はコックピットからも降りる。
咲たちを遥か上空から見下げるメリキウス。
「いまファエスリアスとファエムリアスとケッキンに連絡をとった。すぐに来るはずだ」
京朗がメリキウスを見上げて言う。
「わかった。その前に黒いファリクサーや黒い月についてだが……咲たちはあの調子だからどうするか」
咲となえかは京朗の声が聞こえていないようで、2人でぶつぶつと、うわ言のように言っている。
「輝は……」
「輝くんは……」
それを見て、メリキウスは胸が痛そうにいう。
「輝の行方がわからなくて心が折れそうなのは2人以外にも私もだ。いまはこうさせておこう。2人にはあとで話せばいい。話しを戻すが黒いファリクサーについてなら……心当たりはある」
「なに……?」
「今日話すと言っていたことについて関係がある。この前と言っても数ヶ月前の話だが、高坂 貴広、高坂 なえか、アーリエス・フォン・ペースという人間を覚えているか?」
「別の世界から来たと言っていた者たちか……しかしアレは本当だったのか?確かに見たこともない機械だったが」
「ああ、ブラックボックスについての文献を見たいまなら、本当だと思える。ブラックボックスを搭載していたロボットが違ったのも、別の世界から来たからだろう」
「そうか……その文献はどんな内容だ?」
「それは――」
その時、上空から振動が彼らに伝わってきた、それに混じって大きい声が辺りに響き渡った。
「やっときたか」
メリキウスは待ちかねていたのか、安堵した声だ。
上空からの声の主たちは、人工知能を備えたロボットたちだ。どの機体も外見はファリクサーやフェクサーなどのブラックボックス搭載機体に似ている。
紅の装甲を纏うファエスリアス・改
透き通るような青い装甲を纏うファエムリアス・改
一目では、純白の甲冑かと見間違えるような装甲に身を包むケッキン。
「隊長ー!」
「久しぶりに隊長たちと会えるというのにお前は……」
「まぁまぁ、私も会えてワクテカですし」
「ケッキン。あなたはその言葉を直してください」
「これは私の中にインプットされているデータがこうするのです」
3機のロボットが降り立つ。
「あれ?輝隊長は?」
「聞いていなかったのか、エム。隊長は……ここにはいない」
「なに!?咲隊長!なえか隊長!」
その言葉に咲となえかがハッと我に返った。
「な、なに!?ってエスとエム!」
「エス、エム。久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「そんなことより、輝隊長はどこだ!?」
咲となえかが息をのむ。
「エス!なんでお前はそこまで無神経なんだ!輝隊長はここにはいないと言っただろう」
「いや、だからなんでいないのかって……」
「あー……輝隊長はいま地球だ。そしてさっきの映像を見ただろう」
「ああ、あの黒いファリクサーか」
「そうだ」
「そういうことか……」
「お前もやっと分かったのか」
その様子を見て、なえかと咲が笑う。
「ふふっ、エスとエムは変わらないね。ケッキンも変わってないみたいだし」
「はは、そうだね」
「私は少し成長しました。彼らとは違います」
「ケッキン!そういう言い方はないんじゃないか!」
「そうですよ。ケッキン」
その様子を見ながら、呆れたようにメリキウスが言う。
「お前たち……文献は持ってきたんだろうな?」
「ああ、それならエスが」
「え!?ケッキンじゃないのか!」
「え?」
「まさか、ケッキン……」
「もってきてねぇのか!」
「いや、持って来てますよ。はい。メリキウス」
「ビックリさせるな。それに私にではなく、京朗に渡せ」
「あー。はい、京朗さん」
「あ、あぁ。ありがとう」
京朗は、ケッキンからA4サイズの本を受け取った。
咲となえかが食い入るように覗きこむなか、京朗は文献の1ページ目を開いた。
その本の内容は――。
……
…
これはある時、フィアーズ族が神から授かった"神の力"だ。
その力を見て、フィアーズ族の民たちは言った。
禁忌の力、人が手にするのは許されない力、人を傲慢にさせる力、悪魔の力と……。
人の希望の力、人の絆の力、人の心の力、人の可能性の力と……。
しかし、私はこのブラックボックスの存在する意味を理解している。フィアーズ族の暫定的な王で、これを唯一、目の前で授かった私。
ブラックボックスとは――。
"分岐点を定める者"
王である私は"彼或いは彼女"にそう聞いた。他に神である"彼或いは彼女"は様々なことを私に教えていき、フィアーズ族に絆の力と呼ばれるフィアーズ・コードを発現させた。
そして"彼或いは彼女"は天空に吸い込まれるかのように、透き通り消えた。
いまとなっては"彼或いは彼女"とは誰なのかわからない。神なのかすらも。
しかし、この"神の力"であるブラックボックスは明らかに人智を超えた力だ。
ブラックボックスに話しを戻そう。
ブラックボックスはさきに説明したように、"分岐点を定める者"らしい。
世界は人のいる数だけ分岐し、さまざまな世界が生まれている、それを私は知覚できないが"彼或いは彼女"はそれを知覚していたという。
だから、世界が無数に分岐していると暫定して書き続けよう。
ブラックボックスはその分岐点を定める――ブラックボックスは観測者に近いもので、感情があるかはわからないが、意思はあると言っていた。
そして、ブラックボックスが大事な分岐点を決めるとも――。
分岐点の中にも、特別大きい分岐点があると"彼或いは彼女"は言っていた。そして、それは今から500年後に起こると。
ある命を持ったロボットが舞い降り、我らの生活はさらに豊かになる。しかし、ある時命あるロボットは反旗を翻し、そこが大きな分岐点になる。
"彼或いは彼女"はそう言っていた。私にはこれが何のことかわからないが、"彼或いは彼女"が言うからには確実に起こる出来事なのだろう。
この出来事を回避するかは未来の王に任せる。回避できれば、だが。
しかし、これには何かしらの条件があるようだ。
そのためには、フィアーズ・コードと呼ばれるものについて説明しなければならない。
フィアーズ・コードとは前述通りに"彼或いは彼女"によって発現した絆の力だ。
フィアーズ・コードをもつものはそのフィアーズ・コード因子の密度に個人差があり、レベル1~レベル9という段階に分かれている。
レベル1の因子をもつものは、フィアーズ族が2億人いるとすると、1億9千万人。あとの1千万人の中でも、ただ4~5人がレベル9のフィアーズ・コード因子をもっている。それほど希少なものなのだ。
レベル1は因子密度が薄く、ブラックボックスを起動させることは難しい。さらに、このレベルのコードは人に知覚できず、どのような機器を使おうとも測定できない密度の薄さでないも同然なのだ。
その間逆に位置する、レベル9は因子密度が濃く、ブラックボックスを発動させることができる。この因子密度レベル9の特徴は、人の他の心の深層を集中することによって読みとれることにある。
人の心を読み取れれば、なんでもできるだろう。だから私自身はそれを否定する。
なぜなら、それは人が侵してはいけない禁忌だろうからだ。しかし、それを意図的でなくとも、発動させてしまうフィアーズ・コード因子レベル10の化け物も理論上では誕生できるようだ。
ある条件の下で、身体をフィアーズ・コードに分解されたものが他者のフィアーズ・コードの力により再生した場合に起きる、極めて稀な現象でその化け物はできる。
また、人の子から、その化け物は生まれる可能性がある、しかし、それは限りなく0に近く、無視してもよいだろう。
化け物についての話に戻そう。
理論上ではその化け物はすべてのフィアーズ・コード因子をもつ人間を知覚でき、深層意識の無意識レベルまで読みとれる。
しかし、その人間には弊害が起きる。それが、私が化け物と呼称する理由である。その理由は――。
化け物になった者は何かしらの気持ちを失う。
人間にとって一番大事な感情を失う、それを欠点と言わずになんという?もし化け物になった者がいたら、それは不幸だろう。
本人は知覚せずにそれを実感することもない。
水と油を注ぎこむと分裂するように、化け物と一般の人間には隔たりが生まれる。決して交わることはないのだ。化け物と一般人は共に生活はできない。
例をあげてみよう。もし失った感情が"人を愛する気持ち"だとすれば、それは、どれだけ、不幸な、苦しい、ことだろう?
しかし、メリットもある。
ブラックボックスの力を完全に引き出せるようになるのだ。
説明をしていなかったが、ブラックボックスはフィアーズ・コード因子レベル8以上の人間が個別にもっている存在の力というのを吸って動く。
存在の力を吸われつくしたものは、人々に存在を忘れられ、いずれ朽ちる。
そのデメリットを受けなくなるのだ。ブラックボックスはそれ以降、存在の力を吸うことはないという。
もし、化け物の力を手に入れた人間がいたとすれば見てみたい。それはどのような人間なんだろうか?
幸せなんだろうか?
辛いのだろうか?
その化け物は自分がどの感情を失っているか知っているのだろうか?
これまで記載してきたものは、すべて王である私が"彼或いは彼女"に見聞きしたものだ。
どこまでが本当かわからない。それでも、化け物が生まれないことを願う。
そのような不幸を背負った同じ仲間を見たくはない。
どうか、化け物になった者に絆の奇跡があらんことを。
フィアーズ族の民の為に、ブラックボックスの全てをここに記す 甲長。
……
…
「これが、ブラックボックスのすべてか?まだ、あの月が現れた理由や黒いファリクサーについてが理解できない」
京朗が完璧にすべてを調査し、報告してきたメリキウスらしくない、とメリキウスを見上げる
その言葉を待っていたのか、ある言葉を放った。
「裏のカバーをはいでみろ」
「裏のカバー……?」
京朗は手を動かし、カバーをはいでみる。
走り書きのように、汚い文字が目に留まる。京朗は視線を動かし始めた。
……
…
「昔話しをしよう」
「……」
「君は、私のようだな……失っても、それを導に生きる。君はいいな。まだ、取り戻せるかもしれない。私には、無理だ。だから、私の生きた証としてこれを聞いてほしい」
「……」
そうして、私は語りだした。
私と――少女の物語を。
私は、惨めに、醜く、憎まれて生きてきた。
学校にいけず、すべてを叩きこまれてきた。
大人はみな、私を見て汚らわしい。もしくは、見た瞬間に憎悪を顔いっぱいに浮かべ殴りかかってきた。
いまでも、その顔を思い浮かべると動悸が始まる。
大人にしてみれば、私はただのストレスを発散させるマシーンなのだ。殴られ、蹴られ、頭を掴まれ顔を叩きつけられる。
それを見て大人は「綺麗な顔だ」やら「汚らわしい」やら憎悪の籠る目で私を見るのだ。
大人には、私は機械なのだ。感情をもたない機械なのだ。ただの奴隷なのだ。奴隷という言葉すら優しく、甘い言葉と感じられる。
しかし、大人は私を殺そうとはしなかった。
なぜなら、殺してしまえば、甲長の血を引くものがいなくなってしまうからだ。
私は、甲長という呪われた血筋をもつ者だった。
あるとき、私と同じような年頃の子供に複数出会った、しかし――子供にしてみれば、私はただのストレス発散マシーンだった。大人と変わらない扱い――いや、加減を知らないから子供はもっと怖かった。
何度も、子供のいたずらで死にかけたことがある。その傷跡は、いまも私に刻まれている。
一生、治ることはないだろう。
いまでも、ときどき、あの子供たちが思い浮かび、嘔吐がこみ上げてくる。
5才の誕生日のときだった。大人に暴虐の限りをつくされ、罵詈雑言を吐かれ、死にたいのに死ねない。臆病な私を好奇心の目で見つめる少女がいた。
その少女を見た時、私に黒い悪魔が宿った。この時から、私は壊れ始めたのだろうか?
その悪魔は少女を殺せ、殺せ、殺せ。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
と耳元で、甘く、囁くのだ。
私がゆらっと立ち上がったことに驚いたのだろう、少し足をひかせた。しかし、私は逃がさない。
あと僅かな距離で、おずおずとハンカチを差し出して、少し顔をこわばらせながら、少女が喋った。
「か、かお、よごれてるよ……」
「……」
その言葉に、私は不意に立ち止まった。
一度も訊いたことがない言葉。私に初めて投げかけられた言葉。優しい言葉。
まるで、言葉の通じない国に1人で来てしまったような感覚に陥った。
思わず、首を傾げる。
「……?」
「だから、おんなのこなんだから、かおきれいにしないと」と言いながら、少女は泥だらけの、アザだらけの私の顔をぬぐい始めた。
それ以来、その少女とは親しい間柄になった。私はどれだけ殴られ、罵詈雑言を浴び、どんなことをされても彼女と遊んでいると悔しいという気持ちや、憎いという気持ちは吹き飛んだ。
無邪気なまでに、純粋なまでに遊んだ。
しかし、遊び始めてから7日後、少女は膝小僧にアザができていた。
「どうしたの?」と私が訊くと少女は「なんでもない」と言って。
「きょうはなにしようか?」とニコニコと空から舞い降りた純白の、穢れのない天使のように微笑みかけてくれた。
私は、この時点で気づくべきだったのだ。この少女と遊ぶべきではなかったと。
さらに3日が過ぎたころ、大人たちはまだ、私を殴っていないのに涼しそうな、満足そうな顔で帰ってきて、告げた。
「あの、なんていったかな。お前がこのごろ遊んでいる友達と遊んできたよ。お前に言うな言うなっていってなぁ、あっはははははは」
その言葉を聞いて瞬間、目が真っ赤になった。顔も真っ赤になった。すべてが震えあがる。
告げた男を睨むと「おお、怖い怖い」と笑って去っていった。
少女の名前を呼びながら、走り続けると、いつも私が大人や子供に殴られているところについた。
そこに、死んだかのように横たわる少女。
だいじょうぶ?と駆け寄る。
息はあるようで、だいじょうぶと少女は答えた。
その日は、少女を家まで送っていった。
家族は、とても優しそうな目をしていて、羨ましいと言ったら、そうでしょと少女は力なく笑った。
次の日、次の日、そのまた次の日が流れる。
しかし、大人は私を殴ることはなかった。隙を見計らって、いつも遊んでいる公園にいっても、誰の姿もなく、閑散としていて、いくら少女の名前を呼んでもでてこなかった。
ある日、私は外にでた。あの少女がどうしているか気になったからだ。
家にいくと、聞きなれた音が聞こえた。
外から窓を覗き込むと、少女が殴られていた。
私の嫌いな、憎い大人たちに。
たった5才の私は気づけず、友達を傷つけた。
窓から私が見えたのか、大人たちはその窓を開いて、私を招き入れて、少女の目の前へ連れていった。
「どうして……どうして!」
大人たちを睨む。大人たちはケラケラした顔で、言い放った。
「その子が変わりにストレス発散させてくれるみたいだからね。遊んでたんだ。お前は、殴られてても何も言わなくてツマラナイからね。この子は痛い痛いっていうんだよ。やめようか?っていったら首を振ってやめないでっていうんだ」
この時ほど、この大人たちに明確な悪意や憎しみを覚えたことはなかった。
それから、私は痛い痛いといいながら殴られ始めた。
10才を過ぎた頃、学校の校庭に埋められた。それを助けてくれたのは少女だ。この少女もあの日以来、私と同じ人間として殴られ続けている。
もう、目にはあの頃の笑顔がない。虚ろで、真っ黒。何も無い、本当のマシーンの目。
私ももう、マシーンになりたかった。しかし、この少女を巻き込んだのは私の責任だ。
私がこの少女を救う。自分はどうなってもいい。
それだけを頼りに、それからも殴られ続けた。
15才を迎えたころ、私は大人たちに呼びだされた。少女も同じく呼び出された。
大人たちは、心底嬉しそうな顔で「どっちが死にたい?」と言ってきた。
それはつまり、私とその少女を引き裂こうとしているのだ。
「私が!」と言うと、大人たちは困るなぁ、と言って、少女の細い、清潔とは言い難いが、私とは全然違う、大切な、足に刃を突きたてようとした。
しかし、私のギリギリまで引き延ばされたバネはそこで爆発した。
感情の激流の中で荒れ狂う憎いという感情。感情はさらに勢いを増し、私を包み込んだ気がした。
そこで、私は叫ぶ。
ファリクサー
そう言った瞬間、私と少女を残して、男たちは全員消えていた――いや、私と少女以外の人間すべてが消えていた。
それから、禁忌の力を手に入れた私はブラックボックスの文献を手に入れ、全てをやり直す準備を始めた。
……
…
書き忘れていたことを、ここに記す 甲長。
"彼或いは彼女"に書くなと言われたものを記す。それは、フィアーズ・コード因子の危険性、また、ブラックボックスの真の意味である。
フィアーズ・コード因子は危険だ。
フィアーズ・コード因子は親から子へ、またその子へ受け継がれていく、システムだ。親から子へ流れた因子は、親から消滅するのではなく、レベル1ほどの因子を残して去る。
そして、そこにはその家系の記憶が刻み込まれている。
永遠に記憶が保存できるといえば聞こえはいいが、そんなに便利なものではなく、ただのストレスを抱える場所だ。
ストレスは人が絶対に抱える代物で、それをフィアーズ・コード因子は抑制、分解する。
しかし、世代を重ねたフィアーズ・コード・因子は危険だ。世代を超えてたまった、分解できないストレスはいずれゴミ山のように降り積もり、爆発する。
なぜ、"彼或いは彼女"はこんなものを発現させたのだろう?もしかしたら、私たちが元から、もっていた因子を教えてくれただけなのかもしれないが、もう知る手段はない。
フィアーズ・コード因子を爆発しないように取り除く方法がある。
因子レベル10の化け物を使うのだ。そうすれば、人々はフィアーズ・コード因子から解放され、生活を送ることができる。
化け物が因子を取り除くことをした場合の代償はその化け物の命だ――。
ブラックボックスの真の意味は、別世界へ渡る装置である。
ブラックボックスは別世界、ブラックボックスが分岐させた世界に渡ることができる。
この装置を何のためにつけたかは知らないが、もしかしたら、別世界からの侵略者がくるかもしれない。
しかし、それは私たちと同じフィアーズ族なのだ。
どうか、そのフィアーズ族たちと仲良く過ごしてほしい。
しかし"彼或いは彼女"はどうしてブラックボックスなどというものを造ったのだろう。それは、永遠に解けない謎なのかもしれない。
なにせ、"彼或いは彼女"というのが誰なのか、もうわからないのだから。
これから私は公務にでる。このカバーを見つけて読んだものは他言無用だ。
……
…
すべてを読み終えた、咲となえかと京朗が驚いた顔をさらけだす。
メリキウスは予想していたであろう反応に言葉をよこす。
「やっと読み終えたか。すべて分かっただろう?」
咲となえかが震えながら声を絞り出す。
「でも、なら、あのファリクサーは……それに……輝は……」
「……」
咲は、言葉には言い表しがたい、苦しい表情で、言葉にもならない声をあげていた。
ブラックボックスの化け物という言葉が、咲の心には強く残った。
静寂が、夜の訪れをつげるように全員が静かだった。
その時、その静寂を破るかのように、現れた女は、全員に告げた。
「ようやく、真実に辿り着いたな」
盗み聞きでもしていたかのように現れた少女は立体的ではなかった。おそらく、何らかの手段を使ってこちらに映像を送りこんでいるのだろう。
京朗は見たこともない少女に眉をひそめた。
少女というのは的確ではないかもしれない。眉はきっちり揃えられ、整った顔、薄いピンクの唇。長い髪をポニーテールでまとめている少女は微笑んでいた。
少女の目は、刺々しく、まるで心臓を射抜かれているかのような錯覚に陥らせた。
その少女を見て、咲となえかは絶句した。
「私のことは忘れたかな?悲しいな。あれだけ、遊んだのに」
咲が、首を振る。
「ううん、あなたは、沙川さん。沙川 魅穂さん」
少女――沙川 魅穂が一層微笑む。
「覚えていてくれしいよ。君たちは真実に辿り着いた。
さぁ、どうする?」
なえかが、おずおずと言う。
「どうするって?」
「それは――」
それを遮って、原河 咲が喋る。
「――黒い月は、フィアーズ・コード因子を集めるための集積所、因子とブラックボックスを使って、彼女は何かを取り戻したいと思ってる」
沙川 魅穂の表情が、驚きに見開かれる。
「さ、咲?」
隣にいた、なえかすらも驚き、目を向ける。
沙川 魅穂の顔が、次第に歪んでいく。この世のものとは思えない、見た瞬間に石のように動けなくなる、そう思わせる目。
そして、合点がいったかのように、刺を放つように言葉を放つ。
「そうか……お前も、原河 咲、お前もレベル10因子の"化け物"だったんだな……」
「……そうだね。さっき合点がいったよ。あれを読んで、私は、限りない0の確率で生まれた、化け物」
「咲……?」
「ごめんね、なえかさん。黙ってたわけじゃないの」
「ううん。いま、わかったからいいよ」
「そう……ありがとう」
咲は、抑揚のない声で言った。
それを聴いていた沙川 魅穂は、顔を歪め言い放った。
「お前は、化け物で、すべてを知っていたんだな?それなら、私の心の闇を感じることもあったはずだ、なぜ、甲長 輝に言わなかった?甲長 輝は、なぜ、私の意識を知りながら、止めなかった!」
「……あなたの心は、誰にでもある、醜い感情だったから。輝くんは、きっとあなたの感情を読みたくなかったんじゃないのかな。私は、勝手に聞いちゃう、感じちゃうけど、輝くんはまだ、レベル10因子に覚醒したばかりだから、そこまで読めないよ」
「なら、なぜ、お前は言わなかった?」
「あなたの中にある感情は……私にもわかるから。人はみんな、醜いっていうのは……」
「それなら、お前はなぜそこにいるんだ?なぜ、人が醜いと分かりながら一緒にいられる?」
沙川 魅穂が、尋ねるかのように、言う。
「沙川さん。あなたは、化け物が何かの感情を失ってるって知ってるでしょう?」
「……」
「私は、生まれた時から、たぶん感情がなかったんだと思う。みんなとの感情のズレを埋めるために、本をいっぱい読んだ……
それで私は、心という感情の上に、うすっぺらい一枚の仮面をかぶって、高校まで過ごした……。
その時までは、人は誰しも醜いだけだと思ってた。私に近づいてくる人たちもみんな、そうだったからね。
時々、考えてることも……全部、純粋な人もいたけどその人たちにも、無意識の深層意識には、醜いものが渦巻いてた……。
でもね、輝くんに会って私は変わった」
咲は、いままで貯め込んできた思いを吐き出すように、胸に手を当て、沙川 魅穂を真っすぐに見据えた。
「私は幼少の時から、他の人の感情を訊いて、見て、生きてきたけど、輝くんの感情だけはわからなかった。
きっと、レベル10としての因子がその時から僅かでも輝くんにはあったから。いままで心が読めなかった人がいなかった私は彼に興味をもってそして、好きになってた。
輝くんにも、醜い心はあると思う。でもね、輝くんのおかげで出会えた……なえかさん、秋日くん、雹尾くん――みんな、どこかに醜い感情をもっていたけど、それでも、そんなことを忘れられるぐらいに、私は彼らの心が暖かいものだった。
人は、どんなに醜い感情をもってても、少なからず、暖かい感情をもっていることに、気づけた。
私の感情にうすっぺらく貼りついた仮面はなくなって、いまは私は感情で行動してる。もう、昔の、感情がわからない私じゃない。だから、私は人は醜くても、どれだけ穢れていても、人のそんなところが好きだからみんなを守る。みんなのために戦う!それが、私がいまここにいる理由!」
一気に、貯め込んでいたものを爆発させたのか、咲は急に黙りこくった。
沙川 魅穂は、それを見て何かを感じたのか、はたまた感じなかったのか……。
「……だが、そんなものはまやかしだ!人にそんな心があるものか!人にあるのは醜い感情だけだ!」
「……あなたの中ではそうかもしれない。でも、目を向けてみて、それも難しいけど、でも、あなたならそれができる……!」
「知ったような口を……!私の見て感じてきたものはお前には理解できない!」
「……」
「ふんっ……原河 咲、甲長 輝が失った感情が何かを知っているかな?」
「……」
「そんなの、決まってるじゃない。人を愛する心よ」
咲が黙りこくるなか、なえかが答えた。
その答えを訊いて沙川 魅穂は、激しい口調で言う。
「それが、どういうことか、お前は、わかっているのか!?」
「わかってる。輝は、メリキウスと戦ってから、ううん、一度私たちの前から消えてから、何かがおかしいと思ってた。さっきの本で、全部が分かった。私がいない時に、咲に好意が向いてたのも知っているし、自分への好意がなくなって悲しんでるのも知ってる……輝が愛する感情をなくしたのはとても悲しいことだけど……でも――」
「――でも、輝はきっといつか愛する感情を取り戻して、私のことを好きって言ってくれるわ!」
なえかも吐き出すように言いきった。輝は訊いていないけど、いまの自分の気持ちを、言いきった。
「ふふ……ハハッハハハ!」
「咲だって、そう望んでる」
再び、咲は喋った。
「そうだね。私もそう望むよ。私は感情がわからない生き物でもないし化け物でもない!」
「……そうか!ハッハハハ!でも、君たちの望む、甲長 輝はいま、私の側にいる。こい」
画面外から、輝が現れる。虚ろな目をして、焦点が定まっていないようだった。
それを見た咲が、険しい顔になる。
「……輝くんに、なにをしたの?」
「私の奴隷、だよ。そう睨むな。取って食ったりしない。でも、もう、タイムリミットはすぐそばまで迫っているぞ?どうする?私を止めるか?止められるなら、止めてみせろ。しかし、甲長 輝が私のところにいる限り君たちは手をだせないだろうがな」
……
…
「ふぅ……」
なえかは、へなへなと座り込んだ。緊張の糸が切れたのだ。
よく、自分があんなところで、輝が好きだと言ってくれるわ、なんて言えたものだ。顔の紅潮が今更になって抑えられない。
「なえかさん、えらく自信たっぷりだったね……」
「さ、咲!さっきのはなに!?」
「なにって……私の、本当に姿だよ。いまでも、なえかさんが、考えてることが手に取るようにわかっちゃうの。どうしてこうしたんだろ~どうしてあんなこといったんだろ~って」
「!?……そう。でも、咲はさっき言ってたように感情がわからない人なんかじゃないよ」
「ありがとう、なえかさん。そう、私はもう感情がわからない人じゃない。仮面をかぶってない。私は、私」
「そうだよ。それにしても、輝が捕まってるって……」
「うん。助けないとね……今まで私を助けてくれたぶん」
「私も、絶対に助ける」
メリキウスや、京朗が、茫然とした様子で事態を見守っていた。
「お兄ちゃん?」
「あ、ああ。いや、少し驚いただけだ。それにしても、沙川 魅穂と言ったか、彼女の計画――フィアーズ・コード因子をあの黒い月に集め、そして、何かをしようとしているんだな?」
メリキウスが抑揚のかける機械的な音声で言う。
「話しを訊いている限りではそうだな……。止めねばなるまい。ケッキン。お前はここでアルクェルの防衛を頼む。エスとエムは私たちに同行だ。おそらく、黒いファリクサーと戦闘になる。きっと、沙川 魅穂という人間は別の世界からブラックボックスで渡って来た人間だ。高坂 貴広や高坂なえかと同じ、な」
「わかった」「了解です」とエスとエムは返事をするが、ケッキンは1人不満を垂らしていた。
「えー、どうして、私だけ?敵なんていませんよ?」
「お前は、戦闘用ではないだろう。それに、誰がか、守らなければならない。ここに何も無いならそれが一番だがな」
「ふぅ、メリキウスはそう言うと訊きませんからね。了解です」
そういってケッキンは空へ飛翔した。
それを追うように、フェクサー、フィクサー、フォクサー、メリキウス、エス、エムが空へ飛び立った。
「なえかさん」
「どうしたの?咲」
「絶対に輝くんを取り戻そうね。それに、沙川さんもきっと……」
「わかってる。うん、絶対に取り戻す」
……
…
「……秋日」
「志乃……」
緊急避難用のシェルターを目指して、陽樹、志乃、冬、日々之が歩みを進める。
「気になるなら行ってくればどうだ?」
「いや……アイツももう避難してるだろ」
その会話を訊いていた冬が口を挟む。
「わかんないよん?この時間、豊ちゃんのご両親はいないんでしょ?」
「……はい」
「なら、言ってきなよっ」
「でもなぁ」
「いま熱でてて大変なのは豊ちゃんなのっ!ほら、早く行く!日々之先生も良いって言ってるし」
日々之は、携帯を止め言う。
「ええ、大丈夫よ。司令もそう言ってるし」
冬は、驚いたように口を開けた。
「……お父さんって仕事やってたの?」
「……冬さん、あなたはお父さんをどういう目で見てるの?」
「いつも何やってるかわからないんだけど、そんなに大層なことしてないんじゃないかなぁ~って」
「司令はちゃんとやってるわ。あなたたちには見えないかもしれないけど、司令は各地を飛び回ってて、FDA本部にもなかなか顔をだせないから」
冬は、納得したように手をポンッと叩く。
「あー、だからお父さんあんまり家にいないんだっ」
「……不憫なお父さん……」
「こういうことだから、早く言ってきたら?秋日くん」
冬は、哀願するような目で陽樹を覗きこんだ。
「……あーっわーりました。わかりました!行ってきますっ!」
と言って、陽樹は走っていった。
「やっぱり心配だったんだろうねっ」
「でしょうね」
冬と志乃と日々之は、見えなくなった陽樹を見送るかのようにいまだに見つめていた。
……
…
「豊ー!豊ー!」
陽樹はなだれ込むように家に入った。呼びかけても返事がない……。
「なにやってんだよ……いや、いないのか?ああ、こんなことは俺の柄じゃねぇ!」
土足のまま走りだし、次々と家の扉を開けて回る。
「なんでこんなに部屋が多いんだよっ!いつもは羨ましいと思ってたけどよ!」
最後に、豊の部屋を開け放つ。
ベッドに寝ている人影があり、陽樹は近づいてその人影を確認した。
「はぁ……はぁ……ん……陽樹?」
「はぁ、心配させやがって……体調はどうだ?」
そこには、豊がいた。いつもの元気さはなく髪がべったりとベッドにくっついている。
「体調なんて訊くまでもないでしょ……ゴホッ……何しにきたの」
「いや、あー……」
「ゴホッゴホッ」
一回口を開けるたびに、豊は咳をしていた。苦しいのだろう、呼吸も荒く、顔も赤い。熱が相当あるように見える。
「避難命令があったのは知ってるか?」
豊は頷いた。
「じゃあなんで避難してないんだよ……!」
「う、動けなくて……」
「ふぅ……しゃーない。いくぞ!」
「えっ」
「えっじゃねー!とっとといくぞ!早く着替えろ!」
「……」
「……」
「早く着替えろよ!」
「いや……部屋……でてって」
「あっ!?わ、わーった」
陽樹は逃げるように部屋の外へでた。
「あー……やっぱり俺のキャラじゃねぇー!いや、心配してないと言えば――」
「何ぶつぶつ言ってるのよ……」
「終わったのか!?早いな!ほら、いくぞっ!」
陽樹は豊の右手を掴み、引っ張るが豊はそこにへなっと倒れる。
「お、おい!?」
「ご、ごめん……1人で行って……」
「何言ってんだ!ほら!」
陽樹はしゃがみ込み、豊を背負おうとする。
「……だっこ」
「無理だっつーの!避難命令がでてからもう30分たってるんだぞ!とっとと行かないと何が起きるか――」
陽樹の背中に柔らかい感触がのしかかった。
「ほら。早く」
「了解」
途中で喋るのをやめ、陽樹は豊を背負い、走りだした。
「どうして家のなかに土足で入るかな……」
「急いでたんだよっ!それぐらいは許容しろ!」
「……ゴホッ」
「っと、大丈夫か?」
「だいじょぶ、早く」
「ふぅ……お前な、ちゃんと連絡しろよ。お前あのままだったら動けなかったろ」
「……ごめん」
「ごめんで済むかよ……みんな、お前を心配してたんだぞ」
「陽樹は……心配してくれてた?」
「俺は――心配してたさ!そらもう胸が張り裂けそうなくらいな!」
「ふふっありがとう。急いで」
「はいはい……」
陽樹は、さらに走るスピードをあげた。あくまで優しく。
背中にかかる、豊のある一部の圧力を受けながら。
……
…
宇宙は閑散としていた。無明の闇が遥か彼方まで続く。
そこに、6つの光が、宇宙に輝く星のように輝いていた。
右から咲の操るフェクサー、なえかの操るフィクサー、京朗の操るフォクサー、メリキウス、ファエスリアス・改、ファエムリアス・改だ。扇のように広がっている。
黒い月まで接近する。
フェクサーの目の前に、見慣れたものが急接近し、現れた。
黒いファリクサーだ。
別の世界から来た黒いファリクサーに乗っているパイロットは、沙川 魅穂。
彼女から、各機に通信が入る。
「あと、20時間……それで、すべてが終わる。ここに来たということは、私を止めるのか?」
咲が、その質問に答える。
「止めるよ。この世界の人たちも消えさせたりしない。あの月は落とさせない」
「月を落とすというところまで把握するか。つくづく、嫌な能力だな」
「私も……それは思うよ」
そこに、なえかも割って入ってくる。
「輝は返してもらう……絶対に!」
「……だが、君たちにできるかな?」
言葉と同時に動きだした黒いファリクサーは、異次元の動きというべきに等しかった。
目がギリギリ追いつくぐらいの早さだが、反応が間に合わず、フェクサーとフィクサーは右足蹴りと、左拳で吹っ飛ばされる。
「くっ……!」
「きゃっ……!」
吹き飛ばさたフィクサーをメリキウスが追いかけ、ファエスリアスとファエムリアスがフェクサーを追った。
瞬時に、フォクサーは左腰から剣を取りだし、黒いファリクサーに切りかかった。
その動きを予測していたかのように、黒いファリクサーはフォクサーが振りさげられる剣をスラスターをいかし、方向転換し右足で軸を合わせ、弾き飛ばす。
フォクサーは、それに臆さず剣を握っていない左拳で頭を殴る。
フェクサーとフィクサーを捕まえたメリキウスとファエスリアス、ファエムリアスは戻ってきて戦闘に加入しようとする。
「咲!早く甲長 輝を探してこい!あの月にいるんだろう!」
「お兄ちゃん……うん。わかったよ!なえかさん!」
「うん!わかってる!いくよ!」
フェクサーとフィクサーは、月に進路を向ける。
黒いファリクサーが動きだすがそれをファエスリアスとファエムリアスが前方に現れ、阻む。
「「いかせるかっ!」」
「エス、エム。頼りにさせてもらうぞ!」
「京朗隊長、了解です!」
「俺たちの力を見せてやるぜ!」
フォクサーとファエスリアスとファエムリアスは黒いファリクサーを包囲したまま、突撃した。
……
…
2つの閃光が、眩いばかりの光を放ち黒い月に直進する。
「輝くんは……。はっ!なえかさん、前!」
「えっ!?」
影が接近し、交通事故を引き起こすかのように、フェクサーとフィクサーに追突する。
「きゃあぁぁ!」
「……っ。いまのは……」
振動が、咲となえかの頭を揺らすが、すぐに姿勢制御。さっきのように、もう弾き飛ばされることはない。
フェクサーとフィクサーに追突した機体が止まる。
宇宙に輝く太陽のように煌めく装甲。
バイザーに閉じられた奥のメインカメラ。
それは、甲長 輝の愛機である、ファリクサーだった。
「輝くん……」
「……輝は操られてるってことは、これを止めれば……!咲!」
「うん、なえかさん!いくよ!」
フェクサーとフィクサーが動きだす。
フェクサーはファリクサーの右から。フィクサーはファリクサーの左から攻める。
武装は当然使わず、捕えることだけを目的に動く。
フェクサーが、ファリクサーの左腕を右手で掴む。フィクサーも、ファリクサーの右腕を左手で掴む。
「輝くん!返事をして!」
「輝ー!」
ファリクサーは、掴まれていた手を振りほどき、スパイラルユニコーンを右手に装着。
スパイラルユニコーンの頭部の螺旋のように織り込まれた角が勢いよく回りだし、スパイラルユニコーンを振り回す。
フェクサーとフィクサーはそれを避け、再び腕に組みつこうとするが、近づけずスパイラルユニコーンを振り回すファリクサーの攻撃を避けることに専念する。
「くっ……攻撃することにためらいが……ない」
「操られてるんだから仕方ないよ!呼びかけるしかないよ!」
「咲……うん。わかった!輝!」
「輝くん!」
呼びかける声を意図も解さず、ファリクサーは、ガトリングバイパーを呼び出し、左腕に装着した。
……
…
3つの閃光が駆け巡る。
フォクサー。ファエスリアス、ファエムリアスの合体後のファクロトアス。黒いファリクサーのスラスターの軌跡だ。メリキウスは、巨体が仇となり一瞬で戦闘不能となってしまった。
黒いファリクサーは、一撃一撃が重くそして素早い。フォクサーとファクロトアスは、それぞれ損傷を受けていた。
黒いファリクサーが、動き続ける。フォクサーはギリギリのところで、黒いファリクサーの剣を、自身の剣――ブラックソードで受け止める。
金属同士が削れあう。
つば競り合いを崩すべく、フォクサーは右足で、黒いファリクサーの腹部を蹴ろうとする。黒いファリクサーの後方からファクロトアスが拳を握り、急接近する。
黒いファリクサーはもっていた剣を離し、スラスターを使用。左からフォクサーの背後に回る。
宇宙に放流した、剣を手にとりいまもなお、右足蹴りをおこなっている、フォクサーを背後から切りつける。
スラスター部分の損所を受けたフォクサーは反動で、地球へ向かっている。
ファクロトアスが止まろうとする。
「京朗隊長!」
「いけっ!俺のことは気にするな!」
「了解!」
剣を振りさげたままのフォクサーを殴りつけるが、黒いファリクサーは微動だにしていない様子でいまだに剣を振り下ろした姿勢のままだ。
「くっこのっ!」
拳を連打し続ける。次第に、ファクロトアスの拳が悲鳴をあげ、ひしゃげる。
次は蹴りと言わんばかりに、蹴りを連発するが、それも無駄で傷一つつけられず、脚部がひしゃげる。
「くっそぉ!」
残った身体で体当たりを繰り返す。
「どうして……お前はそこまで戦うことができる?」
黒いファリクサーの放った通信が、勝手にファクロトアスに送信される。
ファクロトアスは、いまだに体当たりを続けているが、黒いファリクサーは動く気配もない。
ファクロトアスの機械音声が、黒いファリクサーを操る沙川 魅穂に届けられる。
「人間が愚かだっていうのはな!誰だって知ってるんだよ!でもな!それでも、人は温かくて優しくて、俺たちは人が好きだから、守るために戦う!」
「……そんなことがあるものか!人は醜いだけだ!それに人を守るというのも力が伴っていればの話だ!」
四股を失いつつも、体当たりを繰り返していたファクロトアスの胸に黒いファリクサーは剣を無造作に突く。
いままでコックピットまで響いていた振動が止む。
コックピットで慟哭するように沙川 魅穂の口から声がでる。
「お前は言ったな……人は醜いだけでなく、暖かくて優しいと……なら、なぜ!私の大切なあの子はあんな風になった!誰かが優しさをもってればあんなことにはならかったはずだ……!」
黒いファリクサーは、右足でファクロトアスを剣から勢いよく引っこ抜き、そのまま咲やなえかが輝と交戦していく宙域へ加速した。
……
…
ファリクサーとフェクサー、フィクサーの戦いは続いていた。
左腕に装備したガトリングバイパーで遠距離からの攻撃をしながら加速、距離を詰めスパイラユルニコーンで攻撃。
フィクサーはその攻撃をウィアントソードで受け止めるが、ウェポンボックスとフィクサーに標準的に装備されているウィアントソードでは攻撃力に差ができる。
だが、なえかはそれを狙っている。このファリクサーは力任せに攻撃してきているだけというのがガトリングバイパーを呼びだしてからの戦いで判明したことだ。
沙川 魅穂たちの操りというのはそこまで高度なものじゃない。
「くっ……咲!」
「うん!」
フェクサーはファリクサーを背後から羽交い締めにする。ファリクサーは当然、逃げようと四股をばたつかせた。
「輝くん!戻ってきて!みんな、輝くんを待ってる――!」
ファリクサーは力任せに拘束を解き、飛翔。
ガトリングバイパーで弾を撃ちながら、縦横無尽動き回る。
フェクサーとフィクサーもその攻撃を回避しようと、縦横無尽に動きまわる。
「とりつけない……!」
「咲!呼びかけるだけでいいの!」
ファリクサーのガトリングバイパーの銃弾を避ける。スパイラユルニコーンのドリルをウィアントソードで受け止めつば競り合いの状況を作る。
「聴こえてるなら返事して!輝!ほんっとーにみんな輝を待ってるよ!」
ファリクサーは力任せではなく、いつの間にか軸をずらして、つば競り合いの状況を脱していた。
なえかは、レーダーを見て目を見開く。
「……!咲!あの黒いファリクサーがこっちに向かってきてる!」
「っ早くしないと……」
何度目の呼びかけであろうか、咲は呼びかける。その間にも、ファリクサーは動きまわり攻撃してくるが、それをなんとか回避しながらファリクサーに叫ぶ。
「輝くん!私も輝くんを待ってるよ!輝くんのおかげで、ここまで頑張ってこれた……絶対に輝くんを助けるから!私を――人を醜いだけだと思っていた私に人は暖かいってことを教えてくれた!あなたを!」
なえかも、続くように何度目になるかわからない呼びかけを続けた。
「輝は、小さな頃から私と一緒で、とても大切な人で……1番亡くしたくない人……私はこんなだから、輝の前では気持ちは言えないけど……ああ、もうっ!早く戻ってきて!私は、いま胸が張り裂けそうで、仕方がないの!だから、戻ってきて!輝!」
その直後だった――黒いファリクサーが悠々と現れたのは。
ファリクサーは黒いファリクサーが現れると共にだらりと止まった。
どうやら、沙川 魅穂の意思のままに操れるようだった。おそらく、先ほどまでの力任せの攻撃は黒いファリクサーとファリクサーが離れていたために、単純な命令しかできなかったのだろう。
現れるなり、黒いファリクサーはフェクサーとフィクサーに通信を始める。
「……君達の絆もその程度だったということだ。ここで、チェックメイトだ」
「っ……咲!」
「うんっ!」
なえかが合図する前に、すでにフェクサーは動きだしていた。一縷の望みをかけて、フェクサーはファリクサーへ、そしてフィクサーは黒いファリクサーへ向かう。
「ウェポンコネクト!フェニックス・ノヴァ!」
なえかが叫ぶと共に、フィクサーの右手にサブマシンガンのような銃が現れる。白の塗装をされた銃をもち、躊躇なく引き金を引く。
フィクサーの銃から8つの光弾がそれぞれ弧を描くように発射される。黒いファリクサーに8つの光弾が着弾――いや、着弾していない。
光弾が全部違う光弾にぶつかって爆発してしまっただけだ。
「なっ!黒いファリクサーは……!」
「ここだよ」
黒いファリクサーはフィクサーの真後ろにこともなげに立っていた。フィクサーが振り向く。
「くっ!」
銃を乱射。光弾が次々と吐き出される。
悠々と光弾が行き交うところを黒いファリクサーは加速しながら進む。
フィクサーは、銃を撃ちながらもほぼ目の前まできた黒いファリクサーを左脚部で蹴る。
黒いファリクサーはそれを左手で受け止め、右拳でフィクサーを攻撃。多少のよろけを作る。
「っ!しまった!」
その一瞬で、黒いファリクサーは疾風のように動き、咲がファリクサーに接触している場へ飛んだ。
「輝くん!……きゃぁっ!」
咲を衝撃が襲った。
黒いファリクサーに頭部を背後から掴まれたのだ。ミシミシという振動が咲に伝わってくる。
「甲長 輝!こいつを撃て!」
「なっ……」
ファリクサーはガトリングバイパーを構える。銃口が赤く光っている。銃口に力が蓄えられているのが目に見えた。
フィクサーが全力で駆けつけようと加速しているが、このままでは間に合わない。
「輝ー!ダメー!それは咲!わかるでしょ!?大切な人でしょ!?撃っちゃだめ!」
ファリクサーの手がふるふると震えている。もう発射寸前だ。
「撃て!甲長 輝!」
「ダメ!輝、訊いてるでしょ!?わかってるでしょ!?そんなものに負けちゃだめだよ!輝!」
ガトリングバイパーを撃とうとしている手を抑えようとファリクサーの右手が動く。
「輝!その調子!そのまま!」
「っ……早く撃て!撃てと言っているだろう!」
「輝くん!」
「輝!」
ガトリングバイパーから、眩いばかりの紅い光が発射された。
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第二章 「絆の可能性 」中編へ続く