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鬼人伝  作者: 牧原のどか
血の誓約
6/54

花の宴

『たびたび若と姫様が逃亡を企てるのは、なにやら気鬱(きうつ)がお在りになるのに違いありませぬ。気晴らしなどなさった方がよろしいかと存じまする。陽気もよろしくわが家の庭なども花盛りにございます。ここはひとつ気分を変えて、本家様の庭以外の花など愛でられてはいかがでしょう。本家様と違いたいしたことは出来ませぬが、若と姫様の気もはれるやもしれませぬ』

 そう千騎が言って宗家の許可を取り、猛流と葉月を連れ出した。日柄もよく、よく晴れ渡った日のことである。目立っては返って危険と護衛は千騎自身と五藤だけである。

 そよぐ風に、花の香と、薄紅色の花びらが乗って流れて来る。絶好の花見日よりである。

「千騎、そなたの家の庭が、花盛りなのではなかったのか?」

 こめかみに青筋を浮かび上がらせながらも五藤は静かに尋ねた。

 千騎は懐手のままいけしゃあしゃあと答える。

「おお。母上が花が好きでな。庭の花には丹精しておる。今頃になるとなかなか見ごたえがあるぞ」

「若と姫が、ご本家の庭以外の花を愛でられては如何(いかが)かと、申し上げたのだな」

「いかにも、いかにも」

 涼しい顔で答える千騎に五藤は怒鳴りつけた。

「それで、何故、このような場所に連れて来るのだ!」

 千騎が連れてきた場所は、下々の者の花見の名所であった。町人も商人も身軽な武家の者達などもが一緒くたになり、花見を楽しむ場所である。

「はて? 我が家に招待すると言った覚えは、ないのだが?」

「見事な詐術(さじゅつ)です。千さん」

 瞳を輝かせて猛流が賛辞した。

「ふっ、嫌ですねえ、嘘など一言も申しておりませぬ」

「そういうのを欺瞞というのだ!」

「人聞きの悪いことを。見よ、姫もあのように喜んでおられるではないか」

 瞳を輝かせて、きょろきょろとあっちを向き、こっちを向き、満面の笑顔を見せる葉月であった。実に楽しそうだ。

 なにしろめずらしい。奥宮の貴人に囲まれて生まれ育ち、祭礼(さいれい)といっても、物々しく厳かなものしか体験したことのない葉月にとって、まさに別世界。

 思い思いに敷物を敷き、重箱やら握り飯やらの弁当を大人も子供も一緒になって食べている。子供の行儀の悪さといったら、あっちで弁当をつまみ、こっちで泣き叫び、走り回ってはきゃっきゃっと騒ぐ。大人も酒が入っている者もいるらしく、こっけいな踊りを披露したり、妙な拍子をとって、変な歌を歌ったりしている。

 粗末な小屋らしきものがあり、そこで食事や飲み物が買えるらしく人が出入りする。花見客を当て込んで、辻売りの食べ物屋や、物売りがいる。何やら芸らしきものを見せている者達までいる。

 こんな光景を葉月は見たことがない。感動の新体験だった。

 なにしろ皇族の祭礼といえば、席順から、次に何をするか、何を言うか、一言一句一挙一動厳密に決められている。無礼講の乱痴気騒ぎなど縁遠い深窓の姫なのだ。

「ねえねえ、あれ、なんなの? あの小屋。さっきから人がたくさん出入りしてるけど、なにするところ?」

「あれは、茶店ですよ。茶や菓子をあそこの縁台で食することができます。酒をだしたり、季節によっては汁粉などを出すところもあります」

「あの、敷物の上に並べてるの、なあに? どうして、あんなことしてるの?」

「あれは子供の玩具(がんぐ)です。売っているのです」

「ええ、あれ、お店なの! 屋根も壁もないのに。敷物しいただけじゃない」

「ああいうのは露店というのですよ。自分の店を持たず、国を渡り歩き物を売っているものとか、本業は別にあるものが小遣いかせぎに、手漉きのときに作ったものを売っているのです」

「そうなの。ねえねえ、あそこの食べ物なあに? 見たことのないものだわ」

「魚ですよ。腹を割いて身を開き、串に刺して、たれにつけながら焼くのです。下々の食べ物ですから、御存じなくてもしかたありません」

 と、先程から小声で質問攻めにしているのである。

 こうまで喜ばれてしまっては、五藤としても何も言えない。

 その葉月と猛流は、身分はあるものの少し身軽な武家の者の服装をしている。

 着物から小物、履物まで、全て千騎が手配した。敷物から、弁当らしき重箱、日よけの傘に、飲み物の入った竹筒。何が入っているのか分からないが、大きな包み。花見用品一式、全てどこからか千騎が用意したものだ。

 それらは全て五藤が運んでいる。

 千騎は手ぶらである。

 千騎が荷物運びを嫌がったのではなく、変事に備え一人は手をあけていた方がいいからだ。

 決して千騎の怠け癖ではないのだ。

 たぶん。

「こんなに護衛が少なくて大丈夫なの? あたし、こんな小人数で外にでるの、初めてよ」

 葉月の外の移動といえば、駕籠(かご)に乗せられ回りをびっしりと護衛で固めた大行列になってしまう。それが、散策(さんさく)のように駕籠も乗らず自分の足で歩くわ、護衛は二人きりだわ、新鮮というべきか、心細いと思うべきか。

「ご安心めされ。我ら二人がいれば万全でございますとも」

「あら、大きく出たわね」

 頼もしい言葉に葉月は乗った。

「姫は我々の真価を御存じない」

「千騎と五藤が、道場では強いのは知っているわよ」

「それだけではございません。この千騎、実は神出鬼没(しんしゅつきぼつ)なのであります」

「どこにでも、あらわれるの?」

「はい。姫様に万が一のことあらば、この千騎、どこからでも現れましょう。そして、この五藤」

 ぽんっと千騎は五藤の胸板を叩いた。

()とうございます」

 五藤のこめかみに青筋がういた。

「(頭が)堅いのは、知ってるわよ」

 (ゆる)む口元をこらえつつ、千騎の名調子に話を会わせる葉月だった。

「姫の認識はまだ甘い。実はこの五藤」

──千騎はここで声をひそめ──

短筒(たんづつ)で撃たれても跳ね返しまする」

 大まじめな顔で言う。

 ここで葉月が吹き出した。

「鉄砲も刀も矢も通しませぬ。そのくらい、堅いのです。まさしく金剛(こんごう)でございます」

 千騎は真顔で続けた。それが、いかにもおかしい。

「やめてよ、もうっ」

 葉月は腹を抱えて笑っていた。五藤は青筋を立てて怒っていたが、何も言わなかった。

「我ら二人がそろえば、なにものも(かな)いませぬ。ご安心ください」

 と、千騎が晴れやかに言い切った。葉月が笑いすぎてにじんだ涙を吹いたとき、何かの拍子にその存在をすっかり忘れ去られていた猛流と目が合った。

 猛流はあわてて言った。

「ぼくも、その気になれば、強いんですよ」

「あっそう」

 投げやりな声と半眼(はんがん)が、嘘を言わないでっと、言っていた。

「本当ですよ。そこらへんの武家の者くらいだったら、束になってても大丈夫です」

「若が本気になられれば、我らとて敵うかどうかわかりませんよ」

 千騎が飄々とした笑顔で言った。どこまで本気か分からない。

「さよう」

 と五藤も言葉を添えた。

「宗家の跡継ぎだからって、庇わなくてもいいわよ。弱くったってしょうがないじゃない。まだ子供なんだもん。五藤まで一緒になって、底の浅い嘘をつかないでよ」

「……本当なのに……」

 猛流が肩を落とした。

「若、仕方ありませぬ。男の価値は、いざというときに分かるものですよ。ささっそれよりも、人に頼んで場所を確保してあります。そちらへ行きましょう」

「手回しのいいやつだな」

「すごいですね。どうして、そんなにご存じなんですか」

「若、それはですねえ、蛇の道は蛇というのです」

「……少し違わないか……」

 敷物を敷いて傘を立て掛け、茶店から茶を求め、重箱(じゅうばこ)の包みをほどくと、すっかり花見らしくなった。

「お口に合うか分かりませんが、お召し上がりください」

「いいの? こんな無作法(ぶさほう)に食べて」

「これが下々の流儀です。無作法が作法なのですよ」

 おっかなびっくり、葉月は料理に箸をつけた。花より人を見るので忙しかったが、落ち着いて見て見ると、花見の名所になるだけあって見事な風情の花である。

 天に向かって枝を伸ばし、競うように咲き誇る、薄紅色の花。群れる姿が空の青によく映える。野趣(やしゅ)あふれる花びらの乱舞。

 子供が風に乗って流れる花びらを追いかけていた。手を伸ばしては、その手の起こす風に、花びらはひらひらと逃げて行く。いつまでも続く鬼ごっこ。

「きれい、ねえ」

 うっとりと見ていると、回りの人がじろじろ見ていることに気が付いた。

 何かおかしな事をしただろうかと、千騎に聞こうとして、千騎を振り返り──

「なにか?」

 葉月は無言で五藤を見た。

 五藤は怪訝(けげん)な顔をした。

 最後に猛流を見て、ぽんっと手を打った。

「どうしたんですか? 葉月さん。何かおかしなことでも」

「ううん。いいの。納得できたから」

 千騎桜春は文句なしの、色男である。五藤十五は、凛々しい美丈夫。猛流にいたっては、見ているだけなら、艶冶(えんや)とさえいえる美貌である。奥宮も小角の家にも、やたらと美形が多すぎて、失念していたが、これだけの美形が三人もそろっていたら人目を集めて当然だろう。葉月は一人で納得した。

 実際には、葉月自身も人目を集めているのである。愛らしくもききりとした気の強そうな表情を浮かべた顔と、行儀よく座った姿は、猛流と一対の人形のように、似合いである。それに、風情の違う二人の美男。それが満開の花のなか、笑いさざめいている。

 自分たちと同じように息をしているのが不思議なくらい美しく、近寄りがたく、目が放せなくなる、一枚の絵のような一行だったのだ。

「ねえ、あれなあに? あの人、なにしてるの?」

「あれは、下々の舞いです。酔っているので、だいぶ足元があやしいのですが、元々(ひょう)げた踊りですよ」

「どうして、こんなところで踊っているの?」

「受けるためです」

「え?」

「このような場では、皆を笑わせ、楽しい気分にさせるのが、使命なのです。受けるが勝ちというのですよ」

「でまかせを言うな!」

 と五藤。

「粋のわからぬ奴よのう。姫を笑わそうと、思ったのに。興ざめではないか。どうしてくれる」

 と首を振る千騎。

「まあ。じゃあ、あたしも何かして、笑わせなきゃいけないの?」

 くすくすと笑いながら葉月がいう。

「姫に芸をさせるなど、とんでもない。それぐらいでしたら、これに何かさせましょう」

 これ、で五藤を示す千騎だった。

「まあ、五藤、なにかできるの!」

 と、びっくりする葉月だった。

「千騎!」

 五藤が激高した。

「姫のご所望だ。なにかせい」

 涼しい顔で千騎がせっついた。

「そうですね。回りの方はなにかなさっておられるのですから、芸を見せるのが、作法のようですね」

 期待に輝く顔をした猛流からも言われ、五藤は屈した。

「では、舞いなどを」

「ええっ!」

 葉月が心底驚き、千騎と猛流は拍手した。

 扇を構え、五藤は一差し見事に舞った。元々の容姿に加え隙のない足はこびで、花びらの舞い散るした、それは確かに美しかった。

 千騎と猛流には大いに受け、葉月は目を見開いて硬直していた。

「お気に召しませんでしたか」

「……ううん、上手だった……すごく上手だったから、少し、かなり意外だっただけ……」

 呆然と固い声で葉月は答えた。

「五藤の家は、大々舞いの名手なのです」

 にやにやと千騎が解説した。

 怪訝そうに五藤も付け加える。

「舞は武に通じると、申します。我が祖父や父より、幼少のころから習っておりましたが……ご不快でございましたか?」

「あたし……こういう華美(かび)というか……(みやび)なものは、五藤は嫌いかと、思ってた」

 思い詰めた表情の葉月に、千騎は嬉しそうに付け加えた。

「姫、五藤の一番の得意は剣舞です」

「納得した」

 それはもうこれ以上はないほど、納得する葉月だった。

「さて、この千騎も芸をお見せせずば、なりますまい」

 千騎は荷物の中から三味線をとりだした。

「そんなものまで、入っていたのか。どうりでかさばると」

 五藤は嘆いたが、かさが問題であったらしく、重くはなかったらしい。強力者(ごうりきもの)である。

「では、流行(はや)(うた)など」

 千騎は軽快に弦を弾き始めた。

 葉月や猛流には、聞き覚えのない唄ではあったが、聞いていて楽しい唄であった。

 芸達者な男である。

 五藤の舞も見事なものではあったが、町民には高尚すぎたらしい。五藤のときは見とれるだけであった町民も、千騎の流行り唄は分かりやすかったらしく、一緒になって盛り上がっていた。

千騎、策士。実は言っていることは一部本当です。

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