第十六話 「涙」
第十六話 「涙」
あれからどれくらいたったんだろう?分からない。分からない。分からない……。
回りの景色が歪み、なえかの記憶が消えていくような気さえした。なえかは行方不明。ということになっている。
行方不明といっても、あの爆発で生きている訳がない。人が死んだ。その事実だけでADFが動くには十分だった。すべてをTVにて打ち明けたらしい。
でも俺達の存在は公表せずだ。でも、親には俺達がパイロットだ。ということを打ち明けたらしい。
親達はこのことを「知っていた」らしい。元から知っていた。そうらしいのだ。
そしてまた一つ分かったこと。フィアーズ・コードは親から子へ受け継がれていくものだということだ。
フィアーズ・コードは親から子へ受け継がれ行き、その記憶のすべてを受け継ぐ。
それは何らかのショックで思い出すことがあり、親はファリクサーの存在を知っていた。
そいうことらしい。
このこともあり、それほどADFは攻められることもなかった。なえかのお葬式というものもあった。
幼馴染の葬式なんて出たいもんじゃない。俺はその席でも「涙」は流せなかった。
学校もすべてが崩れ、焼け野原になった町は、復旧の目途が立たないままただ時間だけが過ぎて行く。
それは俺が涙を流せない時間でもある。あの一件以来から俺は部屋に閉じこもっている。
何を考えているのかもわからない、ただご飯を食べ、寝て食べ寝て食べ寝てを繰り返すだけ。
生きているとも思えない時間。学校は復旧中で何もない、あの一件以来敵も姿を表していない。
俺が部屋に引きこもってから三日、咲がやってきた。
扉を開けて部屋に入ってくる咲。その顔がどんな表情をしているのか、俺は分からない。
なぜなら、俺は俯いて咲と顔を合わせていないからだ。もう誰とも会いたくないって言ったのに。
「輝くん、いつまでもそんなところにいちゃダメだよ……」
「……」
「そんな所にいつまでもいたら……なえかさんは何のためにそうしたの?」
「……うるさい」
「うるさいじゃないよ、私もなえかさんのことは辛いでも、輝くんがそうしている間にこの前と同じ敵がきたら?
次はもっと多くの人が死ぬかもしれないんだよ?それを守る為に――」
「うるさいって言ってるだろ!俺に構うなよ!」
「……っ、うるさいって何よ!」
「お前に何が分かる!?俺とお前の過ごした時間となえかと過ごした時間。比べられると思うか!?
咲は、いやお前は何も分かってない……!」
「っ……でも、輝くんがそこにいるだけで死ぬ人がいるんだよ。ならそれを助けようとしないの!?
「そんなこと関係ないっ……目の前で人が死ぬくらいなら、ここにずっといるほうがマシだ」
咲はこっちに少しずつ近づいてきた。近づいてくるな、くるな、くるな。
「輝くん、そんな輝くん、私の好きになった輝くんじゃないよっ!」
俺の頬が痛い。咲の手が頬を思いっきり叩いたのだ。
「……」
「もうずっとそこにいたらいいよ、私がなんとかするから……!」
咲が部屋の扉を乱暴に開け、でていく。誰とも話したくない。誰とも接点を持ちたくない。
なんで女って奴はいつも心配してくるんだ、いっつもそうだ、いっつもいっつも。
女じゃない、親友だ、親友がいつもそうやってやってくる。
もう誰も失いたくない。俺は本当の所、実際に人が死ぬとは思ってなかった、だってそう思うだろ?
いくら命が掛かっていると言っても、それは口先だけのことだと思っていたことだ。
俺が先延ばしにしてきた戦う。ということ、そのお返しにこんな風に返ってきた。
俺のせいなのか?俺の……俺の……
……
…
「司令」
「なんだ、日々之くんか」
「はい、敵がこっちに接近してくるのは時間の問題です、もう」
「そうか……あの子たちはこのことを乗り切れると思うか?」
「きっと乗り切れます、彼らにはそれだけの絆の力があります」
「絆の力……か、大人がこんな抽象的な言葉をもってくるかね?」
「それでも、今はそれに頼るしかありません」
「そうだな……」
……
…
扉を叩くノック音がまた聞こえる、うるさい。俺は布団の毛布をさらに深く被った。
しばらく鳴ったかと思うと突然止んだ。諦めたのか……。
その時。陽樹が扉を破って入ってきた。
「てぇぇるぅぅぅ!何故呼んでいるのに出てこない!?」
「……」
「分かってる、分かってるが、お前がこんなんじゃダメだ、ついてこい」
「……」
「ついてこいって言ってるんだ、早くしろ」
陽樹はこれ以上のないくらい真面目な顔。こんな顔は見たことがなかった。
これだけ長くいてもなお見たことがない。決意に満ちた顔。
俺はその迫力に押されしぶしぶ頷く。
「よし、早くこい!」
陽樹のあとをついていく俺。向かった先は川。
ここいら一体に流れる川だ。
……
…
輝と陽樹が川を背にして立っている。川は夕焼けで染まっている。
まるですべてを飲み込むかのような夕焼け。
回りではカラスが鳴いていて、草木が風でなびいている。
「なぁ、輝、なえかが死んで悲しいか」
「当たり前だろ」
「そうだよな、お前も悲しいよな、でもな――そんな自分が全てで絶望したような顔してんじゃねぇよ!」
陽樹がいきなり輝に近づき拳を頬に浴びせる。輝は無防備だった為その場に倒れる。
もう立つ気力もないらしい。陽樹は服の襟首をつかみ、輝を同じ頭まであげる。
「お前な、お前だけが辛いんじゃないんだぞ!?それに死んだなえかのことを考えてるか!?」
「知ったような口聞くんじゃねぇよ!」
輝が反撃とばかりに拳を陽樹の頬に向けるがすぐに避けられる。
「お前みたいな奴の拳なんて食らうかよ!なえかがなんで自爆したか分かるか!?」
「俺を守る為……だ」
「違う!なえかはこの地球の人達を守りたかったんだ、当然守る中にはお前も入ってる!でもな、あのまま勝てなかってお前達が死んでみろ、誰がこの地球を守る!?
守る奴がいないだろ!?なえかはだから……だから!」
「っ……分かってる!それくらい!でもな……そんな言葉で片づけられる問題じゃないんだよ!」
二人とも口論を繰り広げながら拳をぶつけて行った。
本当は輝にも分かっている、でも言葉では伝えられないこともある。
一時間後。二人とも地面に転がって空を見上げていた。
「陽樹、ありがとう」
「はっさっきまで死んだ魚のような目してたのに活気づいてんな!」
「ああ……なえかは地球の人達の笑顔、そして絆を守りたかったんだよな、そのことを託されたのは俺だ……」
「お前だけじゃない、俺達も、だぜ?」
「……ああ!」
空にフェクサーが飛んでいた。ほぼ応急処置、動くのがやっとの機体だ。
「輝、行って来い!そしてお姫様を助けてこいよ!」
「おう!」
輝はファリクサーを呼び、フェクサーを追いかけて行った。
「陽樹?」
川に日陰ができていた。その人物は――。
「なんだ、豊か」
「なんだとは何よっ」
豊は陽樹の隣に座り、ただ空を見上げるだけだった。
「何しにきたんだ?」
「んー……ねぇ、陽樹無理しなくていいんだよ?」
「無理なんてして――」
陽樹は言葉を最後まで紡げない。豊が陽樹を抱きしめていたからだ。
「泣いてもいいんだよ?分かってるよ?一体何年陽樹の隣にいると思ってるのかな?」
「うっう……うあぁぁ……あっぁぁぁ」
陽樹は泣いた。ただ子供のように、涙が枯れるまで。ずっと、ずっと――。
……
…
「咲は……何処だ」
輝の感が告げる、咲が危ない。
「咲!今行くぞ、もう失うもんか!絶対に!」
更に速度をあげたファリクサー。それは今までとは比べ物にならない速度だった。
まるで2000年前のファリクサーその物だった。
第十六話 終わり
第十七話へ続く